(過去のもの) 

1

 〜愁 功刀に会う〜

 

 螺旋階段に響いていた足音が「カン、カン」という金属的な音から

 「コッ」という音に変わって、愁は最下層についたことを知る。

 

「久しぶりだ こんなところまで降りてきたのは・・・・。

  少し前に来たときとは様変わりしてるけど、まぁ部屋の模様替えレベルかな。

  功刀にしては悪くない。」

 「言ってくれるじゃないか ここの様変わりには少なからずお前も関係してるってのに。

  モノ入れるだけ入れて整理しないから、俺がテキトーに並べ替えてるだけだ。」

 いつの間にか最下層のスポットの中に1人の男が立っている。

「功刀、悪態だけは変わってないんだな。あと突然現れるのもやめろ。」

 「残念 こういう人格に育ったんでね。愁、暇つぶしにここに来たなら少し手伝え。」

 「俺にやらせたらひどいことになって、結局俺が文句言われるから御免だね。」

 「ち、役立たずが。」

 「偽悪家は黙ってろよ。」

 功刀は少し眉を上げ、軽く息をついた。

 「それは違うね。お前は悪自体を否定はしてないが、自分がそれに関わるような度胸はない。

  それを俺に押し付けて、たまに脇から悪のつまみ食いをしてるんだろ。臆病者が。」

 「悪を行なうのに度胸なんか関係ない。何度も言ってるだろ。必要の前に悪はない、

  が、そんな必要自体大方の人間には回ってこないってな」

 「よくもまぁペラペラと舌が回る。」

 「だから俺が普段表に出てる。」

 「ケッ。で、なんか用なのか。」

 「・・・・・忘れた。功刀との挨拶代わりの『悪』論のせいだ。」

 「また俺のせいか。・・・・」

 「今日は思い出せそうにないから帰る。」

 冷たい手すりに手をかけ、愁は今度は上へとつま先を向ける。

「なぁ」

「ん?」

愁の足が止まる。顔だけ方向転換。

「その・・・・螺旋階段の上、俺が言う『表』ってそんなにいいとこか?」

「なんでそんなこと?」

「理由は知らねぇけど、こないだも寝てたらもの凄い雨みてぇなのが降ってきたぜ。

 あれって、お前が『傷ついた』ってことだろ?」

 「ああ、そうかもな。詳しいことは憶えてないけど。」

 「なのに表に帰るのか?」

 「・・・・・・・・じゃ功刀が表に出てみるか。」

 「俺は・・・・まだこの辺りの配置に納得してないから、それが終わったらな。」

 愁の口元に柔らかな歪みが浮かび上がる。

「さっきの言葉そのまま返すよ。」

 「?」

 「『臆病者』」

 「な・・・」

 愁は功刀が次に放つ言葉を聞く前に、1段抜かしで階段を上がっていった。

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 2

 〜Master

 

 所狭しと白煙が立ち昇って、視界はあまりはっきりとしない。

 「ガッ、ゴホッ、ウォホッ、ひどい煙だな。何やってんの?」

 「季節外れの焼き芋でもしようかと思ってたトコだ 一つ食うか?」

 「いらないよ、焼き芋の季節は半年先だよ?季節外れもはなはだしい。」

 「そうか、まぁもともと芋はあんま多くないし、俺の取り分が減らなくてよかった。」

 「あの、人の心象風景で勝手に火とか焚かないでくれます?」

 「燃え移るわけじゃなし。細かい事いうなよ。」

 「ふぅ、最近忙しいよ。ちょい疲れた。」

 功刀はそこら辺にあるごみの中をひっくり返している。

 燃えやすいものを探しているのかもしれない。

 このスペースの管理人は基本的に功刀だった。

 「これは・・・・いるかもしれないからとっとこう。で、忙しいって?

 そりゃお前が断るべきものを断ってないからだろ。」

 「俺だって断ったほうがいいとは思ってる。でも頼られるとついOKしちゃうって言うか・・・」

 「なにニヤケてんだ。そのまま過労死しろボケ・・・・と言いたいが、

 さすがにお前が死んでは俺も生きていけんしな。」

 「利用されてるだけだと思うか?」

 「広義で捉えればな。ただ利用されるだけの価値があるって時点で、それは悪いことじゃないだろ。」

 「俺より頑張ってる奴にお願いされたら断れないじゃん。」

 「出たよ、その低い自己評価。どっちが頑張ってるか決めるとしたらそれはお前じゃなくて、

  第三者の仕事だろうが。」

 「じゃあ逆に、甘やかしてると思うか?」

 ひっくり返す手を止めて、多少眉間にシワがよる。

 「それはちょっと判定できないな。向こうの余力が分からないだろ?

本気でテンパってて依頼したのかもしれないし、少しでも楽したくて依頼したのかもしれない。」

 「俺は甘やかしててもかまわないとは思うんだけど。」

 「それが他人のためにならなくても?」

 「構わないと思うよ。」

 「結局他人事だもんな?恐ろしいまでに利己的だよな、お前。

他人の事考えるフリして、自分のことしか考えてないんだから。

責任果たすだけなんてどこぞの殺し屋ですか?」 

 つきはなすような功刀の口ぶりは、愁をも波立たせる。

「それが悪いって?」

 「んなこと言うつもりはねぇよ。ただ、しっかり隠しとけよ。そういう人間は

  あんまり好かれねぇから・・・・・芋食うか?」

 「食わねぇよ。」

 愁はちろちろと赤い舌を出す炎を見て、「存外綺麗だな」という考えを通過させて

 やっぱり芋1つもらえばよかった、と少し思い、目を閉じた。

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第3場

 〜演出家AYA

 

 「今度はどんな髪型にしようかなぁ。」

 「今考えてるからちょっと待っててよ。」

 「誰がアナタに訊いたよ?こういうときにだけ起きてきやがって。

  功刀もこんな時は寝つきがいいっていうか・・・・。」

 「最近疲れてるみたいだしね。まぁ大変なことはオトコがやるのは当然でしょ。」

 「そういう頭の悪いフェミニズムを、しかも理解ってて使うんだから。」

 中央に机を引きずり出して、何か書き付けているのはAYAである。

 何を描いているのかは分からないが、大方このタイミングで出てくるってことが

ヘアスタイルのデザインでもしてるんだろう。

愁には、ほとんど必要だとは思えない人間だったが、実際はそうではなく

心的対外能力のほとんどをAYAが持っていた。

彼女は面倒くさがりなので、その能力はもっぱら愁や功刀に貸しているだけだったが。

「それを見越してて何も言えないアンタは弱いくせに。」

 「ふぅ、で、今回は納得いくスタイルは描けてんのか。」

 本来描けていたら、机の上にデザイン画がおいているだけで当人が居ないのだから

 描けていない事は明白だった。AYAも反応せずに紙に向かっている。

 「なんでそんなことするのかねぇ。ムカシは雑誌の写真とか使ってたじゃん。それじゃダメなの?」

 「気に入ったのが見つからないし、雑誌には流行の髪形が中心的に載ってるから。」

 「別にブームメイカーになりたいわけじゃなし、大人しく流行りについていけばいいじゃん。」

 「でもいろいろやってみたいのよ。」

 「自分のカラダだし?」

 「そ、やってみて良かったら儲けもの、失敗したら笑いもの。ね?」

 「自己責任ってやつですか。」

 「ちょっと違う気がする・・・。結局、アタシにはよくわからないけど、

  セルフプロデュースって感じ?見せたいように自分を造るっていうか。」

 「何のことだか。美容院の予約は明日なんだから、それまでに決まってねえと

  丸刈りにしちまうよ。」

 「やだぁ、やめてよ。外に出られなくなる。」

 AYAはそういって口角を吊り上げると、また机に向かった。 

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第4場

〜ケセラセラ〜

 

 「ブゥエクショイ!!」

 「そのくしゃみの仕方は・・・・」

 「江戸っ子っぽい?」

 「オッサンくせぇ。つーか江戸っ子じゃないだろって。」

 愁は苦笑して鼻をかむ。功刀は眉をひそめる。人の生活習慣なんか功刀にはどうでもよかったし

 見たくもなかった。愁は愁で、ムカシはどんなくしゃみをしていたかなんて、思い出そうとする。

今と違ったことは分かる。が、曖昧である。

もっとも、そんなことは憶えていてもしょうのないことだが。

「ところでさぁ」

「あいや?」

「ナニ中国人化してんだよ。で、時代劇とかで『義によって助太刀いたす』とか言うじゃん」

「ああ、言うなぁ」

「『義によって』ってことはそれまでの関係の中で何度か助けられたことがあったから、

 今度はお返しで助けますよ、ってこと?」

「さぁ、俺その時代の人間じゃねぇし。」

「まぁもしそうだとして、すると『義によって』るから、感情的には嫌だったこともあるのかなぁ

 などと思ったわけですよ」

「あ〜もう!お前の話は回りくどい!要するにアレだろ、義理と人情の板ばさみってやつが

 気になるんだろ?最初からそう言えよ、ウザイ。」

見事に先回りされている。やはり自分だということか、愁の目線が泳ぐ。

「う、まぁ、そういうことだ。うん。」

「結局都合いいように解釈するのは今もムカシも一緒ってことだ。」

「ん?」

「いいか、『義によって』なんてのは言い訳に過ぎないんだよ。

大体他人の喧嘩に割りこんで来るコトだって充分ルール違反じゃねえか。

人間感情だけで動いてる、とまでは言わないが、都合のいい理屈に過ぎないこともあるだろ。

そこで『義によって』とか言いながら『表面的にはルールの中で行動してる』

ように見せかけてみたりするわけよ。

ルール違反にはルールを守って対抗することが有効だしな。」

「そう、かな。そんなもんかな。」

「また五徳について語ってやろうか?」

「それはまた今度な。結論でないことが分かりきってるのに時間はなかなか使えないさ。」

「安直だね。すぐ答えを求めるあたりが。」

「それについてもまた今度ゆっくりセッキョーしてやるよ。」

「期待せずに待っとくわ。ところでお前・・・・太った?」

「だあっとれ!」

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第5場

    〜そこにある〜

 

 スポットライトの下にいるのは功刀だと思い込んでいた。

 特に自分の身体に関することはしばらく起きていなかったから

 常駐官ともいえる功刀がいるんじゃないかと思い込んでいた。

 

 「あれ、今日こんなトコに来る日じゃないと思ってたんだけど。」

 「そりゃ俺も思ってるよ。今日ここにいる日じゃないと思ってた。

  つーか功刀はどこ行ったのよ?」

 「あ〜なんか心淵に見慣れない人がいたから見てくるって。」

 「マジで?まだここには誰かいるのか?」

 「自分の中の事なのに知らないの?」

 「ここは知ってるところもあるけど、知らないところもたくさんあるんだよ。

  知ってるだろ、『無意識』ってやつさ。」

 「あるかどうか分からないものについて言いたくないよ。

  ないとは言わないけど、あるとも言わない。」

 

 AYAはスポットの中で特にやることもなく

愛用のペンをくるくる回していた。

「そうか。まぁいいや、たまにはお前と話すのも悪くないと思うんだけど。」

「ナンパにしてはヘタクソだね。練習すれば?」

「自分で自分をナンパしてどうする。」

「そりゃそうか。」

「いよいよ状況も動き始めただろ。俺も動かなきゃな。」

「もう動きすぎじゃない?知らないところで何かやるにも限界があるでしょ。」

「ま、それもそうだね。でも、もう引き返せないよね。」

「迷ってるのなら止めたほうがいいと思うよ。迷いながら何かをやるより、

自信を持って誤った道を進むほうが、あとあといいと思うよ。もちろん過ちを柔軟に

修正する態度があればの話だけどね。アンタには無理かなぁ。」

「そうか。でも他人に迷惑をかけるのがなんとなく嫌で・・・」

「それは言い訳。他人をダシにして自分が逃げる道を作っておこうってだけでしょ。

 あんまり気にしすぎても向こうが気を張るよ。生きてく限り皆ワガママだって。」

「特に君はね。」

「あ〜もうたまに起きてたらこれだ。もう寝る。」

「ここに誰もいなくなっちゃうじゃん。」

「そんなこと知らない。アンタがいれば?」

 

AYAはそういうとスポットの外側に行ってしまった。

ぽつんと取り残された愁は、功刀が帰ってくるまでコーヒーでも淹れておこうと

そこここをひっくり返し始めた。