運命
運命ってどんなものなのか
見てみたい
本のように書いてあって、死ぬまでのことが詳しく書いてあるんだろうか
例えば今日の晩飯に何を食うか
カレーと牛丼で迷った挙句に牛丼を食べる
そんなことまで書いてあるんだろうか
そして神が―いるとすれば、だが―それを見て楽しんだり
哀れんだり、飲み会のネタにしているんだろうか
それならとてつもない無力感にとらわれるだけだ
どんなに悩んでも 考えても
その結果はすでに予定されていたものだなんて
愁とヤンキースの松井がHR競争をするくらい意味のないもの
結果が明らか過ぎて
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引き返さない
最近恐怖に襲われる
夢が現実に近づくにつれて、怖い気持ちが出てくる
夢は遠くにあれば蜃気楼 綺麗に見えるし、どこかかき消えてしまいそう
それが手が届くほど近づくにつれて実体をもってくる
それは夢に血と肉がついてくるという利点の反面
実体に必ず付いてくる「影」の存在も無視できなくなってくる
友人はそれを「新手のマリッジブルーじゃないか」と揶揄した
その指摘は正しい 結婚が近づくにつれて「自分は本当に結婚するんだ」という実感が
憂鬱をひきおこす 愁の場合は結婚するわけではないけれど
似ている部分は多い
怖いよ とても怖い けれどもやめられない
たった一人で愁が夢を見つけて追いかけて諦めるだけならいい
愁に新しい十字架が一個つくだけで、誰も困らない
でもほとんどの場合そうじゃない
愁が夢を見つけるために、追いかけるために、実現するために
たくさんの人に協力してもらった 利用したり踏み台にしたこともある
だからこそ引き返せない
力を借りた人たちは(たとえ口先だけだったとしても)「頑張ってね」と言ってくれた
もう引き返せないのだ
結果がどうであったとしても
自分から後戻りはできない
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力と争い 勝つということ
圧倒的な暴力で誰かを傷つけたい気持ちが湧き上がったとする
腕力や言葉の暴力で おそらく簡単だろう
他人に好かれることは難しいけれど、他人をキレさせる事は
なぜなら人は人を信じにくく、疑いやすいから
そして思いやりのある人ほど、いとも簡単にそれをやってのける
思いやりのある人は、相手のことを考えてるから
それをいつもは+に使ってる −に使ったときは・・・・
性善説とか性悪説とかあるけど どっちにしても人は自分の敵に対しては
冷酷だし、またそうあるべきだと思う
やるときは、徹底的にやる 相手が仕返ししようなんて気も起こらないくらい徹底的に
争いが好きな人なんて少ないと思いたい
だけど争いになったときにへらへらしてるような人間でも困る
ガンジーやマザー・テレサは100人もいらない
争いになったら必ず勝たなければならない
勝たなければ大切なものは守れない
勝たなくてもいいなんて思う争いはしなくていいし、それを避ける術もチャンスもたくさんあったはず
腰抜けといわれても構わない
争いを避けて生きていく
でも。弱いと思われないこと
崖っぷちまで抵抗せずに押し込まれても構わない
でも、崖からおちたらそれまでなのだから、そこから決して後ろに退かない
自分が強いということを、そして他の誰のためでもない
自分のために、争いには必ず勝つということを
自分だけは知っておく必要がある
常に残酷な人間には存在価値がない
必要なときに残酷になれない人間には強さがない
9分の理性で1分の狂気を飼いならす
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ヒトとヒトの距離
通じ合ったと思えば、まったく遠いところまでいってしまう
ヒトとヒトの間にある溝は側溝よりも小さくてアマゾン川より大きいもの
距離とはなんだろうか
物理的距離?これこそ誰も賛成しないだろう
北海道と沖縄に離れている恋人同士は、アパートの隣人よりも遠い存在だが
隣人よりもよっぽど親しく付き合える
精神的距離を多くの人は挙げる
考えてることや価値観が一致すれば「近い」?確かにそうだと思う
似ているヒトと話すとやっぱり親しみがもてると思う
これは「今」の視点から見ればその通りだと思う
+αで「未来」の視点を持ち込むと、ちょっと違うような気がする
先述のものに加えて「視線の先にあるもの」が関わってくるように思う
同じ価値観を持っていても「将来の自分」が同じである可能性は限りなく低い
「将来の自分」が同じということは「仲間でありライバルでもある」ということ
「あいつもがんばっているから俺もがんばろう」という気持ちと
「あいつには負けられない」という気持ち これも大きな「距離」感の要素になると思う
価値観が同じでなくとも「視線の先」が同じなら意外と「いい関係」になれるかも
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