第11話 赤い記憶
present by まさき
気づいたときボクは教室の自分の机の上で寝ていた。
まだ余韻が残っている。
血の臭いだ。
直接的ではない。
ボクの奥の方でボクのではない血が巡り始めた不快感が止まらない。
しかしあたりを確認してみると、血塗れの少女は現実ではなかったようだ。
「放課後・・・・・・。」
ボクは千鳥足で下駄箱へ向かった。
すべてが色あせて見える。
何か大切なものを失ったかのような喪失感。
虚ろな現実への認識がボクをわずかに歩かせようとする。
むなしい。
なんて悲しいんだろう。
あんなに大事にしていたのに・・・・
何を?
・・・・・・憎い。
下駄箱に群がるそれぞれの部活へ向かう青春貴族どもを横目に自分の靴箱に手をかけた。
「おやぁ、急いでどちらに?」
「!?」
誰だ!?
「お、おぉ、ナミエか。なんだ?」
腕組みをしながらボクを睨んでいるナミエがいる。
「なんだ?はないでしょ、眼ぇひんむいちゃって。ねぇ、お姉さま。」
「お姉さまだぁ?」
「さあ、まいりましょうか。」
後ろからの声にボクは恐る恐る振り返る。
「さあ、私たちを案内しなさい。」
かえでだ・・・・・・。
囲まれた。
「昨日の今日はないだろう。オレは君たちの付き人兼ヒモか?」
彼女らの目的地へと連行される途中、ボクは無駄であると知りつつ最後の抵抗をした。
「あなたには学校をサボる癖が身に付いているのです。」
「そう、久々に学校へ、しかも二日連続で来たからにはこのくらいは当然でしょう。」
『こいつら、まだ令嬢姉妹を気取ってやがる。』
「あら、その眼は何ですの、セバスチャン。」
「へいへい、わかりましたよ。」
弱みを自ら拡げることは愚かしいことである。
ここは寛大な面持ちでなければな。
・・・・・・待て。
こいつら妙なことを言ったな。
《あなたには学校をサボる癖が身に付いているのです》
そんな自分の生活態度について・・・・・・なにも思い当たる節がない。
他人によって混乱させられるこの不快感・・・・・・。
「思い出さないの?」
「!?」
ボクは辺りを見回す。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。」
ナミエがボクの顔を覗き込む。
「何、何々、どうしたの?」
後ろにいたかえでが背後からボクの頬をつまんだ。
「イタタタタタタタ!」
「逃がしゃしないわよ。」
素直におごってくれたボクに対し、二人は不思議な顔をしていたが、自分たちの目的を見事達成したわけで、そのことについて気にとめることもなく、街の人混みの中に消えていった。
「せっかくここまで来たんだから買い物していかなくっちゃ。」
女とはこういう生き物だ。
当然その長ったらしいお買い物に付き合うはずもない。
そして何より頭から《思い出さないの?》という言葉が離れることがなかったのだ。
血の臭いのする声。
かえででもナミエの声でもない。
間違いないんだ。
あの少女の声だ。
『夢じゃなかったのか。』
「ピンポーン」
「!?」
「あなたはホントに鈍感な人ね。余興にも飽きたわ。」
周囲の景色が変わっていく。
アスファルトがどんどん赤く染まる。
やがてむき出しになった地表から赤い煙が吹き出してきた。
「あらあら、真っ赤っか。」
「誰だ!」
「私はあなたよ。」
「はぁ?」
「そうよ。そしてここもあなたよ。」
「ここがおれ?」
「なんて罪深い世界なのかしら、こんなに醜いなんて。ほら、空をご覧なさい。あんなに憎しみに満ちている。」
「憎しみって・・・。」
「これは根が深いわねぇ。救いようがないわ。」
「好き勝手言うな!出てこい!」
「あら、不思議なことを言うわね。私はあなたであなたは私って言ったのに。」
「その意味がわからないんだ。」
「あなたは自分の都合でいいように自身を変えてきたわ。見なさい、この世界を。念体とはそもそも母体による一律の規則性のもとに存在するものなのよ。でもこの世界にこれから生まれ来る希望なんて存在しない。原始の姿になることも出来ずに、最終的な破滅の形を取らざるを得なかった。これはあなた自身の責任よ。」
この赤い世界がボクだって・・・・・・。
「ひどいよ、お兄ちゃん。」
「!?」
少女が目の前にいる。
あの少女だ。
「あんなに約束したのに・・・。」
《約束?》
「すごく悲しかったんだから。」
《なぜ?》
「見て。」
少女は自分の首を指さした。
「・・・・・?」
少女の首には大きなあざがあった。
大きな手に絞められたあとが。
「お兄ちゃんはこんな風にねぇ・・・。」
少女はボクの手を取った。
《・・・・・・》
ボクの手を自分の首に当てて眼を閉じたその瞬間、
「キャハハハハハハハハ!」
「うわぁっ!」
少女は大きく見開き、大きな声をあげたかと思うと砂のように消えてしまった。
「これがあなたの底意の姿よ。」
声がやわらかな口調に変わっている。
「ちょっと待ってくれ。さっぱりわからないよ。」
「・・・・・・あなたはすべきことをすべきなのよ。」
「えっ?」
突然辺りが真っ暗になった。
「うっ!」
胸に強烈な痛みが走る。
「な・・・ん・・だ?」
ボクは暗闇の中に膝から崩れ落ちた。
「これこれ少年よ、大丈夫かの?」
ボクは自分にかけられるこの声に目を覚ました。
「あ、あぁ、ぁぁ・・・」
何とか起きあがろうとしたがどうもうまくいかない。
「これこれ、無理はいかんぞ、無理は。」
声の主はふらふらのボクをイスに座らせた。
「・・・・・」
イスに座ったボクはボーっと白い壁を見つめていた。
その先には見覚えのある絵が掛かっていた。