最近山下は僕の身体に触れない。
例えば一緒に番組で歌を歌う時。
僕が肩に回した腕に答える山下の腕は僕の身体に触れられない。
例えば一緒に取材を受ける時。
カメラマンさんの"もうちょっと寄って"の声に
ふざけて僕の身体を抱きしめる山下の腕がない。
例えば一緒に帰る夕暮れの帰り道。
混雑した大通りで、はぐれないように導いてくれるはずの山下の手が差し出されない。
それは一緒に同じ時間を過ごす時。
そっと口付けをしようとする瞬間の頬を包む暖かい手のひらが伸びてこない。
なんだかちょっと足りない気がする。
満たされないカラダ
山下の隣で床に座って上の空でテレビを見つめる。
いつものように山下の部屋に上がりこんでくつろぐ休日の昼下がり。
安心しきっていられるのは自分の部屋とよく似た山下の部屋の匂いのせい。
眠りを誘われるのは良く似た匂いと訪ね慣れた山下の部屋のせい。
鼻先をくすぐる山下の部屋の匂いは、
ちょっとだけ僕の部屋より甘ったるい匂いがする気がする。
女の人特有の熟れた果物みたいな甘いお菓子のような匂い。
それが山下のつけているトワレの香り。
画面に見入る山下の綺麗な横顔をじっと見つめてみた。
いつもなら山下の方が先にテレビ番組に飽きて、
テレビに夢中な僕の顔を気づくまでじっと見つめる。
そのうちいつまでも気づかない僕にじれったくなって
そーっと身体に手を伸ばしてくる。
もうそろそろ山下は腕を絡めて僕を抱きすくめ、
頭を僕の肩に預けて僕の頬にグリグリと頭を押し付けてくるはず。
いつもならそんな時間。
くすぐったくて山下から逃れようと画面を見たまま首を左右に振ると、
ぷーっと膨れた振りをしてさっきよりきつく僕の身体を抱きしめて
もう一度柔らかなトワレの香る頭を押し付けてくる。
ひとしきり不満を身体で表すと、「つまんなーい」と、
口を尖らせてアヒル口にしたままぼやく。
そして「何か面白い事しよっ」と今度は突然嬉しそうにニッコリと笑う。
"しよっ"の部分でいつも首を左に傾けてイタズラっぽく見つめられるのが
凄く恥ずかしくて山下から視線をはずすと、
山下はわざと耳元で「楽しくって、キモチーことなんだけどなー・・・」
と、ちっちゃく囁く。
楽しそうに笑う息が漏れて優しく耳をくすぐる。
もう我慢できずにうなじまで紅く染めて山下の隣から立ち上がる。
すると山下は僕の左手の中指を軽く掴んで「何するか聞かないの?」と、
意味を含んだ笑顔で意地悪なちょっかいを出してくるのに、
最近の山下は、僕が隣にいることなんてまるで忘れているかのように
いつまでも画面を見つめたままの事が多い。
二人で一緒にくつろいで静かに流れる時間(とき)を
冬は暖かい部屋でミルクティーとコーヒーをゆっくり飲みながら、
夏は冷たい炭酸水に弾ける泡を眺めながら、
一緒に話して、くだらないことで笑い合いながら感じたいと思っていたけど、
最近やっと過ごせるようになったそんな時間がちょっと物足りない・・・
僕って贅沢なのかな?
幸せ過ぎて心が麻痺しちゃったのかな?
僕が見つめる視線にまだ気づかない山下。
自然に少しだけ座る位置を左にずらして、
隣で僕と同じようにベッドにもたれかかっている山下にちょっとだけ近づいてみた。
ひじとひじが触れるか触れないかの位置まで近づいて
ちょっぴり胸をざわつかせながら山下をもう一度見つめる。
画面に集中する綺麗な顔の山下がさっきより近くなった。
こんなに近くで山下の顔をじっと見つめたことなんてなかった。
この顔がいつも僕を見つめて、この唇がいつも僕の唇に重ねられるんだ・・
すっとした端正なラインにぷっくりとした艶のある唇に妙にドキドキさせられる。
独りで動機を速くさせて、ちょっと恥ずかしい事を考えてる自分が恥ずかしかった。
それでも何にも気づかない山下にやっぱりなんだか物足りなさを感じた。
もうちょっとだけ・・
肌が触れる位置に動いてみた。
山下の腕が僕の腕に触れる。
静かに伝わってくる山下の脈と体温が僕の鼓動を更に高く、速くさせる。
ずっと近くなった山下の顔を見上げるのが恥ずかしくて、
俯いたままそーっと瞳を動かして山下に視線を送る。
相変わらず山下は僕のことなんてお構いなしに画面を見ていた。
ちょっとだけやけた。
映像と音が流れるだけの小さな箱に。
山下は近づきすぎた僕から距離を置くように
自然に僕から離れようと身体を浮かせた。
きっと何でもない事。
普段だったら気にも留めないそんな仕草も
今日の僕はソレが僕から遠ざかるためのものじゃないかと
敏感に不安の音が響き出すのを感じ取る。
画面に夢中になって何も気にしない振りをしながら、
ちょっとだけヒリヒリする傷ついた心を山下のすぐ隣に置いておくのは辛かった。
山下は僕のこともう飽きちゃったのかな?
それとも僕が何か悪い事したのかな?
もう僕のこと好きじゃないのかな?
ちょっぴり距離を置いた山下をすがるように見つめていたら、
動いた拍子に山下が僕の視線にやっと気づいて
前と変わらずあの優しい眼を細めて笑った。
いつもならずっと前に僕に触れているはずなのに。
僕の頭に山下の手の重みを乗せて安心させて。
何だろう?
この感じ・・・
山下と一緒にいると自分がどんどん欲張りになっていく。
最初は山下が僕の事を好きだと言うことだけで満足だった。
優しく見つめられる視線にも慣れなくて
愛しいものを見るような眼でいつでも僕を見つめる山下に
僕はいつも瞳で答えられなかった。
涼しくなり始めた秋の入り口には
ポケットに手を入れる癖のある僕の手を山下が取り出し、
自分のジャケットの中に入れるように変えた。
誰にも見えない所で初めて繋いだ手からは自分の想いが伝わるような気がして
しっかり山下の手を握れなかったけど、
何度も手を繋ぐうち"ごめんね"も"ありがとう"も
"好きだよ"も全部絡めた指で伝えるようになった。
枯葉の落ちた寒々しい冬の夜の公園で山下に抱きしめてもらいたいと思った。
あったかい山下の腕の中で空から降りしきる雪を見ていたら
寒さなんてきっと感じないと思った。
横に並んでいた僕は恥ずかしくてちょっと俯きながら山下の前に向き合って立った。
雪を見上げる山下のコートの右腕を小さくひっぱって
やっぱり優しく視線を落としてくれた山下のコートの胸に頭をうずめた。
雪と星と冷たい空気を一緒に胸に抱きこんだ山下の胸はとっても広かった。
真っ青な空に真っ白な入道雲が映える夏には
白い砂浜を駆け回って火照った身体を波で癒した。
いつまでも治まらない心の熱は波間に太陽が沈む夕暮れに
陰になった岩場で二人口付けでお互いの熱をオレンジ色の空に溶け込ませた。
あれ・・・?
何かヘン・・・
優しく見つめられるだけじゃちょっと足りない。
躊躇いながらそっと床に置かれた山下の手に自分の手を重ねる。
ごつごつした手の甲に優しく力を込めると
山下はそっと親指を僕の手のひらの下で動かし僕の手をきゅっと握った。
"どうしたの?"
そう山下が尋ねている。
体育座りのひざっこぞうをじっと真剣に見つめながら
その問いに答えずにもう一度山下の手を握り返す。
山下は空いた左手で僕の頭をポンポンと叩いた。
やっと触れてくれた山下にやっぱり僕の心はいつまでたっても満ちなかった。
山下がその胸いっぱいに僕の事を想っていてくれてもなんかちょっと物足りないよ。
もうちょっと側に来て・・山下。
繋いだ手に痛いくらいに力を込める。
山下は今度は言葉で僕の気持ちを探る。
「斗真?どうしたの?」
2度目の山下の問いもやっぱり答えられなくて、
山下の真似してちょっとだけ唇を尖らせてみた。
「アヒルみたい」
と笑って山下は左手の人差し指で僕の唇に触れた。
もっと触れて・・
指じゃなくて唇で。
なんだかまだまだ足りないよ。
ぷにっと押された唇を再び尖らせて、
あごを自分の膝に乗せて右手で自分の足を抱く。
小さく丸くなって満たされない自分の身体を自分で抱きしめる。
もっと山下の近くにいたいよ。
心を僕のことで埋め尽くしてこの身体を優しく抱きしめくれても足りないよ。
もっとぎゅっと僕を抱きしめて。
いつもと様子の違う僕にやっと山下は気づいて
繋いだ手をそのままに僕の不満足な顔を覗き込んできた。
「どした?斗真?寒い?おなかすいた?つまんない?」
優しいけれど的外れな質問ばっかり。
山下は何にも僕の気持ちなんて分かってない。
"もっと山下を近くに感じたいよ・・・"
3度目の質問にも答えられずに悲しくなって涙を零した。
なんだかすごく切なくて、どうしていいか分からない。
訳が分からなくて涙が止まらない。
自分の気持ちなのに全然分からない。
山下が好きで胸がいっぱいなのに胸が痛い。
山下が僕の事を好きなことも知ってるのにそれでもなんだか物足りない。
手を繋いでいてこんなに近くに山下がいるのにそれでも満たされない。
抱きしめて・・・
キスして・・・
きっとそれでも埋まらない。
もっと山下に触れていたい。
もっと山下に触れられたい。
もっと、もっと。
突然の涙に山下は慌てることなくそっと拭ってくれた。
繋いだ手を山下はしっかり握り締める。
「斗真・・・」
今までで一番優しく僕の名前を呼ぶ。
ゆっくり顔を向けると僕が見た中で一番綺麗な山下の顔があった。
優しい声に促されるようにやっと気持ちを口にする。
「好きだから、好き過ぎて足りない・・・」
山下はその言葉を聴くと精一杯自分の気持ちを抑えるように
肩からふっと力を抜いて甘いため息を大きくついた。
そしてまるでガラス細工でも扱うかのように僕の身体を柔らかく抱きしめた。
腕の中には余るくらいたっぷりの僕への愛情が抱かれていた。
優しく触れる唇に言えない山下への気持ちを乗せる。
堰を切ったように山下は僕の身体を痛いほど抱きしめて、唇を強く重ね始めた。
息つく間もなく近づいていく僕らの身体と心。
「まだ足りない・・・?」
山下は優しく僕に確認をする。
山下は僕の身体を抱き上げ静かにベッドに沈める。
僕はイタズラに笑い返して首に腕を絡めて言う。
「もっと・・・」
next??
あとがき
ついに、ついに書いてしまいました・・
山斗エッチ寸前・・・
コレが序章です。
当然ここで終わらせません。続き物です。
長編の続き物ですね(ぐふっ)
しかしそろそろ私生活が忙しくなるのであまり期待せずにお願いいたします(涙)
いやぁ〜vv物足りない斗真ちゃんが書きたかったんですよvv
山下さんサイドもエッチ寸前までの過程を書きたいですが、
どうなんでしょう?>聞くな碧
あぁ・・・激甘だ。
コンで山斗ポインツなんてなかったのに。
むしろ亀と戯れる斗真ちゃんを目撃したのでそっちの雰囲気なんですけど・・(誤り過ぎ)
と言うわけで、久々の連載お楽しみくださいませ。
ふぅ・・なんだかすっきり爽快♪
2002/3/31 碧