「鱗 粉」
(7)
薄暗い階段を上がった2階には男女が腕組みして歩いたら壁にぶつかりそうなほど細い廊下が奥まで続いていた。
その両側に扉が二つ、左右の突き当たりにそれぞれ一つずつの部屋があった。
アヤカは一番奥の部屋まで歩いて行きそのドアを開けた。
「さぁどうぞ・・・一応今のところは私専用なのよ」と彼女は言った。
部屋の中は思ったよりかなり広かった。奥に湯船がありその前の洗い場は4畳半はありそうだった。
そして部屋を二分して小さなベッドと洋服ダンスにテレビ応接セットというまるでどこかのスタジオのセットのような白々しさが漂うものだった。ラブホテルのようで雰囲気が何か違う。そう言えばベッドには布団類が一切かけてない。
医者の診察ベッドに似た無表情なもの・・・それに何重にもバスタオルが敷き詰めてあるかのようだ。
「じゃぁ、レナさん、そこに座って貰えます?」とベッドの上を指さした。
「これから説明をするけれど、その内容は他の人には内緒ということにしてね。一応そういう決まりがあるんで、いい?」
と確認しながらまず反対側の長椅子にどっかと腰掛けると煙草に火を付けた。今度はラメがキラキラ輝く小さなバッグから外国製の品のいい銀製のライターだった。
「私のここでのやり方はほかの女の子とは違う部分もあると思うのね。それはお互い競争という面もあるわけ。言ってみれば企業秘密って言うか・・・。それにその女の子によってそれぞれ個性があってそれを良いと思う客が何度も繰り返し来てくれるわけでしょ?で、そういう客を一人でも多くつなぎ止めておきたいわけでしょう?」
「はい・・・。」と小さく頷いて見せた。
「だから私は細かい事は教えられないわけね。ただ一通りのパターンというのがあってそれは教えますけどね。」
「よろしくお願い・・・します。」とやっとのことで言えた。何か緊張してしまったのだ。収入は約束されたものではないのだ。その女性の
努力如何にかかっている部分が多いわけだ。でも一体その“努力”とは何をすればいいのだろうか?
「はっきり言わせて貰うと私とレナさんに付くお客は全く違う客筋だと思うのよね。こういう言い方して気を悪くしないでね。雰囲気や性格はやはり好みがあって、私はどちらかというとハッキリ物を言うわけ。気に入った客にもそうでない客にもこちらの希望やなんかね。だからそういう私の性格が嫌な人は二度と指名は来ないんだけど、こちらもそれでいいわけ。でもあなた、レナさんの場合はすごく大人しそうだし控えめなタイプでしょ?だからそういう面を生かして客のしたいように身を任せたほうがいいかもしれないわけ。」
「客のしたいように・・・ですか?」
「そうそう、これからマット洗いやマッサージとか教えるけど、全て基本ってことでその他の“サービス”は自分で工夫して、また経験で積み上げていくものなんで・・・・教えるも何もないわけ。そして一番大事なことはそのお客が何を求めてここに来たかなの。」
「はい・・・。」と言ってついついアヤカの身体に見とれていた。
どのようなサービスをしているのか分からないがかなりハードなものだと想像出来る。しかしそれにしても引き締まった太股やしなやかな肌はとても自分とは比較のしようがない。年齢差は五歳以上はあるだろう。しかし肉体的な見た目では10歳の開きがあってもいいくらいの違いだった。まず自分の肌や体型に想いを巡らせることが日頃無いに等しい。息子に手が掛かり過ぎて気持ちに余裕など持てなかった。
湯船から立ちのぼる湯気が部屋の中に充満していき、すこし汗ばむような温度になってきた。
自分の生活の一部にこういう情景が何日かに一度やってくる・・・まだそれが信じられない。硬そうで小さなベッドで自分は知らない男に組み敷かれるかもしれない。それがどういう意味なのか、考えてはいけない。仕事として、否、労働としてその忌まわしい時間を乗り切って行くしかないのかもしれない。
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