「ぷはぁ!」
明け方近く、メレヨン島沖。潜水艦に曳航された通信筒が浮び上がった。
島からは声にならない歓声がざわざわと広がっていく。
声にならない、というのは字義通りの意味だ。敵に発見され、破壊されたら元も子もな
い。声になど出来ない。
彼女もまた、声を殺してゆっくりと島に近付いていった。
一歩。そしてもう一歩。
通信筒が砂浜に辿り付いたとき、夜は完全に明け切っていた。
もはやそこまでくれば敵に積荷を奪われることもない。
うわぁ! という守備隊の歓声が彼女を包み込んだ。
「食料と薬をお届けに来ました。お米と、お味噌汁と……」
「味噌! 味噌があるのか?」
「あ、あのうお味噌って言っても乾燥の……」
「飯が喰えるぞ!」
もはや誰も、彼女の説明を聞いている者はいなかった。
結局、疲れている守備隊の面々にかわって彼女がご飯を炊くことになった。
実際のところ、通信筒が見てもまともに動ける人間は殆どいなかった。皆がりがりに痩
せていて、目だけギラギラさせながら、炊事をする彼女を凝視めていた。
「あのう、もうすぐですから」
そう言ってみたところで、皆何も言わず、黙って頷くだけだ。
仕方ない、けど、やりにくいよう。
なるべく気にしないようにしながらも、通信筒は気恥かしさに顔を紅くした。
「出来ました! ご飯、炊けましたよ!」
そう言うのにも、彼女には結構勇気がいったのだ。
わっと人が取り囲んで、おひつが空っぽになるまで取り合いになるんじゃないかしら。
だから少し身を引いて、巻き添えを食わないようにしながら通信筒は目を閉じてそう叫
んだのだった。
……。
あれ?
静かだった。いや、ざわざわはしているのだが、混乱は何もなかった。
通信筒は薄目を開けてみた。
守備隊の面々は何やら話をしているようだった。
そしてようやく話がまとまったらしく、一人の男がバナナの葉に飯を少しよそった。
そして皆ぞろぞろと、彼の後に付いてゆく。通信筒もそれに従った。
皆は樹の根本にうつむいたまましゃがみこんでいる男の側で止まった。
しゃがみこんでいる男には蝿がたかっていて、彼はそれを追おうともしなかった。
「こちらの方は?」
通信筒は飯を持っている男に尋ねた。
「昨日の夕方、死んだんだ。昨日の朝からずっとこうしたままでさ。動かないんだよ。や
ばいなと思っていたんだが、君が来るまで持たなかったんだ」
飯を持った男は指で飯粒を掬って、しゃがみこんだまま死んでしまった男の口に塗って
やった。
そして残った飯を前に置き、手を合わせた。
ごめんなさい、わたしがもっと早く来てれば……。
通信筒は、許しを乞いたかった。でもその言葉は、ここにいる守備隊の人々を傷つけて
しまうだろう。そう思うと、何も言えなかった。
彼女は黙って手を合わせた。
ごめんなさい。
ただ心の中で、彼女は謝り続けた。
配膳はさして混乱なく終了した。
バナナの葉の茶碗に欠けた碗に入れられた具のない味噌汁。それだけの食事だった。
不思議なもので、そういう極限状態になってまでも日本人というのは律義なものらしい。
隊長が号令をするまで、皆箸も付けずにだまって見ているだけだった。
「いただきます」
隊長が号令を掛けた。
「いただきます」
そして皆もそれに続いた。そして箸を付けようとしたとき、ふと、皆の手が止まった。
皆、ただ白い飯を見ていた。色んな思いをその顔に浮べながら、ただ白い飯をみつめて
いた。
「うっ……」
一人が嗚咽を漏らした。
それはゆっくりと隊に広がっていった。
皆、泣いていた。
大の大人が、ただ白い飯を前に、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた。
炊きたてのご飯の匂いと、皆の嗚咽が島の密林に広がっていった。
[了]