回転数が落ちて来ました。グズグズとは云え左の 脳味噌。

うう
またしても徹夜。

友人と話し込み、珍しく酒を喰らうも、その勢いで今日中にやらねば成らぬ作業を敢行。
一時間位で終わるだろ、と目星をつけて実行するも、予想の三倍時間を喰う。
この時点で、朝八時。

ここまでは、良い。
想像の範疇内だ。
むしろ、いつもの事。
調子よいとさえ、云う事も可能であろう。

さて寝よう、と思い立ち、布団に入る。
枕元には《だから僕は》(富野由宇季)が・・・・・・




読みふける。

たまんねぇ。

制作者のエゴを全肯定。

高校の頃、夢中になって読んだ本だが、改めて読んでも、たまんねぇ。

ふむふむ、大人のエゴは恥じすべきものでありながら、かつ、原動力でもあるのだな。

などと、感心。

ふと、気付く。



腹減った。

飯を喰おう、と、決意。

寸胴鍋に湯を沸かし、中華鍋に、水、バター、唐辛子、バジル、岩塩、胡椒、そして、クリームシチューのルー、それぞれを入れ、混ぜる。
茹でたパスタに混ぜる。

喰う。

不覚。

しょ、しょっぺぇ〜。

茶を飲む。

俺は忘れてた。

人間、水分取ると、眠気が醒めるのな。

で、眠くは無くなった。

が、今度は寝て無いアオリで気持ちが悪いヨウ〜。


今日の一冊
>だから僕は
今日の御飯
>えも言われぬショッパスパゲティー
2003年01月13日 11時15分40秒

里見八犬伝
八犬伝の映画を見ている。
今。
角川版。
萩原流行のバックに、和風にアレンジされたクリムトのパクリ画が・・・。

ってか、ひでぇ(笑)
これでいいのかよ、深作忻次(大笑)


今日の一冊
>ないよ
今日の御飯
>博多ラーメン(博多天神、渋谷)
2003年01月10日 03時41分12秒

プチ更新
セイント、っぽい?のをうp。

あくまでも、《っぽい》ところが、味噌。

しかしあれだ。
これじゃあからさまに、手、抜いてるのが解るわな。


今日の一冊
>なし
今日の御飯
>豚塩ラーメン(?、よってこ屋環七店)
2003年01月09日 05時17分18秒

苺とバナナ
私には好きな人がいる。
彼は私より二つ年下。
そもそも二ヶ月くらい前になるけど、私が駅で困っていたら、彼は私に話し掛けて来た。
今でも覚えてる。
『どうしました?』だって。
今どきそんな事云う人いる?
いないよね?
『西口は何処ですか?』
私も困っていたから、その時は素直に聞いたの。
あの時の私って、そんなにキョドッてたかしら。
謎だわ。

で、それから暫くして、また、その駅であった。
『あ、あの時の・・・』
笑っちゃうよね、マンガみたいじゃない?
わたしも少し笑いながら、
『ども』
とか言っちゃったんだけどね。

その時は何も考えて無かったんだよね。
ってゆうか、全然素敵に見える人じゃ無かったのよ。
だから、普通。
その時は御飯食べて無かったから、軽い御返しのつもりで御飯に誘ったの。
『どこか美味しいお店しりません?』
『アナタは何が食べたいんですか?』
『う〜ん、さっぱりした物かなぁ〜』
『向こうの方の○×ビルッてトコに、和食屋がありますよ?』
『美味しいの?』
『見知らずの人の味のセンスは、さすがに信用しませんか?』
『しなかったら聞いたりしません(笑)』
『フフ』
『ホントは良いお店を全然知らないの、私』
『お口に合えば良いんですが』

もう、マンガかっての(笑)
でも、なんか、テンポが合ったのよ。
彼は悪い人では無かったし、御飯を私が御馳走するのに、向こうがどうのって言うのは関係ないモンね。
でね、食事をしながら私の事や彼の事を話し合ったの。
仕事の話とか、高校の頃の話とか、そんな他愛のない話ばっかりだったけど、一時間くらいの間話し込んだの。
あんまり他人と話をするのが得意じゃない私としては、これだけ話をしていたのは珍しいかも。

それで二人でアドレスを教えあってから、
『また機会があったら』
っていって、別れたの。

実はその時私には他につきあってた人がいたんだ。
その人は私の事が好きだって言ってくれるんだけど、私はそんなに好きじゃ無かったのかも。
ま、今となってはの話だけど。

その日は普通に自分の部屋に戻ったわ。
私の部屋は、最近流行ってるアジアン雑貨で揃えてあるの。
部屋に帰るとお香を焚いて、年齢に見合った(でも厚く無いわよ)化粧を落として、お気に入りの褐色のソファに座る。
足がむくんでる。
ちょっと痛い(笑)

で、携帯を見たら御飯の彼からメールが来たの。
『今日はごちそうさま。ありがとう。お口に合いましたか?』
だって。
『信用してましたよ?』・・・
ってメルってたら、当時の彼氏からの電話。
『今なにしてた?』
メール打ってたよ!
ウザ!
まぁいいや、マメ男の彼では致し方ない(笑)
『私?ボーッとしておりましたが』
『今日何してたの?』
ウザ!
何でもいいじゃん!
『普通』
『ふ〜ん』
『疲れてるので、また今度。こっちから電話するわ』
『え〜、そういっといて、君から電話ってほとんど無いじゃん』
『そうだった?』シラを切り通す事に決定(笑)
『うん』
『とにかく、明日早いのよ私。会議用の資料、まだ作って無いから。明日は朝イチなのよね』
姿勢を変えた瞬間、髪止めが落ちた。
『うん、じゃ、今日は声が聞けたからいいや、また明日。お休み』
『ハイヨ』

なんだかなぁ、これが毎日だと、面倒よね。
私だけ?
ま、いいや。

結局その日は、さっきのメールの返信をするのも忘れてしまって、ぐっすり寝てしまった。
資料の話は、勿論デッチなので、熟睡したよ。
次の日、出社する電車の中で返信して無かった事に気付いて、慌てて返信したの。
満員電車で立ちっぱなし。
なんで私の勤務地って、こんな混む方向にあるんだろう。
人と人の隙間を見付けては、カチカチ入力。
『返信遅れてごめんなさい。美味しかったです。また色々お店を教えて下さい。』
って打って、送信。
そうしたら、後ろの人がなんだかゴソゴソ動いているじゃない!
痴漢だと思って、そりゃぁ少しは恐かったけど、しっかり顔を見てにらみつけてやろうと思って、振り返ったの!
そしたら・・・

続く

今日の一冊
>なし
今日の御飯
>カルボナーラ(自炊)
2003年01月08日 09時53分52秒

重なるねぇ〜
僕は結構前から、フィクション用のオリジナル作品の為のネタを作っている。
最近それが危機的状況に陥っているのである。

多くの作家が、色々なフィクションを作る。
確かに、彼等の影響は、僕の中で着実の同化していったし、それが嫌な事では決して無い。
それが、フィクションの良い処であり、ソコに魅力を感じたからこそ、地道に続けようとも思える。

しかしながら。
しかしながらである。

何年もかけて温めて来た僕のネタは、彼等のちょっとした執筆業の成果で、瞬く間に発表出来なくなってゆく。

もう、かぶってるとか、そういう次元じゃ無い。
なんたって、同じ。
数字が違うとか、見た目が違うとか、そんな事は些細な差。
大事な所が同じ。
見事に。

船で人工島とか、宇宙人の遺伝子生成機械とか、南の島の神様の話とか、遥か未来の神様のいない世界の話とか。黄昏に染まる宮殿とか。

もう勘弁して下さい。
物語の根幹が、既に発表されたものだなんて、悲し過ぎて、泣くに泣けないわ。

挫折しますた(笑)
頑張るけど(空元気)

今日の一冊
>海賊島事件(途中)
今日の御飯
>ヤケグイした
2003年01月06日 04時38分27秒

小さい話
ちょうど良く纏まったフィクションをここ最近読んで無いなぁ、と思っていた。
大きく広がらず、かといって身内ネタのみでも無い、そんな話だ。

古典作品の中には、多少存在はしているが、新しい切り口(現代世相を反映し、且つ時流にのった)の作品になると、めっきり数を減らすのでは無いだろうか。

話は大きくなる(例をあげると、街乗りドリフターからプロに転向するあの話とかを思い描いて欲しい)につれ、読者との距離は遠くなるし、世界観の維持の為に必要以上に人間性を捨てた人物像を、話の始めから付けてくる物も多い。
いや、あの主人公の人間像に共感すると云うなら、止めはしないが。

別にそれが悪い訳じゃ無い。
そう云った話は、読者に夢を与えてくれる。
それは確かだ。
しかし、それだけとなると話は別では無いだろうか。

大塚英志が物語消費論で語った内容を間に受ける訳では無いし、ましてや民俗学の勉強などこれっぽっちもした事は無いが、それでもチョットした実感ならある。

それは何かと云うと、
物語が、その本質を民話と同系列として伝播時に持つとしたら、派手な話では表わしきれない表現が潰れていくのでは無いか?
グレートロータスな国(俺意訳)の文学に於いて有名な《魔法武闘伝》や《三カ国物語》の様な、侠気溢れる世界を本気になって支持してしまう様な、ちょっとヤバい(主観120%)国民性の表われッて事にならないだろうか。
判官贔屓と自らを称する日本の芸能において派手の代表選手たる歌舞伎の世界ですら、世話物などの庶民派のジャンルが存在するにもかかわらず、マンガに於いてそういったジャンルが無くなってはいないか。

マンガだけでは無いかも知れない。
フィクション全般かもしれない。
スンゴイ言霊探偵の出ない、オザナリなヒーローヒロインの出ない、銀河や町の治安を守らない、スーパースキルを持って無い(複数解答あり)、ロボに乗って戦闘中にチャネリングしない、○子力(光でも原でもナンデモ)の力を使ってブイブイ言わせない、銀河の歴史の1ページにまったく影響を与えない、ナンボかの指輪も持って無い、それどころか光る剣すら無い、世界の中心は沖縄だとか云い出さない、アリエネーだろッて位地下闘技場で強い高校生も出ない、人間の感情を理解するフリの上手いアンドロイドもでない、お邪魔な小学生は邪魔、その形状では最早ネコ型ですら無い、女性なのに宮廷親衛隊に入らない、本を大事にしない図書館司書も出ない、デンプシー巻きを修得していない、抹茶王子はまだか、美少年好きのイギリス諜報部が他国を闊歩しない、あまつさえ王子が腐れアンマンでない、花柄のヨーヨーも無い、男子寮に女の子が入寮しない、秋葉原と千葉が一体化しない、五人一組で悪の秘密結社と闘わない、額に肉の字が書かれていない、無法者の星じゃない、駄天使の青とか歌ってる赤マル急上昇中のBGRKバンドもでない、スンゲェ亡霊(精霊でも棋聖でも)に取りつかれていない、平安の奇人変人の御大将も登場しない、死なない蟲とか注入されてない、重力制御が一般的で無い、登場人物が皆男好きでない、ひいては美形で無い、耳が長くて食べると草の味のする人間が出てこない、アミューズメントセンター(英語では確かこう呼ぶ)に嵐も吹雪きも起こさない、家族向け計算機のあり得ない位巨大なコントローラーを叩かない、殺しばっかしている癖に脳味噌のダビングに成功したはいいがそれによって人間性そのものに疑念を抱かない、オマエそれ中学生のキック力かよって位蹴球の面白味をないがしろにしない、星座の戦士でもない、タントラを唱えて大日如来を呼び出さない、挙げ句の果てはタントラで鎧を装着したりもしない、大日本帝国海軍の超企画モノ(企画倒れ)戦艦の名前を冠した宇宙船も出てこない、銀河に鉄道のレール敷くな、ドイツに敗戦すんな、中華系アイドルだろうがロッカーだろうが大した人間性も持っていない癖にお前の歌った平和の歌ゴトキで世界が救えるか!(余談だが鼻眼鏡のアメ公嫌い、オマエのイマジン曝せ)、服飾系の高校に通ってあり得ない展開の恋愛をしない、花よりダンクを優先しない、ポケットにモンスター入れてたら恐くてオチオチ飯も喰えやしないだろ!、ヒゲ生やしたイタ系アメ公がナチュラルケミカル問わず非合法薬かっ喰らって茸や亀を倒しつつ桃を追っかけたりしない、家族全員年とらない癖に声は世代交代しない、鼠は歌は歌わねェ、月の女王って何ヤネンナソレ、清水市がそんな所なら大阪より外国級だっつーの、直進機能しかついて無い四輪の玩具なのに持ち主の気合いと根性に負けて曲がったりしない、ハァハァハァ、もう思いつかねぇ。

まぁ、上記の様な設定のない物語がはたして現在の読者層に支持されるのかって思うだろう。

僕は、残念ながら、思う。
そして、欲する。
感情の揺らぎを世界設定ではなく人間性にゆだね、共感を伴った物語こそが、暑苦しい迄に肥大化したフィクションの冷却剤になってくれると思う。
ってか、このままだと、子供に見せても良いフィクションが存在しなくなっちゃうよ(笑)


ところで、
幾つ判った?
(笑)


今日の一(ニ)冊
>3.3.7ビョーシ!!1(久保ミツロウ)
>だから僕は…(富野由宇季)
今日の御飯
>天婦羅蕎麦(青山、立食い)
2003年01月05日 05時39分49秒

集積に留まらない事。
それ単品で所持している事に何の意味も無いものが、情報であろう。
僕らは情報を採集し集積し判断し行動する。

例えば、僕が持つある物の情報(印象)をあげてみよう。
飲み物、黒い、液体、商品、小売店の限定(商品流通上当たり前)、炭酸、ペットボトルや缶、時には瓶、冷たい、温かくすると味が変わる、アメリカっぽい、値段の程度、糖分、脳に響く飲み心地(個人的意見)、後味の記憶、コマーシャルの印象(画像音楽等文字化不能)、ラベルが赤い、少し探せば必ず売っている、過去の記憶から美味しいと感じている、瓶売りの場合冷凍庫に入れ冷やし切った処で蓋を開けると気化冷却によりその場で凍結する、その状態で一気にノドに流し込むと夏場はサイコー!類似商品との成分分析表が見てみたい。
などである。
さて、僕がイメージしたものは何であるか。
ここ迄書けば簡単。
コーラである。

これらの印象や情報は、更に個別に印象化され、脳内に集積されていく。
個別では何を指すのか、その意味が解らない情報でも、人間は集積された情報ならば、推測し理解も出来る。
こうする事によって、各種多様な状況に於いて、コーラが自己に必要な物かを判断する事が出来る。

こういった行為は、何も身近な物品に作用するのみではない。
むしろ形の見えない物程、こういった状況の変化や推論は重要視される。

この推論の程度は、個人で差がある。
意識的にしろ無意識の上にしろ、集積された情報が連鎖する過程で、何処迄続くかや、どの程度事実と整合するかに、個人の差が生まれると思う。

で、
ここで重要だと僕が感じるのが、その差は一体何処から生まれるのかについてだ。
そもそも、僕らが触れる物にカルチャーギャップなど、ほとんど存在しないと思う。
国家や主義が違えば、そう云った状況もありえるが、同一国家内に於いて似通った年代層であるならば、絶対的な差が出るとは思えない。
皆一様に集積はしているはずである。

もしもその集積した情報に対して、整合性の取れた推論を誰よりも長く続ける事が出来れば、それは他者の感情さえ空想出来る事にはならないだろうか。

大事なのは《集積した事を自覚する》事。
そして幾多の経験によって、自らの連鎖してゆく推論を、なるべく誤差の無い様に構築する事。
何よりも《集積に留まらない》事。

そう考えれば、理論的には、僕らは限り無く無限に近い未来を一定の法則で予知する事が出来るのだ。
これほど面白い事が、他にあろうか。


今日の一冊
>なし
今日の御飯
>烏賊の黒豆炒め、青菜の炒め、但仔麺(店名忘れた、歌舞伎町)
2003年01月03日 05時25分41秒

何も変わらない新年に乾杯
明けましておめでとうござんす。
なにやら、目出たいらしいので、それに倣ってみました(笑)

本年も前年と変わらぬ御愛顧を、お願い致します。

今日の一冊
>ないよう
今日の御飯
>松屋の並(こんなんかい!)
2003年01月01日 21時28分43秒

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