カサと地蔵とアタシ
present by ちひろ
むかしむかし、あるところに貧しい新婚夫婦が住んでいました。
その日暮しの毎日で、明日食べる米もないくらいの生活です。
当然、妻の方からクレームが殺到します。
「ちょとアンタ!明後日はもうお正月よ。どーーーすんのよ!もう、お米ないわよ!」
妻が米びつをズイッと突き出して、夫を睨みます。
「何を今さら・・・・・・」
「何、のん気なこと言ってんのよ。アンタがそんなんだから、何時までたっても家はビンボーなのよ!」
「しょうがないだろ。ボクだって一生懸命やってるんだから」
「甘い、甘すぎる!もっとキリキリ働きなさい!!」
ビシッと、人差し指を夫の鼻先すれすれに突き立てます。
少し後ろにたじろいだ彼ですが、
「だから、今、町で売るカサ作ってるんじゃないか。あと一息なんだ。ほらっ、キミも手伝ってよ」
と妻の怒りのパワーを何とか仕事に向けるよう諭します。
が、そうそう一筋縄ではいかないようです。
「手伝って??あれあれ〜〜、アナタそうじゃないでしょう〜」
「えっ?」
「どうするんだっけ??」
ジーと夫の反応を見ています。
「あっ、あ〜ハイハイ」
「さぁ」
それじゃいくよ、と夫は改まった口調で喋り出します。
「厚かましいとは存じますが、どうかこの哀れなボクに、愛の手をさしのべてくれないでしょうか?」
深深と頭を下げ、自分はアナタ様の下僕ですという事を態度で見せます。
一呼吸置いて、こんな感じでどう?と妻を見上げます。
「じゃ、アタシの足をなめなさい」
ホラッと目の前にそれを差し出します。
「えっ?」
目をパチクリさせ、夫はキョトンとしています。
何時もならば、ここでしょうがないわねと折れる妻。
おかしい、今夜は何かがあると悟る夫。
その彼の目の前に、先ほどから曝け出された、妻の艶かしいふくらはぎ。
ふつう、着物の構造からして、帯をしていない限り、そのようなモノが見える事はありえません。
腰帯をしているところをみると、意図的にしているようです。
そっと、妻の顔を伺ってみます。
心なしか、頬のあたりがほんのり色づいているのがわかります。
どうやら誘っているようです。
潤み始める妻の瞳。
非常にまずいことになったと彼は思いました。
なぜならば、今ここでこの誘いに乗ったのならば最後、明け方までノンストップだからです。
そして、次の日はヘロヘロです。
とても町まで行ってカサを売る事など出来そうにありません。
夫は考えました。
仮に、この誘いを無視した場合、今までの経験上、妻のご機嫌を著しく損ね、アタシに恥をかかせたわねと縄でギチギチに縛られ明け方まで折檻されることになるだろう。
で、ボロボロになりながらカサを売りに行くはめになる・・・・・・
ぶるっと身震いする夫。
どちらが良いか・・・・・・
そんな事、考えなくともわかるものだが、何分、おバカな彼。
鈍い頭をフル稼働させて、必死に考えます。
そんな夫を見て、あ〜もうっ、じれったいわねと堪忍袋の緒がプチプチと切れかかる妻。
一触即発の時。
たまらず、妻がとびっきり甘い色撫で声で夫に迫ります。
「ねぇ〜アナタ〜、は・や・く」
夫の正面にペタンと座りこみ、豊満なムネが着物から見えそうなくらいに前屈みになって、ズイと迫ります。
ゴクンと生唾をのむ夫。
あと一息ねと、ムネを両腕で挟んでトドメの攻撃を仕掛ける妻。
「来てっ・・・・・・」
チュンチュンチュンチュン・・・・・・
「アナタ〜、行ってらっしゃい」
夫の頬にチュッとして、満面の笑みで元気良く送り出す妻。
二の手を振って、 上機嫌です。
「ふわ〜い」
ヘロヘロになった夫が、出来あがったカサを重そうに背負って出かけます。
さて、今日は大晦日。
町全体が、お正月の準備で大忙しです。
町のあちこちで威勢のいい声が響き渡ります。
道を行き交う人々は、両手いっぱいに荷物を抱え、みな、急ぎ足です。
「カサ〜、カサはいらんかね〜」
彼は、その熱気に負けないくらいの声を出して、自分のカサを売り込みます。
「先着十二名様にはシリアルナンバー入りだよ〜」
ですが、みなが買っていくのは、大抵、モチや魚などの食材ばかりで、彼のカサなどには誰も見向きもしません。
やがて日も暮れ、人通りもまばらになってきました。
今日の売上げはゼロです。
夕日を背に、トボトボ帰路につく彼。
その脳裏には、妻の怒り狂った顔。
何も良い言い訳が思いつかないまま、とうとう、自分の家付近の一本杉の所まで来てしまいました。
「ど、どうしよう・・・・・・」
途方にくれる彼。
が・・・・・・
「あっ!」
おやっ?どうやら、何か思いついたようです。
彼はそこで、要らなくなったカサを、傍らにあった十二体の地蔵様に掛けはじめました。
一体、何を考えているのでしょう?
徹夜明けで気でもふれたのでしょうか?
「さっ、これで、在庫処理に手間が掛からずに済むし、何よりお地蔵様に良い事をしたと妻に褒められ・・・・・・」
しばしの沈黙・・・・・・
「うっ、うわぁぁぁーーーーー!!!そんな事ある訳ないじゃないか。ボクの妻は自分が一番エライと思って信じて疑わないような女なんだ。たとえ、相手が将軍様だろうがなんだろうが、逆らうヤツは即死刑。こんな事したって、なにトチ狂ってんのよなんて瞬殺されるのがオチじゃないか!!ボ、ボクはどうしたらいいんだーー!!!」
やはり、気がふれています。
彼の遠吠えは遠くの山に虚しく木霊しました。
ガラガラッ
「ただいま〜」
シ〜〜〜〜〜〜ン
妻の声が聞こえません。
「あれっ、居ないの?」
人の気配がしません。
不審に思った彼ですが、囲炉裏のナベから出ている食欲をそそる香りがそれを忘れさせました。
「おいしそうな匂い」
ナベのフタを開けてみると、鼻腔をくすぐる湯気が囲炉裏いっぱいに広がりました。
肉や野菜がたくさん入った、彼にしてみればそれはそれは豪華で贅沢なものです。
昨日からロクに食べ物を口にしていない彼にとっては、堪らないご馳走です。
明日食べる物にも困っていたのに、よく、こんな蓄えがあったものだと、家計を切り盛りしている自分の妻に改めて感謝しました。
ですが、その肝心要の妻の姿がありません。
彼は離れにある風呂場に行って見ました。
煙突からは煙が昇っていて、既にお風呂を沸かしてあるようです。
お風呂場の入り口の反対側に回ってみました。
風呂釜の炉が、赤々と熱を帯びていました。
しかし、やはり妻の姿はありません。
不安が徐々に彼に押し寄せてきました。
何かが変だ、と彼は思いました。
もう一度、母屋に戻って、まだ見ていない寝室に行って見ました。
薄暗い寝室には、買った憶えのない行灯がほのかに色付き、フトンが敷いてありました。
ですが、そのフトンが人一人分膨らんでいることに気づきました。
彼はそれを見て、とりあえずホッと胸を撫で下ろしました。
「ただいま、今帰ったよ」
し〜〜〜〜〜ん
返事がありません。
「どうしたの?」
「・・・・・・」
少しの間を置いて、フトンのワキから色白のすらりとした手が出てきました。
そして、こっちにおいでと手招きしています。
「???」
いい加減、妻の顔が見たくなった彼は、いそいそとフトンから出ている白い手を握り、
「ねぇ、はやく顔を見せてよ」
とフトンをめくろうとしました。
が、急に凄まじい力で、彼は体ごとフトンの中に引きずり込まれました。
唖然とする夫。
ですが、フトンの中で密着してくる体のぬくもりが、彼の冷え切った肉体と精神に安らぎを与えてくれました。
それに、とてもいい香りがします。
「ずっとこのままでいたい」
彼は心からそう思いました。
そして、妻の顔を確かめようとフトンをめくりました。
「ボクもさ!」
「・・・・・・」
そこには、色白の美少年の顔がありました。
あっけにとられる彼。
「あああああ・・・キ、キミは誰なの!?」
彼の首すじに両腕を滑り込ませ、ふふっと鼻で笑い、ギリギリまで彼の顔に自分の顔を近づける美少年。
そして、こう言いました。
「キミはボクが何者か知りたいんだろ」
コクンと頷く彼。
なぜか顔が真っ赤である。
そんな彼の反応を楽しむかの様に美少年は続けました。
「ボクはお地蔵様から使わされたシ者さ。キミがカサを被せてくれたお礼をしろと言われてね」
「じゃ、じゃあ今までのは全部キミがした事なの?」
「そうさ」
妖しく微笑む美少年。
その美少年の瞳を見ていると、とても吸い込まれそうになります。
そのフェロモンぷんぷんの笑みに、彼は今まで感じたことのない妙な気持ちになりました。
そして、何かマズイと直感的に感じました。
彼は、先ほど風呂場で感じた不可解な感覚を思い出しました。
「そうだ、ボクの奥さんは!?」
美少年に問い掛けます。
「あれっ、さっき見なかった?」
「どこにも居ないんだよ!」
「いや、そんな事はないなぁ」
「だって家中どこ探したって居ないんだ!」
「居たじゃないか」
「どこに!?」
「気づかなかった?」
「教えてよ!」
「もうっ、しょうがないなぁ〜」
「どこっ!?」
「囲炉裏とお風呂場にさ」
「だから家中探したんだってばっ!」
「ひとつ聞くけど、キミは奥さんの事、どう思ってた?」
「焦らさないでよ!」
「いいから答えて。じゃないと見つからないよ」
「・・・・・・」
「どうなんだい?」
「妻はボクにとっての、か、かけがいのない存在だよ」
「そうかな〜」
「そうだよ!」
「傍から見てるとそうは見えないなぁ〜」
「じゃあ、どう見えるの!?」
「あれは女性上位なんてもんじゃないね。自分のことしか考えていない傲慢な女さ。この村でも有名だろ。その証拠に昨日はキミのカサ作りも手伝わないで不満罵声をキミに浴びせて、明け方まで彼女自身の欲望を満たさせてたじゃないか。普通じゃないだろ。考えてもみてごらんよ。キミのカサの売り具合いかんで、年を越せるか越せないかの瀬戸際なんだ。それを自分の都合だけでいい様にこき使っている。夫婦というのはね、お互い助け合っていくものだろ。なのにこれじゃあ女王様と下僕の関係じゃないか。わかるかい?彼女がキミを夫として認めてない何よりの証拠さ」
「そ、そんな訳・・・・・・」
「だから、ボクはキミの奥さんに今までの償いをさせてやったわけさ」
「どういう事?」
「ちょっとてこずったけど、これでキミは年を越せる訳だ」
「まさか・・・・・・」
「見てよ、この返り血。せっかくの着物が台無しさっ」
「う・・・・・・うわぁぁぁーーーー!!!!!」
「・・タ!・・・・・・ナタ!」
「はっ!」
「アナタ!!」
妻が、自分の顔を必死に見詰めて体を揺すっています。
「すごいうなされてたのよ!アナタ、一本杉の所で倒れてたの。それを、近所の人が見つけて家まで運んできてくれたのよ」
「無事だったんだねっ!」
夫は、涙ながらに妻に抱きつきます。
「よかった、ホントによかった」
妻をより強く抱きしめて、その存在を体じゅうで確かめます。
妻の方は、事情がよく飲みこめないのか、しばし唖然としています。
が、やがて、悟った様によしよしと夫を慰めはじめました。
「大丈夫、もう大丈夫だからねっ!」
少し落ち着きを取り戻した夫は、一本杉で見たであろう夢を語って聞かせました。
それを聞いた妻は、フンッ!と鼻で笑って、
「地蔵だか大仏だか知らないけど、そんなんでこのアタシがやられるわけないじゃない」
と、声高らかに叫びます。
夫の方も、そういえばそうだと、妙に納得しました。
続けて、妻が言います。
「このアタシに立てつくヤツは、例え相手が将軍であろうとブチのめしてやるわっ!この世はアタシ中心で周ってるんだからねっ(はぁと)」
ウインクを飛ばす妻。
それに、引きつった笑みで答える夫。
妻もフフッと微笑んでいます。
ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜
この和やかな雰囲気に、突然、割って入る腹の虫の声。
そういえば、夫は、ここで昨日からロクに何も口にしていない事に気づきました。
しかし、カサが売れずに手ぶらで帰って来た今の彼に、お腹が空いたなどというセリフを言えるはずもありません。
そんなこんなで、モジモジしている彼を見て、妻がこう言いました。
「お腹空いてるんでしょっ」
「あ・・・で、でも・・・・・・」
「心配しないで。さっき、急にイキのいい新鮮な食材が手に入って、ナベで煮こんでたのっ」
夫は、クンクンと犬の様に鼻をならしてそれを嗅ぎ当てます。
「あっ、とっていい匂い」
妻が、うんうんと満足げに頷きます。
「そうでしょうそうでしょう。このアタシが、腕によりをかけて作ったんだからっ!」
へ〜、それは楽しみだとゴクンとつばを飲みこむ夫。
「で、なにナベ?」
「骨つき肉のブツ切りナベよっ!」
「豪快なナベだね」
「フフッ、これで今夜のためにいっぱい精をつけてねっ、ア・ナ・タッ!(はぁと)」
えっ、今夜も!?と言いたくなるのをグッと堪えて、
「が、頑張るよ」
などと言ってみたりする夫。
妻の方は、
「お風呂も沸かしてあるからねっ」
と、もう準備万全の様です。
そんな妻を見て、夫は、
「あれっ?たしか薪、切らしてたはずだけど・・・」
と首を傾げます。
「食材の余ったヤツをくべたの。よく燃えて助かったわ〜〜」
ホントに助かったと、両手を合わせて喜んでいます。
「なんか、今日のキミは怖いくらいにやさしいなぁ」
「もうっ、何言ってんのよ。アタシだって、そうそう毎日毎日暴力振るってるわけじゃないんだからねっ。こういう日もタマにはあるのっ!」
「そうだね、なんか、ボクもうお腹ペコペコ」
「アタシもよ」
テヘヘと舌を出して笑い、でも、少し待ってと目の前のナベをお預けにします。
なんで?と夫は問いただします。
「返り血を浴びたのっ。着替えてくるから」
ギョッとする夫。
よく見ると、妻の着物がドス黒い血で染まっています。
「っていうか顔にもついてるよ。く、口のとこっ」
「あら、そう」
そう言って、唇の血をペロンと舐め、妖しく微笑む妻。
いつもとは違う、得体の知れない凄みを全身に漂わせています。
「じゃあ、着替えてくるから」
覗かないでねと色っぽくウインクして、奥の部屋に消えていきました。
半刻後・・・・・・
着替えを済ませてきた妻との待望の夕食。
「わ〜美味しそうだ〜」
「じゃあ、アナタあ〜んして」
「あ〜ん」
「どぉ、おいしい?」
「うん、おいしいよ、とっても。キミの味がする」
「やだっ、一体どこのこと言ってんのよ。ドエッチなんだからっ。もう、知らない」
「ご、ごめんよ。許してよ」
「ぜ〜たい許さない〜」
ぷ〜と頬を膨らまし、そっぽを向く妻。
それを見て、あぁ、どうしよう〜と慌てふためく夫。
そんな夫の姿を横目でチラリと見て、クスッと笑います。
そして、仕様がないわねといった面持ちで、
「アタシにも食べさせてくれたら、許してやらないでもないわ」
と言ってみたりする。
夫は、パッと顔が明るくなり、そのセリフを待ってましたとばかりに、壊れ物を扱う様な丁寧な口調で妻を褒め称え始める。
「じゃ〜、キミのその桃色の可愛いお口をゆっくり開いて」
「こ〜お?」
少しの間を置いて、
「奥までよく見えてるよ」
と、この後始まるであろう行為を暗示するようなセリフを、はづかしいげもなく口にし、妻を煽ります。
妻の方も、態度では恥じらいでいますが、顔の表情は、まんざらでもないようです。
体をくねらし、
「ホント、ヤラシイんだから〜。ね〜、はやくその熱いのちょ〜だ〜い」
と、ノってきたりします。
「どうしよっかな〜」
「焦らさないでっ」
フフッと微笑む夫。
「じゃあ行くよ」
「はやく〜」
「・・・・・・どう、おいしい?」
「とっても。熱くてとろけそうよ」
「じゃあ、今度はボクに熱いところちょうだい」
「うんっ、いくわよ」
「さっ、はやく」
新婚夫婦、定番のゲロアマな光景が、エンドレスに繰広げられています。
傍から見れば、全身蕁麻疹が出て、痒くて痒くて死にそうなぐらい床を転げまわりそうですが、本人らにしてみれば、そんな事はお構いなしです。
その行為は、とっぷり日が暮れるまで飽きることなく続きました。
「アナタ、おかわりは?」
妻が首を傾げて聞いてきます。
「もう、食べられないよ」
自分のお腹の上に”の”の字を描き、もう十分だよと告げます。
「じゃあ、そろそろ・・・・・・」
カタンと手に持っていた御わんを置き、意味ありげな視線を夫に送る妻。
頬がほんのりと色づき、クリクリとした瞳が潤んでいます。
妻は、この仕草に夫が心底弱いと知っています。
そんな妻を見て、案の定、夫はノックアウト寸前です。
この辺、さすがと言うしか他にありません。
「ボ、ボクはもう・・・・・・」
暴走寸前の夫の最後のリミッターを、思いっきりあま〜い声で外しに掛かる妻。
「来てっ」
第一ラウンド
カ〜〜〜ン!!
チュンチュン・・・・・・
燃え尽きた夫。
艶艶の妻。
それぞれの想いを胸に年が明けた、今日は元旦。
縁側の方から差しこむ朝日が目に眩しい。
傍らでスースーと寝息を立てている夫。
しかし、それを無理やり叩き起こし、一緒に初日の出を見るのっ!と庭へと誘います。
シンシンと真冬の朝の冷え込みが、夫の目を嫌がおうにも醒まさせます。
妻は、そんな腰の辺りがヘロヘロの夫の腕に両腕を絡ませながら、こう言います。
「ずっと、一緒にいようねっ!」
が、
「・・・・・・」
返事がありません。
ここで夫は、”うんっ、ボクたちはいつまでも一緒だよ”と自分を引き寄せ、アタシの瞳を見詰めて今年初めの接吻を交わす・・・というのが妻の段取りのようです。
そんな予定を狂わされて、
「ちょっと聞いてんの?」
と、少々ケンカ腰に夫に怒鳴ります。
が、夫は明後日の方向を見て、プルプルとその視線の先を指で示しています。
一体何よ、と妻が見たものは、米俵十数票と家に入りきらないほどの野菜の山。
「す、すご〜い!あんなカサでこんなに食べ物が買えたなんて。信じらんないわ!」
諸手を上げて喜んでいます。
それを見て、夫は後ろめたさを感じながらも、これをチャンスとばかりに、
「そ、そうだよ。え、えらく評判が良くって、競売にかけられたくらいでさ」
と豪語します。
「さすがね。これで、今年のお正月は豪遊出来るわねっ」
かなりの上機嫌です。
「そうそう、それもこれもボクが頑張って作ったおかげだよ」
夫は鼻高々です。
あたかも、自分が稼いで買って来たように錯覚し始めています。
どうやら、二晩の不眠不休が効いているようです。
よく見ると、彼の瞳は虚ろです。
しかし、
「あらっ、これ何かしら?」
不意に、妻が、米俵に括り付けてある一通の手紙を見つけました。
カサカサと開いて、何々と中を読んでみると・・・・・・
「 前略
私どもが遣わしたシ者の無礼、どうか、ヒラヒラにお許しください。
生け贄として差し出しますので、どうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてください。
安否は問いません。
その償いの印にもならない事は重々承知ですが、米俵と野菜などをお持ちいたしましたので、どうぞ、御収めください。
今後、また何かありましたらいつでもお呼びつけください。
こちらから、迅速に馳せ参じます。
では、短くはありますが、本日はこの辺で失礼させていただきます。
19XX年、元旦 地蔵一同 」
「・・・・・・」
「どうしたの?何て書いてあったの?」
「読んでみる?」
「うんっ」
「ホラッ」
「・・・・・・・・・」
「まっ、いいわ」
「えっ?」
「特別、許してやるわ。アタシにウソついたのは許せないけど、アナタも頑張ったんだもんねっ」
「ゴ、ゴメンね、ウソなんかついたりして」
「もういいって言ってるでしょう」
「ありがとう」
「なによ、改まって〜」
「ところで・・・・・・」
「んっ?」
「このシ者の無礼って何の事?」
「・・・・・・」
不気味なまでに無言の妻。
「ボクの居ない間に、誰か来たの?」
少しビビりながらも、問い詰める。
「アポもなしに尋ねて来るなり、いきなり飛び掛ってきて、それをアタシが軽く返り討ちにして、ピクリとも動かなくなったから、それをナタでブッタ切って、ナベで煮こんだり、余りを薪がわりにくべたりなんかしてないわよ」
「へっ!?」
「そうそう、昨日のナベ、おいしかったでしょう〜」
妻の方にしてみれば、話題を変えたつもりだったのでしょうが、話の内容はまったく変わっていませんでした。
「うっ・・・・・・」
言葉に詰まる夫。
「おいしかったでしょ!」
ズイッと夫の前に出て、念を押す妻。
「は、はいっ!」
半ば、条件反射的に強張った顔で返答する夫の顔ををマジマジと見詰めて、かなり、ご満悦のご様子です。
「フフフフッ。じゃあ、今夜もうんと精のつく料理作ったげるからねっ、ア・ナ・タ!」
このセリフは”今夜もイクわよ”という妻の意気込みです。
”アタシもいっぱい食べてね”という意味もさり気なく含ませてあります。
みなさん、おわかりですか?
ここで、少しでも拒むようなフリを見せれば、夫に明日はないでしょう。
ですが、三夜寝なければ人間は生命の危機です。
それは、彼も重々承知しています。
夫の、意を決した命がけの交渉が始まります。
「あの・・・」
「却下」
命がけの交渉が終わりました。
この日、この夫はどうなったかと言うと・・・・・・それは、また別のお話。
機会があれば、その時に改めて話すことにしましょう。
えっ?
ところで、一本杉の地蔵様の方は、その後、どうなったのかって?
フフッ、
こういうお話の場合、決まってるでしょ。
十二体の地蔵様は、いつまでもいつまでも末永く、この妻にコキ使われましたとさ。
めでたしめだたし、ってね。