教室内はオレンジ色の光が満ちていた。窓を背にして立っている私の表情はおそらく、彼女の目には映らないと予測し彼女にぶしつけな視線を
なげかける。
授業中、一つの壁にぶつかったという。
予習復習をかかさない彼女のこと。
勉強熱心な彼女はほぼ毎日のように私の元に質問にくる。
決して勉強ができないわけではない。要領が悪い訳でもない。
たとえ彼女の実力であれば解けると予想される問題でも、ほんの少しの疑問があればとことん追求する。
私は彼女のその姿勢を評価していた。
彼女のたおやかな横顔が、せわしなく動かされる細いペン先と、数字の羅列を追っている。
ふと、とまる彼女のしなやかな指先。
いぶかしげに見ていると彼女の頭がゆっくりと動き、視線があった。
いや、あったと思った。というほうが正しい。
彼女からは、逆光になって私の表情をとらえることはできないはずなのだから。
それなのに私は、思わず横を向いてしまう。
おそらく赤面しているであろう自分を、悟られないために。
ふと、視角の片隅にはいるゆうやけに照らされたグラウンド。
授業が終わり数時間たった今もなお学生が部活動に励んでいる姿が見られる。
彼らのカラダからあふれる情熱。
自分にもそんな時代があっただろうか。
今、自分の中に芽生えはじめたこの気持ちはきっと、情熱と呼んでいいほどの熱く、激しく、甘い。
ともすれば先走ってしまいそうになる、感情。
この感情を、生徒である彼女にぶつけるわけにはいかない。
ただ自分の心の内にとどめている必要がある。
彼らのように、情熱をありのままに表現し、受け止めるだけの・・・・勇気がない。
教師という立場、世間体、他人の目。
そんなものたちから抜け出せたら、どんなに楽になるだろう。
・・・・・・・・・彼女が、それを望まないとしても。
彼女に視線を戻すと、先ほどまでとは違う、ノートの隅のほうになにやら落書きをしている。
彼女にしては姿勢の悪い、いや、私の目から隠そうとしているかのように、頭を垂れ、腕で
ノートを囲っていた。
ゆっくりと近づいてもそれ以上隠す素振りは見せなかったが、
「姿勢を正しなさい。目を、悪くする」
彼女を見下ろし発した私の言葉に反応し、彼女が顔をあげた。
私の心を乱してやまない彼女の優しい微笑み。
その笑顔を目にやきつけ、ノートを盗み見る。
そこには・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひむろ せんせい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
の文字。
私がそれを確認したと同時に動く、彼女の薄いピンクの爪さき。
・・・・・・・・・・・・・・・・・すき・・・・・・・・・・・
そこにつづられたのは、私の、君への隠した情熱。
「先生のこと、好きでいてもいいですか」
思わず私は彼女の目を、てのひらでおおう。
「すっすみませんっ!!せんせぇ!」
「・・・・なにを謝っている」
彼女はなにかを勘違いしたようだった。
彼女の言葉に、仕種に、行動を起こしたがっている自分の心が動いてしまいそうになる。
彼女の瞳の力に、翻弄される。その前に・・・隠してしまった。
彼女の、瞳を。
それ以上私を・・・急き立てないでほしい・・・
君の笑顔が、わたしの君への想いを加速させる。
そして手のひらから伝わる君の温かさを感じるだけで・・・鼓動が跳ね上がる。
「すっすきで・・・いるだけでも、だめなんですか?」
不安げな君の声。少し、すねたような。
「・・・そうではない」
彼女の目を覆ったまま、彼女の指先からペンを抜き取る。
・・・・・・・愛している・・・・・・・・
文字で表したその言葉に、また赤面した。
「・・・私が教室をでるまで、目を閉じていなさい」
「え?」
「・・・・・・もう下校時刻は過ぎている。その数式にもんだいはない。
理解は、できただろう」
「はい・・」
「・・・・・駐車場で待っている。帰り支度をしてきなさい。いいな。
くれぐれも、まだ目を閉じているように」
「・・・・はい」
そっと彼女のまぶたから手を放す。
なごりおしい、その体温。
彼女の瞳が開かないことを確認すると・・・目を閉じて上を向く彼女の唇に、誘われるように
そっと唇を近づけた。
彼女が目を開けるかもしれない、とふと思ったが、気づいた時には唇にふれていた。
彼女の体が、ぴくんとゆれる。
くちびるをはなすとそのまま彼女に背をむけて、足早に教室をでた。
外はもう薄闇。
先ほどまで練習に励んでいた野球部、サッカー部の生徒たちも、暗闇に背中をおされるように
あと片付けをしている。
数分前に触れた彼女のくちびるの感触を思い出し、人差し指で自分の唇にふれた。
消えることのない、真実。
錯覚ではない。
確かに・・・・彼女のくちびるに、触れたのだ。
私はまた歩く速度をあげる。
職員室にたどりつくあと少しの間、誰にも会わないように願いながら。
職員室につくまでに、赤面した自分の顔が、跳ね上がるようにリズムを刻む自分の鼓動がおちつくように
願いながら。
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