コピーロボット
2002/8/19
私は、小さい頃から人の真似をするのが好きだった。
例えば、お母さんが毎日ご飯を作っているのを見て
駄々をこねておままごとセットを買ってもらったり、
お父さんがいつもテレビの前であぐらをかいているのを見て
私も同じようにあぐらをかいてお母さんに怒られたり、
3
つ年上のお姉ちゃんが大好きだった魔法使いの女の子のアニメを私も好きになったり・・・
それは、中学に入っても、高校に入っても変わることは無かった。
私は、たくさんの友人のたくさんの情報をコピーしていった。
都合よくコピーしていくことであたりさわりのない付き合いを続ける生活。
私は、そんな自分がずっと嫌いだった。
そんな私も大学に入り、素敵な彼氏ができた。
彼は一つ年上のサークルの先輩で、色黒な肌ににかっと笑うと出てくる
こぼれるような白い歯に恋に落ちた。
初めて二人で過ごした夜明けはまるで夢の中のようで、
その黒い肌にじかに触れて抱きしめられ、至福のときを感じていた。
私は、彼のすべてを好きになろうと努力をした。
彼が好きなものはなんでも好きになった。
乗るだけで吐き気がする車も、がんばって免許を取った。
彼が「あれいいね」って言っていた化粧をするようにした。
彼が毎日聞いている音楽を、私も買って毎日聞いた。
彼が吸っているのと同じ煙草を、私も吸うようになった。
そして、彼がそうしてほしいと望むなら、どんな淫らなこともいとわなかった。
私は、彼の…彼だけのコピーロボットになった。
1
年経ったある日、いつものようにファミリーレストランで夕食を食べたあと、私と彼はいつもと違う場所に来ていた。
夏の日の、静かな夜。静かな場所に。
「別れよう」
それまで落ち着かない様子だった彼が、最初に口を開いて出した言葉がそれだった。
私にはなにもわからなかった。どうしてなのか、なにがあったのか、なにを言われたのか、
なに一つわからなかった。
「…どういうこと?」
ようやく私の口から出た言葉に、彼は少しだけうろたえたあと、こう答えた。
「うまくいえないけど…なんだか、お互いにとって良くないと思うんだ」
たどたどしい口調で彼が言うには、私と付き合っていてもなんの刺激もないらしい。
私を傷つけないようにやさしい口調で話していたが、言っていることはそれだけだった。
それはそのとおりだ。なぜなら私は彼のコピーロボットなのだから。
私は、彼の望むように創られたロボットなのだから。
刺激を与えようにも、私にはそれがどうすればいいのかわからない。
私はただ、黙ってうなずくことしかできなかった。
涙が、自然とこぼれてきた。
数日後、彼が別の女性と学校内を歩いている姿を見かけた。
一緒に歩いているのは、一つ下の新入生。
自由奔放でわがままだけど、学内でも有名な美少女だった。
私にはないものをすべて持っている子だった。
彼女は、オリジナルだった。
コピーしか出来ない私には、決して勝てない相手だった。
私は、コピーする相手を失った。
それからしばらくは、彼のことを思い出そうとすると
とても悲しい気持ちになった。
胸がはちきれそうで、気が狂いそうで、どうしようもなかった。
私の中にはコピーした彼がいっぱいだった。
なにをするにしても、どんなことをしようとしても、そこには彼のコピーがあった。
なにかしようとすると、コピーと共にあふれてくる彼の記憶。
思い出したくない、過去の記憶。
だから私は、彼からコピーしたものを封印することにした。
だけど、私の中は彼からコピーしたものでいっぱいだった。
マルボロ
ライト メンソール。グリーン・デイズ。
映画
ボディーガード小さな子猫。
道端の花。
いわし雲。
そして……………。
私は、なにもすることができなくなってしまった。
私は、ただの壊れた人形になった。
やがて私は20歳になり、成人の日を迎えた。
中学時代のなつかしい仲間たちが集まる同窓会が催され、まだ壊れたままだった私も
なんとなく参加することにした。
ビシッとしたスーツに身を肩笑めた男の子や、晴れ着で着飾った女の子達が集う飲み屋の会場で
私はずっと壊れたまま、ひとりでお酒を飲んでいた。
周りではしゃぐ同級生達の姿を見ていると、
忘れかけていた中学時代の思い出がいくつか浮かんでは消えていった。
「どうしたの?元気ないじゃん?」
ふと気が付くと、私の隣には中学時代に仲の良かった親友が座っていた。
彼女と会うのはずいぶんと久しぶりだったが、とても綺麗になっていた。
中学時代、私が一番コピーした相手。
その髪型や、言動、そして趣味の切手集めも。
「実は彼氏と別れてね…」
すこしためらった挙句にそう口を開くと、あとはまるで堤防が壊れたかのように
いろいろなことをしゃべってしまった。
酔いも手伝ってか、ずっと心の奥にしまいこんでいた苦しみを、全部吐き出した。
気が付くと、彼女はうんうんとうなずきながら、じっと私の眼をみつめていた。
そして、彼女も、まるで呪いが解けたかのように、いろいろなことを話してくれた。
彼女も、最近彼と別れたばかりだと言った。
そして、私と同じように、思い出に苦しめられていると。
「でもね…」
彼女は手に持ったお酒のグラスを揺らしながら、その中の氷を見つめていた。
しかし、本当に見ているのは氷などではないことは、私にもよくわかっていた。
「私、付き合っていたこと、後悔したくないんだ。だから、たとえ辛い思い出だったとしても
その中でこれから先の人生で生かせるものがあればそうしたいと思ってるの」
この子は強いな、と私は思った。
私にはそんなこと絶対に言えない。
なぜなら、コピーすることでしか生きることができないコピーロボットだから。
こんなにも強い心を持った子だから、私も中学のときにたくさんコピーしたのだ。
だけど……
その心の強さまでは、コピーすることはできなかった。
所詮、私は壊れた人形なのだから。
そのとき、彼女が不思議なことを言った。
「あなたが飲んでいるお酒、おいしそうだね。それ、なんて言うの?」
私は意表をつかれながらも、自分が手に持っているカクテルの名前を答えた。
「へぇ、あなたそんなの知ってるなんてすごいね」
このカクテルは、大学の友人からコピーしたものだった。
彼女は持っていない、彼女からはコピーすることができないものだった。
「いいなぁ、私も飲もうかな、それ」
彼女がカクテルを注文すると、バーテンダーが様々な材料をシェイクして、
私と同じ飲み物を作り上げていった。
お酒と材料が混ざり合い、産み出す不思議な力。
そのとき、私はあることに気付いた。
「これは…私だ」
カラン、と、手に持ったグラスの中の氷が混ざり合う音が響いた。
私もカクテルと同じだった。
いろいろな材料が混ざり合って、出来上がった存在。
あらゆるものをコピーして、ひとつの人格となった存在。
だけど、それは元にあった材料やお酒ではなく、
「カクテル」という名を新しくもらった、まったく違うものであった。
そして、私も。
さまざまなものをコピーして、私のなかに取り込んでいった存在なのだ。
ひとつひとつはコピーかもしれないけれど、
交じり合うことで、まったく違う存在となっている。
私が選んで、おいしくシェイクした、カクテル。
それが、「私」なのだ。
「これ、おいしいね」
彼女が笑いながら、私からコピーしたカクテルをゆっくりと飲み干していた。
もしかしたら彼女は、そのカクテルを飲むたびに
私のことを思い出すかもしれない。
それは、私が新しく産み出した、私のオリジナル。
そうなればいいなと思いながら、私はアルコール分を含んだ吐息をゆっくりと吐き出した。
私の中に、新しいなにかが生まれた瞬間だった。
私は、コピーロボット。
自分の意志を持った、コピーロボット。