人間で生まれた以上、
人間として備わっている知恵と感情を働かせ
上手に使いこなしながら育ち成長する道を
選ばない奴は、愚者であり、バカな奴なのかもしれないが、
それらを使いこなす事がハッキリ言って私は上手くない。
特に人間相手だと余計に下手。

だから、何かを伝えようとしても
感情を言葉にして口に出す術と伝える術が
拙いから他者には理解できない部分がある。
そんな事にはもう慣れて諦めた部分もある。が、
本当は理解されたい部分もある。
しかし、人間が他者の人間を理解するなど
とても難しいことで、面倒なことで、
それに加えて、体力と精神力と時間がかかる。
それでも、
泣きながら下手な言葉で喋る私に
耳を傾けながら静かに聴いて
最後には私に指を刺し怒りながらも、気にしていて
自分の意見を差し伸べ
または、優しく言葉をかけてくれ、
見捨てず私を理解しようとしてくれる人がいるのなら
それは喜ばしい事に違いない事で、
私は気力が湧いてくる。
そんな理解しようとしてくれる人間がいるにも拘らず
拒み、悲劇のヒロインを演じる奴は愚か者過ぎて、
私は相手にしたくはない。

私が人間として生まれたにはきっと理由などない。
捜し求めるだけ時間の無駄。
唯、人間として生まれた分際である。
それ以外に何がある。
しかし、外見だけかもしれないが、
人間として至っている今、
人間らし知恵と感情はある程度ある。
だから、一日も悩むことのない日はない。
何かに悩み、苦しみ、結論も出せないまま一日が終る
そんな日もある。
時々だが、私はそんな風に
悩み続ける人間である事が厄介であり、重く疲れ、嫌になる。
けれど、終ることは出来ないのだ。

こんな分際であるが、出来ることなら
もし許されるのなら
人間の為に尽くすことの出来る
人間の為に泣けることの出来る
人間の為に怒ることの出来る
人間の為に笑えることの出来る
人間同士と付き合えることの出来る
外見も内面もこの世に有り触れている様な
人間になりたい。

仮令、人間が悲しい存在であっても
私は人間になりたい。

何かの答えは人間になった時、見つかるのかもしれない。