Parting

 

 

 

「ねーねー、山下。先週のさー、アレ。覚えてる?」

「あー!!ははっ。長谷順?バカだよなー?」

「でね、昨日もね、アイツさー・・・」

「アイツ、マジ頭ワルー・・・」

くすくすと笑い合って、

会話にならない二人の会話を続ける。

 

お腹を抱えて「もーダメ・・」なんて爆笑して

崩れ落ちそうになりながら山下は僕の肩に手を当てて

頭をくっ付けてまだ笑ってる。

その笑いを堪える山下の小刻みな振動がくすぐったくて

「もー・・山下ぁ、くすぐったいってばー」

なんて言って山下の頭を軽く小突くとその手を取って

「くっくっ・・あーもーマジ・・ムリ、くっく・・」

なんてすがるように手を握り締めてヒーヒー言いながらまだ笑ってる。

 

“しょうがないなー”って呆れたように言ったけど、

珍しく山下が無防備で可愛らしくてくすぐったさも我慢してやった。

 

 

 

「お前らはいいよなー・・・いつも一緒で。」

 

 

 

忘れてた・・

この部屋には翼君がいたんだった・・・

 

突然恥ずかしさが込み上げてきて山下を乱暴に払うとさっきまで笑い転げてたくせに

「っんだよー・・」って不機嫌になったりして始末が悪い。

そんな山下相手にしないで翼君の側に寄って行って身を乗り出して提案する。

「簡単だよっ!!電話すればいいじゃない?」

恥ずかしさで自分の言葉の意味なんて何にも考えずに早口で言った。

翼君は少しだけおでこにしわを寄せて困ったように笑っただけだった。

 

「滝沢君に電話してみたら?

あっ!もし翼君が電話しにくいなら僕がしてあげるよっ。

大丈夫、絶対滝沢君すぐにここに来てくれるよ。」

 

自分の携帯電話をパンツのポケットから取り出すと

翼君は僕の手の中からそれを奪い去った。

 

「余計な事すんなよっ!!」

 

大声を僕に浴びせて僕の携帯電話をソファーの上に投げ捨てる。

あまりの勢いに驚いて僕は翼君を凝視する。

さすがの山下もその大きな怒鳴り声でむくれて伏せていた眼を上げる。

 

「どーしたの・・?翼君?僕何かイヤな事言った・・・?」

翼君は引っ込みが付かなくなった態度で

「いーんだよっ!滝沢は。余計な事するなよ。」

答えもくれず同じ事をオウムのように繰り返す翼君のそっぽを向いた顔を覗き込む。

 

「ケンカしたの?滝沢君と。ダメだよ、翼君。いつも言ってるじゃない。

ちゃんと話し合わないとダメだよって。だから滝沢君と早く仲直りしないと、ね?」

いつもと様子の違う翼君にちょっと心配になって両腕を取って翼君に諭す。

「うるさいなっ!!斗真には関係ないだろっ?」

掴んでいた両腕を言葉で払われた。

何だかやるせない気持ちと、もどかしさと、寂しさと・・

翼君の表情にはいろんな色が乗っていて僕は困ってしまった。

 

でも、分かるのは滝沢君とうまく行ってないって事で、

きっとそれは翼君にとってよくないって事。

僕に「山下」が大事な人だって事を教えてくれた翼君。

だから見失わないで滝沢君の存在を。

もし見失いかけているのなら僕がちゃんと伝えてあげたい。

両手で耳を塞いで僕の声を「うるさいっ!」って首を振る翼君の肩を捕まえて、

「ちゃんと聞いてよっ!」って食らいついたら、

 

あの細くて長い指が・・・

 

僕の大好きな翼君の優しいあの手が僕の頭上高く上がり、

頬目がけて振り降ろされた。

堅く眼を閉じてその一瞬を身構えた。

パシッと渇いた音が部屋に響いたけど、

ジンジンと痛むはずの頬にはあの翼君の手の感触はなく、

緊張が溶けた空気が頬を撫でた。

 

そっと瞼を開けるとそこには左頬を差し出した山下が立ちはだかっていた。

翼君の振り上げた手は空気を切ったまま殺気立っていた。

 

「ツー・・・」

山下は殴られた頬に左手を当てて翼君を睨みつけた。

「本気で殴ろうとしてたんですね、斗真のコト。」

翼君は山下から顔を背ける。

無言のままイライラが収まらないのと人に手を挙げた興奮で落ち着かないように

目を泳がし、振り上げた右手を左手でしっかり握り締めていた。

 

「あんな些細な事で本気で斗真に手を挙げるなんて翼君らしくないですよ!?

一応、これから撮影なんだし。プロ意識足りてないですよ。

ってか、そんな事よりオレの目の前で斗真殴るって事自体が問題ですよ。

あー・・それも置いておいて、翼君。

斗真、翼君好きなんですよ?この手信頼してるんですよ?

殴られて腫れた頬は自然に消えても“翼君に殴られた傷”は消えないですよ?

今だってその手で斗真を殴ろうとした事はもう斗真を十分傷付けてる・・

そこちゃんと分かってます?

その信頼裏切ったってこと分かってます?」

 

山下は翼君をどんどん追い込んでいく。

きっと翼君はそんな事分かってる。

それでも抑えきれない何かが僕を殴ろうとさせた。

手を挙げてしまった事実が取り消せないイラつきも

分かっている事を山下に繰り返される事も

全部翼君を少しずつ追い詰めている。

 

何より責めたてる山下は出来るだけ自分の感情を抑えて、

僕の心の傷を優先させて考えてくれている。

それがまた翼君の傷ついた心を柔らかく握りつぶしているに違いない。

守ってくれる絶対的な存在が今翼君には誰もいない。

守られている僕が憎たらしかった・・だから殴ろうとしたのに、

山下にその頬は守られて、今心は山下に癒されてる。

翼君はもう逃げ場が無い。

 

 

でも・・・

大好きな翼君、僕に手を上げた翼君、

温かいその手のひら、僕を殴りかけたその手のひら、

優しい翼君、僕の知らない翼君・・・

翼君、翼君、翼君・・・

どっちが本当の翼君?

翼君・・・?

 

「うっせーよっ!!俺が斗真傷つけたらお前が慰めればいいだろ?

そのためにお前がいつも斗真の側にいるんだろ?」

その一言に山下はグッと下唇に力を込めて、

だらんと垂らしていた手で握りこぶしを作り、

懸命に湧き上がる怒りを耐えた後、

 

「翼君、ちゃんと聞くから。頼りないかもしれないけど、ちゃんと聞くから・・

だからお願いだから斗真に手は挙げないで下さい。」

山下は頭を深々と下げた。

 

こんな山下の姿を見るのは初めてだった。

嬉しいやら恥ずかしいやら悲しい気持ちで山下を見つめていたら、

翼君は「そ−ゆ−所がムカツクんだよっ!もういいから放っておけよっ!!

お前ら見てるといい加減イヤになんだよっ!!

全部分かったような口利きやがって。

斗真守ってるつもりかも知れないけどそれは違うからなっ

山下のそれは斗真を一人でいられないようにしてるだけだ。

どうせ最後まで面倒見切れないなら最初から優しくなんてするなよ・・」

 

目の前で頭を下げている山下を視界にいれたくないのか、

翼君は首を大きく振り切なそうに下唇をかみ締めた。 

きびすを返して立ち去ろうとする翼君は僕が知っている“翼君”じゃなかった。

その背中を切なさと哀しみの入り混じった眼で未練がましく追っていた。

 

「それって滝沢君が今まで翼君にしてきた事でしょ?

今更一人にしないでよなんて都合のいい事言って八つ当りなんてしないで欲しいですね」山下は吐き捨てた。

翼君はすぐにこちらをにらみかえしまくしたてた。

 

「お前ら二人だって分かんね−んだよっ!

ずっとこのまま一緒にいられるなんて考えてる訳ないよな!?

少なくともこれから後二年、二人トップを同じように走り続けなくちゃいけないんだよ!

やっと光が見えても二人一緒とは限らね−んだよ!

斗真が歩いても山下は走らされるかもしれない。

斗真が知らない間に山下を追い越してるかもしれない。

お前らだってしってるだろ?

ここで生きるってことは毎日が競争なんだよ。

足並みなんて揃えられなくても括られて一緒に走らされる事だってあんだよ!

明日隣に同じように笑って斗真がいるとは限らないんだよ。

斗真は山下に付いて行けるか?

立ち止まらず休み事なく追いかけていけるか?

光の当たる半歩先行く人をいつまでも追いかけていけるか?

そこに羨望と嫉妬と妬みなしに。」

「翼君、止めてください。」

山下は冷静に制止の声をかける。

僕はじりじりと翼君の言葉に追い詰められる。

翼君の言葉は止まらない。

 

「仲間であり恋人の成功を一歩下がった場所から支えながら、

その実感も感じられない、他人に評価もされないまま追いかけていけるか?」

「翼君!もういいから、止めてください。」

「止めない。」

声を荒げる山下。

冷静に話し続ける翼君。

 

「斗真!聞かなくていいから。こんな話聞かなくていい。」

あわて始める山下。

まるで雷に打たれたように動けないままただ耳に入ってくる言葉が脳に滑り込んできて

音が文字に変わっていく。

 

「山下は遅れ始めた斗真を振り返らずに前だけ見て走り続けていけるか?

周りから走る事を強要されて何が大事かなんて自分で判断できなくなって、

転んで付いてこれなくなった斗真に手を差し伸べる事なんて出来ないんだからなっ。」

翼君が荒げていた声がだんだん落ち着いていき次第に低い声に変わっていく。

 

「山下、いいか?いつまでも一緒でいられるだなんて思うなよ。

もうお前たちは走り出してるんだ。

もう・・後戻りなんて出来ないんだよ。」

最後の言葉は僕らにはあまりに辛い現実を知らしめる一言だった。

 

 

翼君の言葉に山下はもう反論しなかった。

出来なかったんだ。

 

 

いつまでも沈黙が続いた。

山下はきつく唇を噛み締めたままだったし、

僕はずっと抱えていたけど言い出せなかった翼君の苦しみと哀しみの言葉が

頭の中をグルグルと駆け巡っていてただ混乱していた。

翼君の言った事は残酷なまでに翼君と滝沢君の人生の全てだった。

そしてそれはこれから山下と僕が辿るであろう道だった。

だから何も言えなかった。

翼君の苦しみはいずれ僕の苦しみになり、

山下の感じている痛みは滝沢君も感じる痛みなんだ。

僕らは滝沢君と翼君を見ればその未来が見えてしまう・・

あまりにもはっきりとしたそんな悲しい未来の縮図なんだ。

 

 

 

「翼君・・・大丈夫だよ。滝沢君が何とかしてくれるよ。」

僕は勤めて明るく翼君に話しかけた。

もうこんな話イヤだった。

何も知りたくない。

何も聞きたくない。

何も考えたくない。

 

「誰が何とかだっ!?お前まだわかってないのかよ?!

それともアレか?怖くなったんだろう?

俺たちを通して見える自分たちの未来が。

俺と滝沢がここで2人一緒になれれば、

自分たちも一緒でいられるんじゃないかって思ってるんだろう?

自分のために俺たちの未来願ってるんだろっ?

どうだ?山下。“これ”がお前と滝沢が俺と斗真に犯した罪だよ。分かっただろう?」

 

 翼君の声は怒鳴り声だったけど哀しいくらいに

その言葉が涙に濡れていることがわかる。

僕は翼君の心の痛みが分かる。

だってそれは僕の痛みだから。

その痛みが翼君の代わりに僕を泣かせる。

 

「どうしてお前が泣くんだよっ・・・」

翼君は悲しそうに僕に言う。

 

「だってこれは翼君の涙だよ。」

溜めていた涙の粒を溢したら少しだけ翼君は報われる事のない笑いを浮かべた。

 

山下はただ胸の痛みを反芻していた。

その痛みは誰のものなのか、自分のものなのか、滝沢君のものなのか。

自問自答を繰り返し続けていた。

 

僕はゆっくりと翼君が僕の携帯電話を投げ捨てたソファーに近づき、

それを手に取った。

そして静かにリダイヤルボタンに自分の指の重みを乗せた。

 

翼君はもう何も言わなかった。

でも僕には分かる 翼君が。

翼君が望んでいる事が。

今、僕を動かしているのは翼君の強い気持ちだけ。

滝沢君に“助けて”と叫んでいる翼君の悲鳴。

 

ダイヤル音の不安定な音階が余計な不安を煽りたて、

コール音の普遍さがいつまでも続くように聞こえさせた。

 

胸打つ鼓動はもう翼君と同じようにリズムを刻んでいた。

期待と不安が入り混じりいつまでも溶け合わぬまま

ぐるぐるとマーブル模様を描くように渦を巻いていた。

 

6回半のコール音が消えて話し出そうとした僕の耳には

機械的な電子音の女の人の持ち主の留守を告げる音が届いてきた。

 

 

 

電話を耳からはずした僕を翼君は諦めの表情で見つめ

「これが現実だよ」と一言呟いた。

 

 

それからのことは何か・・・

膜を覆ったような・・

 

 

フィルム映画を見ているように実感が沸かなかった。

 

 

言葉の響きがまだ部屋に残っている間に

翼君は扉をくぐって行ってしまった。

 

 

 

 

 

翼君は初めて仕事に穴を開けた。

 

 

 

 

 








 

それから3ヵ月後。

 

滝沢君と翼君はそれぞれ1人で新しい道を歩き始めた。

そして山下と僕は2年後、滝沢君と翼君と同じ岐路に立たされる。

それはまだ今の僕たちは知る由も無い。




 

 

 

 
あとがき
 
これは未発表ですねvv
デビューが決まってしまって出すの渋った1作です。
しかし、ソロなのかデュオなのかいまいちよく分からず、
勢いで出してしまえとばかりに・・(笑)
暑い夏に暗い話で申し訳ないですが、碧これ好きです。
あと2年こうして書き手を続けているのならこの続編を必ず出します。山斗で。
でも山斗はきっと一緒だと思うんですよね。
2人ともこのままの状態で行けば。
離別は無くとも色々思うところはあるので2年後が楽しみです。
滝翼の2年後も混ざるのでその辺も楽しみです。
どうやって成長していくのか、どう葛藤し悩んでいくのか。
 
翼君に「これが現実だよ」なんて言わせてしまい。
虚像の世界にリアリティを持ち込んでしまった反則作品ですがこの一言が一番好きなんです。
逆に言えばうまく虚像の中にリアルをはめ込めたと自画自賛したいのですが(笑)
“これが現実”なんて寂しい言葉翼君に口にして欲しくないような、
小さな頃からそう心の中で呟いて生活してきたような匂いを感じるような・・
とにかく“やるせなさ”が満ちていてまた痛い作品を書いてしまったなー・・と反省しております。
(6月30日ごろの作品のようです)
 
                      2002/8/3   碧