<3> お肌の曲がり角
「女を捨てるなら、綾ちゃんのお嫁さんになっちゃおうかな。」
言いながらも、美和は不満そうだ。気に入っているのは、”可愛い綾ちゃん”
なのだから。
しかし睦月は、顔を赤らめて言い返す。
「女を捨てるとかではない!!
・・・ただ舐められないために、男ということにをするだけだ。」
・・・スカート履きたくないだけのくせに・・・。
美和は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。少し思案して、口の端に僅かな
笑みを浮かべ、歩幅を大きくした睦木の側へ駆け寄る。
睦木が振り向いたなら、美和が何か企んでいる時の顔だと警戒もしただろう。
美和はそのまま、男を演るには長すぎる睦木の髪を手に取る。
「あーっ、綾ちゃん髪パサパサ〜。」
美和ちゃん指定シャンプー&リンスできちんと手入れされている綺麗な髪に、
あえて難癖を付ける。
「うむ・・・昨夜は時間が無くてリンスが適当になってしまったかな・・・。」
身だしなみに関しては、美和の言う事が正しい。睦木にはそう刷り込まれて
いるから、素直だ。
「男の子の格好をしていても、お姉様は女の子なんだから、髪の毛とか綺麗に
してないと駄目だからねっ。」
いつもの調子で叱る美和。心の中で舌を出しながら。
「わかった・・・。」
「それと・・・、
もう中学生なんだから、寝る前の化粧水くらいはやらないと駄目よ。」
一気にまくしたてる。プランは既に、出来ているから。
「化粧・・・水って、何だ? 化粧とは粉ではないのか?」
当然、睦木にそんな知識は無い。
「はぁ・・・お姉様、一度徹底的にレクチャーしなきゃ駄目ね。」
有無を言わさない美和。さらに息も付かず続ける。
「今では中学だって、お肌の最初の曲がり角なんだから。気を抜くと
すぐお肌が荒れて、顔がクレーターだらけになっちゃうんだからね!」
ぴたりと睦木の足が止まる。
・・・クレーター・・・宇宙人の核攻撃を喰らったような顔になるというのか・・・
最近の睦木の愛読書は、彩華から借りた『月面最終戦争』だった。
・・・恐ろしい・・・そんな顔は、嫌だ・・・
次第に青ざめる睦木に、美和が追い打ちをかける。
「まあ、お姉様のような心がけでは、お肌の曲がり角もすぐそこかもね。」
・・・まさに中学とは腐海そのものだ。顔にクレーターができるという「お肌の
曲がり角」とは、どのような難所であろうか・・・。
睦木は、想像の中でその顔面に無数の隕石や核攻撃を一手に引き受けていた。
「ど、どうすれば良いのだ! その恐ろしい曲がり角を回避するには・・・。」
・・・カ・ン・ペ・キ☆
美和は満面の笑みを浮かべ、得意げに睦木の怯えた目を見つめる。
「必要なのは、充分な睡眠時間、毎晩寝る前の化粧水と乳液、そしてエステで
マッサージよ!」
子供に諭すように言う美和に、すがりつく睦木。
「二つまではわかった。だが、エステとは何だ、どういうマッサージなのだ。」
美和は意地悪く微笑む。
「エステっていうのは、女の子の美容のためのお店。十万とか百万とかのお金が
いるの。大変ねぇ。」
あくまで投げやりに、美和は捨てられた子犬のような睦木の目から視線を外す。
「じゅうま・・・そんなもの、中学生に払えるわけがなかろう! やはり、庶民は
戦場で危険にさらされるのが世の常なのか・・・。」
絶望する睦木。その想像の中では、顔面最終戦争が盛大に再開している。
「そんなお姉様に特別サービスっ。美和ちゃんオリジナル美容マッサージ!!!
美和ちゃんがエステの替わりやってあげるね。」
顔面最終戦争終結。やはり、最終戦争の終わりには天使が居た。睦木は、一も
二も無く美和にすがる。
「できるのか! それなら美和に、任せる・・・。」
睦木は安堵で全身の力が抜け、美和に身を預けた。この時感じた嫌な予感も、
心地よいぬくもりと最終戦争終結の安堵で、すぐにどこかへ行ってしまった。