月光



キスをしようと顔を近づけた。

腰にまわした腕に優しく力を入れた。

すると翼は少しだけ身体を反らした。

そんな態度に少しムッとした。

翼はくすっと笑って頬を緩ませた。

耳元に手を添えて「あとでね♪」と囁いて、

イタズラな瞳で僕を見据える。

僕の方が恥ずかしくなった。



「じゃ、ここで我慢しよっ!」

と、そう切り返して彼のピンクの頬に口付けした。

不意の出来事に翼は驚いて、

自分が少しだけ優位な立場にいたことをすっかり忘れたようだった。

恥ずかしさのあまり言葉が見つからず、眼を伏せてうつむく。

少し身体をこわばらせ滝沢の次の言葉を待つ。



たまらなく愛しい、

可愛らしくて仕方が無い、

そんな翼を見ていたら、

さっきの翼の態度なんてすっかり忘れて、

気持ちが浮かれて翼の手を引いて外へ連れ出した。

翼の細い指には力が入っていない。

自分がしっかりと手を握っていないと

この手からすり抜けそうだ。



翼の手を引き歩くこの道はどこまでも続いているようだ。

永遠にどこまでも、永遠に・・・

行き着く場所には何が待っているのだろう?

僕は幸福が待っていると信じている。

翼との幸せが待っていると信じている。





もうすでに日は落ちて、

濃い緑の木々の間から幻想的に光る月が見える。

柔らかな月光に護られて、

その深い緑に落ちてゆく・・・



目の前に水の音を感じ、月が揺れる小さな湖を見つけた。

そのほとりで立ち止まり、

小走りでついてきていた翼に話しかける。

「きれーだな・・・」

本当はこんな言葉を言いたかったのではないが、

雰囲気に弱いのか口から出た言葉はこれだった。

口からついて出た言葉に恥ずかしさを感じて

チラッと横目で翼を見た。



軽く息が乱れる翼は瞼を閉じ、

月光を含んだ森の冷たい空気をゆっくりと深く吸い呼吸を整えていた。

そして静かに一言呟いた。

「終わりってあるんだな・・・」



どこまでも続くものだと思っていた。

僕らを遮るものなど何もないと、そう感じていた。

目の前には道が、どこまでも走り続けられる道が続くものだと思っていたのに。

暗くて、寒くて、淋しくて、ずっと誰にも会えなくてもいい。

僕らの上に一生、太陽など昇らなくてもいい。

月の光だけを頼りに二人で歩いてゆければそれでいい。

この手を君が引いてくれればそれでいい・・・



噛み合わない会話に幾ばくの寂しさを感じた。

さっきまでの甘い雰囲気はここにはない。

深緑の冷たい空気のようにこの二人の間にも張り詰めた冷ややかな空気が流れ出した。





"終わり"とは何だろう・・?

この道?

人生?

僕らの関係?

僕らの・・・気持ち?



翼の発した言葉の真意が汲み取れず、返す言葉も見つからない。

適当な言葉でこの静寂を埋めたくは無い。



湖をまっすぐ見て、微動だにしない翼。

少し憎らしそうに眼を潤ませて遠くを眺める翼の横顔はとても綺麗だった。

翼があまりにも綺麗で

僕が軽々しく手を触れてはいけないのではないかと思うほど神秘的だった。

柔らかい髪が夜風に吹かれてそよいでいる。

チラッと翼を盗み見したつもりが、僕はすっかり翼に見とれてしまった。

夜の森の独特の不気味さは翼のその美しさに吹き飛ばされた。







どのくらい時が経ったのだろう・・・

どこからか急に雲が流れてきて、僕らを包んでいた月光を遮ってしまった。

あたり一面暗くなり、翼の顔もよく見えない。

「いつまでも続くなんて考えちゃいけないんだな・・」

翼は静かに、落ち着いて呟いた。

翼の低い声はこの深緑の中によく響き、よく似合っていた。

僕らを照らす月が顔を見せる気配は全く無い。



僕は困ってしまった。

翼にどんな言葉をかけて良いのか分からない。



いや、本当は分かっている。

翼の気持ちも、翼の言いたいことも。

分かりすぎていて怖いんだ。

だから言いたくは無い。



気づかないふりをしていたい。

このまま、永遠を信じさせてくれ・・

翼と一緒に・・・



この先が僕らにも見えるように月が早く僕らを淡く導いて欲しい・・





月光・・・

それは怪しげで、神秘的。



だから僕らは魅かれたんだ。

太陽の下では決して僕らは歩けない。

それはあまりにも明るく、日差しが強過ぎるんだ。

何もかもを明るく照らしてしまう太陽では僕らはダメなんだ。



月光・・・

柔らかで、冷たい。



僕らを必要以上に照らさない。

月光の柔らかさが僕らには心地好い。

包み込むような光が冷たく僕らを遠くで眺めている。

近くで僕らを見ないで欲しい。



月光・・・

淡くて、暗い。



淡い光は僕らをぼんやりと照らす。

その光は僕らをうまく隠してくれる。

ほの暗さは僕らを護ってくれる。

太陽の下では歩けない僕らを月光は許してくれる・・





先が見えなくなっても翼はこちらを向かない。

真っ暗なこの道の先をじっと目を凝らして見ている。

その先に何があるのか。

何が待っているのか。

幸福はあるのか。





本当は先のことなど見ないで欲しい。

考えないで欲しい。

きっと待っているものは何も無い。

何も無い・・・そんな訳は無い。

待っているのは辛く厳しい現実のみだ。



僕は知っている。

その先は太陽が昇る道。

僕ら二人では決して歩けない。

僕らはこの湖を越えられない。





翼が凝視を止め、こちらに向きなおした。

さっきまでの緊張した面持ちで僕を見つめた。

翼もきっと気づいたんだ・・

僕らの行く末を。

僕らのこの道を・・



一筋の涙の雫が翼の頬を濡らす。

表情は全く変わらない。

ただ、一粒だけ涙が零れた。



それをしっかり僕に見せつけた。

忘れないように・・・





もしかしたら翼の僕への小さな反抗だったのかもしれない。

僕が翼を好きだから、だから翼も・・

僕が翼を好きではなかったら翼には別の未来が支度されていたのに。

そしてこんなに翼を悩ませることも無かった。

大きな罪悪感に苛まれる。



翼・・・

好きだからこそ、幸せになって欲しかったのに・・

好きだからこそ、自分が幸せにしたいと思った。

好きだから、僕が幸せに出来ると思っていたのに・・



それは自分の単なる自己満足だったに過ぎなかったんだ。

結果的に翼を悩ませた、苦しめた。

翼・・ごめんな。





夜が明けたら湖を渡って行くのを見送ろう。

今度はもう君の手は引けない。

道に迷うことはもう無いだろう。

太陽は明るく道を照らしてくれるから。



もう二度と、道になんて迷わない。

もう二度と、この森に戻ってこなくていい。



月光は君には暗すぎる。

僕はこの場所で君を忘れず時を過ごしてゆこう。

その一筋の涙を忘れずに・・・








                          Fin...




■コメント■

碧の小説楽しんでいただけましたでしょうか?
オレンジを書く際、本当はこんな物語にしたかったのですが、
処女作で別れはどうかと思い断念したものを「月光」で書かせていただきました。
本当はイチャらぶを書くつもりが未消化なモノから排出したがる身体のようで、
どうしてもこのような形にならざるを得ませんでした・・
そのためイントロとラストにずいぶんギャップが生じました(涙)
お許し下さい・・
今回の月光は滝サイドから書きましたが、
翼の本当の気持ちも気になると思いますので(なりませんか・・?笑)
月光は翼サイドの視点でも書いてみようと今の所思っております。
どうも翼の視点で書けないのが気になるところです・・
おそらく翼のことが好きなので滝と自分を同化させているようです。
碧の滝様のへたれっぷりに嫌気がさした方申し訳ありません・・
では・・・