Don’t leave me・・・

 

 

 

加害者である生田斗真はその身を警察に拘束され、まだ17歳、未成年であると言う事、
マスメディアで活躍している名の知れたタレントであるという事を考慮され、
(しかし恐らく事務所の力であろう)しばらく山奥の拘置所にその身を置かれる事となった。

 

 そしてその加害者生田斗真によって商品である身体を傷つけられた山下智久は、
当初この事件を局内だけにとどめようとした事務所の意向により、
黒い世界だけを破格の報酬で扱う小さな名も知れないような診療所に運ばれるはずであった。

しかし、気の利かない・・というより横暴で強引なやり方を突き通してきた事務所に対する
積み重なった憎悪の念が一本の密告電話となり、その闇に葬り去るといういつものやり方が通らなくなってしまった。
そのため、センセーショナルな事件にたかるであろうゴシップに飢えたマスメディアの対応に慣れた都内の総合病院に急遽入院が変更されたのであった。

 その病院の14階の最奥。一般に“VIP”と呼ばれる一部の人間たちの利用しか許さない場所がこの若き金の卵にあてがわれた。
その一角に近づくには専用の出入り口を利用し、事前に支給されるパスを提示し、
ボディーチェックを受け、院内の警備員の誘導に従いエスカレーターに乗り込まなくてはならない。
目的の階に到着すると再度先ほどより幾分簡単になったチェックをされ、消毒、着替えを済ませ
防弾ガラスのはめ込まれた厳重なセキュリティがなされた扉をくぐる事をようやく許される。
面会時間は特に定められておらず、一般病棟の喧騒とはうって変わり、
霊安室へ続く廊下のように静まり返ったただひたすらに長い道を響く足音の数を数えながら歩くだけだった。

 

重々しい扉が開かれると、20畳ほどの空間に似つかわしくない弾力のあるマットレスと
羽毛の掛け布団を乗せた細かい装飾の施された太い脚のベッドが置かれていた。
容赦ない外からの攻撃にも備えているのだろう部屋の窓は最小限であったが、
一日中十分に明るさを保持出来る設備が整っていた。
その明るさの溢れる部屋には病室の外の異常なまでの緊張感は一切持ち込まれておらず、
恐らく山下の趣味ではないであろうクラッシック音楽が流れていた。
この時・・・と言っても僕が山下の特別室に初めて足を踏み入れたのは、あの事件から2週間後のことであった。
あることないこと、話に尾ひれ背ひれが邪魔なほどつき、
報道がピークであった1週間。それから7日経ち、ようやく事態が沈静化した頃であった。

こんな時、この移り変わりの早い世界にいてよかったと皮肉にも思わされる。
次から次へと配信される新しいニュースや情報に塗れて、この自分の存在の小ささに気付き、
それでもどこかで働く力の圧力だと知りつつも取り扱われる事に優越感を抱く。
これからこの移ろいやすい世界で、一日でも長くその流れていく人々の視線を自分に惹きつけていられるかを競っていくというのに・・・
こうして人から忘れられる事に妙に安心する。
何て矛盾だらけの生活なんだろう。自虐的に笑ってみた。

 周りの環境が落ち着くのと同様、この頃は山下の病状もかなり落ち着いていて、
ここ数年間過ごした記憶などないであろう無遠慮な人間からの興味本位のいやらしい視線に身をさらすことなく開放され、
無意味な定型質問に答えると言う仕事からも遠ざかり、自分本来の生活を安心しっきった生活を送っていた。これも皮肉な事に怪我だとか、
事件だとかそんなもののおかげで手に入ったものであり、僕たちにはこんなものでしかありふれた生活を感じることしか出来なかった。
と言っても、僕たちの“自分本来の安心しきった生活”とは人目に触れる事や、
毎年繰り返される意味の無い質問の応酬に空っぽの心で答えることなのかもしれない。

 

「元気そうだね」

 

声をかけた僕に向かってゆっくり顔をこちらに向けた山下の顔はそれほど悪いものでもなく、退屈そうにはしていたけれども、
それほど不快な生活ではないという事がその表情から読み取る事が出来た。

「それほどでも」といつものように山下の悪い癖である心を素直に表現しない言葉をかけられ苦笑いしながらベッドの脇の椅子に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斗真をたずねたのはそれから3週間後。

周りの人間を口説き落とすのに大分時間がかかった。
事務所の人間は大事な看板背負った商品の技量などお見通しで僕の捨て身の演技を簡単に信じるほど甘くはなかった。
それはこちらとて分かってはいた事で、根気強く彼らの心の中に出来ていく隙間に入り込んでいくしかなかった。
最初に僕の演技にほだされ斗真の元へ連れて行くことを許してくれたのは皮肉な事にも僕の適正を見抜き、また表舞台に出るチャンスを与えてくれた人だった。
この世界はことごとく皮肉で満ち溢れている・・・

 

 





それから4日後。

黒塗りの車に乗り込んで、隙間なくフィルムが張られた窓にはモノクロになった街のカラフルなネオンが映っていた。
流れ行く光の筋が斗真へ向かう道しるべになっているようで、
次第に数少なくなっていく光の数に斗真自身見つけられることを恐れているかのようだった。
都心から2時間。郊外の静かな森林に囲まれたその場所に斗真は保護されている。
保護と言う名の隔離、面倒を嫌う事務所の計らいだった。
ウルサイマスコミ、心元ないファン、興味本位な一般の人々、それらの好奇の目から遮るように。
言葉ない車内で薄れていく光を懸命に追いかけつなぎ合わせ、
あいつら2人をつなぐ最後の糸になるようになればいいと夜の闇の暗さに負ぬよう願った。

 















重々しい門の前に揃って並ぶ警察官に軽い会釈一つでパスをし、
色みの少ない署内を進み、整然と陳列する駐車場で初めて外の空気に触れた。
木々から排出されたばかりの空気は、東京の空気のように不純物が混じっていなくて、
斗真の血に汚れたその手すらも元通り何もなかったようにリセットしてくれるようだった。
運転席から降りた事務所の人間と鉄の塊の扉をくぐった。
カビくさい湿った空気が充満した長い廊下を先導されて一列になって歩く。
冷たい空気がコンクリートの壁を冷やし山下のいた病院とはうって変わり、
証明の極力抑えられた廊下は先がはっきりと見ることが不可能でまるで囚われた2人の先行きのようだった。
つないだ微かな星の光では彼ら2人の未来は明るく照らせはしない。

 

そう、思った。

 

通された部屋は痛くシンプルで四角い机と向き合った3脚のパイプイスが支度されていた。
通された僕は手前の左側のイスに腰を下ろした。
連れは慣れた様子で鉄格子のはまった窓近くで外から紛れ込む光を見つめ、
タバコに火をともし、吐き出す煙でぼやける視界から見えるはずのないモノを見ようと目を凝らしていた。
コツコツと冷たい足音が次第に近づいてきて、この部屋の前で止まったのはそれから15分後のことだった。
ジャラジャラと鍵を探す音に続いて金属同士がぶつかり合う無機質な音が響き、扉の油の切れた蝶番が耳障りな音を立てて開いた。
ギィギィと不快な音を立ててその分厚い扉の陰からつれてきた男に促されるように生田斗真は現われた。
軽く右腕を押されながら僕の向かいの冷えたイスに座らされ、うつむいたままただ、誰かが口火を切るのを待っているようだった。
キリキリとぜんまいが巻き上がり切れる寸前の緊張感が3人を支配し、誰一人として話し出す様子のない静寂が満ち溢れた部屋に僕の声が響いた。

 

「斗真・・・」

 

一度もあげる事のなかったその顔をこのとき僕は1ヶ月と7日ぶりにきちんと捉えた。
眼の奥は白濁して、いつまでも目の前にいる僕の姿に焦点を合わせることが出来ずに
ぼんやりと何もその瞳に映していないような不透明な視線でどこかを見ていた。
もともと白い肌は青みが加わり、前はふっくらして赤みを帯びていた唇からは艶が消え失せ、
ささくれ立って荒れた白っぽい口元から不定期な呼吸を時々漏らした。
痩せてこけた頬には陰が出来、疲労の色がうかがえ、
薄暗い部屋の中で1日の大半を独りで過ごす斗真は、愛くるしかったクルクル変わる表情を忘れてしまい、
会話の最中によく動く長い指もここではネジを巻き忘れたぜんまいの玩具みたいに全く動く気配はなかった。
あまりにも痛々しい姿を直視させられ、それでいて眼をそらす事も出来ないこの状況はとても耐えられるようなものではなかった。
窓際に立っていた事務所の人間はまるでこの眼の前にいる変わり果て、
使い物にならなくなった商品をゴミ箱に投げ入れられるぼろ雑巾のように軽蔑しきった瞳で見ながら、
机の上に置かれた灰皿にきつくタバコを押し付けた。

 

“元気か?”“ちゃんと食ってるのか?”


そんな言葉で確認する必要など無い斗真の様子にどんな言葉をかけてやればいいのか分からずに戸惑っていると、斗真が口を開いた。

 

「やました・・・」

 

一字一句記録されるこの部屋の中、彼のことを忘れていないという事を記録してもらうために、
覚えていた唯一の単語のように斗真はその名を口にした。
この場所で斗真との間に交わされた会話が文字に変わっていく。
山下がこれを見ることはないだろうに、なぜかここで文字になった“山下”の名前に酷く意味があるようで
しばらくそのペンを走らせるきつい紙とボールペンの摩擦音に意識を奪われた。

 

「山下・・・会ってきたよ。元気そうだった。」

 

斗真が返す言葉に期待はなく、当然のように返される言葉は耳に届く事なく、
続く言葉を探し当てる短い時間すらもすがりたくなるような圧迫感に襲われていた。
空気を振るわせた1つの単語を口にすること以外斗真は全てのことを拒絶しているかのようだった。
これから発する僕の言葉も、全て。何もかも。
斗真にとってどれほどの存在であるか図りしれるその一つの単語の重み一つが全てを語る。

 

 

「心配してた、斗真のこと。会いたがってた、オマエに・・・」

 

 

この言葉をきっかけにせきを切ったように斗真の瞳から涙があふれ出て、
気が付いた時には斗真は手が付けられないほど錯乱し、気が狂ったように暴れていた。
小さな部屋の中で机や壁に自分自身の身体を打ちつける奇怪な鈍い音と静止する警官の激しい声とそれを振りほどく斗真の叫び声が響き渡った。
髪を振り乱し、可能な限り手足を振り上げ、痩せこけた身体のどこにこれほどまでに人を圧倒することが出来る力を残していたのか皆目検討も付かないほどだった。
しばし呆然と立ちすくみ、変わり果てた斗真が必死にもがき苦しみながら今この場所で懸命に生きている姿を目の当たりにし、
痛いほどに斗真が以前より激しく力強く生きていることに気付かされた。

すぐに異変に気付いた監視役の警官たちが次々に小さな面会部屋に入り込んでくるや否や
小さくなった斗真の身体をしっかりと掴み床に押し付け、そのやせ細った手首に手錠をかけた。
部屋にしばらくぶりに生まれた金属同士の重なり合う冷たい音がこの部屋の温度を一気に下げた。
おとなしくなった斗真に医務室から訪れた冷えた目の色をした医者が鎮静剤を打ち込み、眠りについたことを確認してからその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから山下のことは口にするなと言っただろう」

 

タバコの紫煙と共に責めるでもない口調で隣の男が言葉を吐き出す。
来た道を帰る頃はもうすでに闇に包まれ、いつの間にかどこからかやってきたたっぷりと水分を含んだ重たい雲がネオンの光も星の輝きも飲み干してしまっていた。
斗真の心の奥底に巣食っていた感情は自分が思っていたものよりはるかに重いもので、
面会に来る前の車内で“二人をつなぐ最後の糸になれれば”と思っていた自分自身の何の根拠もない自信を恨めしく思った。
斗真からも、山下からも結局何も・・確信をつく言葉を得られなかった。
彼らの全ては強く激しく想っているのはお互い同士だと言うただそれだけの単純で簡単な当たり前のこと以外。

 

それが本当は最も重要だと言う事は斗真が山下をあやめたことで否定せざるを得なくなってしまった。
なぜ大切な人をあの時傷つけなくてはならなかったのか。
傷つけた斗真は今でも狂おしいほどに傷ついた山下に執着をしている。
そして山下も深く傷を負っているのは本当は斗真の方だと言わんばかりに斗真に異常なまでの執着をしている。

 

 

“あの二人にしか分からない・・・か”

 

 

静かな車内で乾いた唇を小さく動かし窓の外に眼をやった。
煙の漂う視界越しに眺める数時間振りの都会の痛いくらいまぶしいネオンのきらびやかさはどこか曇って輝きを失ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの病院から山下の退院が決まったのは斗真と面会してから9日経った後だった。

 

小さな鞄に最小限の生活用品をまとめ、裏口から黒塗りの事務所の車に乗り込んだ山下を車内で出迎えた。
彼は恐らくそうしているであろう僕にお約束のように一応驚き、当たり前のように「ありがとう」と口にした。
口にはしなかったが“友達だろ”と笑って返してやった。
紫煙と私利私欲で充満したこの車中でこれほど温かい空気が流れたのはどれくらいぶりだったろう。

 

当然のごとくどこからか漏れた情報を嗅ぎつけ、マスコミやファンが病院の表玄関には押し寄せていた。
好奇心に塗れた揺れる人の波を、過ぎ去って行く車中から静かに見つめ、
山下の退院は沈静したと思っていた事態にまた油を注いでしまう形となってしまったと肩を落とした。
勝手に“忘れた”と自分たちに都合よく錯覚していただけであり、きっかけなどどこにでも転がっていることを今更ながら思い知らされた。
いつまでも、どこまでもこの二人は追いかけられる恐怖に襲われながら、終わりのないおにごっこに巻き込まれてしまった永遠の子どもであった。

 

山下の退院後、当然矛先は以前として姿をくらましたままでいる斗真に向かうことになり、
昼夜問わず鳴り響く事務所への二人に関する電話の数は誰の精神状態も狂わせる程酷いもので、
山下は退院してから一度も事務所に来ることを許されなかった。
自分たちが引き起こしてしまった事態の大きさ、たった二人の間の私的な事柄だったはずのあの一瞬が
どれほどたくさんの人間の身を巻き込んでしまったのか、病み上がりの人間が知るようなことではないと判断されたからである。

それでもこれほどの事態を引き起こして置きながらそう手厚く扱われる山下を快く思っていない人間も少なからず事務所には存在し、
そのため事務所の人間との接触も極端に制限され、自分自身の先行きに不安を感じていた山下が
これらの配慮を疎外感と取り違え、好意を無にするような行動を取らない様に気をつけた。
二日と感覚を空けずに山下の元を訪れ他愛もない話と取りとめもない会話で時間を埋め、
山下に深くこれからのことを考えさせないように努めた。
そしてその会話の中から彼の大きな不安の破片を細かく取り除き、
少しでもその爆発を遅らせる努力をすることが僕に宛がわれた役目であった。

 

不自然な来訪者に対して山下は斗真の話を一切出さなかった。
出させなかったと言うのが真実により近いと思う。それでも言葉の端々に斗真を思わせる単語が出てくる事があり、
自分に与えられた役目をまっとうすべく巧く話題転換をし、何も知らないそぶりを最も大事な友人にしなくてはならなかった。
どちらも互いを求め合い、助けを必要としているのに、その助けも必要真相手も互い以外許さないという事を知りつつ、
力になってやれない“親友”と名乗る自分が、最もこいつらの周りに不必要な人間なんではないだろうかと日を追う毎に思わされた。

 

こんな生活を続けていればストレスが溜まるのは当然の事で、
それを紛らわすために少々のリスクを負ってでも山下を学校に行かせるのが良いのではないかと事務所に提案したのは自分だった。
山下はそれほど高校が好きではなかったようだったが、それでも何週間も病院の個室で過ごし、
自宅からも一歩も出してもらえない状態でさらに数週間過ごしている彼は明らかにイラつきが多くなってきていた。
同じ高校に通う数名の仲間たちが山下に対してどう接するか、
山下が彼らから何かを聞きだすのではないだろうかと事務所側は懸念を示したが、
それは事前の話し合いによって彼らと事務所で折り合いをつけてもらうことにした。
それら全ての準備が整ったのが退院から2週間後の事だった。

学校に通うことが出来ると聞いた山下はいつものように山下宅を訪れた僕に嬉しそうに報告をしてきた。
それを何も知らなかったかのように一緒に喜んでやり、少しだけ肩の荷が下りたと安堵のため息を漏らした。
正直毎日息の詰まるような会話の応酬に自分自身も疲れてきていた。
代わり映えのしない山下の部屋と空気が毎日全く同じことを再現しているかのような錯覚を引き起こさせられていた。

 

翌日、自宅から学校まで送迎をかってでた事務所の車に揺られて山下は登校を始めた。
不用意に街を歩くことは武器も持たずに戦地に向かうようなもので、
いつ何時誰に襲われるかも分からない今の状況下では異例の待遇を受ける結果となった。
学校には1ヶ月以上離れていた仲間が変わらず生活をしており、何事もなかったかのように溶け込むことが出来たようであった。
学校に通い始めた彼の自宅に向かうと少し興奮した様子で山下が身振り手振りで学校の様子を事細かに報告してくれ、
まるで学校に通よい始めた小学生のように久々に可愛らしくはしゃぐ姿を見て暗かったこの生活に小さな光の筋が生まれたようだった。
そして遅れを取った部分を取り戻すために勉強を教えてくれと珍しい言葉を口にしてきた。
それからしばらく山下の専属家庭教師として空いている時間を全て彼のために使ってやった。

 

そんな生活がしばらく続いた後、山下は突然「最近仕事どうしてるの?」と自然に、
かつこの質問を尋ねる機会を伺っていたかのように出された数学の宿題のプリントに眼を落としたまま何気さを装い尋ねてきた。
ここ最近勉強以外のことを口にしなかった山下から不意打ちをくらい答えに困り果て、
巧い理由を探そうと眼を泳がせている所で、不意に顔を上げた山下と視線がぶつかった。

 

 

 

「ウソは要らない」

 

 

 

またしても不意打ちだった。じっと見つめる山下の真剣な眼差しと部屋に響くたった一つの時を刻む音に追い詰められていく。
金縛りに合ったように山下の瞳に捉えられ動けないでいる自分が山下に覗きこまれている瞳の奥にウソという名の真実が映し出されることを願った。

 

「アイツらもウソばっか。風間君は本当のこと言って。オレが本当に知りたいこと知ってるくせに」

 

“本当に知りたいこと”その言葉を聞いた瞬間もうこれ以上ウソはつけないと観念し、
強く見つめられていた山下をこちらから見返し、一つ大きなため息をついて静かに口を開き今まで起こった全てのことを山下に正直に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は単なる研修生です」

そう事務所の人間に言い訳するほかなかった。
信頼を受けて山下の側にも斗真の側にも置いてもらうことを許された唯一の人間であったのに。
生身の人間、それも彼とは長い間寝食を共にすることが多かった友人であって
その彼と演技をしながらウソを交えた実生活をするのはいくらなんでも辛すぎた。
それも他のことならともかく、大事な友人が最も大切にしていたたった一人の愛する人のことだったことが何より辛かった。
全てを吐露してしまった後、ウソを付かなくてもいいことよりも何よりも山下がやっと真実を知ることが出来たことに安堵した。

 

山下はその足ですぐさま事務所に乗り込み、斗真の居場所を問い詰めた。
これだけは“全て”と言った僕が山下に伝えなかった唯一のことだった。
たった一人で斗真の元に向かわれると厄介なことになることだけは予測せずして分かっていた。
そしてそれを事務所が最も嫌うであろう事が良く分かっていた。
山下が斗真の居場所をきちんと把握することが出来たかどうか分からないが、
いつまでも事務所も誤魔化しはぐらかすことは出来ないだろう。
あのまま別れさせられた二人にきちんと話し合いをさせるべきであることは誰にでも分かるはずだった。
遅かれ早かれ山下はもっとも知りたかった斗真の現状を知ることが出来る。

 

驚いたのは山下に問い詰められて全てを話してしまった僕に対する事務所の対応で、
あれほど神経質になっていた山下に関わることであったのに、
以外にあっさりと「仕方ない」と逆にここまでの労をねぎらってもらったことだった。
事務所が考えていた限界と自分が背負わされていると感じた期待のギャップに開きがあったことに今更ながら気付かされた。
必死になっていた自分がバカらしく思え、自分に対する過小評価に対して少し淋しく思った。

 

山下が斗真のいるあの森の奥の留置所にたどり着くことが出来たのは、僕が斗真と面会してから大分経ってからのことだった。
山下も同じようにネオンが輝き始める夕暮れ時の街並みの光を辿ったに違いない。
高まる期待とは対照的に次第に薄れていく光に不安を煽られ、黙り込む車内で同じように今度は山下が煙をくゆらすのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

山下は静寂と暗闇に飲み込まれている夜の留置所の廊下を静かに歩き、靴底から伝わる冷たさともう長い事よい闇と共に訪れ、
朝焼けと共に消えて行くことだけを繰り返しているかのように淀みきったカビ臭い匂い空気を肌に感じていた。
通された面会室は真四角に区切られ、部屋の中央は透明なアクリル板で仕切られていた。
中央の板によって二つに分かれて見える採光を取り入れる小窓からは、
まるで二人を遮るかのように入り込んでくる月明かりに照らされ数本の鉄格子の影が長く伸びている。
たった一脚だけぽつんと置かれたパイプイスに腰を深く下ろし、
向かい側に支度されている同じ形のパイプイスに腰掛ける斗真の姿を思い浮かべた。
以前、この場所を訪れた風間に取り乱した斗真のことが懸念され、目の前の透明な板には数箇所丸い小さな穴が開けられたのみで、
それが唯一斗真と直接繋がる入り口で、決して直接肌の温もりを感じることが出来ない距離が目の前に存在していた。

 

山下は仕切られた面会室を使うことを告げられた際に、交換条件として“二人きりで話す時間”を要求した。
あっさり通るはずのない要求は、この国で定められている法律では違反行為にもなる罪人と加害者のみの対面だったが、
法律でも規則でも明記されていない関係の彼らにとっては関係のないものだった。
どのように事務所が交渉したのかは明かされなかったが監視カメラも、監視員も、
当然事務所の人間も彼ら二人以外部屋に入ることを許さない時間を山下は10分だけ得る事が出来た。
山下にとって“二人きり”ということが最も重要で、もし仕切りのない部屋を使うと告げられたとしても山下はこの条件を口にすることを決めていた。
あの広いスタジオで二人、交わした言葉の続きは二人きりでないと続かないと分かっていたから。
あの事件へ思いを巡らせ、一人簡素な部屋を見回し、毎晩この建物のどこかで独り夜が明けるのを待つ弱虫な斗真の事を想った。

 

堅く重い扉が開かれ、一回り小さくなった身体を丸めて斗真は表れた。
顔面蒼白で血の気を失った唇に虚ろな瞳をした“斗真”を見た瞬間、耐え切れず“もっと早く来てやれば良かったと”透明な壁を小さく拳で殴りつけた。
連れられてきた監視員に支えられ目の前に座ってもこちらを見ようとはせず、
ただ俯いたまま身体を小さく丸め震えの止まらない身体を自分の腕でしっかり抱いていた。
不快な音を残し扉が閉められ、部屋に二人きりになって初めて「斗真」と2ヶ月ぶりに呼んでやった。
あまりに長い間この単語を口にしていなかった自分は以前と同じように“斗真”と呼んでいるのか、
斗真は自分の呼ぶ“斗真”を忘れていないか胸が締め付けられるような不安に襲われた。
静寂に細く響く母音の音が空気を震わせ、その声に反応してゆっくりと顔を上げる斗真の瞳からは一筋・・また一筋と涙の粒が頬を伝い零れ落ちていた。
眼の前で流れる温かい斗真の涙の雫を拭ってやろうと手を伸ばし、自分たちを隔てている冷たい薄い壁の存在を再認した。

 

二人を隔てる距離はたった数センチの透明な板一枚なのに、この距離が今の二人にはどうしても超えようのない距離で、
そしてそれが斗真と自分の間に実際に存在する縮めようのない距離。
冷たい部屋の中失われて行くたった一粒の温もりさえも留める事が出来ないもどかしさに苛まれる。
肌を拭うように涙の零れ落ちる数だけ“斗真”と優しく呼んでやること以外今の自分にはしてやれることが他にない。
伸ばした手を薄い壁に当ててただひたすらに繰り返す言葉は確実に斗真の心に届いているにもかかわらず、斗真は涙を流す以外それに答えることはない。
流れていく涙は過ぎてゆく時間と重なってあの時から止まっていた時間が斗真の涙と流れていく。

 

そっと誘うように“斗真”と呼び続け静かに顔を上げさせる。
涙に濡れた瞳をしっかりと見据え、もう一度“斗真”と撫でるように呼びかける。その声に初めて斗真の声が部屋に響いた。

 

 

「やました・・・」

 

 

 呼びかけられた声に返すようにまた静かに名前を呼ぶ。
その声に反応するように斗真は間に隔たる透明な板越しにそっと手のひらを重ね合わせる。
すぐには伝わっては来ない斗真の温みがこの手に届くまでゆっくり名前を何度も呼び続ける。
小窓から入り込んでいた月の光が静かに二人を照らし、夜だけに降り注ぐ不思議な光に包み込まれる。
この静寂に星の瞬きすらキラキラと音を落とし、互いの名前を呼び合う声を彩り始める。

 

 互いの温もりが手の平にほんのりと届くと二人見つめていたその手から視線をはずし、見上げた視線を絡めあい、
悲しそうに微笑む斗真と切なそうに笑った山下は静かに温もりを交わす場所を唇に変えた。
室内と同じように冷えた透明の壁に唇を重ねあい、柔らかさが伝わらない口づけが後れて運ぶ暖かさだけが今確かな斗真だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと斗真を感じることが出来たこの身体は今、

溢れんばかりの愛情で満ち満ちている。この温もりがあればいつまででも待っていられる。

斗真が再びこの腕の中に戻ってくるまで・・・

 

そしてもう僕らは間違う事はない。

アクリル越しに触れ合った温もりがこの心にもゆっくりと染み渡り、

何年もかけて心の奥底まで伝わり続けるはずだから。

























あとがき

Don't leave me の続編です。
いんやぁ〜・・書きたくて書きたくてしょうがなくて、
終わった後直後から書き始めて今日・・・
この忙しい中にまたしても山斗かよっ!!みたいなね☆
というか、デビュー記念とか書くべきですか?(聞くな)
やっと終われました。
実はコレ昔小泉今日子が二重人格役をやったアクリル板越しのキスが凄い印象に残っていて、
いつか誰かにやらせようと思って書いたものです。
要するにこれがやりたかったがために前回のものを書いて伏線にしてあったという
なんとも手間と時間がかかっている話なのです(笑)
その割りにどーでもいい感じですか?滝翼weekに・・・?
あはは・・・堂本兄弟可愛すぎるぞっ☆翼!!


                          2002/09/15      碧