幸せ・・・
それはあったかくて、
いつも側にあって
でも、不確か・・・
いつまでもこうして歩いて行きたい。
君の背中を見つめて。
隣に並んで手の温もりを感じて。
Happiness
キンっと空気が凍るような朝。
次第に日が昇る時間が遅くなってきて、
僕に降り注ぐ光りも柔らかくなってきた。
その優しい光りと朝の生活音が心地よい眠りから僕を覚ました。
これほど安心出来る目覚めは世界中どこを探しても
見つかるはずがないだろう。
うっすらと眼を開けて、今日を確認する。
そしてひんやりとした空気に向かって
ゆっくりと両腕を伸ばし、全身で思いっきり伸びをする。
「さむっ・・」
秋口といってももうすでに冬を感じさせる
部屋の空気に触れたその腕をまた布団にもぐり込ませる。
一晩蓄えらえた幸せの元に冷えた腕を引き寄せる。
身体を丸めて再び温もりに浸る。
「きもちーや・・」
眼をつぶったまま口元を緩ませた。
そして、もう一度その幸せの中に引き込まれていった・・・
「やっべ!!遅刻だ!!」
次に僕が眼を覚ましたのはそれから1時間程経ってからだった・・
「あぁ〜〜!!どうしよー・・・
待ち合わせに遅れるなんてやばいよな・・」
急いで身支度を始める。
遅刻をしたからって手は抜けない。
だって、待ち合わせは大好きな人とだから。
口に朝ご飯のサンドウィッチを運びながら、
ちょっと寝癖の付いた髪の毛を丹念にドライヤーで直す。
晴れ渡った空に合わせてスカイブルーのシャツに袖を通す。
「そうだ!パンツはこの前買った新しいジーンズをおろそう。」
遅刻していることなんてすっかり忘れて待ち合わせに思いを馳せて
仕度にドキドキワクワクしている自分が可愛い。
初めての洋服はパリっとしていて気分が引き締まる。
いつも一緒にいるからお互いのワードローブを知り尽くされているのが悩みの種。
何を着ていても『見たことある』と言われてしまう。
そんな僕も
「あの服は一緒に代官山に行ったときのやつだー」なんてしょっちゅう思ってる。
それだけ時を重ねているという証拠になって
ちょっぴり照れくさいけど、素直に嬉しい。
「きっと新しいこのジーンズに気づいてくれるだろうな。」
そんな淡い期待を胸に抱きつつ
待ち合わせ時刻からちょうど10分過ぎた11時10分に
白地に紺のスニーカーを突っかけてあわてて家を飛び出た。
「怒ってんだろーな、山下。」
案の定、待ち合わせ場所に不機嫌そうに立っている一人の美少年を
僕はかなり遠くから見つけだした。
全身から不機嫌オーラ出しまくりで見分けがすぐに付く。
いかにもイライラしている様子で、
近くのベンチに腰をかけ落ち着きなく足を動かしている。
「どーしよ・・・もう40分も待たせちゃったしなー
出て行ったらどうせ怒られるし・・出て行かなかったらそれでまた怖いし・・」
心の中で葛藤する。
家を出てくるまではすごく楽しみで仕方なかったのにな。
本人の姿を目の前にしてどうしてこんなに憂鬱な気分にならなきゃいけないんだろう。
意を決して山下に近寄る。
怒られることも、怒鳴られることも、どやされることも全て覚悟をして。
「山下!ごめん、遅れちゃって。」
山下は肌寒い空の下待たされたあげく
人ごみの中にいる事で神経が過敏になっていた。
空は雲ひとつないほど爽快なのに、
台風の目の中のようないつまた風が吹き荒れ
雨が矢のように降り注ぐのか分からない不気味さで僕を見た。
「・・・・」
無言・・
なんて分かっていたけど、どうしたら良いか分からない。
山下の機嫌をとる方法なんて知らないよ・・
いつもいつの間にか機嫌が直ってるか、
僕が素直に謝るか、無理やり山下の言いなりになるかのどれかだもん。
仕方がないのでもう一度謝る。
「ごめんね、山下。寒かったでしょ?温かいものでも飲もう。」
そう言ってまた山下の言葉を待つ。
促すように山下の身体に手を触れられればいいのに・・
なぜだかいつも躊躇ってしまう。
「・・・っせーよ。温かくて旨いホットココアが飲みたい。」
下から睨むように、責めるように、静かに山下は言った。
「う、うん!!じゃ、行こう!!この前いいお店見つけたんだ。」
のっそりと立ち上がった山下を目線で促し、
山下の前を行き先導する。
まだ、完全には機嫌が直っていないようで、
両方の手をジャケットに突っ込んで、うつむいて、
不自然な距離を開けて後ろを付いて来る。
カフェに入って少し早い昼食を兼ねて
遅刻のお詫びで山下にご馳走する。
まだ、昼前で2階のラウンジは人もまばらで落ち着いていた。
窓際に席を決めると二人で向かい合うよう腰をかけた。
無言のまま、食事に手をつけ始めた。
カップを両手で包み込み冷えた手を温める。
ふぅー、ふぅーとココアを冷まして口をつける。
甘い香りが僕の所まで漂ってくる。
映画のワンシーンを見ているような感覚に囚われる。
山下の白い肌に薄茶けた髪が逆光に照らされて僕の眼に映る。
ホットココアから上がる白い湯気が冷え切った山下の身体と心を温め、
甘い香りが僕らの間の空気を溶かしてくれた。
沈黙はいつの間にかトゲトゲしたものではなくなり、
心地よいものに移り変わっていた。
「斗真、どーして今日遅れたの?」
ぶっきらぼうだけど、さっきまでの山下が発する言葉の調子ではなく
純粋に遅れた理由だけを改めて聞いている口調だった。
「朝、ちゃんと起きたんだ。でも、布団からなかなか抜けれなくて・・・
温かくて、気持ちよくて・・・二度寝しちゃったんだ・・・ごめん。」
「・・・んだよ。せっかく休みの日に遊ぼうって話になったのに、
ベッドに俺は負けたのかよっ。ちぇっ。」
「・・?」
最後の「ちぇっ」はかなり小さかったけど「ちぇっ」だよね?
あれ?
山下ちょっと可愛い・・・
何か今日はちょっと素直な感じだよね?
機嫌直るのも早かったし。
でも、これを口に出すと絶対に怒るから止めとこ♪
今日はこのまま楽しみたいもんね。
さっきの聞こえるか聞こえないかの「ちぇっ」に
全てをかけて山下に向かってちょっと我侭を言ってみた。
「今日さ、買い物とかじゃなくて、散歩したいな・・一緒に」
「・・・」
「ダメだよね?つまんないよね?いいんだ、別に。買い物しよう!!
山下行きたがってたあの店行こうよ!!」
「俺、まだ返事してないんだけど・・?」
意見を聞かなかったせいか少し不機嫌な声を出して山下は僕を見た。
その真剣な眼差しを見つめ返せず眼を逸らす。
「俺、まだ返事してないです。」
山下はもう一度しっかりした口調で繰り返した。
そして、逸らした僕の目線を探ってもう一度僕をしっかりと見てこう言った。
「どこの道歩きたいの?」
今日は遅刻をして、山下を怒らせて、山下に我侭言って、
でも、山下は今こうして僕の希望通り
桜並木の続く長い道を一緒に歩いてくれている。
嬉しくて最初は一人でしゃべっていて
山下は時々うなずいて、時々微笑んで、時々言葉を発した。
肌に触れる空気は寒くても、二人の間には暖かいものが流れていた。
二人で微笑みあって、二人で足並みを揃えて歩いて、
二人で・・・
ひとしきり二人ではしゃいで、日が暮れるのと同じ速度で
二人の間に落ち着いた空気が流れてきた。
今はサクサクと足元で落ち葉を踏む音だけが
僕らの心地よい沈黙を埋めている。
淡い夕焼けと共にやってきた夜の寒さが
僕らの身体を少しずつ冷やして行く。
吐く息が白く立ち上る・・・
二人ともパンツとジャケットのポケットに手を突っ込んでゆっくり歩く。
身体を丸めて、二人の間の距離をちょっぴり縮めて並んで歩く。
それが自然の流れで、当たり前の事で何だか嬉しい。
「寒くない?」
山下が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
"あれ?"
何かやっぱりいつもと違う・・・
こんな山下初めてかも。
「ちょっと・・・」
パンツのポケットから手を取り出して、
自分の口元で手を温めながら言葉を返す。
山下は少しのためらいもなく
口元に添えていた僕の手を取った。
そしてそのままジャケットに僕の手を忍ばせた。
驚く僕の顔を見向きもせず、
そのまま少し足早に歩みを進める。
少し照れているのか、当たる風が冷たいのか
耳が赤くなっている。
山下の温もりでいっぱいのポケットの中
しっかりと繋がれた手から優しさが伝わってくる。
胸の中に温かいものが染み渡る・・・
ほんわかとした優しい気持ちが僕を包み込む。
これがきっと僕の幸せ・・・
あとがき
勢いで書いてしまいました。
友人に「SEX抜きで愛情表現できたら素敵なのにね」
「キスや寝るだけが最大の表現方法ではないよね」
というありがたきお言葉を頂き、
最初、碧はそのようなものを書きたかったんだった・・と
初心に帰らせていただきました。
その起点から見た山斗でございます。
読んでいただいた皆様の心に何か残る温かいものがあれば
碧としては満足でございます・・・
2001/10/19 碧