アンの生い立ち



   アンがどうしてグリーンゲーブルス(緑の切妻屋根の家)に住むことになったか。
   まずは、それからお話ししていきましょう。
   アンはグリーンゲーブルスに来るまで、あまり幸せだったとはいえないんです。
   その生い立ちがマリラの心を動かしたともいえます。



   ひとりぼっちになったアン   


   アンが生まれたのはちっちゃな黄色い家でした。アンは、一度もその家をみることはありませんでした。
   でも、彼女はこう想像しています。
   客間の窓にはすいかずらがからんでいるし、前の庭にはライラックが植わっていて
   門をはいったところにはすずらんが咲いていたにちがいないと。
   お父さんもお母さんも中学校の先生でした。これは、彼女がのちに教師となるのに
   少なからず影響していたのかもしれません。

   アンが生まれたとき、手伝いにきていたトマスのおばさんは、とてもやせて小さくて目ばかり大きい
   アンを見てこんなみっともないあかんぼは見たことがないと思ったけれど
   アンのお母さんはとても美しいと思っていたらしい、とアンは伝え聞いている。
   それは、アンにとってうれしいことだった。お母さんが自分にがったりしたとしたら、とても悲しいと
   アンは言っている。3ヶ月後、お母さんは熱病にかかって亡くなった。
   アンがお母さんにしてあげられた、たった1つの親孝行。それがお母さんにアンのことを美しい子どもだと
   喜んでもらえたことだった。
   アンは一度も「お母さん」と呼ぶことができなかった。しかも、お父さんも4日後に
   やはり熱病で死んでしまった。この世に生まれて3ヶ月で、彼女は身よりをなくしてしまったのです。

   だれもアンをひきとろうという人はいなかった。しかたがないので、トマスのおばさんが
   貧乏でその上酒飲みの夫をかかえていたにもかかわらず、ひきとった。
   8才になるまで、トマスのこどもたちの世話を手伝いつつ、いっしょにくらした。
   しかし、トマスが汽車から落ちて死んでしまい、今度はハモンドのおばさんが
   ひきとることになった。ハモンドさんは子どもが8人もいて、しかもふたごが3組だった。
   彼女はその子たちの世話係としてひきとられたのだ。
   2年とちょっとたったところで、ハモンドさんが亡くなり、孤児院へいくことになった。
   グリーンゲーブルスへくるまでの4ヶ月間、アンはそこですごしたのです。



   てちがい   


   アヴォンリーにあるグリーンゲーブルスにはマシュウとマリラの兄妹が住んでいました。
   外部との接触を極力さけ暮らしてきたふたりでしたが、マシュウも60才になり
   体の自由がきかず、心臓の持病にも苦しめられる毎日だったので、手伝いのできるような
   男の子をもらおうということになったのです。

   ある6月のはじめの午後のこと、マシュウは馬車でブライト・リバー駅へ
   向かっていた。5時半の汽車でくる男の子をむかえに。
   しかし、駅についたマシュウを待ち受けていたのは女の子だった。
   年は11才くらい。黄がかかった灰色のみにくい服はひどく短くて窮屈そうだった。
   色あせた茶色の水平帽の下から濃い赤毛が2本のおさげになって
   背中にたれていた。小さい顔は白く、やせている上にそばかすだらけだった。
   口は大きく、おなじように大きな目は、緑色にみえたり灰色にみえたりした。
   やっかいなことがきらいなマシュウは、自分から彼女に声をかける、
   ということをせずにすんだ。女の子のほうから、口をきったからである。

   「あの、グリーンゲーブルスのマシュウ・クスバートさんですか」
   古ぼけた手さげかばんを片手に持って女の子はたちあがり、もう一方の手を
   彼にさしだしてたずねた。
   「お目にかかれて、とてもうれしいわ。もう迎えにきてくださらないのじゃ
   ないかと心配でどうしたのかしらと、いろいろ想像していたところだったのよ。
   もし、今夜いらしてくださらなかったら、線路をおりていって、あのまがり角の
   ところの桜の木にのぼって、一晩くらそうかと思ってたんです。
   あたし、ちっともこわくないし、月の光をあびて一面に白く咲いた桜の花の中で
   眠るなんてすてきでしょうからね。おじさんもそう思わない?
   まるで、大理石の広間にいるみたいだと想像できますもの、そうでしょう?
   それに今夜いらしてくださらなくても、明日の朝はきっと迎えにきてくださると
   思っていたのよ」
   マシュウはこうして目をかがやかせているこどもに、いきちがいがあったとはとてもいえなかった。
   とりあえず、グリーンゲーブルスに連れて帰り、マリラから言ってもらおうと考えた。
   でもそれは、この子をかわいそうと思ったわけではなく、この時点では、ただ単に
   めんどうがきらいなだけだったからにちがいない。



   グリーンゲーブルスへのみちのり   


   アヴォンリーへの道すがら、彼女はずっと話し続けた。もともとのおしゃべりな性格に加え
   新しい生活に対しての夢いっぱいで、話さずにはおれなかったに違いない。
   マシュウは女性が苦手だった。だから、自分でも驚いたのだが、とても愉快な気分になってきた。
   彼女の話はとても楽しかった。
   だから、彼女が突然、黙りこくってしまったことが気になった。
   地元の人が「並木道」と呼んでいる500mほどの道。巨大なりんごの木がぎっしりと
   枝々をさしかわして立ちならんでいた。頭上には香り高い、雪のような花がどこまでも
   つづいていた。そこを通り過ぎてからずっと何も言わなくなったのだ。
   マシュウが心配したように、お腹がすいたからとか、疲れたから黙っていたのではなかった。
   さっき通ってきた場所のことをずっと考えていたのだ。
   きれいでも、美しいでも、言い足りない。胸のあたりがすうっと痛くなるような思い、を
   感じていたのだ。しかも、彼女はそういう気持ちに何度もなったことがあると言う。
   そして、彼女はそこに自分なりの名前をつけた。『歓喜の白路』と。

   丘のいただきを越えると、下のほうに長くうねうねとして川のように見える池があった。
   真ん中あたりに橋がかかっており、下手のはずれには、こはく色の砂丘が帯のように
   よこたわっていて、その向こうに見える紺青の湾との境をなしていた。橋からその砂丘に
   かけて、クロッカスやばらや透き通るような草の緑がこの世のものとは思われぬ影をおとし、
   はなやかなさまざまな色が池の水を染めていた。橋の上手は森になっていて
   池のふちにおい茂っているもみやかえでなどが、ゆれる水面にうっそうとした半透明の
   影をおとしていた。ところどころ野生のすももが岸からのりだしているようすは
   つま先立てて水にうつった自分の姿をながめる白衣の少女を思わせた。
   「バーリーの池」それがみんなか呼んでいるその池の名前だった。バーリーがそこに
   住んでいるからだ。もちろん、彼女はその名前は気にいらず「輝く湖水」という名前をつけた。
   そして、そのバーリーの子ども「ダイアナ」こそ、のちに彼女の大の友人となるその人であった。

   もう1つ丘をのぼると、日が沈んだあとのなごやかな夕あかりの中に、あたり一帯が
   ひと目で見渡せた。西のほうには黒ずんだ教会が、目の下には小さな谷が、むこうの
   ゆるやかな傾斜にはこじんまりした農場が見えた。そして、彼女は左手の道からずっと
   ひっこんだ一軒家を指さした。まわりの森が影をおとし、花ざかりの木々がぼうっと
   白くかすんでいて、その上の空には、大きな水晶にも似た白い星が、道案内のように
   輝いていた。
   「あれよ、そうでしょう?」
   たしかにそれがグリーンゲーブルスだった。彼女はそれを見たとたんあれだと感じたのだった。
   夢見ごこちになっている彼女を見るにつれマシュウは不安になった。
   いっさいが暴露される時が近づきつつあるのだと思うと、自分でも底知れずおそろしかった。
   彼の頭にあるのは、マリラのことでも自分のことでもなく、ただこの子がどんなに失望するかと
   いうことだけだった。こどもの目からあのよろこびに輝く光が消えると思うと
   自分が何かを殺す手伝いでもするようないやな気持ちになった。

   マシュウといっしょに家に入ってきたのが、おさげ髪の女の子だったので
   マリラはびっくりして棒立ちになった。
   しかし、マリラをもっと驚かせたのは、マシュウがアンと言う名前のその女の子を
   家に置きたいと思っていることだった。あの子に魔法にかけられたに違いない、と彼女は
   思った。今までのマシュウだったら、決してそんなことを思うはずがなかった。
   自分がほしがられていた子ではない事を知ったアンは泣き疲れて眠りについた。
  



   グリーンゲーブルスの朝   


   日が高く上ったころに目をさましたアンを待ち受けていたのは、夢のように美しい風景だった。
   家の両側にはりんごと桜の大きな果樹園になっていて、花ざかりだった。花の下の草の中には
   たんぽぽが一面にさいていた。紫色の花をつけたライラックのむせかえるような甘い匂いが
   朝風にのって、下の庭から窓辺にただよってきた。
   アンはマリラがはいってきたのにも気がつかないほど、その美しい景色にみとれていた。

   「たとえこの景色が二度と見られなくても私、グリーンゲーブルスのそばに小川があるということを
   おぼえていたいの。小川がずっと笑い続けながらここへ流れてくるのが聞こえるの。
   小川はとっても愉快なの。冬でも、氷の下を笑いながら流れていくのよ。」

   お昼まで外で遊んでいいと言ったマリラにアンはこう言った。
   「あたし、外へ出る勇気がないの。もし、ここにいられないなら、グリーンゲーブルスを
   好きになったったしょうがないんですもの。好きなものから、ひきはなされるのは
   とってもつらいんですもの。」
   そういいながらも、窓に置いてあるりんごあおいの花に「ポニー」という名前を
   寝室の窓の外にある桜の木に「雪の女王」という名前をつけていた。

   マシュウの言うとおり、おもしろい子ではあるね。私までも、あの子がつぎに何を言うかと
   待ち受けるしまつだもの。わたしにも魔法をかけるつもりだよ。と、マリラは思った。
   しかし、午後になると予定どおり、アンをかえしにいくために馬車ででかけた。
   そして、ホワイト・サンドに住むスペンサー夫人の家へいく道すがら、アンは自分の身の上を
   話すことになった。



   マリラの決心   


   アンの身の上を聞くに連れ、マリラは彼女に対してあわれみを感じていた。
   苦しい、貧しい、愛に飢えた生活を送ってきた彼女は、本当の家ができるのだと思って
   大喜びしていたにちがいないのだ。それを、このまま送りかえしていいのだろうか。
   そんな迷いのなか、ふたりはスペンサー夫人の家についた。
   そしてそこで、手伝いの女の子をさがしているピーター・ブリュエット夫人とでくわした。
   彼女は口やかましくて、人をこき使うと言われていた。
   マリラはそんな人間にアンをわたすのかと思うと、良心がとがめた。
   アンがピーター・ブリュエット夫人を見ておびえている姿をみたマリラは、
   アンを連れて帰ることに決めた。

   こうして、アンはグリーンゲーブルスの一員になることとなった。
   でも、本人はまだそれを知らない・・・。






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