アンドロギュノス(下) 2002/9/2

 

 

 

<アンドロギュノス>

・プラトン作「饗宴」の中で想定される人間の原初的な姿で、男女二人が一体となっているもの。

・両性具有。男女両性を備えた神話的存在。相対立するものの一致、全体性などの象徴とされる

・医学→アンドロギュノスは母体の中で男性に進化する過程が不十分で、ヴァギナとペニスの両方

をもって生まれてきてしまった変異体をさす。

〜〜辞書より抜粋〜〜

 

 

 

 

登場人物

aico」……………「僕」がネットゲーム上で創造した「ネカマ」のキャラクター。

「ガイア」…………自称 大学生の男性。「エンジェル」に片思いしている。

「エンジェル」……自称 女子高生。かわいらしい性格の持主。

「レン」……………男性キャラを操る正体不明の謎の人物。

 

 

 

 

 

「ガイア」の告白を聞いたあと、

僕…すなわち「aico」は彼の恋愛を援護をするようになった。

 

まず、なにかとふたりをセットで行動させるようにした。

たとえば4人でいても二人ずつ行動しなければならないとき、

グループはかならず「ガイア」&「エンジェル」、「aico」&「レン」になるよう

なにげにみんなを誘導した。

 

次に、僕と「エンジェル」が二人きりになるようなとき、

さりげなさを装って「ガイア」のことを誉めてみたりもした。

 

 

そんな行動をかさねていくうち、

なんとなく二人はいい感じになってきているように

そのときの僕には見えた。

 

まるで学生時代、

友達をくっつけようと四苦八苦したときのように、

僕は……いや、「aico」は

二人の幸せを願って、すべての労力を注いだ。

 

 

 

 

そんなある日、いつものように「aico」と「レン」が共に行動しているとき、

「レン」がふとこう語りかけた。

レン:「aicoってさぁ……いい子だよね?」

aico:「えっ?」

 

「レン」は、普段から必要以上のことはほとんどしゃべらない人で、

主にプライベートの話など一度も聞いたことが無かった。

男性キャラでありながら自分のことを「私」というところも、なにか中性的な感じがして、

その正体が不明とか、もしかしたら女性かもしれないと噂されていた。

もっとも正直なところ、「aico」にとってそんなことは関係なかったが。

 

その「レン」が、「aico」に向って初めて

普通のことを語りかけてきたのだった。

 

aico:「えっと…どういうことかな?」

レン:「いや…君さ、『ガイア』と『エンジェル』を

くっつけようとしてるだろ?だからさ…」

aico:「……」

 

 

ばれていた。。。。

僕は、キーボードを打つ手を完全に止めてしまった。

aico:「そ、それは…」

レン:「いや、気にしなくていいよ。見てたらそりゃあわかるしさ」

aico:「…そっか……」

本当だったら、それらすべてのことが、

本来の僕にとってはどうでもいいことのはずだった。

見知らぬ男と女がどうなろうと、

僕には関係ないことのはずだった。

 

なのに、いつからだろう……

aico」という女性のキャラクターを創造し、

僕が「aico」を、僕の理想の女性と演じていくにつれ、

僕の心は、いつのまにか本物の「aico」になっていっているような

そんな不思議な感覚を覚えていた。

 

友達を気遣い、その幸せを祈るような、そんな……

 

aico:「あたしは…ただ……」

レン:「いや、そういうの、私けっこう好きだよ」

 

「レン」の「好き」という言葉は

aico」に対する恋愛感情というものではなく

単純に好き嫌いのものであることはわかっていたが、

このとき、僕ははじめて

自分が「aico」として確かに「存在」していることを

初めて実感することができたのだった。

 

 

 

レン:「ただ、だからこそひとつ、言っておきたいことがあるんだけど」

aico:「な、なにかな?」

そのとき、急に「レン」の口調がかわった。

どうやら今までの話はあくまで前段であり、

これから言わんとすることが、「レン」が一番僕に伝えたかったことのようだ。

僕は、固唾を飲んで「レン」の言葉を待った。

しかし、「レン」の言葉は、僕の想像をはるかに越える

衝撃的なものだった。

 

 

 

 

レン:「あのさ、これはあくまで私の推測でしかないんだけど…。私はさ……」

 

 

 

 

 

レン:「『エンジェル』は、『ネカマ』じゃないかと思うんだ」

 

 

 

 

僕は、ディスプレイに浮かんだ「レン」の言葉を見つめたまま、

その衝撃に完全に言葉を失ってしまった。

 

レン:「私はネット暦けっこう長いんだけど…なんとなく、さ」

aico:「……」

レン:「実在の女の子としては、ちょっと存在感が薄いんだよ。うまく言えないけど」

aico:「……」

レン:「あんまり他人を中傷するようなことはいいたくないんだけどさ……」

 

「レン」は、それだけ言うと口をつぐんでしまった。

そのときになって、ようやく「レン」がなぜこのことを「aico」に教えてくれたのか

僕は理解することができた。

「レン」は、もともと「エンジェル」のことを「ネカマ」ではないかと疑っていたが、

二人のためにいろいろと手を尽くしている「aico」の行動を見て、

このままでは「ガイア」も「aico」も傷付くと思って警告してくれていたのだ。

 

僕は、目の前がまっくらになるような感覚に襲われた。

 

aico:「わたしは……なにかできればと思って……それで……」

レン:「わかってる。aicoは決して悪くはないんだ。ただ……」

aico:「……」

 

 

僕は、悔しくてしょうがなかった。

誰かのために、なにかできると思ったのに…

 

 

 

だけど…いや、まだ遅くはない。

 

 

まだ、僕にできることは…ある。

 

 

 

aico:「『レン』、ありがとう、教えてくれて」

レン:「いや、いいよ別に。『仲間』だろ?」

僕の心に、「レン」のやさしさが心に染みてきた。

偽りの世界の中で、「レン」のこの言葉と、

僕のいまの気持ちだけは、偽りではないと信じることができた。

 

 

 

 

次の日、僕は「エンジェル」を呼び出した。

まわりにはだれもいなくて、二人っきりで話ができる静かな場所に。

 

エンジェル:「aicoちゃん、どうしたのぉ?急に呼び出して(^^)

「エンジェル」のこのかわいらしい言葉を打ち込んでいるのが「男」だと思うと、

僕の心に嫌悪感が芽生えてくるがわかった。

今の僕は、「ネカマ」だけれども、心は「女性」だった。

まぎれもない、「女性」だった。

 

決着だけは、つけなければならない。

 

 

aico:「おはよう、今日は呼び出してごめんね」

僕は、自分の心臓が飛び出すかのような感じを覚えた。

今日、すべてが決まる。

もし違っていたら……すべて終わりだ。

 

aico:「あのね、『エンジェル』…」

エンジェル:「うん?なぁにぃ?」

aico:「『エンジェル』ってさぁ…『ガイア』のこと、どう思う?」

エンジェル:「えっ?どうって…いいひとだよねぇ。なんかお兄ちゃんって感じで」

aico:「それだけ…?好き…とかは?」

エンジェル:「ええー!?そんなこと思うわけないじゃーん(^^*)

あたしはみんな大好きだもん♪」

こいつは、すべてわかっている。

僕の、「女性」としての直感がそう告げた。

「エンジェル」は、「ガイア」の気持ちがわかった上で、弄んでいる!

ぼくは、パソコンの前で大きく息を吸い込んだ。

そして、思い切って、その言葉をキーボードに打ち込んだ。

 

 

 

aico:「『エンジェル』…あなた、本当は『ネカマ』だったのね……」

 

 

 

沈黙は、とても長かったように感じた。

まるで、永遠の時のように感じた。

お願い、間違いであって!

そう願いながらも、間違えようが無いことを、「aico」はわかっていた。

 

 

そして、「エンジェル」の口から、衝撃的な言葉が飛び出してきた。

 

エンジェル:「…なーんだ、気付いてたのか。つまんないの」

 

僕は、その言葉を見たくなかった。

 

 

だけどそれが、「真実」

 

 

 

aico:「……こんなこというつもりはなかったんだけど…

『ガイア』がかわいそうで……」

エンジェル:「そういうあんただってどうせ『ネカマ』なんじゃねえの?

なにそんなにゲームごときで真剣になってんの?

おかしいよ、そんなの」

aico:「『ネカマ』だろうとなんだろうと、そんなのは関係ない!

たとえこの『仮想世界』であっても……

たとえ、それが現実と違っていても……

それがこの世界では真実なんだから……」

 

 

 

僕は、いつのまにか涙を流していた。

遊び半分で始めた、女性のキャラクターでのゲーム。

最初は、なんとなくちやほやされることに優越感を感じていた。

罪悪感から、決してウソはつかないようにしてきた。

これ以上、ウソを塗り重ねないために……

たとえ、現実の世界において自分が「男」であろうとも、

今この世界での僕は「女性」だ。

誰がなんと言おうと、僕にとって「aico」は、もうひとりの僕。

女性と男性の心を持った、アンドロギュノス。

 

 

 

 

気が付くと、「エンジェル」は消えていた。

そして、それから二度と「エンジェル」という名の存在が

この世界に現れることはなかった。

 

 

 

 

偽りだらけのこの世界で、

まっすぐな気持ちをぶつけていた「ガイア」は、

それからしばらくはふさぎこんでいた。

 

好きだった人が突然失踪したことで、

彼の心はうつろな状態になっていた。

 

僕は、彼のそんな純粋な心を

なぐさめるためにいろいろと相手をした。

 

それが、僕がこの世界で、

aico」としてできる最後の仕事だった。

 

 

 

しばらくたったある日、

「ガイア」もだんだん元気になってきて、

心の傷がだいぶいえたように見えたこともあって、

僕は、自分にけじめをつけるためにも

aico」をこの世界から「消滅」させることを決めた。

 

aico」の消滅は、

僕がアンドロギュノスでなくなることを意味していた。

アンドロギュノスも最後には

ゼウスの力で男と女に分割させられたという。

 

 

僕にも、そのための儀式が必要だった。

 

 

そして、その儀式には、

アンドロギュノスを分割させた

「ゼウス」の存在が不可欠だった。

 

 

 

そのために、僕は「レン」と

最後に話をすることにした。

 

 

 

 

レン:「どうしたんだい?こんなところに呼び出して…」

僕は「レン」を静かな場所に呼び出していた。

ここなら、ゆっくりと二人きりでどんなことでも話すことができる。

 

aico:「あのさ…実は…、このゲームから引退しようと思うんだ」

レン:「……そっか………」

「レン」はいつものように言葉少なだったが

なにも聞かない「レン」の優しさが、心に染みるようだった。

aico:「ただ、最後にね、『レン』に伝えなければいけないことがあるんだ」

レン:「…私に?」

aico:「うん。実はね……」

レン:「……」

僕は深呼吸をすると、思い切って決定的な言葉をキーボードに打ち込んだ。

 

 

 

aico:「あたしは…いや、『僕』は、本当は……『男』なんだ」

 

 

 

レン:「……」

 

 

 

 

時間が、止まったような錯覚を覚えた。

 

 

だが、そんな僕の告白に対する「レン」の答えは、

僕の予想を大きく裏切るものだった。

 

 

 

レン:「…そんなこと…」

 

 

 

レン:「そんなこと、とっくに気付いてたよ」

 

 

 

aico:「えっ!?」

僕は、「レン」の信じられないような言葉に自分の動きが完全に止まってしまった。

 

 

 

 

レン:「そんなこと、わかってたよ。だけど、この世界は『仮想空間』

たとえ現実とは違ってたとしても、それはあたりまえのことじゃないか?」

aico:「……」

 

レン:「たしかにこの世界には、故意に女性になりすまして

他の男性を弄ぶような不愉快な輩もいる。

だけど君は、

たとえ本当は男であったとしても、この世界ではまぎれもなく『女性』だった。

それは…やっぱり、この世界では『真実』だよ」

 

aico:「……『レン』……」

 

レン:「…わかったうえで、私はやっぱり、君みたいに

他人のことを大切に思える人が好きなんだよ」

 

僕は、目頭が熱くなるのを感じた。

「レン」の言葉は、僕の心に深く染み入ってきた。

救われたような、癒されたような、探していた答えを見つけたような…

そんな不思議な感情が、僕の心の中を満たしていった。

 

レン:「だけど、もし、君が『女性』としてその存在を偽ることをいけないことだと思うなら、

もう一度『男』としてやりなおしてみるのもいいかもね」

aico:「……」

レン:「私は、いつかまた君と会える日を待っているよ。

だって、この世界での数少ない『友達』のひとりだからね」

 

aico:「……ありがとう、『レン』」

 

この瞬間、僕の儀式は無事に完了した。

 

アンドロギュノスは、もうアンドロギュノスではない。

心を分かち、男性として歩むことを決めた「人間」になったのだ。

 

そのことを「レン」に告げると、

「レン」はうれしそうに同意したあと、最後にこう教えてくれた。

 

 

レン:「君の心に免じて、私も本当のことを言うよ。

実は私、『女性』なんだ」

 

 

aico:「……あははは!そうだったんだ!」

 

 

レン:「あぁ。この世界では男性キャラで生きてるけど、

それこそこの『仮想空間』の醍醐味だと思ってるしね。

    1. ネット恋愛とかそういうのに巻き込まれたくなかったからさ」

 

僕は、彼女がなぜ

いろいろなことに気付いて、その上で受け入れていたのか

このときようやく知ることができた。

彼女もまた、僕と同じようにアンドロギュノスだったのだ。

 

 

 

aico:「それじゃ、いろいろありがとう…」

レン:「ああ、またどこかで会える日を待ってるよ」

aico:「うん…またどこかで会おうね!」

 

 

 

僕は、最後にそう言うと、

彼女と、この世界と、

そして、もうひとりの僕に

永遠の別れを告げたのだった。

 

 

 

 

end