呪いの鎖 2002/8/25

 

 

私の彼は、世間一般に言う「三高」という条件を満たしていた。

・学歴が高い

・背が高い

・給料が高い

ついでに言うとルックスもけっこうよかったので、

正直なところやはり自慢の彼氏だった。

 

「あんた、ほんとに運がいいよねぇ。どんなに探したって

そんなに条件がいい相手は見つからないよ?」

 

そんな友人達の羨望の声をかみしめながら、

私は彼と付き合っていた。

 

 

 

きっかけは友人の紹介だったと思う。

大学時代の友人に新しい彼氏ができたということで、

私もそのおこぼれに預かろうとコンパの開催を依頼した。

そこで、私たちは出会った。

 

彼は、その場にいた男の人たちの中で一番輝いていた。

一流の大学を出て、一流商社の営業マンとして勤務している彼。

ポール・スミスのスーツをびしっと決め、ブルガリのプールオムという香水を

厭味にならない程度にかけていた。

話し方も落ち着いていて、若い男の人にありがちなうわついた感じも無かった。

顔はジャニーズ系の誰かに似ていて、トイレで友人同士のいい男相談したときも

予想通り彼が一番人気だった。

 

そして、私も当然のことながら、彼に惹かれていた。

 

数日後、彼から携帯に電話がかかってきたときは有頂天だった。

何度目かのデートのあと、交際を申し込まれたときには

幸せすぎてその場で気絶しそうになってしまった。

 

こうして、私たちの交際はスタートしていった。

 

 

 

付き合い始めた当初、彼は私が予想した以上に素敵な人だった。

いつも愛車のワンボックスカーで迎えに来て、

「いいお店を見つけたんだ」

と言っては、高級なレストランやバーに連れて行ってくれた。

 

初めて一緒に過ごした夜も、

「大丈夫だよ」

と優しい声をかけてくれた。

 

私は、彼にどんどんのめりこんでいった。

 

 

 

付き合い始めて最初の誕生日、彼は私にダイヤモンドのついた

素敵なネックレスをプレゼントしてくれた。

「これ、ずっと肌身離さずつけておいてくれよ」

ラブホテルのベッドの上でプレゼントを手渡されたとき、

私は思わず彼に抱きついてしまった。

それ以来、私はずっとそのネックレスを

言われたとおり肌身離さず、毎日身につけていた。

 

 

 

そんな彼が変わりはじめたのは、付き合いだして半年が過ぎた頃だった。

「おい、明日は誰とどこに行くんだ?」

電話口で、週末に友人と遊びに行くことを彼に伝えたとき、

冷たい声でそう言われた。

この半年間、ほとんど彼とばかり会っていたので、

久しぶりの友人との外出の予定だった。

にもかかわらず、彼の反応は予想以上に冷たかった。

私がしぶしぶ誰とどこに行くかを伝えると、彼は納得したのかしていないのか

にぶい返事を返したあと一方的に電話を切られてしまった。

 

それから何度か同じようなことがあったあと、

彼は私に対してこう言った。

「……もう俺以外のやつと会うのはやめてくれよ」

最初にそう言われたとき、私は彼が嫉妬しているのだと思った。

だから、彼が私にそんな感情を出してくれることに対して

うれしい気持ちでいっぱいになった。

あぁ、彼は私のことをそんなにも想ってくれているんだ。

こんなに素敵な彼に、これだけ想われて、私はなんて幸せ者なんだろう。

 

彼にもらったネックレスを手で弄びながら、

私は二つ返事で彼の申し入れを受け入れたのだった。

 

 

 

だが、それからの彼はまるで人が変わったかのようだった。

まずは私の行動を規制し始めた。

彼は私の自由な行動を一切許さなかった。

なにかしたり、どこかに行こうとするときには、

必ず彼に報告しなければならなかった。

さらに外出をしたときなどは、一定時間ごとに電話をかけて

「ウソ」ではないことを信用させなければならなかった。

 

一緒に行動するときには、

服装や居住まいなどに対しても厳しいチェックが入った。

スカートの丈が短いと、

「もう少しおとなしめな格好をしろよ」

と言われた。

化粧を変えると、

「そんな水商売の女みたいな化粧はやめろ」

と無理やり洗面所で化粧を落とされた。

食事に出て、私が少しだけ肘をつくと、

「みっともないからそんなことをするな」

と言われ、しばらくは機嫌が悪かった。

 

しかし私はここまで言われても、胸にあるネックレスを見つめながら

「これは彼の愛情表現なんだ」と思って

その要求をすべて受け入れていた。

 

 

 

だが、彼の要求は日に日にエスカレートしていき、

ついには暴力までふるうようになった。

彼はまるで暴君のように、私のすべてを縛りつけた。

気に入らないことがあると、すぐに殴った。

夕食を作ったときなど、

「俺はピーマンが嫌いなんだから入れるな!」

と言って、私のふとももに蹴りを入れた。

あるときには、ラブホテルでお互いの身を重ねあっている最中に

「もっと腰を動かせ!」

と怒鳴りつけられて、顔面を殴りつけられた。

 

 

 

ここまでくると、私もすこしおかしいと思ったが、

彼に命令されることに慣れてしまっていた私には、なにもすることができなかった。

彼に殴られるたび、私の胸のネックレスは

きらきらと光って揺れていた。

 

 

 

ある日、私の顔にあるあざについて

不審に思った友人にその理由を問いただされた。

すこしだけためらったあと、私は素直にその理由を話すことにした。

それを聞いた友人は激怒して、

「そんな彼氏、今すぐ別れなさい!」

と言った。

だけど、そんなことできるわけがなかった。

私にはわかっていた。彼は本当はやさしいことを。

今の暴力だって、私に悪いところがあるから彼が直そうとしてくれている

愛情表現の裏返しだということを。

…いや、正確には「わかろう」と努力していた。

そう思わないと、私のなかにある彼のすべてが壊れてしまいそうだったから。

胸のネックレスを握り締めながら、私はそう信じることにした。

 

 

 

しかし、状況は悪化する一方だった。

激しく暴力をふるわれ、会社を休んでしまうことも度々だった。

さすがにこの頃になると、私もなにかがおかしいと思い始めた。

これは、愛情表現なんかじゃないのではないかと気付き始めた。

 

意を決した私は、彼に問いただした。

「どうしてこんなことをするの?」

すると、彼はこう言ったのだ。

 

 

「お前は俺のものだ。お前は俺の理想の女になる必要がある。

だから、そのためにこんなことをやってるんだ」

 

 

この瞬間、私はようやく気付いた。

彼は、私のことを愛しているわけではなかったのだ。

彼が愛しているのは、自分自身。

そして、彼にとって「私」は、

愛するべき恋人という存在ではなくて

彼の「理想の恋人」という欲望を満足させるため「だけ」の存在。

 

私の中の大事な何かが、音を立てて崩れていった。

 

 

それから私は、3日間泣きつづけた。

留守電には彼からのメッセージが何十件も入っていて、

最初はやさしいものだったが、次第に脅迫めいたものに変わっていた。

きっと、自分の思い通りにならないことから怒り浸透しているのだろう。

 

ようやく平静を取り戻した私は、

「彼と別れなさい」と言ってくれた友人に電話をして

すべてを話して「別れたい」と告げた。

彼女は涙を流しながら深くうなずいて

「よくがんばったね、えらいよ…」

と、私の頭を撫でてくれた。

自然と涙がこぼれた。

頬を伝って流れ落ちた涙が、胸のネックレスに当たってきらりと光った。

 

 

 

深夜、私と友人は車で海にドライブに出かけた。

夜の海は静かで、私の傷付いた体と心を癒してくれるようだった。

私と友人は、防波堤に腰をかけると、無言でずっと海を眺めていた。

 

しばらくすると、夜明けまじかの水平線の向こう側が赤く輝きだした。

「あ、朝日が昇ってくるね」

友人のその言葉に耳を傾けながら、私は無表情にうなずいた。

朝日は顔を出すと、私たち2人の顔を明るく照らし出した。

 

そのとき、私の胸にあるダイヤモンドのネックレスが、

朝日のひとかけらを受け止めてにぶく輝いた。

 

 

 

 

それを見た瞬間……

 

 

 

私はネックレスを首から外すと、

 

 

 

思い切って海に向かって投げ捨てた。

 

 

 

 

「…あっ!」

 

友人の驚きの声を後ろに、ネックレスは鮮やかな放物線を描いて

海の中に消えていった。

 

同時に、私の中にあった彼へのいろいろな想いも

静かに深い海の底へと消えていった。

 

 

 

「……本当にいいの?」

友人の言葉に、私は深くうなずいた。

「うん…あれはね、『呪いの鎖』だったの」

「『呪いの鎖』?」

「うん……あたしを彼に縛りつけていた、『呪いの鎖』…」

 

 

そんな「呪いの鎖」も消えた今、

私はようやく彼の呪縛から解き放たれたような気がした。

私はすっきりとした首元をさすりにがら、

友人に向かって久し振りの笑顔を見せた。

 

 

「だから……もう大丈夫だよ」