マイペース 2002/9/15

 

 

 

 

 

「ヒメって、ほんっとマイペースだよねぇ」

友人エリコのそんな言葉に、私は少しだけ気分を害した。

「…そんなことないよ!あたしはエリコのほうがマイペースだと思うけどな」

ムキになって否定してみたものの、エリコは薄ら笑いを浮かべながら「はいはい」

などと軽薄な返事を返してくるだけだった。

 

まったく、失礼なヤツだ。

 

私から言わせてもらうと、エリコのほうがマイペースだと思う。

私の本名はマサコと言うのだが、エリコは私が「王女様のブラ●チ」に出ている

「ヒメ」という人に性格も行動も似ているという理由だけで

私のことをヒメと呼ぶ。

私はけっしてどこか遠い国のお姫様というわけでも、

お金持ちの令嬢というわけでも無いのに。

 

それに、今エリコが付き合っている彼氏だって実は3人もいる。

いわゆる「サンマタ」ってやつだ。

「どれか一人にしたら?」

なんて私は老婆心ながら忠告したりするのだが、

エリコはいつも今回のように薄ら笑いを浮かべるだけで

耳を貸す様子は微塵も感じられない。

 

おそらく100人に聞いたら100人とも、

私よりもエリコのことを「マイペース」と言うだろう。

そんなオンナに「マイペース」と言われるのは、

本当に癪でたまらない。

 

 

 

私とエリコはとある有名な企業の受付嬢をやっている。

毎日毎日、われらが愛する会社にちんたらとやって来る客に対して

「おはよーございまぁす」

なんて愛想を振り撒きながら、

毎日をつつがなく過ごしている。

 

はっきりいってつまらない。

 

そんな私たちだから、仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。

ただ他にも、「バッテラ」と意味不明のあだ名をつけられた先輩キョウコさん

(以前昼食にバッテラを食べていたので、エリコがそう名づけた)や、

化粧ののりが悪いと「生理休暇」などとほざいて欠勤する後輩サトコなど

同僚は何人かいるのだが、

なぜか、私とエリコは気が付くと一番の仲良しになっていたのだった。

 

 

 

さて、話を戻そう。

なぜエリコが私に対して「あなたってマイペース」と言ったのか。

それは、私の昨日の とある「行動」に起因している。

私にとっては至極あたりまえのことだと思うのだが、

どうもエリコから見ると「マイペース」な行動に見えるらしい。

 

 

実は昨日、私はデートをしていた。

お相手は数週間前の合コンで知り合った某有名企業のエリート営業マン。

私はエリコと違ってオトコにまったく興味が無かったのだが、

そのオトコがあまりにしつこいのと、エリコに

「あんた、そんなイイオトコ逃したら駄目よ!」

と説教されたのと、

おいしいものに目が無い私を

「浜松町プリンセスホテル」の有名レストラン「フラワーカンパニー」に

招待(もちろんおごりで)してくれるということで、

私はしぶしぶデートに合意したのだった。

 

 

偉そうなのであまり言いたくは無いが、実はこういうことは結構ある。

受付嬢という仕事柄であろうか。オトコの人によく誘われるのだ。

エリコは「あんた、黙ってればすごい美人だもんねえ」と言うが

私からすればそんなことはどうでもよかったし、

化粧とオトコ関係の派手さでいえばエリコには一生勝てそうもない。

 

エリコと違ってメンドクサイことが大嫌いな私は

そういったお誘いはほとんど断るようにしている。

ただ、私の心に深くヒットする提案をしてくれた相手に限定して

気が向いたときには付き合うこともあるのだ。

 

 

と、いうわけで。

なんだかんだで私はそのオトコと昨日の夜「浜松町プリンセスホテル」に行ったのだが、

12千円の「フラワーカンパニー」スペシャルフルコースは

予想以上にすばらしい味だった。

 

その間、相手のオトコは

「マサコさんは彼氏いるの?」とか

「マサコさんの趣味は?」とか

「マサコさんは、結婚とかって考える?」などと

うざったいことを聞いてきたが、

一応おごってもらっている手前、

「いえ、あたし彼氏ずっといません(本当はオトコがうざいので作る気が無い)」とか

「趣味は音楽鑑賞です(本当は演歌が大好き:特に香西か●り)」とか

「結婚なんて…あんまり料理もできないし(本当はカップラーメンしか作ったこと無い)」

などと愛想笑いを浮かべて答えたりしていた。

 

そして、おなかいっぱいになって満足した私は

「それじゃあ、今日はこれで…本当にご馳走様でした」

と頭を下げて帰ろうとしていた。

なぜなら、今日は21時からTS9チャンネル)で

私の大好きな「甘えん坊副将軍」という時代劇のスペシャル特番があるからだ。

時代劇が始まる前には帰宅する予定だったので、当然ビデオの録画などセットしていない。

 

21時までに家に帰る」

 

これは、私にとってどんなことにも優先しなければならないことだった。

 

 

 

天下の甘えん坊将軍、水戸光●を演じる俳優 松●ケンの、

まるで子供がおもちゃをおねだりするような甘えた笑顔を思い出しながら、

私が「フラワーカンパニー」のフルコースをおごってくれたオトコに

「それじゃあ…」と言いかけたそのとき、

 

「ねえ、マサコさん。もう少し時間いいかな?」

 

と、そのオトコが私よりも一瞬早くその言葉を口にした。

 

「ありません」

 

0.2秒で返事を返して、私が最寄の駅に向かって歩き出そうとすると、

「ちょ、ちょっと待って!」

と、あわてて「フラワーカンパニー」のフル…(以下略)オトコが追いかけてきた。

 

「何でしょう?私急いでますので…」

「そりゃないよ、ボクは『有楽町プリンセスホテル』のスペシャルスイートも

予約したんだよ?」

 

なんだこのオトコ。一人でそんな部屋に泊まるつもりなのか?

 

「すごいですねぇ、スイートなんて。…それじゃあ!」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!」

まだ追いかけてくるのか?このオトコ。

私の頭の中は「甘えん坊副将軍」を支える「キンさん、ギンさん」の

悪人をばっさばっさと投げ捨てる姿でいっぱいだった。

「…なんでしょうか?」

そのとき、「フラワーカンパニー」のフル…(以下略)オトコは

肩で息をしながら、私に向って予想外の一言を口にした。

 

 

「実は…スペシャルスイートルームでしか食べることができない、

『デリシャス=ワンダホー=デコレーションケーキ』を予約してるんだけど…一緒に食べない?」

 

 

…私は、思わず目を剥いて固まってしまった。

 

「有楽町プリンセスホテル」のスペシャルスイートでしか食べられない、

「デリシャス=ワンダホー=デコレーションケーキ」。

まさに、伝説といってもいい一品だ。

私もTVで一度だけ見たことがある。

それはもう、言葉では表現できないほどデリシャスでワンダホーな

デコレーションケーキだった。

 

私が、このケーキを食べる機会はこれからあるのだろうか…

 

私の心は、激しく揺れた。

この、「フラワーカンパニー」のフル…(以下略)オトコは

私のことをよく研究している。

私がなにに弱いのか、よく知っているのだ。

おそらく入れ知恵をしたのはエリコだろう。

 

 

だが、しかし。

今日の「甘えん坊副将軍」は、スペシャル番組だ。

なんと、特別ゲストに「天下の大将軍」を演じる里見●太朗も出てきて、

副将軍の松●ケンとくんつほぐれつのどたばた大活劇を繰り広げるのだ。

 

 

「デリシャス=ワンダホー=デコレーションケーキ」。

「甘えん坊副将軍」のスペシャル番組。

 

 

うーん。こんなに悩むことが、私の人生であっただろうか……

 

 

そこで、私はあるひとつの事実に思い至った。

そう、目の前にいるオトコ。

この、「フラワーカンパニー」のフル…(以下略)オトコ(名前はもう完全に忘れた)。

 

こいつが、はっきりいって邪魔だった。

 

私は深呼吸を一つ取ると、冷静に自分の置かれている状況を把握しなおした。

まず、「デリシャス=ワンダホー=デコレーションケーキ」。

たしかにそう簡単に食べれるものではないが、

もう二度と食べれないものではない。

対して「甘えん坊副将軍」のスペシャル番組。

こちらは、今回見逃すと、もう二度と見ることはできないかもしれない。

ましてや、「デリシャス=ワンダホー=デコレーションケーキ」のほうには、

正直ウザイ、「フラワーカンパニー」のフル…(以下略)オトコがついてくるのだ。

 

 

……答えは決まった。

 

 

私は、自分の中の葛藤に別れを告げると、

ダッシュで家に帰るべく、こう口を開いた。

「……『副将軍』が………」

 

「はい?」

「フラワーカンパニー」のフル…(以下略)オトコは、

私がなにを言ったのか理解できない、という顔で私を見つめた。

いかん、私としたことが、頭の中で考えていたことを口にしてしまった。

「…あ、ごめんなさい。私、どうしても帰らないといけなくて……」

「ええっ!そ、そんな……」

私がデートの誘いにOKするような情報をエリコから仕入れるために、

このオトコがかなりの金額の食事をエリコにおごっていたことはのちのち分かったことであるが、

そんなことも知らない私はあっさりと別れを告げた。

 

「それじゃ、今日はゴチソウサマでした。さよーならー」

 

「あー!……ああぁ………」

私は最寄の駅に向かって

ハイヒールの音をカツカツと響かせながら

猛スピードで走っていった。

心の中では、

「疾風のお里」 由美か●る ほんのりお色気入浴シーンが

今日も見ることができるかな?と思いながら……

 

 

 

 

こんな、私の昨日の出来事をエリコに話したところ、

エリコは私のことを「マイペース」と言うのだ。

 

これのどこが「マイペース」なのか、私にはまったくわからない。

 

神様、教えてください。

どちらが、より「マイペース」なのでしょうか?

end