|
|
|
|
|
アクセスのニウアルバムを買った。
買いました。 購入しました。 手に入れました。 もう、最高。 ウフ。 ウフフ。 ウフフフフフフフフフ。 でもね? ラップはお父さんどうかと思うなぁ・・・・ アクセスで、ラップ。 無しだろう? 時流、か? そして、感想は、 良い。 買え。 ミンナ買え。 無理? 今日の体調 >良し |
|
2003年02月15日 01時41分06秒
|
|
|
|
執着する、と言う感情が、もっとも人間にとって厄介な感情だそうだ。
獣医師物のドラマ(キンキの片割れが出演してるヤツ)で、そういう台詞があった。 まぁね、そうだろうとも。 物事に執着し、それが好転する事もあろうが、中々どうして、日常においては上手く行かないモノで・・・。 日常的に、僕らは執着する。 これは、誰でもするだろう。 執着は、自分の中に原因を求めても、その正体は中々探れない。 根本的な物だからね。 密教、禅宗、何かに於いても、悟りとは執着と密接に関係しているようだ。 まぁ、それだけじゃ、ないだろうけど。 宗教哲学は深いからさ、奥が。 ちょっと考えてみた。 執着を上手く用いる事が出来ないか。 結構便利だと思う。 大層な原動力になるし。 どうやりゃいいんだろう? 物事に執着し、かつ、それを好転させるために原動力として用いる。 文字に起こすのは、簡単だが・・・。 いざ、実行となると・・・。 やはり、難しい。 何か良い手ない? ないか(笑) 今日の体調 >対した事でも無いが、明日仕事で、精神的にすこぶる悪し(笑) |
|
2003年02月14日 02時29分48秒
|
|
|
|
これは、悲観論である。
その事を解って欲しい。 例えばアナタに、常日頃から考えている事象が有るとする。 アナタはその事を、一日一回は考えるのだ。 それは何でもいい。 他愛の無い事でも、大事な事でも。 人間必ず一つ位は気になっている事が有るはずだ。 その事象は、心の奥底から解決したいのか、それが問題だ。 悩むのが面白い、本当に困っている、顛末には興味が無い、解決されては困る。 色々なパターンがあると思う。 個人の差だから。 でも、多かれ少なかれ、その事象については、考えるはずだ。 飯の事でもいい、恋人の事でもいい、自分の欠点でも、他人の欠点でも。 人間何かしらの事象について、深さ浅さを問わず、考えている。 ふと思った。 それは、ただ、ループした思考パターンで、本当はそれについて何も考えてはいないのでは無いか? 手癖足癖の類いなのでは無いか? ヒマになると、それを考えるのが、ただ癖になっているだけでは無いのか? 悩まなければいけないのか、考えなければならないのかについて、考えた事は? その事象が、果たして何がしかの事象を変化させるのか? 自らの思考が、世界に影響を及ぼし、例えそれが些細な事であれ、自己を取り巻く環境の改善に繋がるのか? 自ずから発生した思考の、問いとも呼べぬ事象について、我々の置かれた現状が変化を起こした事が今迄一度でもあったか? 物理的な物は、変化もしよう。 友好関係の変化も、流れや出会いも含め、あるだろう。 外界からの刺激によって、自己に内在する性格そのものもが変化を起こす事は(例えうわべだけでもだ)あるだろう。 しかし、内在性の物が、自らを変化させるとなると、考えにくい。 ましてや、それらの思考が、外界を左右させる事など、なおさら考え辛い。 上記の論理は、内包する矛盾を解決していないかに見える。 他者の影響は受けるが、他者に影響を及ぼす事は無い、といった内容だ。 これでは逆説が成り立たない。 しかし、二つは一見同じ様に見えるが、かなり違うのだ。 何故ならこれは、人間が他人を感覚的に理解出来ないからだ。 例をあげよう。 もし、影響を他者に及ぼす事ができるなら、今頃戦争は無くなっているはずだ。 もし、他者の影響を受けないのなら、戦争反対などと云いだす人々も居ないはずだ。 これらの一見矛盾していそうに見える意見は、本質的には全く違う物なのだ。 例えばアナタに、常日頃から考えている事象が有るとする。 アナタはその事を、一日一回は考えるのだ。 それは何でもいい。 他愛の無い事でも、大事な事でも。 人間必ず一つ位は気になっている事が有るはずだ。 しかしそれは、何の意味も無い、ありふれた行為に過ぎない。 それを、それらを、過去は実証してしまっている。 だから、 何かを改善しようというなら、 諦めるしか無いのだ。 今日の体調 >すこぶる良し |
|
2003年02月13日 03時16分49秒
|
|
|
|
メグミなるゲーノージンの撮影の手伝いをした。 キョ乳、というのだろうか、とにかくデカい。 さしもの私も、目を奪われた。 ってか、病気だろ? アレは! 下世話なネタだ。 まぁ、アレがナニなソレは別として、プロの仕事でした。 そこに感動。 まだ若いのに、あんなに働いて、凄いなぁ・・・ ダメ人間ですか?ボク。 キャフゥ。 最近は仕事ばかりだったので(自社比)、これからチョットヒマ、もとい、だいぶヒマなので、ボチボチ遊びます。 っつーか、際限なく遊びたいです!! 今日の体調 >車酔い |
|
2003年02月10日 02時23分54秒
|
|
|
|
部屋が、片付いていません(笑) こっちに引っ越して以来の、酷い状況です(笑) わらえねぇか(笑) 笑ってるジャン(大笑) 反省。 で、またも久し振りの日記です。 始めた頃は毎日更新してたんだけどなぁ〜(遠い目) 今日あった事を書くと、今日何をやったかばれるのが嫌で、なるべく今日あった事を書かない様にしようと、まぁ、そんな努力を続けた訳ですが(笑) やってもいない事は、中々思いつきもしないし、そうするとネタのストックが必要になる訳でして・・・。 で、毎日更新は不可能であると、そう、思い始めたんですな(笑) いやむしろ、実感したと言う方が的確か!? まぁ、そもそも嘘のつけない性格でして。 ですので、こういった趣の遊びは苦手な部類に入ってしまう様な、そんな素直な16才の春だったりします(笑) そもそも僕がこのHPを甥から引き継いだのには訳があります。 彼は僕の9つ上の姉の子で、僕とは20才離れていて、どうも生まれつき病弱なタチであったらしいのです。 何故《らしい》と表現したかと言うと、そもそも姉は僕が中学の時に家を飛び出し、その後家族とはほぼ音信不通状態が続いていたのです。 また、姉は僕も含めた家族全員を嫌っているらしく、これは甥から聞いた話なのですが、僕と甥が連絡を取っている事も『母には内緒なのです』と言っていたので、オオッピラに甥と連絡を取る事もありませんでした。 そもそも甥と初めてあったのも、甥が私の名前で検索をかけた処、私が過去に発表した論文のサイトにあたり、そこに記載されていたメルアドにメールをよこしたのが始まりでした。 初めて話す甥と叔父。 最初の話題は僕にとっての姉、彼にとっての母、になりました。 健康なのか、何処に住んでいるのか(後に大阪鶴橋に住んでいる事がわかりました)、食べていけているのか、その後男(彼の父に当たる人間です)とは上手くやっているのか、ちゃんと可愛がってもらっているのか、実父の怒りは冷めているのを知っているのか、家族を疎ましく思ってはいないか。 最初の内は質問攻めしてしまう体たらくでした。 甥も少しずつではありましたが、僕の質問に答えてくれ、また、彼の母が秘密にしていた事で、僕が何か知っている事は無いか聞いてきました。 彼の父の事(どうやら彼が幼い時に交通事故で死別していた様ですが、彼はそれに付いてはあまり覚えていない様でした)、家族の確執、僕の職業、色々答えました。 大阪と東京ということで、中々電話連絡は取れませんが、メールやチャット等で時々会話をするようになり、彼は『日記サイトを作りたい』と、小さいながらも興味を持っている事を僕に教えてくれました。 『僕の事をもう少し他人に知って欲しい。 僕は医者にそう長くは生きられないと言われているから。 誰かに僕の他愛も無い日常を知って欲しい。 僕の日常が、他人とさして変わりもしない幸福な物である事を、誰かに知って欲しい。』 彼はそう言うのです。 私は医学の知識に乏しいので、彼の病名を告げられた時もイマイチはっきりとはしませんでした。 しかしそれが、少なくとも彼の体を蝕み、崩し、彼の負担を増やしていると言う事だけは、僕にも解ったのです。 彼は、自分の病気の治療費にある程度の金額を要し、またその所為で母の負担をも増やしている事に気付いていて、それがなおさら辛いと言いました。 彼の名誉の為に言いますが、決して彼は私にたかる為に連絡を寄越した訳ではありません。 彼はそういった行為が母の不興を買う事を重々承知していましたし、また金を積んだところで寿命が延びる訳でも無いので止めてくれとさえ言うのです。 もし彼が亡くなったら、母は一人になってしまうだろうから、その時の為に親族と連絡を取りたかったのだ、と言っていました。 僕はその態度に感銘を受けましたが、そもそもそれは彼にとっては只の余計なお世話。 ですので、日記サイトを作る手伝いをしてあげる事にしました。 神や宗教の教義から、死への恐怖を拭い去る方法もあったのでしょうが、それでは彼の夢が無い物になってしまいます。 確かにそれなら日記サイトは手身近な物ではありますし、それほど彼の健康状態にも影響なかろうと判断し、手伝う事になりました。 初めの内は朗らかな内容や、ややもすれば攻撃的ではありますが、建設的な意見も入り、自分の意識意見をハッキリ持とうと心掛けている様も見て取れ、つつがなくも平凡な日記でありました。 が、 病状が進行するにつれ、心の奥底にある(誰でも感じる事の出来る死への恐怖は、病気と連係するかのように彼の心も蝕んで行くのです)モヤモヤとした感情がちらつき、進んではその状況は増えるかの様に見て取れ、日々の日記が彼の心のバロメータの毎くなって行きました。 僕はどうする事も出来ず、諌める事も煽る事も、彼の感情の侭にして、せめて嘘偽りのない日記を書きなさいとアドバイスするのが関の山でした。 そんなある日、幾通かのメールを出しても返事がないので、もしやと思い、思いきって姉の処へ電話をかけてみました。 電話越しに姉は泣き崩れ、 ただ泣くだけで、 しかし、 それがどう言った状況かを僕に伝えるには、 充分な、 泣き崩れ方をしていました。 僕は家族にその事を伝え、とりもあえずも大阪に行くと決め、大した荷物も持たないで新幹線に乗り込みました。 そこで僕は、JPEGでしか見た事のない顔を思い出し、電話線でしか聞いた事のない声を呼び澄まし、文字データでしか見た事のない彼の性格を思い起こしたのです。 余りにも不鮮明な記憶。 余りにも知らなさ過ぎる時間。 此岸と彼岸を結ぶには、余りにも何も知らなかった事に、僕はその時気付いたのです。 それからの大阪での行動は忙し過ぎて覚えていません。 正確に言えば、覚えていたく無かったのかもしれません。 彼と僕の間には、常に某かの媒体を通しての関係が横たわり、また、それが当たり前であるが故に、現実的な《死》を直面するに当たり、それすらも僕は某かの媒体として、現実ですら現実の代用品として、感じていたのでしょう。 泣きつかれている姉をフォローし、家から来た家族も合せて通夜葬式を手早く済まし、姉にとっては酷な事だったでしょうが、今後の身の振り方を相談し、「しばらく大阪に残る」と決めると、僕は姉を密かに呼び出し今迄の甥との間にあった会話や記録を姉に教えました。 姉は昼夜を問わずそれらに目を通し、 「もし良ければ直也のサイトをあなたの手で続けてはくれまいか」 と、僕に告げました。 故人のサイトを維持するのは、それなりに気を使わなければなりません。 ですので、姉の頼みとは言え断ろうと思っていたのです。 その時、甥の生前、亡くなる2週間前の日記の一文を思い出しました。 『僕は今清々しい気分です。僕を知っている人が僕に、愉しそうにやってるね、と言ってくれたのです。是程清々しい事はありません』 その言葉を思い出し、僕は彼の日記サイト《左右の脳味噌》を引き継ぐ事を決めたのです。 あれからもうすぐ、彼の一周忌にあたる日が来ます。 その日を最後にこのサイトは閉鎖しますが、彼の日常が《他人とさして変わりもしない幸福な物である事》を、皆さんに知ってもらいたいが為に続けてきて、その意味を、本来の形で、終わらせたいと思います。 僕らの日常は、他人とさして変わりもしない幸福な物、であったのでしょうか。 今となっては既にこの世の人では無い彼自身にしか、解らない物なのかも知れません。 今日の体調 >元気 |
|
2003年02月06日 02時38分58秒
|
|
|
|
えっと、インフレ? だからその、インフルエンザってやつですな。 ヒデェヒデェ。 ブラックアウトはする、起き上がれない、食欲はない、声は出ない、やたら汗をかくかと思えば、今度は寒さで眠れもしない、一日中横になりっぱなし、鼻粘膜は炎症起こして痛いし、くしゃみは止まらず、眼球は重たく光を受けると痛む。 はぁ、ひでぇ(笑) 神様、こりゃぁ、何かの罰ですか? 解った! 試練だ! 僕が救世主(マイトレーヤ)になる為の試練なのですね!! 今日の体調 >極悪 |
|
2003年02月03日 10時28分53秒
|