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「宅配恋人」





ピーンポーン


珍しい時間帯にチャイムが響いた。
人が尋ねてくる事はめったにない。
友達や女なら仕事帰りにテイクアウトだし、
くだらないマルチやねずみ講が来るような時間帯でもない。

「んだよっ・・・面倒くせー・・・」
ゆっくりとくつろいでいたソファーから立ち上がる。
のろのろとした動作で前髪をかきあげ歩き出す。
痺れを切らした訪問客が玄関の手前についた俺に向かって
もう一度しつこくチャイムを鳴らした。

「ハイ・・・?」

ドアを開くと見慣れない真っ黒な服を着た男が立っていた。
黒い帽子を眼深にかぶり、動きやすそうな綿の黒いパンツ。
所々に大き目のポケットがついている。
上に着ている黒いシャツは1つだけボタンをはずして、
シャツのすそはパンツの中に収まっていた。
よく見れば、どこかで見たことのあるような服。

不審のまなざしでまじまじと観察するオレに、
低く響く声で「印鑑を・・・」と宅配便の引き取り書を突き出した。
すぐに印鑑を探しにダイニングに戻り、荷物を引き取る。

何が入っているのか、だいぶ大きめのダンボールだった。
寸分狂いもない正方形が奇妙だった。
運んできた宅配サービスの受取書には会社名も何も記入されていない。
中身もだいぶ重く、男一人でここまで持って来れたのが不思議だった。
玄関からリビングまで箱を滑らせ運んでいく。

ダンボールには宅配の宛名シール以外何の模様も柄もない
その茶色の箱に不信感を抱き差出人の名前を確認する。

"滝沢秀明"

差出人の滝沢君宅の住所に間違いもない。
ここまで確認して少しだけ安心した。
時々、どうやって知るのだか直接自宅に女からの荷物が届く事がある。
大抵ブランド物や、自分の年代の普通の男なら
手も足も出ないような高級品ばかりだった。

最初はそんな生活に普通の感覚が麻痺するのがイヤだった。
でも、慣れてしまえばこれほどいい生活はない。
都合のいいように"恋する女心"を利用して、
上手にアイツラが望むように可愛くおねだりをした。

アイツらは金で愛情を換算する生き物だ。
俺は愛が眼に見える形になったものを安全に頂くだけ。
愛情は眼に見えない分、厄介だ。
面倒に巻き込まれるのはイヤだった。

時に愛情を吐き違えるヤツがいるから安心は出来ない。
例えば俺の身体に消えない傷をつけることに愛を感じるヤツ。
俺をこのままの姿で消す事に愛を感じるヤツ。

愛は歪む。
どんなカタチにも。

だから駆け引きに夢中になる。
人生のギャンブルに愛を賭ける。
愛をいつ誰にどれほど賭けるか。
いつ・・手を引くか・・
タイミングを間違えると愛は憎しみにも変わる。
扱いやすいうちの手のひらで転がす愛が一番安全だ。

愛の破産も借金も堕落もオレには必要ない。


滝沢君から届いた箱に手を伸ばす。
ゆっくりとガムテープをはがし、
きちんと折りたたまれたダンボールの上部を開く。


中には男が1人入っていた。


よく見慣れた男(ひと)だった。
黒いサラサラのつやのある髪。
細い身体。
浮き出る天使の羽のような肩甲骨。
少し張った肩。
長い指。
綺麗な爪。

紛れもなく"今井翼"本人だった。

ところどころつけられた紅いキスマークも
殴られたのか、ぶつけたのか青くなったアザも
時間が経って紫色に変色している醜いアザも
細かい切り傷や身体中いたるところに見られる擦り傷も
オレを見間違わす要因になんてならなかった。

乱雑に折りたたまれ、丁寧にしまわれた身体のせいで
顔は全く見えなくともこの身体を間違うはずがない。

もしも自分が愛を賭けるならこの男(ひと)しかいないと思って
その身体を見つめ続けていた男だったのだから・・・

そのダンボールの中に捨てられるように一枚の白い紙が入っていた。
翼君の身体とは対照的に綺麗な白い紙。
それが余計に翼君を汚す。
一つの救いは乱れた滝沢君の乱雑な文字だけだ。

『飽きたからお前にヤルよ。犯るなり、抱くなりお好きにどーぞ。』

簡単なメッセージだった。

「生大型粗大ゴミ処理・・・ね。片付けるのも面倒な程愛情がないって事か・・」
あの人のこーゆートコはよく知っているつもりだし、
オレもあの人にそーゆートコを教え込まれて、覚えたとおりにこなしてはいる。
でも・・・

簡単に手に入った玩具を疑いなく受け入れていいものだろうか・・?

いつだったか滝沢君がさっきの愛のギャンブルの話をしてくれた時のことを思い出す。

「ギャンブルで手に入れた無機質なモノにも生き物にも疑いを捨てるなよ。
 見失うな。見落とすな。忘れるな。自分以外は信じるな。背くヤツは容赦なくヤレ。」

滝沢君は翼君を賭けで手に入れた。
極上の賜物として捧げられた翼君を求めて誰もが競い、皆が狂った。
翼君を手に入れるために、財産を失い、身体を賭け、
命を落として行った何人もの愚弄な男たちを知っている。
それでも誰も気にしなかった。
そんな賭けにも、そんな相手にも、そんな自分にも・・・
誰も何も気にしなかった。

翼君は最初から全ての人の心に背いていたんだと今なら分かる。
勝者の滝沢君の心にですらも。
翼君の魅力は自分を望む人の心を惑わすために備えられた身を守る棘だったんだ。
誰のものにもならないと強く望んだ彼のその心が
形を変えて人を魅了するベールになって翼君の身体を覆った。
騙されて、魅了されて、狂って行く・・・
誰も翼君に届かない。

滝沢君は何でそこまでして勝ち取った翼君をここに・・?

「自分でヤレ」

滝沢君の口癖が頭の中をよぎる。
なぜオレに・・・?
どうして自分で始末しないんだろう・・?

仕方なく疑いを拭い去らずに箱の中から翼君を引きずり出す。
一糸纏わぬ裸体の大分冷えた翼君の身体に触れる。
何の反応も示さない人形のような翼君をフローリングの床に仰向けに寝かせ、
しなやかで均整の取れた身体がオレの指を誘う。
身体の線に合わせて指を這わしてみる。

触れたくて触れられない・・
そんなもどかしかった距離が今はこの指の間にはない。
弾力のある肌を少し強くなぞると、
押し返す筋肉の感触が人差し指から伝わってきて、
触れているのは自分なのに触れている部分が触れられているように錯覚する。
何かに取り付かれたように次第にその行為に没頭していく・・

ただ感じる・・
触れているだけの行為に欲情する。
肌に触れるたびに翼君の魅惑の棘に指を刺して身体に魅了の毒が回る。

甘い甘い甘美な毒だった。
毒が回った身体は不必要に翼君を求めた。
口が、指が、腕が、胸が、脚が。
身体につけられた傷とアザと跡に優しく口付け、舌で消毒を施す。
次第に高まる自分の感情とは裏腹に下半身は何の反応も示さなかった。

十分満足に愛撫を済ませると風呂に入れた。
バスタブに翼君を寝かせ温めのお湯をシャワーで全身にかける。
身体に人の温もりが戻ってくる。
傷に沁みるのか目元にしわを寄せる仕草を時々繰り返す。
優しく身体に触れ、声をかける。
小さな反応が返ってくる事に安堵し、ゆっくりとお湯につからせた。

自分のベッドに翼君を横たわらせ、
リビングのソファーで明かりをつけたまま
滝沢君の行為の真意を掴もうと必死になって思考を働かせる。
考えても答えの出ない問いの迷路にはまって抜け出せなくなる事を恐れ、
翼君に細心の注意を払い瞼を閉じた・・・


明け方に翼君の夢を見た。
さっき初めて翼君に手を触れたあの瞬間のように。

跳ねる筋肉の弾力。
柔らかい唇。
鼻にかかった快感のため息。
濡れて光る身体に甘い体臭。

もう少しだけ激しく、もう少しだけリアルに。
愛撫をした感触が指にも腕にも唇にも残っている。
夢で触れた感触の方がリアルに感じるとはどういうことだろう?


もうすぐ夜の明けそうな空を眺めてカーテンを閉じる。
夢で見たリアルな感触を確かめたくて自室のベッドに眠る翼君に近づく。
静かに寝息を立てる翼君の横に滑り込む。
ボタンとボタンの隙間から夜の空気に冷やされた
手のひらを忍び込ませて翼君の胸に触れる。
触れた途端にまた甘い毒が身体を支配する。

一つ一つボタンをはずして身体に触れ、
むしゃぶりつくように唇を押し付ける。
さっきのように触れる度に触れられている感触に襲われ、
懸命に翼を愛撫しながら自分が快感の声と快楽の悦に溺れた。
甘いため息と激しい喘ぎ声を発し、自分の下半身に手を触れた。

高まっているはずの欲望と熱はそこに存在しなかった。


山下の部屋で響く声を確認し、そっとヘッドホンから耳をはずす。

"ダメだったか・・"
ため息混じりに吐き捨てた。

山下なら・・
もしかしたら騙されず、魅了されず、見落とさず、見失わず、
疑い続け翼をあの甘い毒に触れずに始末してくれるのではないかと願った。

惑わされたまま、囚われたまま・・
俺は翼に手を出せなかった。
だから捨てた。
それが精一杯だった。


溺れればいい。
翼の身体に。
疑う事を忘れた人間は愛のギャンブルに翻弄されればいい。
人生の敗者になって堕落していけばいい。

誰しも逃れられない翼の本当の棘。
人を惑わすが決して欲情させない翼の毒。


あまりに危険な翼と言う去勢・・
























あとがき


なぜか怒涛の新作アップ週間。
以前から「書く、書く」と申しておりました山翼です。
(月夜様のリクでしたねvvやっと終わりました。遅仕事ですいません。)
なんだか暗いんだかなんだか・・
おかしな思考回路で申し訳ないです。(殴)
愛のギャンブルって何?!って話ですよ(笑)
まぁ、なんとなく書きたくなった話なので笑って流してください。
最近山下さんばかり書いていて申し訳ございません。
それにしても斗真ちゃん以外と絡む碧の山下って影背負い過ぎ!
「桜」(山斗)と一緒に一段落ごと交代に書いていたんですが、
そんな事が出来る自分にちょっと感心しました(頭おかしいだけ)
滝翼は・・・しばらくお休みって事で(苦笑)
では、では。
                       2002/3/19      碧