桜
桜が咲き乱れる柔らかな風が吹く春の日。
昼休みの教室に山下の姿がないことに気がついた。
窓から入り込んできた温かな春風に誘われて、
山下を探しに校舎からピンク色に染まった校庭に出た。
学校の校庭の周りには必ずと言っていいほど桜の木が植えられている。
僕が通った小学校も中学校も・・・
目線の高さだけが僕の中の変化であって、
生活の場がどんなに変わっても、
僕を囲う桜の木々たちは11年間何も変わらない。
僕を囲うこの桜の木々たちが僕に錯覚させる。
同じ時を過ごしたはずのない山下と
もうずっと一緒であったかのようなそんな都合のいい錯覚。
この目の前の春の風景が僕の記憶の中に山下をもぐりこませる。
だから僕は毎年この短い春の桜の季節が好きだった。
昇降口でしばらく上履きのまま桜を見つめ続けていた。
昼休みの喧騒も僕の耳には全く届かなかった。
桜の見せる幻想に僕は酔いしれていた。
下駄箱に走りこんできた級友が肩にぶつかっていくまでは・・
"はっ"と気がついて桜に囚われていた自分の心を取り戻す。
ゆっくりと桜の木の下に歩いていく。
花を見上げると頭上にはピンク色の天井。
降りてくる淡いピンクの花びらのシャワーを身体に浴びる。
山下に会う前に身体には桜の花びらで飾られて、
鼻をくすぐる桜の微香が髪につく。
"きっと頬もこの桜と同じ色に変わっているだろう・・"
眼をつぶり、桜色の空気を胸いっぱいに吸い込む。
心が桜色にほんのりピンクに色づけられる。
桜のように淡く優しく山下を想う。
桜に沿って校庭を一周し、中庭につながる渡り廊下を歩く。
山下はこの渡り廊下が好きだった。
朝日の昇るのも夕日の沈むのも見える不思議な場所だから。
一度だけ、この場所で山下と一緒に朝日を見たことがある。
しばらく学校に姿を見せなかった僕が早朝の特別授業を受けさせられた日。
朝を待つ闇の中、学校に急ぎ足で向かい、
予定より早く着いた朝のことだった。
白み始めた東の空を眺める綺麗なシルエットが僕の目の前まで伸びていた。
「山下・・?」
恐る恐る声をかけた僕の声に山下が振り返り、
朝の山下に最高の困った笑顔を向けられた。
側に寄って山下に「こんなに朝早くどうしたの?」と尋ねた。
「居残り・・?落ちこぼれ・・?の斗真君待ってたの。」
「何だよ!居残りでも落ちこぼれでもねーよっ!
ちょっと仕事で最近学校に来れなかっただけじゃん。何だよ。
オレをからかうために待ってたのかよっ!!」
「違うよ」突然山下が真剣な表情に変わった。
もう一度ゆっくり「違うよ・・」と言うと次の言葉を続けた。
「お前いないと何かつまんねーんだよ。学校。」
「うん・・」
「学校で待ってるだけじゃヤなんだよ。仕事も最近・・・さ」
「・・・うん」
「だからちゃんと側にいなくても大丈夫なように・・・」
「・・・・」
「斗真・・・好きだよ。」
最後の言葉が一番はっきりと耳に残ってる。
渡り廊下から見える桜の木からちょうど陽が昇る瞬間だった。
この渡り廊下もあの桜の木も、
僕にとっては他にはどこにもない思い出の場所になった。
中庭には大きな桜の木が一本植えてある。
とても古い桜らしく、幹に浮き出るキズが歴史を物語っている。
卒業生がイタズラに彫った名前がいくつも見える。
この桜だけは白い花をつける。
種類が違うのか、時がこの桜から精力を奪ったのか、
ピンクに染まらない花びらを毎年大量に雪のように降らす。
山下はその桜の幹の下に広がる芝生の上で春の光を浴びて眠っていた。
そっと近づき彼の柔らかい髪に乗った白い溶けない春の雪を払う。
無防備な山下のあどけない寝顔にたまらない愛おしさを感じて
胸の中で桜吹雪のように桜色の感情が吹き荒れる。
高まった胸で「好きだよ・・・」と柔らかく呟く。
今度は自分の指に山下の光に透ける髪を絡める。
サラサラと指の間をすり抜ける感覚が気持ちよくて
優しく瞳を閉じて何度も何度も山下の髪に手を滑らせる。
その度に小さく"好きだよ・・"と甘い呪文のように唱える。
白く透けるような肌を見つめながら髪を撫で、
昼の日差しと桜の風に包まれる。
桜の幻想に魅せられなくても今、山下はここにいる。
自分の髪からハラハラと舞い降りたピンク色の花びらが山下の唇に乗る。
まるで自分の心のように・・・
静かに日差しを遮り桜色の唇に口付けを落とす。
山下の唇に乗ったはずの桜が僕の唇についてきた。
山下の心が僕にあるように・・
その花びらを大事に手に包みもう一度
「好きだよ」とささやいた。
その声に反応するように山下は寝返りを打って
側に腰を下ろしていた僕のひざの上に頭を乗せてきた。
脚に山下の柔らかな頬の感触と整った呼吸を感じる。
「えっ・・?えっ?え?」と、オロオロする僕に
山下は「今日の斗真は桜味」と眼をつぶったまま言った。
「おっ、起きてたのぉ〜!!?何だよ!狸寝入りしてたのかよっ!」と、
ピンク色に染めていた頬を赤く上気させたて山下に叫ぶ。
「・・・好きだよ」
山下は相変わらず眼をつぶったまま当たり前のように言った。
その山下の言葉が心の中で舞っていた桜吹雪を収めた。
心の桜はピンク色に視界を染め、静かにハラハラと心に降り積もり出した。
膝の上でそっぽを向く山下の髪に再び指を絡めてそっと桜の木を見上げた。
白い桜の花びらが雪のように空を舞っている。
「雪・・みたいだな」
山下がため息をつくように言った。
「溶けない雪って永遠に降り積もっていくんだろーな・・・」
山下は続ける。
「オレの気持ちもこの雪みたいな桜とおーんなじ・・
いつまでたっても斗真への気持ちが消えないで、
ずっと積もってもう身体いっぱいで入りきんねーよ。」
言い終えると山下はやっと正面を向いて眼を開けた。
見上げる山下の瞳は優しく笑っていた。
髪に絡めていた指を山下が優しく掴んでそっと引き寄せた。
「斗真の熱で少しだけ溶けない雪を溶かしてよ・・」と言って
山下は頭を軽く上げ唇を重ねた。
定位置に頭を戻すと山下は僕の指に自分の指を絡めてそっと瞳を閉じた。
今度は山下の身体に降り積もる白い桜の花びらをそのままにした。
春の日差しと桜吹雪の中で愛しい人の心が僕でいっぱいになるように・・・
あとがき
こんにちはvv
すっかり陽気も良くなりすでにチラホラと桜が咲いていますね。
碧の部屋から桜の木が1本だけ今見えています。
それでどうしても書いてしまいました。
「好きだよ・・」と山下の髪に指を絡めて言う斗真を書きたかっただけで、
こんな話になってしまいました(笑)
なんだかなぁ〜。羨ましい限りです。
桜の下で寝転んで一日中ぽーっとしたいです。
28日辺り近所の桜の名所でやる予定です。(一人花見。寂)
こんな女に愛の手を・・(切実)
2002/3/19 碧