線香花火
2002/8/23
待ちに待った日がついにやってきた。
俺は愛車シルビアのハンドルをしっかりと握り締めながら
約束の場所に向かってアクセルをしっかりと踏みつけた。
あこがれのあの子との、はじめてのデート。
ここまでこぎつけるのに、大変な労力を費やしたものだ……
俺は胸のポケットから煙草を取り出すと、車のウインドウを開けて
新品のジッポでおもむろに火をつけた。
煙草の煙が窓から外へと流れていった。
あの子は、俺の大学のクラスメートだった。
入学当初は、大して目立つ存在ではなかった。
化粧もしない比較的地味な子で、ただ授業だけはまじめに受けていた。
俺はあまりまじめに授業を受けるタイプではなかったので、
いつも友人達とバカ騒ぎをしては、自由気ままに遊びほうけていた。
最初に接点ができたのは、大学に入って最初の試験のときだった。
遊びすぎたツケで、俺たちはまったく授業についていけなくなっていた。
そんな俺たちがこの苦境を脱するための手段、それはノートのコピーしかなかったのだ。
そんなとき、初めてあの子とまともにしゃべることになった。
嫌な顔一つせず貸してくれたあの子のノートには、
とてもきれいな字で、しっかりと授業の要点がまとめてあった。
そのおかげで、俺たちはなんとかぎりぎりの点数で単位を取得することができた。
「感謝祭」と銘打たれた飲み会で、俺たちはノートを貸してくれた人たちに
せめてもの感謝の意を表した。
その中に、当然彼女の姿はあった。
偶然隣の席に座った彼女とお酒を飲みながら話をしていくうちに、
俺はどんどん彼女に引かれている自分に気付いた。
彼女は、まじめなのにもかかわらず、意外と面白かった。
俺の趣味との接点も、意外と多かった。
俺の面白くも無い冗談に、意外にも彼女は笑ってくれた。
気がつくと、俺は彼女に恋をしていた。
それから、俺の涙ぐましいまでの努力が始まった。
まずは友人たちにこのことを気付かれないように、彼女のことを調べた。
生年月日、血液型、好きなもの、趣味。
苦労の甲斐があって、ある程度の情報を集めることができた。
次に、さりげなく彼女に接近していった。
授業のとき、隣に座ってくだらない話をしてみたりした。
分からない部分があると、まじめなふりをして質問してみたりした。
そんな努力を繰り返したおかげか、ついに俺に大きなチャンスがやってきた。
さりげない会話をしているとき、ふと話題が映画の話になった。
どうやら彼女は見に行きたい映画があるらしい。
俺はこのチャンスを神に感謝し、脳細胞をフル活動させて
的確な言葉を紡ぎ出していった。
「あたし、ブラット=ピット好きなんだよね、いま上映している映画見に行きたいなぁ」
「あー俺もあの映画見に行きたいと思ってたんだ。んじゃ、せっかくだし、
一人で見るのもつまらないから一緒に見に行こうか?」
内心、心臓バクバクだ。
断られたらどうしよう。俺の本心がばれたらどうしよう。
さりげなさを装ってみたが、いつのまにか俺の頬を一筋の汗が伝って落ちていった。
「…うん、いいよ!よかったぁ、一緒に見に行ってくれる人がいて」
「あはは、俺もだよ。そんじゃ、今週の土曜日でどう?」
「うん、もちろんいいよー。土曜日はバイトも休みだし」
「おけおけ。んじゃ、俺の車で迎えに行くよ」
俺は、飛び上がって叫びたい気持ちでいっぱいだった。
それどころか、なんとも都合のいい俺の思考回路は、
「こいつ、もしかして俺のこと好きなんじゃないのか?」
まで発展してしまっていた。
今回のデートに際して、
俺の準備は用意周到で、かつ万全だった。
まず、愛しのシルビアをきれいに洗車した。
ワックスまでしっかりかけたので、顔が写るくらいぴかぴかである。
次に、とっておきのいっちょうらを着た。
上から下まで、合計金額は
5万円を超えている。そして、かっこつけ用に近所のドン・キホーテでジッポを購入した。
普段は
100円ライターしか使わない俺だが、今日は特別だ。ひそかに昨日の夜、片手で火をつける練習などしてみたが、
うまくいかなかったので諦めることにした。
そして、きわめつけが、最終手段として購入した「花火一式」である。
中でも「線香花火」は、今回のミッションで重要な位置を占めていた。
約束が決まってから、ずっと考えていた理想のデートプラン。
そして、劇的に演出する告白のシーン。
ついでに、告白成功後のラブシーンまで想像しながら、
俺は今日という日を迎えたのだった。
「…今日の映画、ほんとおもしろかったなぁ?」
「うんうん、やっぱりブラピってカッコイイよねぇ…
あ、わざわざ車出してくれてありがとうね」
「へっ、気にするなよ」
俺はさりげなく優しさをアピールしながら、使い慣れていないジッポで
不器用に煙草に火をつけた。
今のところ、作戦はほぼ成功していた。
映画も見た。もちろん内容も事前にチェック済だ。
夕食の誘いにも乗ってくれた。雑誌とインターネットを駆使して探し出した
瀟洒なレストランに招待した。
会話もばっちりはずんでいた。ぬかりは何一つ無いはずだ。
しかし、予想したほどラブラブな雰囲気に持っていくことはできなかった。
俺達を見た人のうちの何人が、俺達がカップルだと思ってくれたのだろうか……
そう不安に思えてしまうほど、彼女は俺と普通に接していた。
あるいは、俺が単に緊張しすぎているだけなのか?
そこで、ついに俺は、とっておきの最終手段にでることにした。
「あ、そうだ。この前友達と使った花火があまってるんだけど、
せっかく夏だし、余らせておくのももったいないから一緒にやらないか?」
さりげなさを装って、俺は彼女にそう提案した。
……もちろん、これはウソだ。
だが、ウソだとばれないように、
なんとなく余ったように見せるためにわざと花火の袋を開けておいたり、
何本か使ったふりをして事前に花火を抜いておいたりと、事前工作にはぬかりない。
「あははっ、そうだねぇ、せっかく夏だし。それじゃ、うちの近所の海でやろっか?」
よしっ!引っかかった!
俺は心の中でガッツポーズを繰り返した。
これで俺のパーフェクトストーリーの最終段階へのお膳立ては完了だ。
あとは、最後の仕掛けを成功させるだけだった。
あまり数が多いと怪しまれるので、なるべく少なく持ってきた花火は
あっという間に使い切ってしまった。
彼女も少し不満そうな様子で、
「また今度ちゃんとやりたいね!」などと、
予想もしなかったうれしいことまで言ってくれている。
思わず俺は告白してしまいそうになってしまったが、まだまだ早い。
クライマックスはこれからだ。
俺の作戦はこうだった。
名付けて、「線香花火でラブラブアタック!」
………………
まず、
2人で線香花火を楽しむ。そこで、俺はこう言う。
「ねぇねぇ、知ってる?線香花火って、願い事をしながら最後まで火を落とさずにいると
願いがかなうって言うんだよ」
「えーほんと?」
「あぁ、じゃあためしにやってみようよ」
そして、ふたりで線香花火に火をつける。
当然、俺の線香花火は最後まできちんと燃え尽きるのだ。
「うまくいったね。ねぇ、どんなお願い事をしたの?」
「それはね…」
俺は、一息置いたあと、こう言う。
「君と付き合えますようにって、お願いしたんだ」
「えっ!?」
頬を染める彼女。
「…俺と付き合って欲しい」
「………は、はい。喜んで!」
………………
パーフェクトだ。これで落ちない女はいないはず。
俺は、勇気を振り絞って、この最終作戦を実行することにした。
「それじゃ、線香花火でもしようか?」
「うんうん!あたし、線香花火大好きなんだ」
よし、予想通りだ。
世の中、線香花火が嫌いな女なんて、そうそういない。
次は、例の台詞を言うんだ!
「あ、そうそう、知ってる?」
「えっ?なにを?」
「線香花火って、願い事をしながら最後まで火を落とさずにいると、
願いがかなうって言うんだよ」
生まれる一瞬の空白。
次の瞬間、彼女は小さく笑いながら、こう言った。
「あははっ、だったら最後まで落とさずにがんばりたいね!
でも……ここの海、風強いから、ちょっとむずかしいかもね?」
俺はこの瞬間、自分の作戦の致命的な欠点に気が付いた。
そう、ここは海。
海風が強く、普通の花火ならともかく、線香花火を最後まで燃やすのは
現実的に不可能に近いことだったのだ!
案の定、いくつか火をつけてみるが、すぐに火種が落ちてしまった。
とてもではないが、最後まで燃やし尽くすは無理だ。
俺は、内心かなり焦っていた。
ここまでの作戦はほぼ完璧だった。
だが、最後の最後の、一番肝心なところでしくじってしまったのだ。
俺はムキになって、いくつもいくつも線香花火に火をつけていった。
気が付くと、線香花火の燃えカスが自分の足元にたくさん散らばっていた。
そして、手元には、最後の一本となった線香花火が残されているだけだった。
「……ねぇ、なんでそんなにむきになってるの?」
俺の焦りに気付いてか、彼女が怪訝そうに首をかしげた。
や、やばい。俺の作戦がばれてしまう。
「い、いや……別に……」
「そんなに、叶えたい願いがあるの?」
俺ははっとして彼女の顔を見た。
薄暗くてはっきりとは見えないはずだったが、
なぜか俺はすぐに顔を逸らしてしまった。
やはり、神様は存在しないのか…
一番肝心なときに、ヘマをしてしまうなんて…
思い返せば、昔から俺はそうだった。
中学の部活動、バスケ部だった俺は、大事な試合の直前にけがをして出場できなかった。
高校の冬。好きだったあの子をデートに誘った日、俺は風邪を引いてダウンしてしまった。
大学受験の直前。俺は原因不明の腹痛を起こして、本命校に落ちてしまった。
そして、やっぱり今回もだめなのか……
俺は、どんよりとした気持ちのまま、最後の線香花火に火をつけようとした。
そのとき、線香花火のまわりを、なにかが包み込むのを感じた。
それは………彼女の、薄暗い闇の中でも浮かんで見えるほど白い、その両手だった。
なんと、彼女が両手を線香花火にかざして、風よけにしてくれているのだ。
「……そんなに真剣になるほど大事なお願いなら、あたしも協力するよ」
俺は、言葉を失ってしまった。
俺は今まで、自分ひとりでどうにかしようとずっと思っていた。
相手のことなど考えずに、ずっと自分のことだけを考えていた。
そして、どうにもならない状況に追い込まれると、いつも俺は逃げ出していた。
だけど、今は違う。
助けてくれる、「手」がある。
「頼む、神様。もう自分のことなんてどうでもいい!
だから……この線香花火を、最後まで……燃やしてくれ!」
俺は心の中でそう念じると、
意を決して、最後の線香花火の先に火をつけた。
パチ…パチ……
線香花火は、俺と彼女の手に守られながら、
ゆっくりとその美しい華を咲かせていった。
彼女も、火種が風で落とされないように、
精一杯その両手を広げて線香花火を守ってくれていた。
俺も、よこしまな思いをいつのまにか忘れて、
ただ一心にこの華が永遠に咲きつづけるように祈りつづけた。
そして…
線香花火は、途中で落ちることもなく、
最後までその美しい姿を俺達に映し出してくれた。
「……最後の最後でうまくいったね?」
彼女がうれしそうに俺に語りかけた。
「あぁ……本当によかったよ」
「……ねぇ、そんなに真剣に、なにをお願いしたの?」
「……ん?」
俺は、すこしためらったあと、彼女にこう言った。
「この線香花火が、最後まで綺麗な華を咲かせてくれますようにって、願ったんだ」
あはははっ、と彼女が透き通るような声で笑った。
俺もつられて、おおきな口を開けて笑った。
今日はじめての、飾らない俺の本当の言葉だった。
そして、俺は気付いた。
本当の気持ちは、ごまかしたりうわべなんかで
伝えるものじゃないということに。
それを教えてくれた線香花火に感謝しながら、
俺はゆっくりと立ち上がった。
そして、彼女に向き直りながら、
自分の素直な気持ちを伝えることを決めた。
俺の願いを叶えるため、
そっとその手を差し伸べてくれた君に……
「……あのさ、実は…………………」
<end>