「キスして・・・」



空っぽの言葉で囁かれた。

だから、僕も彼に安いキスを返した。










Spurious Relationship









短い沈黙。

彼の瞳は開かれたまま。

唇を全て塞ぐでもなく、

軽く触れ、ゆっくりと顔を離す。



「そんなんがキス?」



ベッドに二人より沿うように横たわり、

彼は僕の頭の下にある腕で

俺の髪への愛撫を休めることなしに、味気なく訊ねた。

天井を凝視したままで、こちらをチラリとも見はしない。



壊れ物を扱うでもなく、

大切に愛情を込めて触れるわけでもなく

ただそうしなくてはいけないという義務感と惰性だけで

彼は僕に手をかけ、僕の髪を愛でる。



愛しさも優しさも感じられないその言葉に、

自分の気持ちに精一杯嘘をついて、唇を彼に押し付けた。









収録前の着替え中。

楽屋でたまたま隣り合わせになった斗真。

こんなことは珍しいことでもなんでもない。

意識している僕を気にする事なく、斗真は着替えを始めた。



制服のブレザーを脱いで投げ捨てると、

細くて長い指が白いシャツのボタンを一つずつ外してゆく。

3つめのボタンが離れて、

互いを別ち合い、斗真の白い肌を露にした時

僕は斗真の左胸の紅みに気がついた。



衝撃はカラダ中を駆け巡り、

一瞬で僕の体温を上昇させた。

素手で神経を握りしめられたかのように

頭が痺れて、思考が止まり、意識が遠のいた。



隣の斗真は衝撃で崩れ落ちそうになっている僕に気づくことなく、

更にその先のボタンに手をかける。

斗真を包んでいた真っ白な布が肌蹴ると、

いっそう一点の紅が際立った。



僕は露になった彼の身体を凝視した。



本当は見つけたくないはずなのに、それを探し求めた。

秘め事をこっそり覗き見する悦を知っているからだ。



僕の愛する彼が、僕を抱くのと同じその腕で、

当たり前にいつも僕の隣にいる親友を抱くという事実。



愛の営みを感じさせる艶かしい一夜の証拠は

それが身近な人であればあるほど人の情欲を煽る。



近親者の愛の行為は純粋さや美しさより

いやらしさと艶かしさを感じさせる。



見たくないものを自ら望んで

この瞳に映そうと自虐的に自分を追い詰めるのは、

そこから生まれる深い憎しみが、

偽りの愛の炎をよりいっそう激しく燃え上がらせるのに

一番良い方法だと知っているからだ。



この行為は親友を裏切っている自分に対する罰なのかもしれない。

一人孤独に漆黒と静寂の中で悩みもがき苦しむという重罰。



でももしかしたら・・・

愛する人が自分ではなく、

親友を愛しているという覆せない現実を目の当たりにし、

この関係にピリオドを打ちたいと無意識に願っているのかもしれない。



その愛の証拠を強く探し求めつつ・・

でも、何も見つけたくない・・・



僕がそんな確認作業をしているとは斗真は知らない。

白いシャツに映えるその紅いキスマーク。

斗真の心に一番近いその場所にくっきりと残る山下の深い愛情の証。

そこから溢れんばかりの山下が斗真に注ぐ愛情が感じられる。



斗真は左胸のその愛の証から流れ出る愛情の泉を汲み取るように

そっと両方の手のひらを重ね合わせ幸せそうに瞼を伏せた。



白い布がゆらゆらと揺れて僕の視界を遮る。

朝の光りを和らげるカーテンのように、

二人の愛を優しく包み隠す。



二人だけしか知らないように・・



僕の視線を気にするかのように・・





僕の視界も揺れて意識が遠くなる。

これほど深い愛情や、

これほど確かな信頼に触れるのは初めてだった。

僕はこの二人の幸福に打ちのめされた。





お願いだから・・

これ以上優しく彼を愛さないで・・・









自分に押し付けられた唇を激しく拒絶し、

山下は僕を撫でていた左手で髪を引っ掴み、

自分の身体から僕を引き離した。



次の瞬間、左の頬が赤く腫れるほど強くひっぱたかれた。



嫌悪感を顔中に漂わせながら唇をきつく拭いさり、

凍てつくような冷たい視線を僕に向かって投げつける。



腫れ上がる頬の痛みも気にならない。

身体は火照り、心は灼熱の炎で燃え上がった。

叩かれたその事よりも、唇を拭い去られたその事よりも、

愛を見出せないこの関係に苛立ち、身体が怒りで支配された。



そして僕は自分の理性が崩れ落ちるのを感じた。



山下の拭った唇を自分の唇でもう一度むさぼった。

何度も、何度も・・

自分で満たしてやろうと山下に何度も挑戦した。



唇の柔らかさも感じることなく、

絡める舌の温もりも忘れ去り、

ただ無我夢中に・・



押し倒された山下は抵抗すらしない。

瞳を閉じることなくされるがまま

唇を重ね続ける僕を見ている。



激しいキスで息が続かなくなった。

口づけ一つで斗真よりも深い愛情を得ようと

不釣合いな望みを抱いた僕が唇から離れると

山下の軽蔑の視線と嘲笑が待っていた。



自分の精一杯のキスで山下を屈服させる事が出来なかった怒り。

そんな欲望丸出しの姿を見られた恥ずかしさ。

それらが僕の身体を再び熱くした。

山下の視線から逃れるように僕は顔を伏せた。



しかし、山下は容赦しない。

仰向けになったまま僕の腕を引き寄せ、

自分はその反動で起き上がり、

入れ替わるように今度は僕が押し倒された。



無言のまま山下は僕から視線を外すことなく

ゆっくりと、ゆっくりと顔を近づける。

獲物をじりじりと追い詰めるように・・

身の危険を最大限に感じさせ、

怯えるその獲物の表情を楽しむかのように・・

そして、どこかから借りてきた愛情を使って

僕の唇に優しい残酷なキスを落とした。



ゆっくりと・・

柔らかい厚めの唇が僕の唇を静かに開かせる。

そして僕の薄い唇を味わう。

人肌の温みを持った舌を上手に唇の間から滑り込ませ、

甘い蜜を絡め合い、切ない吐息を引き出される。

次第に山下のキスにほだされる。



とろけるようなキス一つで、

全身を制服されてしまう自分が情けないなんて

この快楽に飲まれているうちは忘れてしまいたかった。



山下は快楽に酔いしれる僕のため息を決して聞き逃さない。

絡めていた舌を名残惜しそうに放し、

吸い付いていた僕の唇からゆっくりと離れ、

耳元で声無き声で囁く。



「ダメな男・・・」



カッと身体中の血が沸騰し、

血流が逆流するような感覚に見舞われる。

恥ずかしさで全身が熱くなる。

山下はそっと自らの手を僕の左の頬に添え、

その綺麗な瞳で僕の身体の変化を楽しそうに眺めていた。



赤く腫れた僕の頬に左手を添えられたその手。

僕を拒絶したさっきの手と同一のものとは思えない。

その優しさに満ちたこの手を手放したくないと思った。



僕を貶めるその手と、僕を慰めるその手が

同一である限りこの手から僕は永遠に逃れられない・・・









山下は僕を斗真のように愛さない。

思い返して微笑めるような幸せをくれない。

愛を乞うても、情を乞うても、返ってくるのは欲望。



裏を返せばそれは、

斗真には与えられない僕にだけ与えられるもの。

山下はソレを僕にくれる。

どんなものでも山下が自分だけに・・

自分だけに与えてくれるものがあるという事がただ僕の心の支え。

それがたとえ侮辱でも、軽蔑でも、侮蔑でも・・



僕の身体に痛みと心の痛みは与えてくれるのに

本当に欲しいものはくれない。



"斗真と同じように"



なんて贅沢は言わない。

せめて"風間俊介"を一人の人として扱って欲しい。









頬に手をあてたまま制止して、

優しく愛に満ちたその瞳で僕を見つめる山下。

例えそれが誰へのものかも分からない愛情だとしても、

今は僕を見つめる山下の瞳に映る自分だけに与えられているものだと錯覚しよう。



僕は燃え上がった身体の火を絶やさないように、

今夜一晩山下の時間を要求した。

山下は満足そうに天使の顔で悪魔の笑みを浮かべた。









始まりは口付けから。

それは決まっている。



再び自ら仰向けになった山下に導かれ、

山下に覆いかぶさり奉仕する。



唇に、首筋に、鎖骨に、胸に、腕に、

腹に、足に、つま先に・・

キスを一つ一つ落としてゆく。



白くて、美しい肌。

光りを蓄えた黄金色の穂のように光り輝くその肌に

優しく吸い付いて、丹念に舐めあげる。

全身に僕の唇で触れていないところはないように。

それも山下との契約。



全てが終わると山下は僕の唇に一つキスをくれる。

それは優しいキスだけど、僕への愛情は一滴も含んでいない。

お決まりのご褒美だ・・



それから山下は自分のものを僕の口にくわえさせる。

愛撫で反応させることが出来なかった日は

殴り飛ばされ、何度となく蹴りつけられ、

罵倒され、どやされる。



「役立たず」「代わりなんていくらでもいる」

繰り返し投げつけられる鋭い刃を持つ言葉の数々に

瞳から溢れる涙をせき止めるものなどない。



涙は彼の怒りを増長させ、

怯えは彼の虐待心に火をつける。



激しさを増す山下の行為に涙を堪え、

抵抗という言葉をこの世界から消し去り、

彼だけがこの世の全てだと必死に仕える。



無理やりに何度も奉仕させられ、

唇は摩擦で擦り切れ、血が滲み、

激しく突かれたのどは痛み、

長時間の労働に顎は外れそうなほど疲れきる。



何度となく吐き出される山下の白い欲望を幾度となく飲み干し、

麻痺した舌でうっすらと苦味を感じる。

その感覚だけが自分の身体の機能が正常に働いていることの証明になる。



山下の欲望を完全に満たすまでは終わることのないこの行為の果てに

一体何が待っているというのか?



繰り返される行為の果てに、堕落していく自分。

僕に愛情という名の光を与えてください。

どうかまだ僕に救いの道が残されているのなら・・









疲れきった僕の身体を抱き上げ、

まるでモノのように無造作にベッドに投げ捨て、

山下は僕の身体に馬乗りになる。



人形のように動けない僕でも、

山下との偽りの行為で欲情しないわけではない。



山下への奉仕中に無視された僕の欲望は、

彼の指で唇で舌先で可愛がられる。



白くて細い指を絡め、


硬くなりかけたモノをゆっくりと揉み解す。

それとは反比例して硬直していく僕に

山下のひんやりとした手が次第に強い刺激を与えてゆく。



ゆっくりと口に含まれ転がされる。

冷たい指先から温かい舌先へと変わると

ますます自分の欲望の限界が早くなるのを感じる。



生暖かい舌先を僕の欲望に絡め、

ゆっくりと円を描くように舐めまわす。

次第に先端に近付いて行き、

軽く根元に歯を立てて、

欲望の吐き出し口を細かく攻められる。



僕の口から吐息が漏れる度に山下はその手を止め

耳元で僕のその吐息を真似る。



途中で止められるその行為に高まった身体の熱がすっと引いて行く。

昇りかけた快楽が、深海に引き戻されるかのように消えかかる。

じれったさと、もどかしさを身体中に感じる。



自分では決して啼かせることが出来ない山下が、

耳元で僕の吐息を真似るたびに漏らす声にゾクゾクと背中に快感が走る。



最後まで昇りつめるには声を出すことは許されない。

声を出さなければ山下の吐息は永遠に聴くことは出来ない。

山下は僕の虐め方を良く知っている。



この世にはどんなに望んでも

手に入らないものがあることを欲張りな僕に教えてくれる。









身体が高まるにつれて、

山下が僕の身体から離れていくのを阻止するために

自分の腕を噛ませる。

吐息を漏らさなければ、

いつまでも彼は僕の身体をいたぶり続けてくれるだろう。



歯型が腕にいくつも並び、うっすらと赤い血が滲みだすと、

山下はますます嬉しそうに可愛がり始める。

細かい振動を先端に与えつつ、

うっすらと溢れ出し始めた液体を

唇で軽く吸い上げられる。

快感に頭を仰け反らせ、首を反らし浮き出る突起。

滲む汗。上がる息。



身体をくねらす度にイタズラな視線を投げかけて、

悶える僕を見て楽しむ。



限界が近いことを悟ると、口から僕のモノを吐き出した。

自ら極みに達しないようにしっかりと根元を縛られた。

山下は唇を丹念にふき取り、ミネラルウォーターでのどを潤す。



疲労困憊で動くこともままならない縛られた僕を眺めて

これから始める行為に思いを馳せて山下は怪しくほくそ笑む。



部屋に用意されているTVをつけて

山下は用意してあったビデオをセットする。



「お前じゃ起たないからなっ・・」



残酷な言葉を優しく僕の耳に贈って、耳たぶに優しく唇を寄せた。




ステレオから流れる女の喘ぎ声に耳を塞ぎたくても

疲れきっている身体の自由は自分の意思どおりにならない。

それどころか山下は横たわる僕を左腕で抱き起こし、TV画面に顔を向けさせた。

乱れる女の姿を二人で見つめる。

山下は右手で自分の熱を高めつつ・・・



僕は・・



僕は一体何なんだろう・・・?



僕じゃ山下を欲情させられない。

斗真は出来るのに・・・



何のための関係だろう・・

山下の欲望のはけ口にもなりきれない役不足な自分。



悲しみと怒りと情けなさで再び熱い涙が頬を伝う。

身体は火照っているのに心は凍り付いていた。










ベッドの上で山下の準備が整うのを怯えながら待つ。

疲れた身体に鞭打つように

山下の行為は延々と夜が明けるまで続けられる・・

長い、長い夜の始まりはこれからなのだから。



しばらくすると左手で抱えていた僕の頭を手放し、

山下は僕を忘れたかのように背を向けて画面を見つめだした。

一つ大きなため息を山下に聞こえないように漏らした。



山下がTVを消し、ベッドサイドに近づいてきた。

憂鬱な思いが頭をもたげる。

それを悟られないように山下を素直に受け入れる。



すっかり冷え切った僕の身体。

中心部こそまだ熱を蓄えていたが、

山下を受け入れる準備など出来ていない。

でも山下は元の熱を帯びるまで

僕に時間を与えてくれない。



暗闇に浮かび上がる山下のモノを再び口に含まされる。

大きくなったモノを咥え切れずむせ返りそうになる。

唾液が馴染むと、山下はすぐに僕の両足を開いて、抱え込む。

何度も身体を重ねた僕らには入り口を探る時間など必要ない。

強引に山下は僕の中に侵入してくる。







静寂の闇に悲痛な叫びがこだまする。







左右に首を振り、涙を頬に散らし、

大声で叫び、もがき苦しむ僕に山下は構うことなく、

堅く閉じられた秘部の奥を邁進する。

内部の肉を引き裂かれる鈍い音が身体中に響く。



食いしばった歯から漏れる声が、

余計に山下の欲情を煽り、楽しませる。



山下は笑いながら身体を動かす。

近付き遠のく山下の美しき悪魔の顔・・・



裂けた身体から赤い液体が流れるのを

感じられないほど痛みで麻痺している。



山下の白い指に染み付いた赤い点が

僕のモノだと気づいたのは山下が3度目に僕を犯す前だった。



繰り返される変化のない行為に一晩中苦しめられる。

身体の痛みよりも、心の痛みが僕を苦しめる。



振り子のように同じ動きを繰り返す山下。

捨てられたおもちゃのように感情のない存在の僕。

お互い無機質な存在で、そこに身体を重ねる愛情はない。

唯一つあるのは欲望。









欲望と愛。

親友と恋人。





相対する2つは裏切りと虚偽でその間を埋めた。

それを手に入れるために僕は自分の心を切り捨てた。



いつのまにか真実から眼を背け、嘘をつくことに馴れた僕。

そして苦しみと痛みを伴い欲張りな僕はその2つを手に入れた。



親友と恋人・・・



僕の親友は僕の恋人の最愛の人で、

僕の恋人の最愛の人は親友だった。

だった・・だなんてたまたまそうだったんではない・・

僕が彼らの関係を微妙に歪ませたんだ。



二人の関係も愛情も全て知った上で僕が望んだ関係。

狂おしいほど愛してしまった恋人。

望んで嘘の絆を結んだ親友。



ただ、彼らの愛情がゆるぎないものかどうか

試したかったのかもしれない。

愛情なんて簡単に崩れ落ちるものだと

彼らに証明したかったのかもしれない。





それを本当に知りたかったのは自分自身だったのかもしれない。





僕のこのちっぽけな存在が揺ぎ無い彼らの関係に

何かの影響も与えることが出来たなら、

こんな偽りだらけの僕にも

生きる意味や価値が少しはあるんじゃないかって

そう、思えるようになるんじゃないかって、

自分の意味を確認するために、

僕はこうして偽りの関係を結び続けているんだと思った。





『永遠』というものがこの世に存在するのならば、

それを知りたい、それをこの眼で見てみたい。



でも現実に、彼らに真の愛情と深い絆と永遠を教えられてしまった僕は・・・



今まで犯してきた偽りの罪にこれからの気が遠くなるような毎日を

苦しみながら生きていかなくてはならない。

真実は重く僕にのしかかる。

今までのように偽ることも許されない。





山下との関係。

『恋人』と言う名の偽り。



身体を重ね、

欲望をぶつけるだけの、

身体を裸にし、心を裸にしない

見せかけのセックスだけで繋がる

心がない偽りの関係。






斗真との関係。

『親友』と言う名の偽り。



嘘を嘘で塗り固め、

真実を嘘で隠し続けた・・

親友と言う言葉の美しさに酔いしれるだけの

偽りの関係。







どちらも偽り。

そして自分自身の存在すらも・・





"偽り"・・・