男がいた。

歳はもう、30になるだろうか。

純朴な男で、人嫌いではなかったが、コミュニケーションを取るのが下手だった。

そんな男だから、住んでる所もやっぱりぼんやりとした田舎だった。

そしてやはり、男はそこが好きだった。








それは、2016年のお話――









--------------------------------------------------------------------------------

或る男の話・・・            其の一

--------------------------------------------------------------------------------

そこは田舎、とは言ったものの、すでに都会の波が来つつあった。

男の小さな、六畳2間ばかりの家と、猫の額ほどの庭は、次々と組み立てられていく小洒落た欧州風の家々に埋もれ、

めかしこんだ人々が、打たれたばかりのアスファルトの遊歩道を往来し、華やかな笑い声を上げる。

いわゆる、男の田舎は新興住宅地となっていった。

本数は少ないものの、線路も敷かれ、駅周辺にはコンビニエンスなども出来た。

それでも、不思議と田舎の雰囲気が消えることはなかった。

それは人々が『古き良き時代』の名残の残そうと意識的に努めた街造りの成果かもしれないし、

人々の雰囲気そのものがそうであるからかもしれない。

でもまぁ、男にとっては自分がこの『田舎』に居られるだけで幸福だったし、

なによりこの町が好きだった。



男の日々は家と畑の往来に尽きる。

朝6:00頃、むっくり起き出してはジャブジャブと顔を洗い、朝の新鮮な空気を吸いながら畑へと向かう。

鳥のさえずりが気持ちいい、ひんやりとした朝だと、男はうれしくなる。

畑につくと、座り込んでのんびり土をいじり、2時間ほどたつ。

そうするとまた、むっくり起き上がって伸びをし、家へと戻る。

家と畑は300メートルほどの距離で、どちらも住宅地の中にあった。

新興住宅地建設の話がもちあがった時、家と畑の売却を相談されたが、曖昧な返事で煙に巻いた。

男としては此処を離れることなど考えたこともなかったし、建設会社側も『自然』という街のコンセプトから、

あまり強引には交渉してこなかった。

いざ街が出来上がってみると、思った以上に街との相性は良く、男は以前と同じように農物作りに精を出すことができた。

そんないきさつも在って――

街の人々は男に親切だった。

朝、家に戻るときは、通勤途中のサラリーマンから声をかけられるし、

通学途中の子供たちもよく「おはようございまぁす!」と元気よく挨拶してくれる。

そんな時、男はきまって少しドギマギして、

「うん、おはよう。」

と、応えるのだった。

そんなこんなで家につくと、男は朝御飯を食べる。

大体昨日の夕御飯の残りや、気まぐれで作る味噌汁などがちゃぶ台にあがる。

それを男はむくむくと食べる。

周りには住宅しかないから、シンとしている。

20分ほどで済ませ、茶碗や湯飲みを流しのたらいに入れ、また畑へと向かう。

日はもう高く上がり、梅雨明けのさっぱりした空気が男を撫でる。

畑につくと、男は鍬を持ち、やっぱりまたひとつ伸びをして、耕し始める。

もくもくと、鍬を振るう。

朝食の片付けの終わった時間の、住宅の午前はとても静かで、のんびりとしている。

30分に一本通る電車の音が唯一、時がたっているのを教えてくれる。

男は文明品は苦手だったが、電車は好きだった。

今は技術の進歩とやらで、もうバカでかい音を立てることはないが、それでも低く唸る摩擦音と、

車内にいる人々を見るのが好きだった。

もちろん、それはほんの一瞬のことだったけど。

そうこうしていると、あっという間に昼になる。

また男は家へと戻る。

昼になると、また家々から水の流れる音が聞こえてくる。

それを聞きながら、男は家へと着く。

お昼はおにぎりが多い。

自分で握って、自分で食べる。

それなら茶碗で食えばいいじゃないかとも思うのだけれども、やっぱり握り飯で食う。

男自身、理由はよく分からない。

そっちのほうがおいしそうに見えるからだろうか・・・?

食べ終わると、寝る。

グースカねる。

一時間ぐらいして、むっくり起き上がる。

伸びをしながら、畑へ向かう。

昼からは鍬は持たない。

麦藁帽子をかぶり、水をまく。

畑の隅に在る蛇口からホースを引っ張り、畑全体に水をまく。

そう広くないので、30分もすれば隙間なく終わる。

そうして男は、また土をいじる。

男はこれが一番好きだった。

あっという間に夕方になり、日が和らぐと、ぼちぼち草取りをはじめる。

これは、腰が痛くなったらやめる。

そうして、終わりだ。

夕方5;00頃、家へと帰る。

帰宅途中の子供たちに手を振り振り、帰る。

家に帰ると、風呂の準備をする。

昔ながらに薪で沸かすので、結構大変だ。

顔を真っ赤にして、息を吹き込み、火をおこす。

水があったかく湯になると、大急ぎでタオルを用意し、服を脱ぎ、飛び込む。

ほっとひと息つくと、一時間はじっとしている。

夕方は結構にぎやかだ。

子供の声、大人の叱る声、炊事の音、日常の喧騒・・・・。

男はニコニコしながら聞いている。

そして・・・・いつのまにか火は消え、お湯は水になっていく。

男はといえば、眠っている。

そうして大体翌日風邪を引く。

まぁ、今は夏だから、風邪は引くまい。

風呂から上がると、ちびちびお酒を呑む。

日本酒だ。

唯一男が使いこなせる近代電化冷却保存機器――冷蔵庫から氷を出し、それが解ける速さと同じペースで呑む。

思い出したように、畑で出来たキュウリなんかをつまむ。

夜8:00になると、もう一間の部屋に布団を敷き、30分ほどラジオをぼけーっと聞く。

男はTVを見ない。

なんとなく、気後れするからだ。

したがってもちろんPCもないし、電話もない。

使えないのも理由だが、お金がないのも大きな理由だ。

男は親の残した少しばかりの遺産と、畑で出来た野菜を売って生計を立てている。

意外にも、野菜の評判はいい。

昨今の『自然』ブームも手伝って、野菜のニーズも増えている。

男にとってはありがたい限りだった。

そんなふうに、男の一日は夜9:00前には終わる。

なんとも、平和だ。













ちょっとした変化があったのは、2016年、初夏だった。













top next