第7話 都市伝説(後編)
present by ちひろ
その日の午後は、先の約束どうり、寄り道をして帰る事になっていた。
かえでが、ぞっこん惚れているという村上屋餅店、通称”村モチ”のクルミモチに逢いに。
そのための経費一切はボク持ち。
もちろん、かえでの親友、ナミエも一緒だから、余計に出費がかさむ。
その村モチは、ボクらの通う高校からは結構近く、ビルの林立する地帯のただ中にポツンと存在する、小さな木造の平屋の店だ。
その風景だけを見れば、よくこんなやかましい所に建て構えていられるなァなどと疑問に思ってしまうが、実際はそうではない。
意外ではあるが、周囲のビルがちょうど防音効果になって、車やら何やらの騒音一切を分断しているのだ。
そのおかげで、都心のど真ん中においても、異様なまでの静けさを実現していた。
もしかすると、刻まで分断しているのではないかという錯覚さえおぼえた。
そんなボクのことなどお構いなしに、かえでは、まるで我が家のように、入り口の木の戸をガラガラと開ける。
”ただいまぁ〜”とでも言うのではないかと思える勢いで。
続いてナミエ、最後にボクが戸を閉めながら店に入る。
店内は、もち米特有の豊かな香りが広がっていた。
それに混じって、微かにごまの香りが漂い、ボクの鼻腔をくすぐった。
なんだか、とても懐かしい感じがした。
「おじいさん、ヤッホー!元気してたぁ〜。」
かえでが能天気にあいさつをする。
「いつものヤツね、おじいさん。」
ナミエも間を空けずに言う。
それに少し間を置いて、おじいさんと彼女らから呼ばれている人物が口を開く。
「はいよ!かえでちゃんになみへいちゃん。」
あまりにも突拍子のない返事に、どうリアクションしたらいいのか困ってしまうボク。
ウケを狙っているようには見えない風貌から、素であると推測できる。
「ぷっ!アッハハハハハハッ!ひ〜、おじいさんサイッコウ。」
パンパンと、齢70にはなろうかという老体を容赦なく叩くかえで。
それを全身で受け止め、必死に耐える老輩。
そうとは知らずに、痙攣を起こしたように、ケラケラとおなかを抱えて笑い転げる。
それとは裏腹に、ムスッとするナミエ。
「昨日、あれほど教えこんどいたのにぃ!アタシはO次郎じゃないっつうの!」
そう言って、そそくさと相席のイスに、ドカッという大きな音を立てて座る彼女。
「ほらっ、かえで。いい加減にしないと。」
ボクが、今だ笑い転げているかえでをたしなめ、席へとうまく誘導する。
やっと落ち着いた面々を見て、ボクはテーブルに立て掛けてあるおしながきを手に取る。
見ると、クルミにずんだ、ごまの3品。
とりあえず、ボクも彼女らと同じくクルミにした。
すべて手作りのようで、ボクの注文を号令とするかのように手を忙しく動かし始めた。
先ほどの老人とは別人のようで、実に生き生きと動く。
思わず、感心してしまう。
しかし、すぐに見飽きてしまったボクらは、それが出来るまでの時間を、たわいのない世間話で過ごした。
流行りの事、学校の事、恋愛の事等々。
このふたりは、とにかくよくしゃべる。
彼女らは、話題と話題のあいだに間をおくという無粋な事は、まずしない。
仮に、話題がなくなっても、目に付くものすべてに話題のきっかけをつくってしまう。
相手のアクセサリーを手に取り、キャアキャアと最近の流行りのファッションを織り交ぜながらしゃべり合い、芸能界の誰それも、同じものを身につけてるとなれば、その不倫相手に自分の恋愛論を一方的にぶつけ、それが、我が校の男女の交際関係図に繋がっていく。
まるで、自分がその場にいたかのような口調でしゃべるもんだから、こちらも、何処までがホントなのか皆目見当つかない。
その真偽を覆い隠すような、イモズル式に後から後から飛び出してくる話題に、女子の会話術とネットワークの広さを実感してしまう。
いや、怖さというべきか。
下手な事を言ったら、このふたり組によって、どんな味付けをされるかこわくて想像も出来ない。
そういう危惧があるから、ボクは自分とは関係のない話題を振り撒こうと、店内に入った時から気になっていた、ここの雰囲気には妙に不釣合いな、大きな絵の事をもち出した。
名の知らぬ画家の描いた”海の見える風景”という題名の絵画だ。
しかし奇妙な事に、その題名とは裏腹に、何処にも海らしきものが見当たらない。
あるのは、大きな廃屋の倉庫と、その背景となる竹の子のように乱立する高層ビル群。
絵とタイトルがまったく一致しないのは、この絵の持ち主が取り違えているからだと思われる。
ところが、かえではそうではないと言う。
ナミエにも聞いてみたが、以下同文であった。
やはりここは、店の主人に尋ねるのが道理だろう。
が、まるでボクらの存在を忘れたかのように、調理に集中している店主を呼びつけるのは、いささか気がひけた。
だから、とりあえず注文の品が出来るまで待つ事にした。
そしてその間、なぜか気になるその絵を、ボクはもう一度眺めた。
大きな古ぼけた倉庫に、後ろの高層ビル群、薄暗い空の色。
灰色の空、鉛のようにズンと絵全体を押しつぶしている感じ・・・・・・。
風景もそうだが、なによりタイトルの海を連想させる色彩が、一切使われていないことが気にかかる。
”海の見える風景・・・だった”のではないだろうか?
つまり、現代の移り変わりの激しい社会を皮肉って描いたものなのだろう・・・と、こうとることも出来る。
画家の名はここからではさすがに見えないが、わざわざ立ち上がって確認する気にもなれなかった。
見ているものをアンニュイな気持ちにさせる、負のチカラみたいなものを感じとれる。
再度、眺めてみる。
鉛のように暗く重い空、天高くそそり立つ多くの鉄塔、そして、廃屋・・・・・・。
「!」
ボクは、ぎょっとした。
その絵のある事に気づいたのだ。
ボクの異変に気づいたのか、かえでがナミエとの会話を中断して、ボクに問いかける。
「お〜い、なに固まってんの?」
目の前で手を振り、ボクの正気を確認する彼女。
「おいおい、寝てんじゃないよ。お金足りないなんて言わせないよ。」
ナミエが、足でボクのすねを軽く蹴る。
それでも、いっこうに反応しないボクを見て、なんだか冗談ではないと気づき始める彼女ら。
「ちょっと、ホントにお金足りないんじゃないだろうね?」
ナミエが、再度問いただす。
「いったい、どうしちゃったのよ!」
言いながら、まじまじとボクの顔を覗くかえで。
急に視界を遮られて、不意に出た言葉。
「どいてよ!」
気がつくと、かえでの顔を手で払いのけていた。
掛けていた彼女のメガネが、テーブルで弾け床に落ちた。
何がなんだかわからずに、わんわん泣き出すかえで。
狭い店内に響き渡る泣き声。
店主も思わず手を止め、なんだなんだとカウンター越しにこちらを伺う。
「だいじょうぶ?・・・・・・オイ!かえでになんてことすんだよ!」
それをよしよしと慰め、女性特有のカン高い声で、ボクに怒りあらわに怒鳴るナミエ。
それでも、まったく反応なしのボクを見て、徐々に顔の表情が不安へと変わる彼女。
「なんなんだよ、いったい・・・・・・」
不安を言葉にするナミエ。
だがボク自身も、不安とそして恐れの感情にカラダ全体を支配されていた。
そして、口を開く。
「まっかな女の子、赤い服を着た女の子が立ってるんだ。」
ナミエが何やらボクに問いかけているが、かまわず続ける。
「倉庫のまえに、ほらっ!見上げてるじゃないか!倉庫の窓の所を。」
「絵だよ!絵!さっきまでいなかったんだ!倉庫の前に人なんて。」
ナミエもその絵を見て、思わずカラダを引いた。
どうやら、ボクが言いたい事がわかったようだ。
その暗い絵のなかに、まるで今入ったかのような少女。
その血のように紅い服が、見るものに戦慄を与えた・・・・・・。