いろのない国

いろのない国がありました。
この国では、何もかも白か黒、そして灰だけでした。
それでも人々はその世界に満足して暮らしていました。
誰も、もともと“いろ”というものを知りませんでしたから。

この国のおひめさまはとても綺麗なものが好きでした。
お城の庭に咲く、花々をこよなく愛しておりました。
おひめさまはその庭で過ごすのがだいすきでした。いろのない花々の咲く庭で。

ある日、おひめさまがいつものように、庭を歩いていますと、眼の前を何かが通りすぎ、そばにあった小さな木のかげに飛び込みました。
おひめさまがそっと近寄ると、みたこともない鳥が一羽横たわっていました。
おひめさまはそっと手をのばしました。
どうやら鳥はけがをしているようです。
おひめさまは、鳥にはなしかけました
「おまえ、一体どこから来たの?けがをしているようだけど」
鳥はうっすらと眼をあけて、苦しそうにこたえました。
「わたしは旅をしていました。ほんとはひとつところにずっといればいいのですが、どうにも始終どこかへ行っていたい性分で、今までずっと旅をしてきました。けれども、もうこれで最後かもしれません。さすがに歳を取りすぎたようです。」
おひめさまはそっと手の上に鳥を抱きました。
「ともかく、けがの手当をしましょう。」
そして、おしろの中に鳥を連れていきました。

鳥は傷ついた羽に薬をつけてもらい、水をこくりと飲みました。
「ありがとう。親切なおひめさま。わたしは今とても幸福です。もうこれきり、よその国へ飛び立つことはできないと思うけれど、最後にこんなに美しいくににたどり着けて、ひょっとすると、ここはもう天国なのかもしれないとさえ思います。」
鳥はゆっくりとはなしました。
「そう言っていただいて、とても嬉しいわ。ありがとう、鳥さん。もしまだ、おはなしできるのなら、遠いくにのことを聞かせてくださいな。」

鳥は少し考えて、
「私はただ、見てきただけです。何も考えなかったし、誰にも伝えたりしなかった。ただ、自分がいろんな世界を見た。ということだけで満足してきたのです。ですから、何をお話ししていいのかわかりませんし、あなたが何を聞きたいのかもわかりません。でも、あなたが何か私に質問されるのなら、私はそれに答えましょう」
そこで、おひめさまは何か鳥に尋ねようと考えました。

「それならうちの国より美しい国があったかどうか教えておくれ」
鳥は考えてこたえました
「この国より美しいというよりも、どの国もそれは美しいし、そしてすばらしかった。どの国にもその国にしかない美しさがありました。ですから、この国よりも美しい国はもちろんあったし、そしてなかったのです。」
「それならば、お前はどうしてこの国をあんなに美しいと誉めたのです。」
「おひめさま、私はこの国を確かに美しいと思います。それはきっと、今までに聞いた話による天国というところに似ていると思ったからです。私の聞いた話によると、天国というところには綺麗な花が咲き乱れ、おひめさま、あなたのように美しい人がいると聞いていたからです。ここの花はほんとに、なんと真っ赤で美しいのでしょう。」

おひめさまは、誉められてとても気分良く聞いていたのですが、とても驚いてしまいました。
「鳥さん、今なんと言いました?“真っ赤”って、それなんのことですか?」
鳥は何を聞かれたのかさっぱりわからないという様子で、おひめさまに聞き返しました。
「なんですって?この国ではあの花の色を“赤い”と言わないのですか?」
おひめさまは、またまたひどく驚いて尋ねました。
「“色”ってなんですか?私の国には“色”という言葉も“赤い”という言葉もありません。」
鳥はもうびっくりして、まるでぽかんとしたかのように聞きました。
「あなたは“色”という言葉をご存じない?それではなんと表現しましょう・・・あなたには、あの花はどのように見えるのでしょうか?」
おひめさまは考えて、そしてこう言いました。
「あの花は私には、そうですねあの幾重にも重なった花びらがとても愛らしく、美しい形をなしているように見えるのですが。」
鳥はこたえました。
「確かにあなたのおっしゃる通りです、でも、あの花をみて一番に飛び込んでくるのは、あの明るい輝かしい赤い色ではないでしょうか?」
おひめさまは考え込んでしまいました。
「鳥さん、私にはあなたの言うことがさっぱりわかりません。明るいという言葉はわかります。でもあの花は明るくなんてありません。その葉と同じくらい、いいえそれよりも深い暗さをもっているように私には見えます。」

鳥は考えて、そして何か思い当たったかのように大きく頷きながら話しだしました。
「以前私は、あなたのような人に会ったことがあります。その人は目の病気でした。その人には色というものがほとんどわからないのです。何もかもただ、明暗でしかわからないのです。でも、あなたは“色”という言葉をご存じないと言った。この国の人はみんなこの言葉を知らないのですか?」
おひめさまは不安そうにこたえました。
「ええ、この国にはそんな言葉はありません。」
「わかりました。この国に、色がないわけではありません。だって私には、花は“赤”に見えますし、おひめさま、あなたの唇も負けないくらい美しい“赤”ですよ。多分あなたたちは、知らないだけなのでしょう。だからほんとのことが、見えないんですよ。」
おひめさまは泣き出しそうになりながら、鳥に尋ねました。
「いったいなんのことか、私にはさっぱりわかりません。お願いだから教えてくださいな。“色”ってなんですか?それが見えないと、病気なのですか?この国のものはみんな病気なの?私は美しいものが大好きです。でも私が思っているよりも、あなたはもっと美しいということを知っているのですか?」

鳥はクスッと笑って、こたえました。
「大丈夫ですよ、おひめさま。あなたのそのすみれ色の瞳はきっと“色”を知っていますよ。今はただ、眠っているだけでしょう。私があなたにきっと、“色”を教えてあげましょう。私はその方法を知っています。ただ、今はだめです。もう少し待ってください。そうですね、私がこの庭をもう一日ゆっくり眺めるのを待ってください。」
おひめさまは鳥に言われて、一日待つことにしました。

鳥はおひめさまと並んで庭がよく見える窓辺で一日過ごしました。
鳥はこの美しいおひめさまがすっかり好きになっていました。
やがて、陽が翳り、月の輝く夜となりました。

鳥はずっと庭を、ただ眺めていました。
時々、おひめさまが長い睫毛に涙を輝かせて眠っている横顔を眺めたりもしながら・・・
「ほんとに最期にこの花園を見れてよかったと思いますよ、おひめさま。そして、あなたに出会えて・・・」
鳥はそうつぶやきました。

やがて、空が白みだし、あたりが段々と明るくなっていきました。
深い闇はどこかに消えて、輝く朝がやってきました。
朝の声を遠くに聞いたおひめさまは、そっと目を覚ましました。
そして、明るい外の景色に思わず「あっ!」と声をあげました。
何もかも、今までとはまるで違った世界でした。
おひめさまには、今、“赤い”と言う言葉がわかりました。
おひめさまの庭の花は本当に、どの花もみんな血よりも紅い、赤い花でした。
おひめさまはその美しさにしばらく見とれていました。
空は限りなく澄んだ青、庭には緑の葉が青々と繁り、その間に咲く赤い花のなんとすばらしいこと・・・
「色ってなんてすばらしい」
おひめさまは、そう思いました。
そして、鳥のことを思い出したのです。
突然、おひめさまに“色”が見えたのは、きっとあの鳥のおかげです。
いったいどうやって、私に“色”を教えてくれたのか、おひめさまはお礼を言おうと鳥を探しました。
でも鳥はどこにもいませんでした。

そして、この国はとても色のあふれた国になりました。
誰もみな、“色”というものを知りました。
そして、この国の赤い花はほんとに見事な“紅”でした。
お月さまだけが知っていました。
あの晩、鳥が何をしたか。
花にその深紅の血を注いだことを。
そして天に昇っていったことを。
おひめさまは今でもぼんやり思い出します。あの鳥はほんとに素敵な七色の鳥だったと。

by Ritsuko