アンドロギュノス(上) 2002/8/29

 

 

<アンドロギュノス>

・プラトン作「饗宴」の中で想定される人間の原初的な姿で、男女二人が一体となっているもの。

・両性具有。男女両性を備えた神話的存在。相対立するものの一致、全体性などの象徴とされる

・医学→アンドロギュノスは母体の中で男性に進化する過程が不十分で、ヴァギナとペニスの両方

をもって生まれてきてしまった変異体をさす。

〜〜辞書より抜粋〜〜

 

 

 

僕は、生物学上はまぎれもない「男」だ。

しかし、このインターネットの世界では、「女」として存在している。

俗に言う、「ネカマ」…つまり、ネットオカマ。

男性がネット上で女性を演じることを指す造語であるが、

僕は、まさにその「ネカマ」だった。

 

 

 

最初のきっかけは、たぶんたわいもない興味からだったと思う。

 

はじめてはじめたインターネット。

そこで初めてプレイしたインターネットゲーム。

それは、仮想空間で見知らぬ人同士がモンスターを倒して冒険をする

いわゆるネット通信型ロールプレイングゲーム。

僕はそこで、「女」として冒険者になることにした。

 

ゲームをスタートしてキャラクターを創造する際、

「きっと女の子でいたほうが、他人が親切にしてくれるだろう」

という思いから、僕は女性キャラクターを選択した。

名前は「aico」。

僕が大好きなアーティストから取った名前だ。

年齢は21歳。英語を学んでいる女子大生という設定だった。

 

本音を言うと、女性を演じることに若干ではあるが興味があったことは事実である。

もし自分が本当はかわいい女の子だったら…

いろいろな男の子たちから言い寄られて、

それを軽いタッチでかわしていくような軽快な女の子だったら…

もしかしたら僕の、この薄暗い人生はもう少し変わっていたかもしれない。

 

しかし、いくら正体のバレないインターネットの世界とはいえ、

多少の罪悪感は伴った。

騙された相手はどう思うだろう…

もし自分が騙されていたら、どうするのだろう…

だけど、心の奥から湧き上がってくるなにかに

僕は逆らうことができなかった。

「相手が本気になる前に、どこかに消えてしまえば大丈夫だろう」

そんな自己弁解を、心の中で呪文のように反復しながら…

 

 

 

ほんの少しの興味と、

ほんの少しの下心と、

ほんの少しの本音と、

ほんの少しの罪悪感が入り混じったなかで、

僕は、「aico」という存在を、この仮想世界で創造した。

 

 

 

僕は、ネットゲームをするにあたり、

完璧に「女性」となるように努力した。

aico」は、僕の中にある理想の女性像そのものだった。

少し勝気な性格。

時々見せる、弱気なしぐさ。

いざというときの、いさぎよい心意気。

そして、会話の端々に見えるかわいらしさ。

 

ゲームの世界の中で、

aico」はまぎれもない女性だった。

 

 

そんな仮想世界の中で、

aico」にも、友人と呼べる仲間ができた。

 

一人目は、戦士のキャラクターを操る女性「ガイア」

こっそりと聞いたプロフィールによると、自称23歳の大学生とのことだった。

二人目は、魔法使いのキャラクターを演じる女性「エンジェル」

「ガイア」に聞いた話によると、自称現役女子高生だという。

三人目は、盗賊のキャラクターを演じる性別不詳の「レン」

「レン」は謎の多い人物で、この世界での噂では「女性ではないか?」と言われていた。

 

 

彼ら3人と、僧侶を演じる自称女子大生「aico」の4人は、

いつもいっしょに冒険を楽しんでいた。

仮想世界での苦難をいくつも乗り越え、

僕らの中には、仲間意識以外のなにかが生まれようとしていた…

 

 

 

ガイア:「よぅ、aico!元気か?」

ゲームの世界の中で、「ガイア」が能天気な挨拶をしてきた。

「ガイア」は男らしい性格で冗談のセンスも良く、

男の僕から見ても、けっこういい男だった。

もしこの仮想世界に僕が男として存在していたのなら、

この「ガイア」のようなキャラクターになりたかったと思うだろう。

その「ガイア」と「aico」はけっこう気が合うので、

いつも気兼ねなくなんでも話す仲だった。

aico:「やっほー♪ あたしは元気だよー(^-^)

いつものように僕はそうキーボードに言葉を打ち込んだ。

ガイア:「そうそう、戦士の『ランド』って知ってるか?」

その名前には聞き覚えがあった。たしか結構レベルの高い戦士で、

aico」も何度か一緒に冒険に出た記憶がある。

aico:「知ってるけど…それがどうしたの?」

僕は少し嫌な予感がした。

前にも「ガイア」に同じようなことを聞かれたことがあるのだ。

その時は確か……

 

 

ガイア:「なんかな、その『ランド』が、その…お前に気があるみたいなんだよ」

 

 

あぁ、やっぱり前回と同じだ。

僕はパソコンのディスプレイを見つめながら、小さくため息をついた。

 

この世界で、「aico」はけっこう男性に人気があった。

僕個人の感情からすれば、それはあたりまえだった。

なぜなら、「aico」は僕の「理想の女性」なのだから。

 

最初の頃は、今回のような話を聞いたり、告白されたりすると

うんざりしたり、はげしい拒絶感があった。

それは、言葉で表現すると…

「自分の理想の相手に告白されている」ように感じたからだ。

ある意味嫉妬といえないことはないかもしれない。

だけど、最近は僕も少し変わってきていた。

いままでと同じようにうんざりしたりあきれたりしていたが、

それは、言葉で表現すると…

「自分が告白されて純粋に困っている」だった。

いつのまにか、僕は「aico」になっていたのだ。

 

 

aico:「…そっかぁ、m(_ _)m剤叺 あたし興味ないわ」

ガイア:「いや、そうだと思ったよ(笑)すまん、変なこと言って。

けど、aicoって結構身持ち堅いなぁ(^^;)

aico:「そんなことないけど…興味ないからさぁ」

僕はすこし焦りながら、こうキーボードに打ち込んだ。

やばい、下手なことをすると正体がばれてしまう…

しかし、「ガイア」はそんなことに興味が無いのか、

すぐに話題を別の方向に逸らしてしまった。

 

そして、しばらく彼と話をするうちに、

話は妙な方向に進んでいった。

ガイア:「あのさ、aico?」

aico:「えっ?なぁに?」

ガイア:「その……『エンジェル』ってどう思う?」

僕は、思わずキーボードを打つ手を止めてしまった。

彼は、一体なにを言いたいのか…

 

『エンジェル』は、『ガイア』の入手した情報によると現役女子高生で、

僕の目から見てもかわいらしい女の子の「キャラクター」だった。

ただ、なんとなくであるが、本当の女の子とはちがうような違和感を感じないではないのだが…

 

 

さりげなく会話を進めていって、「ガイア」に詳しく話を聞いてみると、

なんのことはない、実はこういうことだった。

ガイア:「aico、秘密だぜ?実は…俺、『エンジェル』のこと

好きになったみたいなんだ」

aico:「……」

 

 

なるほど、そういうことですか。

僕には、彼の気持ちもわからなくもなかった。

たしかに、「エンジェル」は異性に大変人気があった。

僕も女性キャラを演じていなければ、彼女に惹かれていたかもしれない。

しかし、今や「女性」になりかけている僕には、

正直あまり興味がわかなかった。

奇妙なまでに冷静な目で、僕は「エンジェル」のことを見ていたから。

 

 

 

aico:「そっか!なんか、あたし、『ガイア』のこと応援しちゃうね♪」

僕はその場しのぎにそれだけを言った。

だが、心の中では本当に「ガイア」を応援する気持ちでいっぱいだった。

このインターネットという仮想空間でも、正々堂々と「男性」として存在している

彼の潔さに好感を抱いてることも理由の一つであった。

彼には僕みたいな「不完全な女性」ではなく、きちんとした女性と幸せになってもらいたい。

純粋にそう思っていた。

 

 

そのとき、

エンジェル:「あーふたりともいたんだぁ♪おっまたせ〜〜♪」

レン:「悪い悪い。今仕事が終わって接続したよ。冒険に行こうか!」

と、タイミングよく遅れてきた「エンジェル」と「レン」が合流した。

僕ら4人はいつものように、

このゲームの世界での冒険を再開した。

 

 

 

危険な敵との戦いを繰り広げながら、

僕は先ほどの「ガイア」の言葉が頭の奥にずっと残っていた。

ガイア:「aico、秘密だぜ?実は…俺、『エンジェル』のこと

好きになったみたいなんだ」

 

 

……よし、僕は「ガイア」を応援しよう!!

 

 

 

この、いびつでゆがんだ仮想世界の中で、

僕は偽りの存在であることをごまかすかのように、

真実の恋を求める「ガイア」の恋を、

応援することに決めたのだった………

 

 

 

 

 

 

 

アンドロギュノス(下)に続く。