<2> 平和な日常
午後一番の授業。斯波は、他の少なからぬ生徒に混じって、机に伏せて目を閉じて
いた。古株で教頭にまでなった国語教師の那見が熱血教師だったのは遙か昔の話。
わざわざ授業への集中度で座席を決め、勢い余ってやる気の無い生徒の席を廊下や
トイレに移動してしまって、当然のごとく教育委員会やPTAに袋叩きに嬲られた
過去を持つ彼の授業は、今となっては只のアンパイ。居眠りし放題漫画読み放題の
教室で、自前の戦記小説を発表したり人生を語るだけが楽しみの那見が、妄想中の
斯波に起こった異変などに気付こうはずもない。
もっとも、机に伏せて鏡の中の光景を反芻していた姿も、背中に何か刺されてから
ぐったりしていた姿も、そう変わるものでは無かったのだが。
その日、授業の終わりにクレヨン画のプリントが回ってきて机に押し込まれても、
ホームルームで担任の白夜が咎めても、斯波は目を覚ます事は無かった。
「保健委員、悪いけど斯波が潰れてるから、また運んどいてネ。
じゃ、今日はおつかれ〜。」
白夜はいつも通り、なげやりにホームルームを締める。しかし、最後に一言。
「そうそう、今度は落としちゃ駄目だからネ。」
言われた保健委員・・・美和は、ただ曖昧な微笑みで応える。そう思うなら担架とか
置けば良いのに、とかいうツッコミは言わない方が作業が楽だ。処理を悩みつつ、
斯波を引きずって教室を出る。前のように適当に階段から蹴落としといて、愛しの
綾ちゃんと一緒に帰るわけにはいかないらしい。名残惜しくも睦木に先に帰るよう
告げ、斯波の袖を掴む。とりあえず保健室に運ばなくてはいけないのだが・・・。
「あれ・・・保健室って、どこだっけ・・・?」
その頃、睦木は教室で美和を待っていた。美和には先に帰って良いと言われたが、
どうも気が進まない。美和の居ない登下校などは全く覚えが無いのだが、別に毎日
一緒に帰ると決めているわけでは無い。たった一つの障害が、睦木の足を教室まで
引き戻した。
「困ったものだ。入学してだいぶ経つのに、帰り道がわからぬとは・・・。」
睦木は、美和を待っていた。