「慕 恋」
第二話
(4)
ホテルの部屋は思ったより狭いと思った。セミダブルサイズのベッドが二つも並んでいるから余計にそう感じるのか。
彼と私は窓際に置いてある丸いテーブルを挟んで向かい合う形で座っている。
何故か私はベッドのすぐ横側の椅子に座っていた。もし彼が手を引いて少し身体を浮かせればそのままベッドに倒れ込むようになる位置だった。
この部屋にいる今、自分の中でその事実はよく整理出来てない。夫や義母に申し出た旧友との再会のために外出した自分は実際にどこかにいるはずなのだ。
彼は思った通りの人だった。銀行員、高校教師、公務員どれでも似合いそうな真面目な男性として私の眼前に座っている。でも、時に夜中寂しい時に携帯で交わしたあの声、言葉、そしてため息、すべて自分の脳裏に刻まれているものの、今、自分の前にいる彼が本当に同一の人なのか、それを試す距離にまだなっていない。
…今日は話だけにしておくほうがいいのではないか…私が少しの絶望が入り交じった安堵を選びそうになりかけたその時、彼が口を開いた。「シャワー浴びておいで」
彼が急に変身でもしたかのように見えた。これまでの紳士然とした話し方から、いつもの電話の時の(少しお酒が入ったような話し方)くったくのない話し方になったのだ。
…そうか、彼もやはり緊張してるんだ…私はやっとその事に気が付いたのだった。あまりにも堂々とした物怖じしない、慣れているような彼の態度が逆に何か私に不安を与えていたのかもしれない。
「どうして?」
「暑かったし、ここに寝て話そう。そういう約束でしょ?」
彼はベッドをポンポンと片手で叩きながら悪戯っぽく笑って言った。
そう、「約束」はいつも長距離電話で話しきれない私の愚痴や不満を彼がゆっくり聞いてくれる、但し、横になって自分を抱きながら・・・というものだった。それは私から出した要求のようでもあり、いきなり初対面で裸をさらけ出すことへの予防線のつもりでもあった。
「はなしでしょ。それだけ?だよね。」
「話、うん、いいよ。でも右手は言うこと聞かない場合もあって・・・今日は聞いてくれるかなあ、右手。」と言いながら彼は左手で右手の手首をぎゅっと握りしめて自分の顔の前にかざし、右手のひらを睨み付けた。
私は笑うことさえ気恥ずかしくなり、バスルームに駆け込んだ。
私が出た後すぐに、彼もバスルームに消えた。私は暮れて青色から橙色に変化してゆく海原を見ながらビールを飲んだ。酔いを求めていると自分でもわかっていた。なぜこれほど落ち着いていられるのだろう。罪悪感が無いのだ。これまでの彼との交信時間の延長であって示し合わせて悪事を働いていると言った感覚など微塵も涌かなかった。お酒のせいではない。この時間のために1週間も前から子供の健康に気を使い、主人の疑いを生み出させないための注意、気配り。ここに今こうして無事彼と逢えたこと、それだけで一つの充足感があり安堵感となって今、自分でその喜びを噛みしめている。子供?それも数時間後には確実に家に帰れる。今は、あと数時間はこのまま、このままで静かに時が流れてくれるようにと祈った。自分はまだ何も悔悟すべきことはしていない。
彼は、きちんと浴衣を着て出てきた。そして窓際に近いほうのベッドに横になり、布団を半分サッとはがした。そして先ほどと同様の手つきでポンポンと白いシーツが露出したベッドを軽く叩いて言った。
「おいで、お話しようよ」
その時私は身体が動かなくなっていた。それを見かねた彼がベッドから起きあがろうとしたのを見た時、勝手に私の身体は動いてしまった。
「後ろ向きでいいよね」と言って私は一度仰向けにベッドに潜り込み、すぐに彼に背を向けて横向きになった。彼はすぐに私の背後に密着してきて、例の右手は私の腰の上でおとなしく止まった。
いざ、そういう体勢になると何を話していいのか分からなかった。彼は少し自分の身体を起こして私の耳元に口を充てて言った。
「やっと、ほんとに逢えたね」
「うん」
と私が答えると同時に右手が動き始めた。
「何か話して・・・」と彼は言いながら少しずつ浴衣が剥がされていくのが分かる。
「何してるの?」と言うと彼は言った。
「肌に触りたい。」
彼の右手が自分の最深部にかかったと思ったとき、同時に彼の左手が自分の首の下をかいくぐって左の耳とそのまわりの髪を少し引くように強く触れた。それからのことはあまりよく覚えていない。気が付くと私はほとんど全裸になっていて彼の顔は私の股間に埋まっていた。
そしてその後それは起こった。彼が何か言っているのだ。自分のその部分を見、触れ、唇を付けながら彼は何かを言っている。その意味はきっと自分が誉められているようなそういう感覚だった。それは自分にとって初めての経験で異常に自分が興奮してゆくのがはっきりとわかった。彼は優しく身体の全ての部分に指を触れる。触れられているのかどうか分からないくらい優しい動きだった。そして耳元で先ほどのように何かを誉めてくれるのだ。私はこれまでにない快感を感じ続けていた。彼は口づけを含め自分の肉体の中にはまだ刺激は与えていないはずなのに触れられるだけですでに自分がこれまでにない高揚に渦巻かれている。私はその事実に溺れていった。
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