reach back in my mind

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 一週間前、俺は一人になった。ごくごく陳腐な理由――単に言っちゃうと女の子に振られたからなんだけれど、その時の彼女の言い草もまた相当ありふれたものだった。
「あのね、蓮。なんかあんたに恋愛感情持てなくなっちゃった。ごめんね。」
―――ああ、そういえばコイツ少女漫画フリークだったなあ、なんて思ったりした。いや、実際にそう思ったのは言われて数時間後のことで、その時にはただうろたえて、でも普段クールガイ装ってたから、
「ああ、そっか。じゃあ、しょうがないね。」
なんて言っちゃって、別れ際には微笑んで軽く手を振ったりなんかした。俺もけっこう少女漫画、地でいっちゃってた感じだったね。ホントに。でも、アイツに合わせてたらそうなるしかなかったんだよ。もともとはみんなでバカやって――中学のとき仲イイダチで夜中校庭に忍び込んでロケット花火打ち込んだのは面白かったな。そのあと用務員のおっさんに捕まってさんざん絞られたけど――後先考えずに騒いだりする方がずっと性に合ってた。でも慣れって言うのはコワイね。アイツと会ってるうち、「年下の彼女を冷静に愛する年上の男」ってキャラが、いつのまにか身に染み付いてた。未だにバイト先のコンビニじゃちょっと冷めた知的少年に見られてるし――今度の新総理はどうかなんて話、わかんねっつーのに――しかも三日前なんか公園横切ってたときふと花に立ち止まっちゃったりしてね。自然に足が止まったからなあ、自分でもちょっと引いちゃったよ。――嫌いじゃないんだけどね、そういうの。
でもホント、アイツは楽しかった。一緒にいて、とか性格が、とか言うんじゃないんだ。もうなんか、雰囲気というか、アイツを取巻く空気が明るかった。あいつ自身がなんか「楽しい」って代名詞、見たいな。だから、なんか別れ方だけ見ればすっげーふざけた女みたいに見えるけど、何か理由があったんじゃないかと思ってる。もっと深い、なにかが。決して軽いその辺のチャラ女とは違ってたし、ちゃんと、自分のこと考えてるヤツだった。
「私ももう十七なんだよね。私って何したいのかなあ。」
一ヶ月くらい前だったかな。水族館のイルカショー見ながら――アイツの希望で行ってたんだけど、最初に言われたときはマジで笑いこらえたね。今時レトロで逆にイイじゃん、なんて思っちまったし――ふとアイツがそう呟いた。でも、なんせイルカショー見ながらだったし、隣じゃガキどもがイルカそっちのけでカードゲームみたいなもんやってたし、俺もなんとなく気まぐれで言ってんだろう、なんて思ってまたちょっとすかして答えた。
「十九で定職ついてない俺に比べればまだ若いよ。なんだってできるさ。」
そうだね、そうアイツは答えて、またずっと真面目な顔になって
「イルカって頭いいよね。あんな狭い水槽の壁にさ、ぶつかんないように泳げるんだよ。」
ああ、こういうヤツなんだよなあ。さっきからイルカ、輪架くぐったり、空中でボール吹っ飛ばしたりしてるのに、これだからなあ。
「そうだね。」
実に「そこはたいした問題じゃねえだろ。」って突っ込みいれたかったんだけど、また例によってすかしてそう俺は答えた。そのあとは普通に水族館周って、飯食って、サヨナラ、だったんだけど。今思えば何か、その辺からずっと続いていたのかもしれない。伏線、みたいなものが。はっきりとは今もわからない。ホントにアイツは気まぐれであんなこといったのかもしれないし、たとえ本気で言ってたとしても、それが俺と別れる理由になったのかどうかは、全然わかんないし。――わからない、か。自分のことなのにな。実は何か、手がかりのようなもやは、俺の中にあるんだけどな。今更水族館での話思い出したのだって、そのもやにかすんで見えたからなんだけど。時間がたって、またアイツに会うことがあったら、ホントの理由が聞けるかもしれないな。
 ともかく、一週間がたった。俺は今でもあいつといたときとそんなに変わらない生活――朝九時くらいに起きて、コンビニで五時くらいまでバイトして、そのあとは適当に友達と遊んで、そうそう、たまには公園の花に立ち止まったり。――アイツに会う時間が消えた分、俺が潰さなきゃならなくなった時間が増えたことぐらいしか、変わってなかった。一番、コンビニでバイトしてる時間が楽だった。当座、しなくちゃならないことは店長が指示出してくれるから。自分で考えるのがめんどくさくなっていた。
 そして、今日もコンビニでバイトだった。アイツと別れてから、土日もシフトを変えて入っていた。土曜は深夜三時から翌日八時まで。いい加減、眠い時もあるけど、することなくて自分の部屋でボーっとしてるよか、ずっと楽だった。帰ったら日曜のシフト、夕方六時に間に合うようにギリギリまで寝てりゃいいし。とはいっても、今の時間帯、土曜シフトの午前七時、つまり日曜の七時――わかりにくいな、つまり上がりまであと一時間ってことね――になるときつい。眠いのとだるいのが混じってどうも思考が定まらなくなっている。ま、あと一時間だからいいんだけど。ん、店長が呼んでる。
「なんですか?」
「いや、ちょっとドリンクの売れ行きいいみたいだからね。」
「わかりました。入れなおします。」
そう俺が言うと店長は
「頼むよ。」
そう言って感心したように俺を見た。
「まったく、長瀬君はほんとに気が利くよ。昨日もおんなじようなこと、若いバイトクンに言ったんだけど『ハア、そうみたいっすね』何て言ってぼけっと私の顔見てるだけなんだからねえ。」
ハア、そうっすね、なんて地が出てしまいそうなのこらえて、
「まあ、今の若い子は大体そんな感じですよ。」
と返すと、店長は満足そうにうなずいて
「シフト、きついかもしれないけどがんばってくれ。ついでに一緒にシフト入った子だけでいいから教育のほうも頼むよ。」
そんなめんどくさい事、やってられるかって。でもまあ、とりあえず頭だけは下げて補充用のペットボトルを取りに行った。――ん、気が利くって言っても、昔は俺も今の若い奴等とおんなじような感じじゃなかったっけな。実際、心ん中じゃ、同じこと呟いてたし。と、そこまで考えて思わず苦笑いが浮かんだ。――また、アイツだな。一見しっかりしてそうで、でもどこか抜けていたというか、言葉足らずなアイツをフォローするあまり、そういうフォロー癖が身についたらしい。まったく、しばらくはアイツの影が消えないみたいだな。俺はそう思いながら、胸のずっと奥のほうが微かにきしんだのを感じていた。
 初春の陽気のせいか、最近はお茶や清涼飲料水の消費が多かった。業務用カートに十本ほどのせて倉庫から店へ戻った。ガラスの扉を開く。また誰かが買っていったらしい、二本減っていた。
『不況でもコンビニは生き残るな。』
いっぱしの社会派を気取りながら、ペットボトルを補充していく。その時、店内に軽い電子音が流れた。客らしい。いつもどおり、「いらっしゃいませー」と言いながら何気なくドアのほうを振り向いた。俺の、ペットボトルを持つ手が動きを止めた。
 女の子だった。知人じゃなかったけど、着ている制服に見覚えがあった。アイツと同じだ。また、胸の痛みが騒ぎ始める。俺はそれを無視して――おそらくは三年生だろう。なんせ日曜出勤、じゃない、日曜出校だからな。確か、まあまあ進学率のいい高校だったし。そんなどうでもいいことで俺は手を止めたんじゃ、もちろんない。俺は女の子に、いや、その風景に釘付けになっていた。――デジャビュ、そんな言葉が一瞬浮かんだ。一度見たことのあるような風景。
その女の子はどうやら御飯を買いに来たらしく、真っ先におにぎりやパンのあるコーナーへと行き、いくつか手にとって見ている。
『ってことは、こっちにも来るかもな。』
慌てて俺は補充の続きを始めた。急いで入れていたが、すぐに後ろから誰かが歩いてきている気配がした。
「あの、すみません。紅茶、とっていただけますか。」
予想通り、と言うかなんと言うか。物静かでやわらかい声だった。俺はすぐに手前のを手にとり――おっと、これは今入れたばっかりだった――その一つ奥のボトルを取って手渡した。
「すみません。」
丁寧にそう言って頭を下げる女の子に、思わず口を開いてしまった。
「学校?休みの日なのに大変だね。」
女の子は少し驚いたような表情を見せ、けどすぐに微笑んで言った。
「大変ですけど、自分がしたくてやってますから。そんなに苦じゃありません。」
女の子は軽く一礼してレジへと向かった。俺はその後姿をぼんやりと見つめ――彼女が清算を済ませ出て行こうとしたとき、思わず言った。
「あ・・、がんばってね!」
女の子はかすかに驚いたような表情を見せ――でも、柔らかな笑みを浮かべて、また一礼を俺のほうに返した。――なぜ俺は、声をかけた?女の子が店から出て行くのを、俺はぼけっと見とれていた。
「あの、長瀬さん・・・?」
俺のおかしな行動に、あっけに取られたようにもう一人のバイトが俺に声をかけてきた。まるで、好きな人をずっと見つめてた時、友達に声をかけられたような気分になる。あせって振り向こうとした、その時。鈍い音を立てて何かが俺の足に落ちた。
「――っいてぇ・・・。」
振り向いた反動で、俺の手から落ちたペットボトル。そういえばまだ補充が終わっていなかった。ふと視線を戻すとバイトがレジの前で引きつった笑みを俺に向けている。上半身はレジのほう、下半身は窓のほうを向き、ひざはペットボトルが落ちた痛みで曲がっている――年上の男がそんな格好で立ってたら、確かに笑うに笑えないな。しっかし――
『カ、カッコ悪ィ・・・・』
何で朝から笑いとってんだ、俺は。――恥ずかしさを隠すように俺は急いでペットボトルを拾い上げた。すべて冷蔵庫に並べ、店内を駆け抜け、外に出た。あたりを見回す。――まあ、わかっちゃいたけど。女の子は影も形もない。ん?と言うか、何で俺は追いかけたんだ?
戻ってきた俺にもう一人のバイトが尋ねてきた。
「どうしたんすか、さっきから。」
「別に。もうすぐシフト変わるから、用意しろ。」
そう返事をしたが、照れ笑いまでは隠せなかった。まあそう聞きたくなるのも当然かなことだしな。普段のクールな俺からは想像もつかないような格好の連続だから。――普段の俺からは想像もつかない?自分で考えたことだったが、妙に引っかかった。さっきから引っかかってばっかりだ。確かに、さっきからの俺は普段の俺じゃなかった。いや、俺じゃない、と言うよりは――昔の俺だ。馬鹿みたいなことやって、あとで照れ笑いを浮かべる。それに、さっきの女の子とのやり取り。
『大変ですけど、自分がしたくてやってますから。そんなに苦じゃありません。』
『あ・・・がんばってね!』
ふと俺は足を止めた。さっきのデジャビュは――違う、そんなうそくさいモノじゃない。そうだ。れっきとした俺の記憶、アイツと出会った最初の風景。アイツと最初にこのコンビニであったときも、去っていくアイツを追いかけた。まぁ、それはおつり忘れてたからだけど。そう、まったく同じだった。アイツとも学校の話、さっきの女の子とした会話そのまま、俺はあいつを励ましたんだ。
人を励ますなんていつ以来だろう。あのときの水族館――いや、ちがう。俺はあの時、そんなことは言わなかった。それどころか、さっきの女の子に聞いたようになにがしたいのかすら聞かなかった。ただ、すかして根拠もなく「何とかなるさ」って言っただけ。俺は、そんなどうでもいいことしか、言ってない。アイツは、そんな言葉を聞きたいがために、あんなことを言ったんだろうか?
思い返せば、いつもそうだった。俺は年上らしく彼女に合わせる、なんていっていつもクールっぽい返事をしていただけだった。ほんとの自分で何かを考えることを、しなくなっていた。彼女のことさえも。なぜ、俺は考えなかったのだろう。いつも明るくて楽しいアイツが、あんなこと言い出した理由を。普段、魚とかにぜんぜん興味ないアイツが、急に「水族館行こう」なんて言い出した理由を。「イルカって頭いいよね。あんな狭い水槽の壁にさ、ぶつかんないように泳げるんだよ。」――ああ。確かにアイツは、俺に信号を送っていたんだ。何かで苦しんでいることを。あいつが言った最後の言葉――「なんかあんたに恋愛感情持てなくなっちゃった」俺なんかよりずっと、アイツは俺の変わったことに気づいていたのか。それなのに俺は「また会った時に聞こう」なんて。アイツが別れると言い出した理由を「わからない」なんて。俺の心のもやは、俺が作り出したものだったんだ。「ほんとの俺」が「作られた俺」の中で迷っていた、もやは。
「あの・・・・長瀬さん?」
きづくと、もう一人のバイトがうろたえたように俺を見ている。俺は声もなく笑っていた。笑う――何を?今更別れの原因に気付いた俺自身の愚かさを?それとも、アイツの言葉を理解できた喜びで?そんなこと、もうどうでもよかった。
「わりィ。俺ちょっと早めに上がる。タイムカードは今押しとくから、店長に言っといてくれ。」
「あ、ちょ、ちょっと・・・」
狼狽するバイト君を無視して俺は控え室に走った。急いで服を着替え、タイムカードを押す。
外はすっかり日がさしていた。今からで、間に合うだろうか?
「間に合わせるさ。だいたい、間に合うか、間に合わないか、なんて俺には必要ないだろ。」
間に合わないなら、やめるのか――今の、いや、元々の俺にはそんな打算関係ない。いいさ、結果なんてモン、どうでも。大切なものは、俺自身だろ。
 俺は走りだした。硬いアスファルトの道を。足に響く衝撃がリズムのように俺を突き動かす。大丈夫。俺はまた走り出せた。これで、いいんだ。
 俺は一人、朝の町を走り続けた。





                                      (終)





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