「鱗 粉」
(1)
あれは今と同じように桜の花びらがはらはら舞い散る2年前のことだった。
陽子が息子の昇平の異変に気が付いたのは前の晩のことだった。翌朝「風邪をこじらせたらしい」と救患で近くの市立病院に駆け込んだ。
まだ3歳の息子は顔を赤くしたまま熱にうなされていた。
最初は風邪という診断で解熱、感冒剤の投与をしたが、2日たっても容態は好転しなかった。入院を余儀なくされ、採血と点滴をした。入院3日目に担当の医者に陽子は呼ばれた。
開口一番医者は意外な言葉を発した。
「大学病院をご紹介しましょう。」
「え?何故ですか。」
一瞬取り乱した陽子に医者はわざとらしく落ち着き払って言った。
「いえね、脳をもっと詳しく検査したいということですよ。」
陽子にとってそれはある意味、息子が重大な疾患に冒されつつあるという事に他ならなかった。
「なんの疑いがあるのですか。」
と陽子が問うと、医者はさも予想していたかのように簡単に言い放った。
「お母さん、それを調べるために病院を変わるんですよ。」
その翌日は紹介というより指定された大学病院に息子を移した。
その日から息子は検査づけとなった。
治療はしているのかと素人目には心配ではあったが、医者が言うように「疾患」が判明しなければ「治療」も出来ないわけで栄養剤を注入されながら息子はじっと検査に耐えていた。
そしてその1週間後に診断は下された。
重度の脳障害の疑いがあるというのだった。
原因は「不明」という。陽子にとってはある意味絶望ということに等しい診断だった。
やっと生まれた一人息子。しかも可愛い盛りに脳障害でその生命さえも危ういとは・・・・この先家族の夢を持つことさえ出来ないではないか。
夫の反応も同様に悲惨なものであった。
小さな出版社に勤める夫であったが、景気も悪い上に会社の存続さえ危ぶまれる状態でこの状況に立ち向かわなければならなかった。
陽子は息子の病院に通いながら家計を助けることが出来ないかと考えた。友人、知人に尋ねたり、新聞広告を探したがそんな都合の良い条件の仕事は無かった。もし出来るとすれば夕方から働ける水商売しかなさそうであった。しかしそれも家事や次の日の通院の準備のために深夜までの労働は無理であった。
途方に暮れていた時、夫が持ち帰った週刊誌の記事がふと目に付いた。
「風俗業界に不景気なし・・・日給10万円を稼ぐ女たち」という見出しであった。
日に10万円とは、まさに夢のような額である。夫の給料なら4日かからないというのか?
それが素朴な疑問となり目を通した記事を読み終える頃に陽子にはひとつの決意があった。
翌々日、普段より少し早めに病院を出ると陽子はまっすぐ上野へと向かった。それは全国的に有名な風俗街へ行くためであった。
一昨日読んだあの週刊誌にはその「業界新聞」に数多く求人が掲載されていることも紹介されていた。その新聞はなんと家の近くのコンビニでも普通に売られていた。その中から時間が通勤に適している所としてこの街を選んだのだった。
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