Past days 2003/1/1

 

 

 

 

 

 

 

同窓会。

 

 

それは、冬休みを利用して実家に帰省した俺にとって

心待ちにしていたイベントのひとつだった。

 

いつ雪が降ってもおかしくない師走の空は薄暗く曇り、

それはまるで…俺自身の心を反映しているかのようだった。

 

 

心待ちにする。

それは「楽しみにする」という意味だけに使われるわけではない。

事実、今の俺がそうだ。

心待ちにしていた「時」でありながら、

今すぐに逃げ出したい気持ちに襲われている…

 

 

 

なぜなら。

5年前に別れた、彼女がこの同窓会に参加するからだ。

 

 

 

しかし、ここまで来て引き返すわけにはいかない。

俺は、勇気を振り絞って、同窓会の会場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

「おー久し振り!」

同窓会の会場は既にある程度「できあがった」連中で溢れており、

そのうちの数人が俺に声をかけてきた。

そんな懐かしい旧友達に返事を返しながら…

 

 

俺はひとりの女性を探していた。

 

 

 

 

 

いた。

あのときよりも、ずっと大人になって。

あのときよりも、ずっと綺麗になって。

だけど、あのときとほとんど変わらない、彼女の姿があった。

 

 

一瞬、彼女と目が合った。

 

俺の胸の中で、なぜか心臓が、高い鼓動の音を奏ではじめた。

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に久し振りだね。元気だった?」

同窓会の会場の外、静かな公園に俺達二人はいた。

誰かが気を使ってくれたからか、あるいはたまたまそうなったのかはわからないが、

気が付いたら俺達二人は外に出ていた。

 

 

…どうしても、話したいことがあったから。

 

彼女も思うところがあったのだろう。

俺の申し出を素直に受けてくれた。

 

「ああ、俺は元気だったよ。君はどう?」

「私は…うん、元気。ちょっと前まで風邪を引いてたんだけどね」

はにかみながらうなずく彼女。

白い吐息が、夜の闇の中にゆっくりと溶けていった。

 

 

 

ぎこちない、時間。

 

 

 

昔はあれだけ自由に気軽に話していたのに、

5年という年月は、こうも距離を置いてしまうものなのだろうか。

 

 

 

最初にきっかけをくれたのは、彼女だった。

5年ぶりだね……あなた、変わっていそうで変わっていない」

「あはは、そうかな?これでも少しは成長したんだけどなぁ」

「へぇー。どんなところが?」

「そうだなぁ…まず、仕事を一人で任されるようになった」

「あら、すごいじゃない。あなたの夢だったものね」

「…ああ。そして……」

 

 

俺は、ごくりと唾を飲み込むと、

彼女に向き直り、そして次の言葉を発した。

 

 

「……5年前のことも、冷静に思い出せるようになった」

 

 

 

「……そっか……」

彼女はふっと俺から視線を逸らすと、

左手で自らの髪の毛をかきあげた。

「ああ。それで…今日は、どうしても、君に謝りたかったんだ」

「…謝…る……?」

「そう、5年前のことを……」

俺は、5年前の、あのときのことをゆっくりと思い出した。

俺はこの5年間、ずっと忘れたことの無かった、あのときのことを。

そして、ずっと考えつづけた、あのときの彼女の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年前。

大学卒業を控えた俺たちは、

ある重大な決断を迫られていた。

東京に就職が決まった、俺。

そして、地元に残りつづけることを決めた彼女。

 

俺は、東京に出て行くことを望んでいた。

そうすることで、何かが手に入ると信じていた。

そこに、自分の望む「夢」がある。

そう、思っていた。

 

しかし、彼女は違っていた。

彼女は、地元に残ることを決めていた。

どうしても、地元を離れて暮らしたくないと言っていた。

 

そうすると…自然と「遠距離恋愛」という形になってしまう。

しかし、それすらも、彼女は拒んだ。

「遠く離れることに…自信がないの」

彼女はずっとそう言っていた。

 

 

 

その結果…

俺たちは何度も喧嘩をした。

 

 

 

「どうしてだよ!なんで遠距離はだめなんだよ!?」

「…駄目なものは駄目なの!私には…耐えられない」

「……だったら、一緒に東京に来いよ。そうすれば…」

「嫌。私、ここを離れたくないの」

「そんな……だったら俺はどうすればいいんだよ!」

「……いつもいつも、あなたの都合ばかり押し付けないで!

いっつもあなたはそう!自分の都合や意見ばかり私に押し付けて……」

「い、いや…俺は、お前のためを思って……」

「なにが…なにが私のため、よ!あなたは……私のことなんて、なにも分かっていない!!」

 

 

いままで、ずっと無難に付き合ってきた俺達だった。

こんな、大きな意見の違いが発生することなど、これまでで初めてだった。

3年も付き合って…初めてだった。

 

いつも、問題なく過ごしてきていた。

なのに……

 

 

 

なぜ、彼女は、あんなことを言ったのだろう。

俺は考えた。

そして、その結果、ひとつの答えを出した。

 

「彼女は、俺との『結婚』を望んでいるのだ」

 

 

そう気付いたら、俺はいてもたってもいられなくて

すぐに少ない貯金をはたいて「結婚指輪」を買いに行った。

 

そして、彼女を呼び出した。

 

 

 

「……えっ?」

「だから…俺と、結婚して欲しいんだ」

夜の海。俺は彼女にプロポーズをした。

彼女は、泣き笑いのような表情を浮かべて、俺の胸に飛び込んでくる。

そう思ってた。

 

だけど……

彼女は、泣いていた。

でも……その顔に、喜びの色は無かった。

 

「……あなたは……私のことをなにもわかってくれなかったね。最後まで」

「……えっ!?」

「……あなたとは、きっと離れたほうがいい」

「……うそだろう………?」

「………さようなら」

「おい…!まてよ!!おいっ!!!」

 

彼女が走り去ったあと、俺はなにが起こったのか理解することができなかった。

なぜ、彼女がそんな態度を取るのか、わからなかった。

 

それから何度も彼女に連絡した。

しかし、彼女が俺の電話を取ることは、もう無かった。

 

 

地元を去る最後の夜。東京での新しい生活が始まる前の夜。

俺は一人、プロポーズした海で、

プロポーズするために買った指輪を投げ捨てた。

 

俺は、地元の思い出をすべて、この海に捨て去って、

新しい生活へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

それから、5年の月日が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのときの俺は、自分のことばかり考えていて、

君の気持ちを何一つ考えてあげることができなかった。

俺の中で、勝手に理想的な『君』の像を作り上げ、

その像を理解することで、君を完全に理解していたと勘違いしていた。

君を…何一つ、わかってあげることができなかった。

だから……そのことを……」

 

 

そこまで話したところで、彼女はくすくすと笑い始めた。

泣くならともかく、まさか笑うとは思わなかった俺は、少しだけ動揺してしまった。

「……笑うことは無いだろう……?」

憮然とした俺の声を受けて、彼女は両手を合わせて「ごめんなさい」のポーズを取ると、

にっこりと笑ってその口を開いた。

「ごめんなさい。その……やっぱりあなたって、変わってないなって思ってさ」

「……えっ?」

俺は、彼女の予想外の台詞に、一瞬言葉を失ってしまった。

「……あのね。あなたが言っていることは半分は正解なの。

だけどね、やっぱりあなたは……私のことを分かっていないわ。

ううん。これはね、悪い意味で言っている訳じゃないの。

分からなくてあたりまえなんだからさ…」

彼女はそう言うと、さらに言葉を続けた。

「あのね、あなたは一生懸命自分の中に悪いところを見つけ出して、

それで改善しようと頑張ってきたんだと思う。

それは、すごく尊敬する。

だけどね……悪いのは、あなただけじゃないのよ」

「はぁっ?」

俺は、両目を見開いて彼女を見つめた。

彼女は…俺の知らない表情をしていた。

「……あのときの私はあなたのことを本当に好きだった。

これは本当だよ。だけど…やっぱり子供だったのかな?

この、住み慣れた土地を離れることが本当に嫌だったの。

それでね、あなたとこの土地との…板ばさみになって、

遠距離恋愛にもまったく自信を持てなくて……

それで、あのとき、私は自分でもわからないくらい

自分自身がぐちゃぐちゃになっていたのよ。

それで、この状況から逃げるためには『別れるしかない』って

勝手に一人で答えを出しちゃったのよ。

だから、ね。

あなたが自分の考えしか持ってなくて、

それを私に押し付けようとしたことは半分は当たり。

だけど、もう半分は……やっぱり私自身が悪かったのよ」

「……」

「あなたがずっとあのときのことを考えてくれたこと、そして

あのときのことを振り返って反省してくれているのはうれしい。

だけど、その『悪い部分』を自分の中にだけしか見つめていないのが

なんだか…変わってないなぁって思ってさ」

 

 

 

 

……なるほど。

俺は……あの頃から今も、なにひとつ変わっていなかったのか。

 

 

 

 

いや、確かに変わってはいる。

だけど、まだなにも変わっていない部分も残っている。

 

 

……その事実に気付いて、俺はなぜか笑い出してしまった。

 

 

……なにか、ずっと自分の心を縛り付けていたものが

ゆっくりとはずれていっていくような、そんな錯覚を覚えた。

 

 

 

 

俺たちは、気が済むまで、その公園で笑いつづけていた。

 

 

 

 

「今日は、君にあえて本当に良かったよ」

「うん、私も……」

 

 

 

「最後に……今、君は幸せ?」

 

 

俺は、会ったら必ず聞こうと思っていた言葉を口にした。

 

もし、彼女が「今は幸せじゃない」と答えたら……

などという空想をずっとしてきたが、今なら分かる。

彼女と同じ時を過ごしたのはあくまで5年前であって、今ではない。

そして、今の俺と彼女は、別の場所で、別の人生を歩んでいる。

今の自分達と、昔の自分達を重ねては、いけない……

そう、気付いたから。

 

でも、やはりこの質問の答えは、彼女の口から聞いてみたかった。

それは、ただ純粋に、彼女の幸せを祈る「過去の男」として…

 

「うん。幸せだよ。実は……来年結婚するんだ」

「……そっか。本当によかった。幸せにね」

「うん、ありがとう。今日はあなたに会えてよかったわ」

「こちらこそ……本当に良かった。それじゃあ元気で」

「うん。バイバイ…」

 

 

俺は彼女に手を振ると、ゆっくりと近所の駅に向かって歩いていった。

だけど、来るときとは打って変わって、自分の気持ちは晴れやかだった。

彼女が、結婚すると聞いても、素直に祝福できた。

 

 

……これでようやく、俺は少しだけ進歩したのかな?

 

 

そんなことを考えながら、俺は家路へと急いだ。

 

 

 

まもなく年は明ける。

 

 

 

 

きっと……素敵な出会いがあるはずだ!!

 

 

 

 

 

 

end