グリーンゲーブルスのアン



   ふとした、てちがいから招かれざる客としてグリーンゲーブルスに訪れたアン。
   アンはこのグリーンゲーブルスがとっても好きになった。
   マシュウもこのアンが好きになった。初めはそのことにひどく驚いていたマリラも
   知らず知らずのうちにアンのことが好きになっていったのです。



   よろこびの涙   


   マリラはアンにしつけをすることが自分に与えられた役割なのだと思うようになった。
   だからマリラはアンにグリンゲーブルスに住んでよいということをすぐには告げなかった。
   翌日の午前中、マリラは仕事をするアンをぬけめなく観察した。仕事の最中に空想にふけりだし
   仕事を忘れてしまうという欠点はあるものの、機敏ですなおで、さとりもはやいということがわかった。
   そして午後、やるべきことをすべて終えたアンにマリラはここへ置いておくことに決めた、
   ということを告げた。
   アンは泣いた。うれしくてたまらず泣いた。これで晴れて、アンはグリーンゲーブルスの住人となった。
   アンはマリラのことをマリラおばさんと呼びたいと言った。でも、それはだめだと言われた。
   おばさんでもなんでもないのだからと。マリラと呼び捨てにしても、尊敬の気持ちをこめて言えば
   少しも失礼にならないと。これがマリラの考え方だった。
   アンはまず腹心の友をほしがった。心の奥底をうちあけられる本当の仲間を。
   いままでは、それがかなうとは思っていなかったけど、いまならかなう気がしていた。
   そして、マリラは近くに住むダイアナがきっといい遊び相手になるだろうと教えた。
   アンはダイアナに会える日を心待ちにした。

   アンは自分の部屋を空想で飾り立てることができた。
   床にはうすもも色のばらをちらした白いビロードのじゅうたんがしいてあって
   窓にはうすもも色の絹のカーテンがかかっている。壁には金や銀のつづれ錦がさがっている。
   家具はマホガニー。ピンクや青や真紅や金色の豪華な絹のクッションにうずまった長椅子。
   あたしは、背が高くて気品があって、白いレースのすそをひきずっているガウンを着ている。
   胸には真珠の十字架をかけ、髪にも真珠をつけている。髪はぬばたまの夜のように黒く
   皮膚は象牙のように青白い。名前はコーディリア・フィッツジェラルド姫・・・。

   それから毎日、アンは目がさめてさえいれば、一分一秒を楽しんですごした。
   遊んでいいと許された30分くらいの間に家のまわりの探検をした。
   ひと筋の小径がりんごの果樹園の下を通っていて細長い森につづいていることを発見した。
   窪地のすばらしい泉は深い澄みきった氷のように冷たい水ですべすべした赤い砂石が
   しきつめられ、まわりにはしゅろのような水しだの茂みがはえていた。
   泉の向こうは小川になっていて丸木橋がかかっていた。
   この橋をわたりおわると木の茂った丘があり、もみやえぞ松がすきまなく立ち並んでいて
   いつもたそがれのようにうす暗かった。そのあたりに咲いている花は、しおらしい無数の
   つりがね草と青白いスター・フラワーだけだった。木々にかけわたしたくもの巣が
   銀の糸のように光り、もみの枝と花々が親しげにささやきかわしているかのように思われた。



   レイチェル・リンド夫人   


   レイチェル・リンド夫人はアヴォンリーで一番の世話焼きであったが、ひどいかぜにかかってしまい
   二週間もたってからようやく、アンを見に来ることができた。
   レイチェル夫人はまちがいがあったことにひどく同情した。
   マリラはアンを返そうと思えば、返せたけど気にいったのでそうしなかったことを説明した。
   レイチェル夫人は感心していない様子だった。「あんたがたは大変な責任をしょいこんだ
   ことになるんですよ。これからさき、どんな子になるかわかったもんじゃない。」
   何も知らずにそこへ帰ってきたアンに、思ったことをずけずけ言うのをじまんにしている
   レイチェル夫人は言った。「この子はおそろしくやせっぽちだし、きりょうがわるいね。
   こんなそばかすって、あるだろうか。おまけに髪の赤いこと、まるでにんじんだ。」
   アンは怒りで顔を真っ赤にしながら叫んだ。「あんたなんか、大きらいだわ。」
   「もしあんたがそんなふうに言われたらどんな気がするの?でぶでぶふとって
   ぶかっこうでたぶん想像力なんかひとっかけもないって言われたらどんな気持ち?」
   アンは泣きながら部屋へあがっていった。
   マリラは何とおわびをしていいかわからない、と言おうとして口をひらいたのだが
   じっさいにでてきたのは自分でも驚くことに「あの子の姿のことを何のかんのと言うのは
   よくないねぇ、レイチェル。」という言葉だった。そして、アンの性質にこんな欠点があると
   知っても、それを悲しむよりは、むしろ自分の責任として恥じた。
   マリラは気持ちのうえでは、もうすっかりアンの母親になっていたのである。
   そして、アンにレイチェル夫人に自分からあやまるというまでは部屋からでてはいけない、という
   罰をあたえた。
   マシュウはアンのことが心配だった。4年も前からあがったことのない2階へこっそり
   様子を見に行った。「どうだな、アンいっそかたをつけて、すましてしまっては?」
   アンはおじさんのためならあやまることもできると言った。マリラのしらないところで
   この密約は成立した。
   アンはおそろしいほどじょうずにレイチェル夫人にあやまった。
   これによって、レイチェル夫人もアンの事を少し気にいるようになった。
   アンはまわりの人みんなに魔法をかけていくのだった。



   ダイアナとの対面   


   オーチャード・スロープに住むダイアナに会う日が、
   アンにとっては待ち遠しくもあり、こわくもあった。
   もしダイアナがあたしを好きにならなかったらどうしよう。あたしの生涯における
   最大の悲劇的な失望となるでしょうよ、彼女は言った。
   そして、マリラの「いくらダイアナがあんたを気にいったって、ダイアナのお母さんが
   気にいらなければだめさ」という言葉に、アンは緊張でふるえた。
   
   バーリー家の庭は木かげが多く、見わたすかぎり花ばかりだった。
   まわりを大きな柳の古木や丈の高いもみにかこまれ、その下に日かげを好む花が
   咲きほこっていた。ばら色のブリーディング・ハーツ、真紅のすばらしく大輪のぼたん
   白くかぐわしい水仙や、やさしいスコッチ・ローズ、ピンクや青や白のおだまきや
   よもぎや、りぼん草や、はっかの茂み、クローバーの花床、つんとすましかえったじゃこうの
   草の上には、燃えるような緋色の花が真っ赤なやりをふるっている、といったぐあいだった。
   こんな重大なおりでなかったら、アンは大いに楽しむことができただろう。
   でも、この日はそれどころではなかった。
   「おお、ダイアナ」やっとのことで、アンは手を組み合わせ、ささやくような声で言った。
   「あのう、あのう、ねぇ、あんた、あたしをすこしばかり好きになれると思って?
   あたしの腹心の友となってくれて?」
   ダイアナは笑いだした。「ええ、なれると思うわ」ありのままに答えた。
   アンとダイアナは友だちの誓いをたてた。アンの幸福の杯はいっぱいになった。
   
   それをさらにマシュウがあふれさせた。
   おずおずとポケットから何か小さな包みをとりだすと、アンにわたした。
   「お前がチョコレート・キャラメルを好きだといったのを聞いてたもんで
   すこしばかり買っていたんだよ」そんなものは、歯にも胃腸にもよくないというマリラに
   「今晩は1つだけにしておくわ、マリラ。それからこれ、半分ダイアナにあげていいでしょう?
   そうしたら、あとの半分は倍もおいしくなるわ。ダイアナにあげるものができたと思うと、うれしいわ」
   とアンは夢中になって言った。
   マリラはアンがけちんぼでないことがうれしかった。まだ、三週間しかたっていないのに
   もうずっと前からいたような気がしていた。アンのいないこの家なんて想像もできなかった。
   自分自身、アンを好きになっていくのをよろこんでみとめていた。






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