「進化」に関する考察

 

48億年前にこの地球が生まれてから、様々な生命が生まれては消えていき、その結果、現在の私たちのような人間が存在している。

これは、地球誕生後10億年(確か・・・)初めて地球上に「生命体」が誕生してから、これまで絶えず生命が「進化」しつづけた結果である。


さて、その進化について考えたとき、ある一つの疑問が浮かぶ。

それは、「生命が(人間が)進化しつづけていった結果、一体どこに辿り着くのだろう」ということである。

行き着く先は、指が三本で頭が大きな宇宙人のような生命体か?
あるいは、クラゲが地上を歩いているような姿か?
もしかして、進化は既に最終段階まで達していて、人類はこれ以上進化しない・・・?


その謎を解くためには、「生命は(人間は)どのようなロジックによって進化していっているのか」を知ることが重要になると考える。

つまり、「進化」はどのようにして発生しているのか。
そのことを理解すれば、おのずと行き着く先が見えるのではないかと考えるのである。


進化のメカニズムは現在も解明されていないが、私は進化のメカニズムは下記の3点であると考えている。


1.既に、「絶対無二の存在(例えば神様)」によって、進化の行き先が定められている場合

2.進化を望むものが、「自分の意志」でその姿を変貌させていき、進化していく場合

3.他に劣った遺伝子が排除され、優秀な遺伝子のみ生き延びていくことで、自然と進化していく場合


進化論:パターン1.神の手による場合

人間を含め、すべての生命は、何のために存在しているのか。

学者の人に聞いてみると、おそらくこう言われるのではないだろうか?
「それは、自分の子孫を残すために存在しているのだよ」と。。。
事実、人間を含めたすべての生命が、自分の子孫を後の世まで残すためだけに存在していると言っても過言ではない。

しかし、その「自分の子孫を残す」ということが生命の目的であると、誰が決めたのであろうか?


もし、すべての生命が「定められた場所」に行くために、地道に生命をつないでいるとすれば・・・
それが、我々が知ることが無い「神」のような存在によって導かれているのか?
生命が生まれたときから、最後にはどこに行き着くのかわかっていたのか?
あるは、宇宙人によって意図的に作成されたのか?



・・・・・・あなた自身の存在が、これから先も含め既に「決められた」定めの中にあるとしたら?


いろいろと書いてみたが、私はこの可能性は薄いと考えている。
なぜなら、我々地球上の生命体の「行き先」を考えている存在(例えば神や宇宙人)自体が生まれた理由、それについても同様の問題が考えられるからだ。

つまり、「我々を作った存在を作ったのは誰か?」という、堂々巡りの
議論に陥ってしまうからである。

従って、地球上の生命の進化は「定められたものではない」と私は考えている。

 

進化論:パターン2.自分の意志による場合

「もし、空を飛べたら・・・」
誰もが一度は考えたことがあるのではないか?

進化の2つめの考え方として、「生命体自身の意志の力によって、自らの子孫を望む方向へと持っていく」ということが考えられる。

例えば、花に擬態する「ハナカマキリ」

「あぁ、自分が花そっくりになれば、餌がたくさん寄ってくるのに・・・」
そう願い、願いつづけ、その想いが何千年、何万年、何十万年もの長い年月続いて・・・
遺伝子がその想いを受け取って、自らを進化させていく。

とても夢があり、ロマンチックな考え方ですね。。。


しかし、もしもそれが叶うのであれば、きっと人間の誰もが願うでしょう。
「頭が良くて、かっこよくて(かわいくて)、性格良い人間になりたい」と・・・
あるいは女性であれば、「頭は小さく身体のバランスは良く、いくら食べても太らない身体が欲しい」とか?ですかね。。。。


しかし、現実的にそんなことはまったく無く、なんとも残念なことです。


ただ、この事実をもって「進化は医師の力によっては行われない」と決め付けるのは早計ではないかと考えます。

それはなぜか、というと・・・
例えば「かっこよくなりたい」というのは、その人個人の気持ちであり、人類が子孫を残していくためにかならずしも必要なことではないからである。

これがもし、地球上の気温が10度下がった場合、人類が子孫を残すためには、寒い気候でも生きていけるように身体が丈夫になる必要がある。
このような場合は、その人物個人の問題ではなく、「人類が生存していくために、寒さに耐性をつけること」が必要不可欠となるので、人類は子孫を残すために進化していく。

こういうことであれば、ありうるとは考えられないだろうか?

そうすると、必要に応じて、人類は自分の望まない方向へ進化していく可能性もあると言える。
例えば、
・身体よりも頭を多く使うため、あたまでっかちになる
・寒さに耐性をつけるため、体毛がたくさん生える
・有害物質から身を守るため、皮膚の色が黒く変わる
ことなどもあるかもしれません。


いくら子孫を残していくためとはいえ、あまり望ましくない形での進化はしたくないですね・・・

 

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進化論:パターン3.遺伝子の淘汰による場合

遺伝子には、優勢遺伝子と劣性遺伝子があるという話を聞いたことがある。
この話は詳しくは知らないので、いずれじっくり調べてみようと思うのだが、これと似たような話が今回の「遺伝子の淘汰」である。

これは前記の2つに比較してシンプルな考え方で、
「優れた遺伝子を持つ個体が(文字通り)生き延びて、その結果、その優れた遺伝子を持つ個体の子孫が繁栄することっで進化する」というものである。

例えば、キリンの話。
キリンはもともと首は長くなかったのだが、アフリカの緑が減っていくにつれて、食べる草が減ってきてしまった。
そんなとき、他の個体よりも首が長い個体が、より高いところにある草(というよりも、木の葉)を食べることで生き残り、その結果首の長い個体へと進化を遂げていった、という。

もし生命の進化が、このような「遺伝子の淘汰」によって発生している場合、現在のこの地球ではどうであろうか?


その場合・・・
人類にはすでに生命を脅かす危機的なものは存在しないため、人類の進化は最終形にまで達していると考えることができる。
人類が対抗すべきものはせいぜい「病気」くらいであり、今後進化するとすると、病気(例えばガンなど)に耐性を持つ個体が生き残る、くらいであろうか?
・・・いや、今の人類は「生命力が弱い個体」でも生き残ることができるため、おそらくそのような形の進化は起こらないであろう。

すると、やはり人類は、進化の最終形にいるのではないだろうか?



・・・生命の進化の最終点が、現在といえるのである。
いや、あるいは人類が「知恵」を手に入れてからだろうか。。。。?

そう言う意味では、人類は「子孫を残す」ことが自分の人生の終着点と考えていない場合も結構多いと思う。

「あなたの存在意義は、子孫を残すことです」と誰かに言われたとして「はい、そのとおりです」などと答える人はいないであろう。

進化が最終形に辿り着いた結果、もう「子孫を残す」という、すべての生命体が至上の目的としてきていたものの「価値」が失われてしまった・・・

これは、なにか少し寂しいような気がする。。。
人間の「考え方」は進化する。
しかし、「種」としてはもう進化しない。
進化する変わりのものを手に入れたのだから。



「知恵」という、禁断の果実を。

 

 

 

禁断の果実

皆さんも良く知っている旧約聖書の
「アダムとイブ」の伝説。

この伝説で、人類は禁断の果実を食べることで、「知恵」を身につけてしまう。
「知恵」を手に入れた人類は、人を騙したりすることを覚えてしまい、または愛を覚え、その代償に「永遠の命」を失う・・・


私はこの逸話には、もうひとつの意味があるような気がします。


神が人類に与えた「永遠の命」
これが意味するものは、文字通りの「永遠の命」だったのか?
あるいは、なにかの比喩だったとしたら・・・?

「永遠の命」、これをもし「人類の種としての進化」を意味するのであれば、この旧約聖書の逸話の裏の意味(がもしあるのであれば)を読み取ることができる。

人類は、「知恵の実」を食べることで知恵を手にする。
これは、人類が他の生命体には存在しない知恵を手にしたことを意味する。
この知恵を手に入れることによって、人間の生活は劇的に向上した。

生命を脅かしていた敵は武器を使って撃退した。
餓死するほどの厳しい気候でも、農耕・牧畜により生きる糧を手に入れることができるようになった。

すると、人類は「生命をつなぐためにより優秀な遺伝子のみ生き残る」というようなことはなくなり、比較的弱者でも子孫を残すことが可能となったのだ。

なぜなら、知恵さえ使えば肉体を変化させずとも子孫を残すことができるからである。

これは、「肉体的な進化の終わり(=種の進化の終わり)」を意味する。
そして、種としても進化の終わりは、これまで何億年も続けてきた「生命体の肉体的進化の終わり」・・・つまり、「永遠の命の終わり」を意味しているのではないかと考えられる。


人類の進化は、肉体的なものから精神的なものへと変化を遂げてきている。

この事実は・・・これまで数十億年地球上で続けられてきたものとはまったく「異質」なものであり、その結果、皮肉なまでの悲劇を巻き起こそうとしているように思えるのである。

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肉体→精神の進化 によって生じる矛盾と悲劇

人類は知恵を手に入れることにより、種としての進化を終え最終段階に入ったとも考えられる。

その人類の中で起こっているのが・・・「知恵を手に入れたことによる、知識の進化」である。

肉体の進化と比較して、精神は劇的なスピードで進化していく。
そのスピードは驚くべきもので、人類のここ1万年の間の進化はこれまでの地球上の全生命体40億年の進化をはるかに超えるものである。

だが、ゆるやかに・・・比較的無理なく行われてきた肉体的な進化に対して、精神面の劇的な進化は、人類に致命的な問題を引き起こした。


これまでの肉体的な進化は「子孫を残す」という大義名分のために行われてきた。

そして、精神的な進化も同様に「子孫を残す」・・・ために行われるべきであった。

しかし、人類は「知恵」を手に入れてしまった。

「知恵」を手に入れた人類は、「子孫を残す」という、遺伝子に課せられた使命の意味をも「知恵」によって考えるようになってしまった。

その結果、前にも述べたように、人類にとって「子孫を残す」ということが、その知恵によって「至上の命題」ではないことに人類は気付いてしまったのだ。

進化する・・・意味を、進化することによって見失ってしまったのだ。


これは・・・致命的な矛盾である。



人類がなんのために生きていくのか、知恵を手に入れた人類は、現在逸れを見失ってしまっている。
これは、人類が「種としての最終点にいきついた末期症状」のようなものではないかと私は考える。

・・・旧約聖書にあるとおり、人類は「禁断の果実」に手をつけてしまったのである。
これまで、どの生命も手にしなかった「知恵」という、「禁断の果実」に・・・
それが、「永遠の命」の終わりを意味するのに・・・




しかし、考え方を変えると、現在地球上の生命はある分岐点にいるのかもしれない。
それは、これまで数十億年培ってきた「子孫を残すための『生(せい)』」から、まだ見えぬ「生命としての行き着く先」に方向転換するための。。。分岐点。


人類が・・・地球上の生命体が目指すべき、次の行き先は、いったいどこなのだろうか?

私はもしかしたら、「地球上の生命を宇宙に広げていく」ことかもしれないと思う。
それは、まるでノアの箱舟のように・・・
地球の生み出したものを、この宇宙に広げていくために・・・

まだまだ、人類の、生命の進化は続くのかもしれない。





<恋鳥の進化についての考察:終わり>

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