「柔らかな夜に憬れて」




初めてだった・・・

愛しい君を傍らに一晩過ごすのは。
愛くるしい君を左腕に抱き僕は理性を失いそうだった。
ずっと君をこの手に感じたいと思っていたのに・・

もうすでに我慢が出来ないほどで、
始末に負えない自分にそっと自分の右手を添えた。
右手に抱える自分を君に力任せに押し付けたら
君は壊れてしまうんではないかと思った・・

隣を見ればすぐそこに君がいる。
確かにこの腕に君を感じているのに
なぜだかとても不安になる。
細くて華奢な身体が君の重みを感じさせない。
それが僕の不安になるんだ・・
だからもっと強く・・
もっと近くに君を感じたいっ!!!


翼は生まれて初めての体験を目の前にして不安を隠せずにいた。
一点を見つめたまま視線を動かさない。
緊張するといつもこうだ。
でも、今日は翼の緊張をほぐすことも忘れ、
自分の胸の高鳴りに合わせて頭の中に乱れた翼の姿が浮かんだ・・

とにかくすぐにでもこの欲望を満たしたい・・
早く君に僕を知って欲しいと強く望んだ。
無理やりにでも右手に感じる自分を翼にも感じてもらいたい。
そんな思いが僕を掻き立てる。

身体を起こし、
右手のものを手放して、
翼の細身のパンツのボタンに目もくれず、
洋服を剥ぎ取った。
唇を重ねようと翼の両手首を自分の手で押さえつけると
翼はイヤイヤをする子供のように首を振った。

「どうしてだろう・・・」

気持ちが昂り過ぎて自分が分からなかった。
翼がどんな思いで自分の下に横たわっているか思いやる余裕すらなかった。
君を僕のこの腕の中で静かに抱ける喜びが、
この白く大きなベッドの上で激しく抱ける興奮が、
僕に人の理性を失わせ、
ネジの外れたおもちゃのように一つの行為に向かわせた・・・

早く・・
君の身体に触れたい。
速く・・
君の身体に僕を埋めたい・・。




初めてだった・・・

ベッドの上で女以外の動物と寝るのは。
右を向けばあいつがいる。
何を考えているのだろう・・・?
この大きくて白いベッド同様真っ白な天井を見据え
一体何を考えていると言うのだろう?

首の下に滝沢の腕を感じる。
筋肉質で、たくましいその腕枕の心地よさが
このままいつまでも滝沢の腕の中でまぶたを伏せていたいと思わせた・・

突然、滝沢は身体を起こし、
僕の着ていた白いシャツを強引に脱がそうとした。
シャツのボタンは滝沢の勢いで弾けて部屋の隅に飛んで行った。

滝沢は軽く熱を持ち出した腕を使って僕の身動きを征した。
両方の手首を?まれ、
さっきまで空の上の雲のように気持ちの良かったこの白いベッドが
硬くて緊張感のある病院の無機質な白いベッドに変わった。

無理やりにキスをしようと唇を近づけてきたので
思いっきり拒んでやった。
こんなキスを望んでいるんじゃない・・

「もっとこっちの気持ちも汲み取ってくれよっ」

そう思い全身で滝沢をきつく拒絶した。
一方的な性欲にいつもと違う滝沢を感じ
初めてこいつを怖いと思った・・






翼の眼を見つめる余地すら無い。
身体に触れ、物理的距離を埋めたい、
今までこの手に抱けなかった時間を無くしたい!!
そう思って翼に自分の一方的な想いを押し付けた。

とめどなく溢れ出る翼の身体を求める自分の欲求が
自分の身体を反応させ、行動に走らせた・・・
翼の拒絶が自分への拒絶ではなく、
その行為そのものへの躊躇いだと取り違え
力任せに翼を押さえつけ唇をやっと強引に奪った。


相変わらず首を振り、
嫌がる翼を大人しくさせようと
翼の唇に自分の舌を滑り込ませる。
強引なキスに反抗し、
両手を懸命に解こうとする翼の弱い力が
余計に気持ちを昂らせる・・
翼の小さな抵抗が可愛らしくて仕方がない。

自由がない翼は自分の中に侵入してきた
滝沢の舌を力任せに噛んだ。
精一杯の翼に出来る抵抗だった。

『って〜なっ!!何すんだよっ!?』

滝沢は翼の左手を押さえつけていた自分の右手で
口元を押さえて言った。
翼の腕から手を外すと、
翼は左手を使って自分の右手の自由を奪い返そうと滝沢の手を掴んだ。
翼の細くて、非力な力では到底滝沢の腕をどけることは出来ない。

『痛っ!!』

今度は左腕に痛みを感じた。
すると翼が猫のように
自分の左腕に爪を立てていた。
腕に5本の赤い筋が出来、痛みが走る。
5本の赤い線が盛り上がるのと反比例して
自分の肢体が冷めて行くのを感じた・・

猫は嫌いだと言っているのに、
気まぐれなところも、愛想のないところも
自分に爪を立ててくるところも
"猫のようだ"と感じ、ふっと笑みがこぼれた。

するとさっきまでの自分を掻き立てるような
感情が薄れ、翼の瞳を冷静に見ることが出来た。



さっきから全身で拒んでいるのに
目の前のこいつの勢いは止まらない・・
収まることのない滝沢の欲求を直に感じ
"怖い"と感じる。

時に厳しい指摘をするが、
いつも隣で穏やかに見守っていてくれる滝沢。
今は目の前のこいつをどうしようもなく怖く感じる・・
今まで自分が女たちに押し付けてきた自分の欲望は
こんな風に女たちの眼に映っていたのだろうか?
滝沢を目の前にこんなことを考えてしまう・・

ふと気がそれた瞬間を滝沢は見逃さなかった。
自分を目の前に前の女のことを思った僕の気持ちを
引き戻すかのように今度は唇の自由を奪った。
「んっ・・」

声が出ない・・
力任せに唇を押し付けられ
滝沢の唇の感触すら分からない。
これは何なんだろう・・?
キス・・・?
滝沢の強引さに疑問を抱かずにはいられない。
しばらくすると滝沢が舌を滑り込ませてきた。
もううんざりだった・・
ちょっと悪いと思ったがその下に歯を立てた。


滝沢の声が聞こえる。
あまりに強く唇を押さえつけられたので
感覚が麻痺している。
やっと口がきけるようになったんだ・・
一息ついた。

舌を噛んでやったせいで左手を押さえつけていた滝沢の右手がなくなっている。
僕は自分の右手に未だに置かれている滝沢の腕をどけようとした。
が、この華奢な腕では滝沢の腕に太刀打ちできない。
動きを制限する滝沢の腕に遠慮なく爪を立てさせてもらった。
滝沢の白い腕に自分の爪が食い込む。
腕に自分の反抗の痕がくっきり見えた。

滝沢は自分の左腕に痛みを感じているはずなのに
なぜか目の奥が優しくなり、口元が緩んだ。


「猫みたい・・」
滝沢はそう言って、
ふっと空気が変わるような笑みを溢した。
「明日は半そで着れないな・・」と
口元にあった手を使い軽く腕をさすりながら、
また話しかけてきた。
それも少しも困った様子も無く、
怒った感じも無かった。

さっきまでの野性的な滝沢とは打って変わって
穏やかないつもの滝沢だ。
こっちは拍子抜けして仰向けのまま下から滝沢を見上げた。

「どうした?何かしゃべれよ?」
とベッドの上で無防備に寝転ぶ僕に滝沢は促した。
さっきまでの過剰な恐怖心は跡形もなくなっている。
黒目がちの大きな眼でまだ疑いを拭い去れないあいつの瞳を覗き込む。

「・・・なっ、何だよっ?突然いつも通りになっちゃってっ!
                  さっきまでのは何だったんだよっ?」
とドギマギして僕は滝沢に訊ね、起き上がった。

「・・あぁ〜、アレね・・・別に何でもないよ。」
滝沢はあっさり答えベッドから降り、僕に背を向けた。

「何でもなくてアレはないだろう?!すっごい怖かったんだからなっ!」
僕はむくれてベッドの布団をかぶった。

「ごめん、ごめん。」
笑ってごまかす滝沢の言葉が聞こえる。
誤魔化されてなんかやるもんかっ!
機嫌が一向に良くなる気配が無い。
滝沢は布団をかぶった翼をポンポンとたたく。

「あんなのただの滝沢の満足を満たすだけのものだっ!
           誰でも良いみたいな事すんなよっ!人の気持ち無視すんなっ!」
感情的に、最後は言葉が詰まりつつ一気にまくし立てた。

「ごめん。本当に悪かったよ。」
すっかり意気消沈して、滝沢の謝る声のトーンが下がった。
その声を聞き胸に嬉しさが込み上げてきた。
普段弱いところを絶対に見せない滝沢。
でも今はこんな僕に対して困り果て、
どうしてよいか分からないで突っ立っているに違いない。
またいつもと違う滝沢が見ることが出来た。

さっきの強引な滝沢も滝沢。
今、目の前ですっかり肩を落としている少し弱い滝沢も滝沢。
きちんと話せば絶対に聞いてくれる、
気持ちを無視する奴じゃない。
どうして"抱かれたい"と思いつつ、
一方で滝沢をあんなにも"怖い"と感じたのだろう・・


もう少し怒った振りをしていようかと思ったが、
ベッドの掛け布団の小さな隙間から覗いた滝沢を見ていたら
すぐに許して、さっきの心地よいベッドに戻したいと思った。
もう一度温かな滝沢の腕に抱かれたい・・
そして、まだまだ自分の知らない滝沢を知りたいと感じた。

「いーよ。もうあんなことしないなら。
        あとね、おいしいスパゲッティを作ってくれるなら。」
翼はそう言って掛け布団から笑顔でピョッコリ顔を出した。

滝沢は安心してため息を一つした。
布団の中から出てきた翼はまるで子供みたいに無邪気だった。
この笑顔は自分のためだけのもの。
ずっと見ていたい・・

「じゃ、もう一度仕切りなおし・・かな?」翼に遠慮気味にたずねた。
「どーぞ♪」
真っ白なベッドに埋もれて、
掛け布団から少しだけ顔を出して恥ずかしそうに翼はそう答えた。
真っ白なベッドに翼の赤い頬が映える。
その言葉を聞いて今度はゆっくり喜びが込上げて来て、
翼のいる柔らかなベッドに潜り込んだ。

肌に触れるとくすぐったがる翼が愛しい。
瞳の奥を覗き込んでからする静かなキスが優しい気持ちにさせてくれる。
一緒に過ごす夜が何より心地よい。

明日の朝は一緒に目覚めよう・・
寝起きの悪い君は無理だろうけど、
それでも君と一緒にこの柔らかな、
真っ白なベッドの上で朝日を浴びたいんだ。
そんな幸せな朝を迎えたいんだ、君と一緒に・・・





                         Fin...






■コメント■
後に続く『初夜』のイントロです。
情事を書きたかったのですが、
やはり恥じらいを捨てきる事が出来なかった作品です。
滝の"翼への強い想い"を書きたかったのですが、
ただ単に"性欲の強い男"に見えてしまうようでしたら、
碧の文章表現力の問題でございます。
この作品から翼が少し気持ちを開いてくれたので
幾分書きやすくなりました。
中途半端な小説ですいません・・・