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―――― 20××年、日本 ―――― 迫り来る運命の日を少年少女達はまだ知らない 人影のない何処かの屋上に1つの影 強い風にさらわれる髪、目を細め町並みを見やる その瞳、全てをも映しだしそうな深い漆黒 やがて現実へと戻す声に顔をあげた 身を翻し、屋上を後にするその時確かに聞いたのだ 懐かしいその声を・・・ 『第一章』 まだ肌寒さを残す春の朝。天気や季節はリアルタイムに変化する。 だが人々の行動には変化が少なく、なんとなく日々を過ごし、なんとなく学業や仕事をこなしていく毎日。 指定されている制服を身につけた“立花美咲”もまた、10分程前・・・そして、学校には一時間以上も早くに正門をくぐった。 校内の最上階である3階、生徒会室とプレートに書かれている一室にメンバーが集まっている。 東京都心部より少し外れた場所に位置する都立誠楠高等学校。 歴史ある建物がゆえに、少子化が問題視されている現在でも余程のことが無い限り廃校になることはまず有り得ない。 当然この学校には寮というものは存在せず、大半の生徒は自宅から通うこととなっている。 必然的に残りの例外である生徒は、親元を離れて一人暮らしをしている。 そんな一部の生徒と親は学校には秘密にしてある事が多い。教師があまりいい顔をしないのだ。 非行に走りやすい年齢の子供を親の目につかない所に置くことは好ましくないと考えるのだろう。 そこまでして誠楠にやってくる理由は、自主性を大切にし色々な場面で積極的な活動が行われることで有名だからである。 学校の方針、教師の考え、施設の作りが矛盾したこの学校は新しい理事長と教師の意見が対立している事を証明している。 むろん生徒の知ったことではなく、生徒達は定められた最低限の規則の中で伸び伸びとした学園生活をおくっていた。 早朝、生徒会室へと集合したのは他でもなく今日が大切な行事の日だからである。 桜舞う4月最初の仕事、入学式である。 そして、これと同時に美咲は学年がひとつ上がり2年生となった。 胸元までのストレートの黒髪を下ろし、膝丈のスカートと紺のハイソックス姿は普通の女生徒そのものである。 一見して真面目で平凡な人物だという様子だが、逆に清潔そうな見た目が周りからは好印象であった。 だが彼女は周りの想像とは大きく違い、人一倍の行動力と発言力を持ち合わせていた。 つまらない毎日に、その積極的な性格を最大限に使える場を見つけたのは誠楠高校に入って間もなくの事。 それまで興味の無かった“生徒会”、普通の生徒達では避けたがる役員に自ら立候補したのである。 努力家であった人柄をよく知る教師や生徒からは勿論反対する人物など出なかった。 生徒達の姿もちらほらと増え、校内も普段通りの冬休み前の賑やかさが戻ってきた。 会場作りは思いのほか順調に進み、予想していた時間よりも早く終わりそうだと分かると休憩時間に入った。 「美咲、どこ行くの?」 委員会の仲間であり、クラスメイトの千佳が不思議そうに声をかけるのを見、どこか楽しそうな笑顔で、内緒という風に口元で人差し指を立ててみせた。 受付の椅子に座り談笑する仲間を横目に、一人校舎の裏のへとやってきた所で足を止める。 そこには何本もの桜の木が咲き誇り、幻想的な風景を作り出していた。 散り始めている花びらは、緩やかな風にながれて地面に華やかさを与える。 いつもは無表情な場所の変化はそれだけのことで十分心弾ませるものでもあった。 人が足を踏み入れることの少ない校舎裏は遠くから声が微かに届くだけで静寂を保つ。地面の花びらも踏まれずに綺麗なまま。 幹にそっと寄りかかるようにして背を預け、美咲は静かに木を見上げていた。 時間を忘れてしまいそうな感覚に腕時計へと視線を落としたところで、 「桜並木にたたずむ少女。絵になるね」 ふいに足元に自分よりも長い影が落ち、男性特有の低い声が耳元に届く。 美咲は密かに心の中で溜息をつくが、できる限りの笑顔で声の持ち主を振り向いた。 「・・・1時間の遅刻ですよ?」 新しく現れた人物は自分よりも頭1つ分も背が高い。自然、見上げる形で告げた美咲の言葉に反省の色を微塵も見せない。 ブレザーのポケットに突っ込んでいた片手を伸ばし、恭しくその指先で美咲の髪に触れた。 「厳しい言葉だな、これでも努力したんだよ。ちょっとした事故があってね」 寂しげな表情を向ける少年。だが少女の方は照れるわけでもなく、どこか軽蔑するような笑顔に変化する。 「目覚し時計が止まったんですか? それともペットが靴でも隠してましたか」 そんな子供騙しのような言い訳は、付き合いの長い彼女には先読みのできるレベル。 ここに他の生徒達がいなくてよかったと思う。見られていたら、間違いなくつまらない噂を流されえていたことだろう。 美咲の態度と発言に髪に触れていた手を放し、両手を上げて降参ポーズを作ると困ったように笑ってみせた。 この少年は1つ年上の先輩であり美咲の幼馴染の一人、“相田 直樹”。 生まれつきである焦げ茶の髪と瞳を持ち、それなりに整った顔と抜群の運動神経と成績。 さらに生徒会の会長となれば、女生徒が騒ぐというのはお分かりいただけるだろうか。 「・・・電池だ。ところで、名前で呼んで欲しいと言ったはずだけど?」 つまりは目覚し時計だと言いたいのだろう。完璧な人間ではあったが、その性格は少々難ありであった。 「私は特に校内では名前で呼ばれたくないと言ったはずです。ふざけたこと言ってないで仕事しますよ」 呆れたように力無く首を振って答えると、仕事を再開するため体を起こして新入生の受付場へと向かう。 後ろ姿を見送りながらも幹へと肘をつき苦笑いする直樹。そして怒られる前にと自ら準備に加わる。 「目覚まし増やすか・・・」 朝の弱い彼のそんな呟きを聞いた者がいるかどうかは定かではない。 |