「鱗 粉」

(6)



 アヤカのさばさばしたもの言いに少し不安がうち消されたような気がした。
「じゃー少しでも縁起の良い名前にして下さい」
「そうねー縁起の良い名前ねー・・・・あ、レナってのあるけど前のレナさんは恋人と結婚を機にあがった(この世界から)人だからいいんじゃないかな。それにもう1年以上経つから前のレナさんのお客は指名しなくなったしね。」
「そうですか?」と答えながら一瞬とまどった。すでに自分の仮の名が決まろうとしている。自分は何もしないのにどんどんと行き先の見えない長い旅に船はもう漕ぎ出されている。これまで親から貰った自分の名前以外でが呼ばれたことなどない。
こういう目に見えない小さな鎖が人を蹂躙していくことで、なんでも出来るようになるのだろうか。プライドと言う「言葉」が脳裏を駆けめぐった。ここで負けるわけには行かない。重病の息子の為にここに来たのかもしれない。だが反面その存在がバネになってなんとか気丈でいられる。 
「それじゃレナさんで決定にしましょう。で、私からこの店のことについて説明しますが何か聞きたいことあれば先にどうぞ。」
気になっていた点をいくつか質問した。
問題になると思った出勤日数についてはかなり自由度があり、必ずしも毎日でなくても良いこと。
最大の関心事である「偽の勤務先の取り繕い」についてはこの店の事務室の中に「@@興業」という架空の事務所がありそこには電話応対専門の女性が待機している。もし仮に夫からそこに電話があれば“接客中”であれば書類届けで外部に出かけて席をはずしているという説明をしてくれる。
従って通常は皆「@@興業というビル管理会社の事務のバイト」をしていることになっているのだ。
いくら携帯電話を持っていても接客中には電話には出ることが出来ない。控え室にインターホンを通して伝言があるのだ。
またこの店には総勢で登録した女性が70名もいるらしい。皆が毎日出勤するわけではないし、こういう業界だから今日からぷっつりと縁を切る女性もいるわけである。
肝心の手当については自分が客から取る金額の半額を店に返納する規約だった。日に5,6時間の勤務で3人の客を取れば4万になる計算である。もし最低1人でもつけば1万3千円である。 週に3〜4日、月15日働いたとすれば、単純計算で20万円にはなる。最低で計算するほうが良いと思った。上を見たらきりがない。それでも15人の見ず知らずの男と肌を触れあった結果である。目眩を感じたが、今はそれを振り払う必要がある。
この店でナンバー1の女性はなんとコンスタントに日に3人はこなすという。しかも休みは週2日である。当然生理休暇も取るだろうが月の実働は20日間。なんと最低でも60人相手にしている計算となり収入は80万円以上ということになる。
しかし、もっとすごい女性は1日に7人をこなしたとかそういう話もあった。自分には想像すること自体が無理だった。
アヤカが言った。
「講習、あ、実技の講習だけど私はあまりうまくないけど、しっかり覚える必要はないですから。というかあまり知らないほうが初々しいってことで喜ぶ客もいるしね。徐々に覚えればいいんですよ。最近はただ若い子より人妻のほうがいいって客もいるくらいで私もたまには結婚してるって嘘言う場合もあるし・・・実際にはバツイチなんだけどね。」
やはりそういう話になってきた。なぜここに来たのか・・・である。それだけは説明したかったのだ。自分が好きでここに来たわけではないから。また逆に自分以外の女性がなぜここに来たのか・・・それも気になることではある。
「じゃー講習のあとで控え室に行きましょう。そこで詳しい話もできるし・・・」
いよいよ実技である。なにをどうするにも予備知識が全くないのだ。逆に言えばそれだからここまでのこのこ来たのかもしれない。
アヤカが入って来た時と反対側のドアへと誘った。いよいよ自分がレナとして生まれ変わる瞬間が近づいてきた。
まだ、今なら後戻り出来るのだが、もうあきらめよう
。 ドアが開けられた。店の廊下である。濃い桃色の壁と青い絨毯。何か香草を焚きしめたような香り。
出てすぐのエレベーターを通り過ぎてその裏側の階段へと向かった。




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