<3> 保健委員
睦木は、美和を待っていた。
窓が紅の光を放ち、教室には睦木ただ一人。端正な顔を紅に染めながら、窓の方を
眺めて物思いにふけっている。好きな時間だが、ここが教室で無ければ、とも思う。
早く帰りたい。前に美和が保健委員の仕事をした時はどう帰ったのか、思い起こす。
今と違う紅の色、錆の匂いのする階段を降りた。隣には・・・美和が居た。駄目だ・・・。
「綾ちゃんは見ちゃ駄目。」
そうだ、美和はこう言った。その時、私の視界に一瞬入ったのは、黒い学生服の足が
変な方向に曲がった奇妙なオブジェ。その後は、美和の細い綺麗な指。目を塞がれて
階段を降りるのは危ないから嫌だと言ったが、結局そのままゆっくり降りていった。
錆の匂い、紅の色。その日、美和が連れていったのは、陽平とかいう・・・日頃私などの
周囲をかぎまわっていたやかましい男だった。その日何故か調子がおかしく、朦朧と
した状態で教室から連れ出され、私は美和を待っていて、すぐに美和が戻ってきて・・・。
・・・嫌な予感がする・・・。しかし、より大きな問題は、私が一人で家に帰れない事だ・・・。
そう、窓際で紅に染まるカレンダーを見るまでも無く、明日からは大型連休が始まる。
美和が戻ってこなければ、私は、腐海に漂流するこの教室で孤立する。補給も無く、
助けも呼べぬこの牢獄で、独り時を刻み、独り朽ちてゆくのだろう。出会って初めて
美和を呪う。次の世で逢うことができれば、まず保健委員など辞めさせてやる・・・。
睦木は、嫌な予感を忘れ去った。
睦木は、美和を待っていた。
一通りの作業を終えた少女は、ベッドで寝息を立てるオブジェに冷たい視線を向けた。
そこで・・・少女は目を見開き、ため息を漏らした。
そこにあったのは、先程のニヤついた不気味な物体では無かった。幼さの残る端正な
顔で静かに寝息を立てているその生物は、神の似姿のようにさえ見えた。処分を待つ
生ゴミであったはずの物が、掌の中の天使に変わったのだ。
少女は軽い興奮を覚え、無機質な作業の流れを止めた。注射器に満たしてあった薄い
シアンの液体を薬瓶に戻し片づけると、鞄の奥底からワイヤーの束を取り出す。硬直
状態から眠りに落ちたという事は、授業中に打ったクスリの効果が切れるのも近い。
少女は、鼻歌も出るほど上機嫌に、手際良く可愛い天使をベッドに縛り付けていった。