エッセイ、日記、リストカト系乙女が目標

マジで!!

A Hunderd Days OffとBest of the BIG BAND
アンダーワールドの新譜とブライアン・セッツァー・オーケストラのベストを買ったのさ。
んでな、でかいイヤホンでヴォリューム最大で、もうノリノリで街を歩いたサ。
ガンガン頭振って、体なんかもう我慢出来なくってノリノリ?
後で気付いたんだけど、ひょっとしたらオレ、ハヅカシイ?
なんだよ、オメーラ、何見てんだよ?ってカンジになっちゃったんだケドさ。
それってでも、しょうがないよね?
僕ッ子ってば、音楽とかカナリ?のカンジでチョ〜好きだし。
毎晩シブヤのクラブ?とか逝って、皿廻してる人のハコの前でグングンに踊ってさ、その店で一番目立っちゃってるしね?
もうナオンとか?そういう取り巻き系?っての?飽きちゃったんだよね?
ほらさ、音楽とダンスの魔力ってヤツ?
ガンガンの音の洪水の中で、もう限界ってトコまで踊りまくってサ、心も精神もトランスの渦の中?ってヤツ?わかる?
ま、毎日ネットとかチェックするしか能の無いヲタッキー系の?人にはちょっとばかしワカンないかもね?
でもさ、俺もさ、シブヤとかアザブとかポンギの最新のニュートレンド?ってヤツをチェキる時は、ネット見るよ?
最近のお気に入りは、オオトモヤスハル?のアキラって映画のファンサイト?っての?よくわかんないけどさ。
最近ハヤッてる映画なんだけど、もう2年位前からだから、カナリ早い段階で俺もチェック入れてました、ってヤツでさ。
でさ、もうそこのサイトの?連中とかさ、やっぱ君みたいなヲタクちゃんな訳。
しかもヲタクのくせに、アキラの事ナンも知らないのね?
それってジミに、ダメダメちゃん?じゃない?
アキラっていや、センターストリートでは基本中の基本だったし、ソン時は俺も、エバるつもりもなかったんだけど、そのサイトのヤツラにちょっとウンチクたれちゃったワケ。
そしたらなんか、訳のわかんない事言ってギャクギレ?
マジそのへんで会ってたら、もう殺すね?
いっとっけど、俺、戦争やらしても強いよ?
でなきゃ、シブヤでオールするのとか、ムズいしね?かなりの割り合いで、マジだよ?
でまぁ、アンダーワールドとか?ブライアンなんとかとか?出たら取り敢えずチェックでしょ?
ガンガンにテレビでCMとかにも使われてたし。
ダチのサトシ君?とか?コレはチョーKOOL系だとか言ってたから、即買い?
で、話の頭に戻る訳?解る?アンダスタン?ガッコでエーゴ習っただろ?
ツー訳でぇ、次街中で、俺がグングンに体動かしてて、見て笑ってコソコソしたヤツは、もうヤるね。
コロス宣言しまぁ〜ス!!
とかなんとか、言っちゃって!
ビビった?なぁ、ビビった?今ビビったろ!
んぁ!?嘘付け!!ビビってんじゃねぇかよ!
マヂ俺に嘘付くとこの場で殺すぞ?
ワカッてんの?
あ?
なんかムカツク。
もういいよ、なんだよテメェ?
わけわかんねぇ!
俺の話聞いてた?
聞いてねぇだろ!?
ケッ、いいよ、どっかいけよ、話聞いてないんならさ。





こういうやつ、居るよね?
こいつらに『日本人は昔、朝鮮半島の人達を大量虐殺したんだよ?』って言っても、『は?』とか言われるんだろうなぁ。
悲しいねぇ。

あ、アンダーワールドの新譜とブライアン・セッツァー・オーケストラのベストはサイコーでした。
ダブ系とかビックバンド物に興味のある人は、これからなら入り易いかも。
是非。


今日の一冊
>X18巻
2002年09月19日 16時27分07秒

ジャリん子チエサイッコー!
http://www.yorosiku.net/yan/osakaproxy.html

これは大阪弁変換プロキシサーバ、のアドレスである。
もう最高!!
使い方は簡単、見たいサイトのアドレス野前に

http://www.yorosiku.net:8080/-_-

を入れるだけ。
因に、ウチの日記は、こないな感じになりますのんや。

http://www.yorosiku.net:8080/-_-../../../Bookend-Christie5861/geodiary.html

ホンマ感動モノでっせ?
いやホンマ、ショウミの話。
2002年09月18日 12時34分48秒

今日は眠いから
ある種、1日2項目。


最近睡眠時間をマトモに取る事ができない。
忙しい、のだが、別に忙しすぎる訳でも無い。
メシは結構順調にとっている。
金無いから、かなり貧相だけど。
で、
なんと、自分自ら睡眠を取れなくなっているのだ。
42時間起きて、4時間ちょっとの睡眠。で、30時間起きて、14時間寝て、23時間起きて、1時間半寝る。で、今んトコ8時間起きてる。
もうグチャグチャ。
寝たいのに、寝れない。
そもそも、昔から布団に入ってからも1時間位は余裕で眠れないタイプの人間だった。
睡眠薬こそ飲まなかったが、大学に入った頃は毎晩酒を呑んでたし。
ま、酒を呑まなくなってからは、無駄使いに走ったけどね。
でも、ここまで酷い状態なのは久し振り。
昔だったら眠れた《自律神経を落ち着かせる思い込みと呼吸の方法》や、自分であみ出した《リカちゃんを静かにさせる三つの方法》も効かなくなった。
どうやら近頃の状況が、僕の中に新しい人格を生み出してしまったらしい。

僕の中には、《僕》《リカちゃん》《ママ(屍体)》《プーさん(現在ゾンビ状態で動く)》《神様(ニイルピト)》の5人の仮想人格(後述)がある。
《プーさん》はゾンビなので、ほぼ選択時における支配力は無い。
《ママ》は既に蠅がたかってるので、決定権は全く無し。そういやまだ、《ママ》を埋葬してないよ、俺。
つまり、ほぼ3人。
何かを決める時には《僕》が大概決める。
他の仮想人格はあくまでも選択肢の選定には関与するが、決定権はあくまでも《僕》にある。

が、《プーさん》が生まれた時、やはりこういう状態になったのを思い出した。
僕の中で、丁度何かが芽生え、あるいは発生しているのかもしれない。

新しい仮想人格がいったい誰なのか。
僕自身、愉しみだ。



ちなみに僕のいう仮想人格とは、分裂症とかではなく、何かを決断する時に『どういった選択肢を作るか』という意味での『方向性』を決める、ある種の人格アプリというか、人生の目的意識というか、そんなものです。
昔は、僕の脳内ハードディスクの《世間を渡り歩く為に》フォルダに入っていたそうだ(友人ズがそう言ってた)。
現在はそのフォルダは消えて無くなってしまいましたが。


今日の一冊
>風の帰る場所
>新現実(雑誌)
2002年09月16日 20時10分55秒

てゆぅかぁ〜
書く事、と言えば、
闇将軍が、庭に潜ってます。
しかも現在進行形!!
彼は多分、『武神(Busin)』に、なりたいのでは無いかと。
ゴブリンを殺し、ハーピーを殺し、6Lvニンジャを殺し、1Lvサムライやマイナーダイミョウをも殺し、ガスドラゴンやゾンビすら屠る。
ナマモノ、クサリモノ、ムシ、トカゲ、無差別にです。
無敵の荒くれ6人組として、庭を散策してますよ。
エレベーターに乗って4階まで行く彼の姿は、さながらショバ争いのルンピェンヌの様です。
今、彼はポイズンドラゴンの心臓狩りをしております。
『心臓くれっ』と言って、はりきっては、
『また龍の心臓出なかった』と言って。カビ臭い彼の庭を散策し続けている次第です。
あ!
今、ドラゴンの心臓をよおやっと手に入れました!!
彼自身毒に侵され、解毒の呪文も薬も無い状態での散策です。
当然地上に帰るのでしょう。
あ、今闇将軍から決意の発表がありました!!
『よしゃ、もうちょっとヤル(殺ル)』
なんと!?
彼はまだ、殺し足りない様です!!
多くの血を!
より多くの血を!!
彼の中の心の叫びが聞こえてくる様です!!
以上、現場からの中継でした!!
2002年09月16日 07時14分33秒


ってゆぅかぁ〜
富永愛(の笑顔以外)
クリスティーナ・リッチ
平山綾
奥菜恵
永作博美
龍円愛梨(名前判ったんスよ!!)
小雪
佐伯日菜子
山王丸一恵
山ロもえ

あ〜もう、言う事ねぇへ〜〜

2002年09月15日 04時28分42秒

バレエ
バレエが好きだ。
といっても、テレビでやってりゃ見もするが、自分でバレエを見に行ったりはしたことがない。
じゃぁ何でバレエがすきなのか。
実家の近くにバレエ教室があって、そこの生徒さん達の姿がなんとも凛々しいのだ。
勿論知識として、バレエがどんなものであるかも知ってはいるし、芸術の分野、特に身体表現の中ではかなり古い時代からのモノである事に興味を持った時期もあった。
でも、
フェティシズムの話になってしまう。
バレエダンサーの、それが男であれ女であれ、姿勢のキビキビとした中に、しなやかな指先の中の緊張感に、優雅な動きの中の弾む躍動感に、僕は密かに感動する。
そんなバレエダンサーの卵達の、ふとしたほんの一時の、日常の姿に、人間として僕のフェティシズムが反応するのだ。
ま、高校球児でも、ソフトボールでも、ぶっちゃけスポーツなら何でも良かったかもしれない。
が、そのギャップが一番激しいのが、バレエであろうと僕は思う。

みなさんは知っているだろうか。
実はバレエ教室は《汗臭い》のだ。
しかも《雑巾臭い》場合すらある。
演劇の練習風景も見た事はあるが、それとは異質な臭いだった。

実は子供の頃、僕は母に無理矢理連れて行かされて、1・2回バレエ教室に通わされた事があるらしい。
その時の記憶等もうほとんど覚えていないが、幾つかはハッキリ覚えている。
それが、運動した人間を部屋の中に閉じ込めた時の、あの臭いだ。
で、僕は教室から逃げ出した。
確かに最も大きかった理由は《恥ずかしかった》事にある。
当たり前だ。
だって、全身黒タイツだよ!?
無理。
それは無理。
でも、それだけじゃない。
あの臭い。
実家が動物病院をやっている都合、動物の臭いは嗅ぎ慣れていた。
が、子供心に、人間が動物の臭いと同じだってのに、不気味さを覚えたのも事実だ。

で、ギャップの話。
他のスポーツはそのギャップがない。
まぁ、バレエがスポーツか?と言われれば違うと思うが、そこは運動量で考えて欲しい。
シンクロナイズドスイミングだって、ギャップはあるが、動物の臭いはしない。
激しくない?ギャップ。

綺麗事なら幾らでも言える。
人間の生命体としての、二面性。
動物としての本性。
叡智の証たる文明。
でも、フェティシズムの話は別だ。
あれだけ優雅に振る舞いながら、しかしてその実体は動物の臭いがするのだ。

大人になって、つまり性的に成熟しはじめて、道行くバレエダンサーにみとれた。
えも言われぬ人間としての魅力を感じた。
それこそ躍動感や芸術としての魅力である。
しかしながら、その魅力を感じれば感じる程、比例する様に僕の脳裏に刷り込まれたあの《臭い》が蘇る。
バレエに対する僕の内側の感覚がゆっくりと燃え上がる。
肉体と精神。
人間と動物。
摂理と欲求。
マゾヒズムとサディズム。
飛躍し過ぎた感はあるが、そんなところだ。

そんなこんなで、僕はバレエが好きだ。
もしも自分に子供が出来たら、もしもそんな事があればだが、子供にもバレエを習わせてあげたい。
こんな変態な僕、どうですか?
ダメ?
ヘヘヘヘ、ウヘヘッヘ、クヒ、ジュルジュル、ハッハッハ。


今日の一冊
>風の帰る場所
2002年09月14日 01時11分31秒

追悼2
昨日の続き

僕は戦争を体験した事が無い。
別に良い事だとも思わないし、悪い事だとも思わない。
たまたま、敗戦国家に生まれ、戦後教育を受けたに過ぎない。
祖母は僕に戦時中の事を時々話してくれる。
「あの頃は大変だった」的な話から、「近衛兵はカッコよかった」等と云った乙女チックな話迄。まるで紅緒さんの様にね。
また、「最近のニュースは殺人事件ばかり」だとも云う。
戦争によって、家族を失う、国家を失う、昨日迄の常識を失う。
そういった話の中、経験を積んだ年輩の人の人生談を聞くともっともらしく聞こえる。
温故知新?
しかし、よーく考えてみると、戦時中にだって殺人事件のニュースは流れていたはずだ。
〜戦地で皇軍圧勝!なんて、大量虐殺のニュースでしょ?
日本人が殺した人数なんて、どこかの真理教なんか比じゃ無いぜ?

アメリカのユダヤ人ベースの資本は、戦争をしないと維持出来ないそうだ。
南北戦争よりもずっと前からだと、僕は認識している。
不幸にも、僕はアメリカ史について詳しくないので(知りたくもないが)、間違っていたら掲示板で訂正して頂きたい(喰わず嫌いはいけないので、聞く誠意はあるよ)。
ま、とにかく、国家が戦争をしなければ成り立たない以上、小さいながらも(時には大きく)戦争をする。
他国家の紛争に顔を突っ込んだり、旧ソビエトとの冷戦構図なんてのも、正義の仮面の下の顔がばれない様に火に油を注いでいる様なモンだ。
そういう国家が地上に存在している限り、なんとか戦争をしようとするでしょ?

アメリカの一般市民は個人〃は善良であったとしよう。
しかし、アメリカは『民主主義国家』であり、戦争をしようとする政治家を選んでいるのも、その一般市民な訳だ。
昨日も書いたが、あれから《3750年》経っている。
そんだけ昔なら、その正義も有りだったろう。
でも、
ソンだけ経って、まだ戦争!?
もう去年がどうとか、テロがどうとか、そんな低レベルな話じゃない。
「2000人以上も死んだんだぞ!?それでも低レベルか!?」と云われても、「そこしか見てないのか!?」としか言えない。
アメリカのエイズ用薬品の輸出規制で、アフリカでは毎日2000人が死んでる。
たかが、金の話でね。
金を払う能力がない人間は、死ねってか?
なら、テロ対策が出来ていないんだから、テロで死人が出るのは当たり前じゃないか。
原因はどこにあるか、考えたのか?アメリカ。
テロ撲滅の前に、やる事があるだろアメリカ。

島本和彦が、「子供には良い本を与えろ、良い本は悪い本なんかには追いつけもしない力がある」といってた。
これは、エロマンガの規制がどうのっツー話の頃だ。
規制ばかりで、お勧めの本がない親の世代に云いたかったのか、それともその炎の言霊に触れた少年が、大人になって育児に励む時に思い起こさせたかったのか。
どちらかは、僕には判らないが、良い本の力についてなら、確かにそう思う。

殺人は殺人しか喚ばない。
月並みな意見ではあるが、忘れられた意見でもある。
とあるニュースでアフガニスタン侵攻(侵攻だろ!?)に出ているアメリカ軍軍人が「誤爆によって罪のない一般人に死傷者が出ている事についてどう思うか?」と質問され、「戦争が人間の営みによるものだとすれば、過ちは仕方のない事だし、それは過去の戦争を見ても明らかだ」と答えていた。
言い訳にすら、なってない。
うまい言い訳ですら、ない。
それどころか人間ですらない。
まるで人間の全てが、過ちによって人を殺すと云わんばかりの発言に、僕は同意出来ない。
確かに僕は税金を少しだけ国に納めていて、僕の住んでる国は国を挙げて人殺しをする国に金を援助している。
だから、僕も同罪だし、言えた義理でないのも納得はしてないが承知はしている。
そんな国家が嫌で、現行の政治家が嫌なら僕にも選挙権があるのだから立候補すればいい。
でもまぁ、判ってはいるが、判る訳にはいかないので、解決策は考えてる(笑)
子供(具体的な意味でなく、子孫的な何か?文字に出来ない、ムズかしいぃ〜)の事を考えたら、殺人なんて出来る?
あまつさえ、それを自慢出来る?
殺されたから殺し返しました、じゃ3750年前と同じだよ?
進歩すらしてないじゃん、自分は世界の警察です、なんて云う割には。
で、地球上から総ての異なる意見思想教義を持つ他人を排除するのが目的なのか?
全員アメリカ人か、その属国になれば世界は平和?
傲慢。
むしろ、欺瞞?
ってか、ファシズム!?
気でも触れてるんじゃないかと思う。
私達は良い本です、って言ってるけど、中身は俗悪な本じゃないか?
自分すら見えていない国家をお手本に、再建なんかした日にャ、アフガニスタンも腐るぜ?

と、ここまでいっといてナンだが、勿論テロも反対だ。
所詮は人殺し。
アッラーだって、キリストだって、聖書だって、コーランだって、人を殺して良いとは言わなかったはず。
虐げられた人の気持ちを考えるなら、自爆テロなんて出来ないじゃない?
思い付いた奴は、自爆テロなんてしないだろうし。
他人の痛みが判らない人は、やっぱアメリカと同じ。
そんな人がアッラーの名を語るのも、歴史を愚弄してるとしか思えないね。
同じくアメリカなら正義の許にってのもだ。
本来の言葉の持つ意味の、高潔な意思と清潔さを愚弄してる。
人間の歴史における英知の数々を、下らない理由で愚弄すると、そいつの底の浅さが露呈するね。
より良い未来なら、どんな思想の人でも求めてるでしょ?
3750年も経ったんだし、そろそろソッチの方向で、話を進めたいね。

で、それにはアメリカの思想が合わないと思うの。
何か余程の事がない限り。
だから嫌い。
殺したくない程度に。

「それは君が、殺したい程他人に危害を加えられていないからだよ。そんな人間に判る筈がない」って言われたら、「自分は恵まれているからね」と平然として言い返すね。
でも嫌味で言ってる訳じゃない。
生まれを呪う程詰まらない事はないし、他人に危害を加える事程下らない事はないよ?
僕はそう思えるから。
そういう環境に居るから。
人と僕が確実に違うと判ってるから。
その人には、その人にしか判らない幸せがあるであろう事を、羨ましくすら思うから。


ついでだから、少し。
九月十一日に、
あの永世中立国であるはずのスイスが、国連に加盟するそうである。
市民投票で52%だか56%の支持を得たとか。
とある市民は「良いタイミングで加盟できた」等とニュースのインタビュアーに答えていた。
どこが、良いタイミングなんだ?
こんな腐った国を捨てて老後はスイスでマッタリ、なんていう僕の解決策ってヤツは、そんな彼等の選択によって、もろくも崩れ去った訳だ。


今日の一冊
>風の帰る場所
2002年09月13日 02時15分21秒

追悼1
あれから一年だそうで。

どこかで書いたが、僕はアメリカが嫌いだ。
というか、人殺しが嫌いだ。
自分の遺伝子の中にも、人殺しであった先祖の遺伝要素が入っているかと思うと、ゾッとする。

紀元前1750年頃。
今から、3750年前位の時期に、ある法律がとある王によって制定された。
「正義を国土に現わす為」と序文に書き記し、その内容は判事の自由裁量を活かす為に、具体的な決疑法形式という形で膨大な量の判例が記されていると云う。
王はそういった法を支配地域全土に発布したそうである。
日本では、ハート形の土偶が作られていたその時代に、『もし人が、他人の息子の目を潰したなら、その人の目を潰すべし(196条)』と楔文字で書かれた282条の法典こそ、『ハムラビ法典』である。

約3750年前の正義。
その3750年後の正義。

相手殺して、はい平和。

それが果たして正義と言えるのか?

某作家の○ーマニズム戦争論というマンガの中で、「僕らの先祖は人種差別主義者と戦ったんだ!誇りに思おう!」と書いてあったんだが、それじゃやっぱり人殺しの仲間じゃないか!?
人種差別主義者だって、人間だろ!?
どうなんだよ!?と思う。

自分が年老いて行き、いつかその孫を自らの血まみれの手の内に招き入れ、「オジイチャン(オバァチャン)はね、君達の生まれてくる世界をより住み易い環境にすべく、異教徒や異国人等、意見の相容れない人種達を殺しまくってきたんだよ?」と、自慢でもするのか?
子供にしてみれば、迷惑な話である。
だって自分達の所為で戦争が起こり、結果何人もの人間が死んで行く。
戦争が起きても、アメリカは軍事的特需が有るからまだ良い。
無い国は大変だ。
只の損失以上を被る。

長い、上に、僕が眠い。
この続きは、明日起きたらやる。
絶対だ!!

今日の一冊
>なし
2002年09月12日 04時13分30秒

眠い
いっぱい書きたい事あるけど眠いし。
ネットつまんないし。


(笑)
お休みなさい。
僕は寝ます。
明日は、朝八時起きです。


今日の一冊
>無いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜す!
2002年09月11日 00時38分00秒

四方山噺
難しい話はおいといて
リニュウアルを考えてます。
嘘です。
ハハ。
いや、ちょっとは考えてますよ?

じゃぁ、ここいらで、最近気になった単語でも。

ブラウザ>草を食べる牛の様子、本屋でブラブラ本を物色する。
リンクフリー>連結(輪)は入っていません。
バナー広告>旗(見出し)広告
ホームページ>生家(故郷)の書物(紙面)

英語って、解らねぇ。

今日の一冊
>フーコーの振り子
>アクチブの脚本(未完か?) 岩倉智巳
2002年09月09日 08時44分28秒


私のホームページへ | Bookend-Christieのページへ | メイン | 今すぐ登録
ロールプレイングゲームの行く先
ロールプレイングゲームというジャンルの遊びがあって、その名前はかなりの知名度をもって、社会に認知されてきている。
RPGはフィクションの中でも発表された時期も遅く、遊技としてもそれほど古いモノでは無い。
コンピューターにせよ、テーブルトークにせよ、ここ50年以内のものではないだろうか。

で、先日旧友と話をしてて、「最近のRPGは選択肢が少なすぎる」といった話をした。
実際はコンピューター版のみの話であったが、これはテーブルトーク版にも当てはまる。

富野由悠季と永野護の対談で、「お話の展開を限定されたシュチュエーションのみで進めるのは難しい」といった内容の物があった。
実際はもっと辛辣な内容であったし、もっと濃い内容であった事を明記しておく。

また、大塚英志が定本物語消費論の中で、「物語りは複製される」と云った内容を民俗学に照らし合わせて展開している。
こちらも実際はもっと実証主義的な展開であった事を明記する。

この二つの、制作者が語る『物語に関する感想』とでも云うべき意見は、あくまでも相反さない。
なぜなら、くり返す事で、反芻することで、より深い理解と更なる発展をする事ができるからだ。

佐藤心と云う人が、『サブカルチャー、取り分けオタク系文化の価値は個人的な物だ』といっている。
この『個人』的なとは物は『受け手』のものであり、『作り手』が感じるモノとは少し違う様だが、世間の評価は概ねこう云った物だろう。

つまり、例え古典的な物語展開をしたとしても、その物語に触れる『個人』がその原典を知らなかったとしたら、それどころかその物語からフィードバックした物(感想でも発想でも)を他者と共有しなかったら、それはそこで終わり、次へとは続かない。
最近の作家はそう云った面での現代的な作風に、酷く影響を受けている気がする。

話の根幹に触れよう。
つまり、こういった作家による作品の製作は、複製された作品、例えばクラシック音楽等に代表される再現芸術に似ている。
再現芸術とは、譜面に書かれたメロディーを忠実に再現したり、決まり事の中をはみ出さずに再構築するといったものである。
結果、クラシック音楽はプレイヤーとコンポーザーにその作業過程を分け、似てはいるが違う職種になった。
では物語制作はどうか。
原作者や監督といった立場に別れる事によって、あたかもその役割をこなしている様に見えるが、実際は流行を作る作業に埋もれ、『個人』の立場から離れられない人が多いように思う。
RPGはその際たる例なのだ。
物語の分岐を作り、世界観(この言葉はそもそも歌舞伎用語であったらしい)に不特定多数のユーザーが混乱しない様に纏める。
それが、言わばRPG制作の昨今の基本であり、大多数でもある。

そうして作られた物は、自分で選択する事が出来る分、それは自分『個人』の物語として受け取られ易い。
であるが故に、最初にあった様な感想が出てくるのであろう。
(前々から云われてはいたが、これが実に社会的にアブない内容を含んでいるいるのだが、それはまたいつか)


もしかして、
近代の発明とはいえ、RPGは此処にきて再現の限りを尽くしてしまったのではないか?
物語の再現に向かうのか、それとも選択肢の自由を求めて反物語化するのか。
無論、その中間もあり得る訳だが、昨今のオタク事情から、その選択肢はどうもあり得無さそうではある。
これは僕にとって、今後ともその進展が大変興味深いものだ。

実は僕は、その三つの内のどれでも無いのではないかと、そう感じ初めている。
どんなだかは、ナイショ。


今日の一冊
>フーコーの振り子
>フォトショップ7のアンチョコ本
2002年09月08日 02時38分52秒