「私」が「私」としていたくないとき
とにかく、今があった。
「私」が「私」として存在していた。
刹那、「私」は「私」として存在した。
確かに、ここは日本だった。
今は今だった。夜だった。
此処はアメリカなんかではなくて、
今は過去ではなく未来でもなくて、
ただ 此処に 在るだけだった。
ただ 残酷に ここに在るだけだった。
確かに、そうだろう。
あの子はあの子として、あの子の家にいる。
私は私として、私の家にいる。
いるはずなんだ。
ただ、「いたくない」というだけで。
想いだけが、
ここにはなかった。
「今」は在るのに、「明日」は、
なかったから・・・
だって、
明日には明日になるんでしょう。
昨日が一昨日になって、
今日が昨日になったとき、
明日になるんでしょう。
ただ、想いだけ残して。
死んだって、想いだけは
置き去りでしょう。
だから、死ぬの?
消えないでしょう。
記憶じゃないから。
消えないよ、ブラックホールもない。
宇宙に逝ったら、あるかも?
起きるでしょう。
いつもと同じに。
そう、同じに。
いつもそう、在るだけ。
ここには、在るものが在る。
「私」が「私」として。
「あなた」は「あなた」として。
「今」は「今」として。
時間は過ぎる。
「時間」として。
残酷に。どこまでも。
生まれても。
人は死ぬでしょう。
どこまでも。
触れる。
「明日」を「明日」として見つめて、
触れたがるけれど、
「今日」しか触っていなくて。
在りながら、ないもの探し。
夢でしょう。
全部幻想でしょう。
嘘ばかり。
だから、本当。
だって、在るんだもの。
とにかく、今が在って、
私が在って、ここに在って、
時が在って、全てが在って。
そして、全てが明日に在って。
昨日は消える。
ブラックホールはどこ?
見つけたら、消えてやる。