kokuhaku
あたしはまた懲りずに叶わない恋をしてる
「寒っ」
音楽室は冷える。
ただでさえ暖房器具もないし、広い教室に一人。
これは寒いよね。
今日は雨で陽も出てないし、じっとしてると手がかじかんじゃうくらい、寒い。
ピアノでも弾いて指を動かしてようか。
「帰ろっかな・・」
口に出して言ってみる。
そんな気もないくせに。
先生が来るって保証もないのに、いつまで待ってるつもり?
馬鹿なことしてる。
でも、こんな馬鹿なこと、今しか出来ない。
誰かを想って苦しいとか、姿を見掛けるだけでうれしいとか・・
そんなふうに恋をしてるのが楽しい。
だから・・
「よし」
ピアノはほとんど触ったことがない。
エレクトーンを習っていた頃少し触ったけど、なんて重いんだろうって思った。
今はフルートだし。
「ふたも重い・・・」
空も重いし気分も重い。
鍵はかかっていないそれを開けて、鍵盤を前に腰をおろす。
もうほとんど楽譜なんて覚えてない。
ねこふんじゃったを弾いて、エリーゼのためにを弾いた。
やっぱり指が思うように動かない。
「重いからだな」
おそらく鍵盤が軽いからってエレクトーンだって今は弾けないだろう。
もう辞めてからずいぶんたつ。
3日触らないと忘れるというのに。
もう3年以上触っていなかった鍵盤。
「手を丸めて・・」
そんなことしか覚えてないし、怒られた事しか思い出せない。
「君はピアノを習っていたのか?」
ふいに背後から聞こえる声に驚いて体が飛び上がる。
まるで悪い事でもしてたように。
「先生・・」
そんなに驚かさないで。
ほらやっぱり。先生の目は悪い事した子を叱るそれ。
「もう下校時刻はとっくに過ぎている」
「・・・・はーい」
もう帰ります。
待ち人来たれり。
先生に会いたかったから、待ってた。
今日のあたしの目標は達成したから、もう帰ります。
「君はピアノを習っていたのか?」
さっきのと、同じ問いかけ。
「いえ・・エレクトーンを小さい頃少し」
遊びでやってたようなものです。
「そうか。今は興味がないのか」
あれば先生が顧問してる吹奏楽に是が非でも入ってます。
「今は・・・はい。聞くほう専門です」
先生の弾くピアノ。
また聞きたい、なんて・・言えない。
あいまいなあたしの笑みを見て先生はどう思ってるんだろう。
「君の用件はすんだのか?」
はい。
「済みました。もう、帰ります」
「私もここの戸締まりを確認したら帰るだけだ。もう外は暗い。送っていく」
先生の少し焦ったようなハヤクチコトバ。
「いいんですか?」
いいんですか?
このあいだアンナコト言ったのに。
聞かなかった事に、してるんですか?
あたしの告白。
ただたくさんの生徒の中の一人で、
先生に同じ告白をする生徒たちの中の一人、だからですか?
「かまわない・・・もう、暗いからな。それに」
「それに・・」
?
「1曲、聞いていく時間はあるか?」
「・・・先生、ピアノ聞かせてくれるんですか?」
「君さえよければ」
「聞きたいです」
めったに見れない先生の優しい笑顔。
立ち上がったあたしを制してゆっくり隣に座り、背筋を伸ばす。
いつも背筋は伸びてるけど。
背が高い先生は座ってもやっぱり大きい。
隣に並んでると、密着して座っているとなおのことそれが・・・
「邪魔じゃ・・ないですか?」
二人で座ったらいっぱいいっぱいのイス。
「こっちだ」
いきなり抱え揚げられて着地したのは・・先生のひざの上?!
「せっせんせっ・」
「ここが一番良い音で聞こえるはずだ」
どうして横向いてしゃべってるんですか・・
「そう・なんですか?」
「・・わたしは体験した事がないし、誰かが体験したというのも聞いた事がないが・・弾き手と同じ視点というのはいいものだろう」
「はい」
先生の指が踊り出す。
まるであたしが弾いてるみたいに。
それは一瞬先生のひざの上ってこともわすれてあたしの胸を高ぶらせ、わくわくして、どきどきした。
でも・・
次の瞬間先生の熱い息が首筋にかかっていることに気づいて、体が震えて・・・
それしか考えられなくなる。
恥ずかしくて目を閉じるともっともっと先生の呼吸を、触れそうに近い唇を感じる。
力強く、優しい音色。
それを楽しむ余裕もない。
次第にスローテンポになって小さく消えていく音。
先生が姿勢を正した気配を感じたときに、首筋に暖かい感触を感じる。
「っ!」
先生の唇が、触れた?
密着してたから・・
動いた時に触れちゃったのかな・・
でもあたしは焼ける様に熱いそこから手を放せない。
「このあいだの・・君の、告白は」
「はっ・はい」
先生がしゃべりだすと、首筋にあたる吐息が変化する。
あいかわらず先生に背を向けた格好だから、先生の顔が見れなくてちょっと不安。
「・・・正直・・驚いた」
そうですよね・・。
あたしだって・・・もっと苦しくない恋がしたい。
同級生とか先輩とかと手をつないで帰る友達がうらやましい。
なのにあたしが好きになったのは・・先生。
「返事を・・卒業まで、待っててもらえないか。いや、その約束で君をしばるつもりはない。
もしあと2年、君の心が変わらなければ・・わたしなりに返事を用意しておく」
「・・2年なんてあっという間ですよ」
先生があたしの告白を・・真剣に聞いてくれてよかった。
あこがれてるとか、思い込んでるだけとか・・
そんなこと言われなくてよかった。
「あたし、待ってます。先生」
どんな返事でも。
もしあたしの望む返事じゃなくても。
先生のことあきらめたりしないから。
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