俺史


9月25日

ヤッホ〜♪よ-すけだよ〜♪
俺史、小学生編始めるよ〜♪

そこ、キモいとか言うな。

何でいつもとテンションが違うかと言うと、俺、かなり悲惨な小学校生活を送ってきたのよ。

だから無理矢理にでもテンション上げなきゃやってけないワケ。

じゃあ、今回はみなさんに俺がいかに悲惨な生活を送っていたか、順を追って説明しようか!?

ほな、いくで〜!!

1年生・入学後、2週間で「近藤菌」というあだ名を頂く。
この日以降、殴られる、蹴られる、無視される、物を隠される、廊下を歩いているだけで周りが俺を避けるといった行為が日常茶飯事になる。
2年生・隣のクラスの女子に往復ビンタ喰らう。
3年生・イジメっ子の大将に長縄とびをムチ代わりにしてシバかれる。
おそらく、これがきっかけでMになったんだと思う。

4年生・一時イジメが沈静化。これについてはまた後日ゆっくり書きたいと思います。

5年生、その1・担任の結婚式用にみんなで肩を組んで歌を歌うこととなったが、俺の隣の魔人ブゥみたいな女が急に泣き出す。その2・イジメが発覚。学級会で3回俺のイジメ問題について討論。その3・親にもイジメが発覚。お袋が学校に単身乗り込む。

コレ、全部事実やからね。

とりあえず・・・

自殺しなかった自分にカンパイ!!

〜次回、小学校編part2〜

10月3日

こんにちは。前回、俺のイジメ体験談を書いたところ、とある人から「俺もイジメられてたけど、あれほどひどくはなかった」という内容のメールをもらったよ-すけです。

今回からしばらく、学年ごとの思い出を語っていきたいと思います。

まずは1年生。

6歳のよ-すけは恋をしてました。

戻るボタン押そうとしない!最後まで聞く!

恋と言っても俺の一方的な片思いだったんだけど。

その子は学年のマドンナ的存在のかわいい子でした。

俺はなんとかして彼女と仲良くなりたいと考えていました。

しかし

かたや学年のマドンナ。かたやイジメられっ子の内気な少年。

仲良くなるのは生身の人間が菊花賞取ることより無理なことだと気付くのに、そう時間はかかりませんでした。

そして俺は塾(公○式)に通って勉学に励み、彼女のことを忘れようとしてました。

ある日の夕暮れ。俺が塾から帰っていると、帰り道にある公園に女の子の姿が。

愛しのMY HONEYぢゃないか♪

俺は彼女を忘れようとしていた気持ちを完全に忘れ、その子に声をかけました。そしたら以外にもその子はニコッと笑い返してくれたんですよ!!

俺・「な、何してるの?」

MY HONEY・「ちょっと遊びに。よ-すけ君は?」

俺「塾の帰り」

MY HONEY・「ふ〜ん」

俺・「ちょ、ちょっと遊ぼうか?」

MY HONEY・「うん。ほなシーソー乗ろ」

もう最高の気分でした。まさか自分が好きな子と一緒にシーソー乗れるとは!

で、しばらくその子とシーソーに乗ってギッコンバッタンやってたんですよ。ま、最初は俺もその子の顔しか見てなかったよ。「ああ〜、かわいいなぁ」とか思いながら。で、何気なく視線を下にやったんですよ。そしたら・・・

スカートがめくれてぱんちゅがチラリ。

今でもはっきり覚えてます。白地に黒の水玉でした。ついでにその後その子のぱんちゅしか見てなかったことや遊んだ後しばらく前かがみだったことも鮮明に覚えてます。

その後、彼女とは何もなかったのですが、俺は女の子に恋心ではなく下心を抱くようになったのでした。

〜次回、俺史2年生編〜


10月8日

小学2年生の俺は、プロレスを初観戦しました。

その頃はプロレスなんか全く興味なく、ただ知り合いの兄ちゃんに誘われたから一緒に行っただけでした。

会場の前に貼ってあったポスターには、サーベルを持ってターバンを巻いた凶悪そうな外人と、金髪でこれまた凶悪そうな日本人の写真が。それぞれ名前はタイガー・ジェット・シンと上田馬之助。

思いっきり嫌な予感がしたんで、兄ちゃんに聞いてみました。

俺・「なぁ、この2人って・・・」

兄ちゃん・「こいつらは悪い奴ら。このタイガー・ジェット・シンって奴は火ィ吹くんぞ。」

火ィ吹く!?

それだけで俺は完全にビビってしまいました。

そして、いざ会場へ!!

・・・あの〜

奴らの控え室から怒鳴り声が聞こえるんですけど・・・

俺が不安になっているうちに試合開始。

奴らのせいで。

あっと言う間にセミファイナルまで終わったのですが、内容はほとんど覚えてません。

「奴ら」とは言うまでもなくタイガー・ジェット・シン&上田馬之助のこと。

この2人対日本人2人のタッグマッチがメインイベントだったんですが、もうメチャクチャ。

場外乱闘なんて序の口。会場の体育館の壁に相手をぶつける、イスで殴る、マイクのコードで相手の首を絞め、相手の「アーッ!アーッ!」という悲鳴をマイクで体育館中に響かせると、悪行三昧。

しかもそれを満面の笑顔でやるんです。

確かに怖さもあったんですが、それ以上に

やられてる人が俺とかぶって見えて、とにかくかわいそうでした。

試合が終わった時の俺の気持ちは「怖かったけどまた観てみたい」でした。

それから11年間、ずーっとプロレスファンです。たぶん、これからもずっと。

ヤラセ?何の事かなぁ?

〜次回、3年生編〜


11月6日

おひさひぶりのよ-すけです。
なぜここまで更新が遅れたかというと、実は俺、この10月26日までアメリカの大学にいたんです。
今は日本に一時帰国中でして、12月9日にはまたアメリカに帰る予定です。
そんな訳で毎日ノンビリしてたんですが、その生活にも飽きてきたし、姉妹サイトのたらこ屋のふみ君も更新を再開されたので、俺も今日から更新することにしました。(P.S ふみ君、大学合格おめでとうございます。)
アメリカに行った理由は後々このHPで語りたいと思います。
それでは、俺史(小学校3年制編)をお楽しみください。
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俺にとって小学3年生の一年間は、激動の1年でした。
先生が2回も変わったんです。
その中でも特に2人目の先生(女性)がキョ〜レツな先生でしたんで、書いておきたいと思います。
この先生、とんでもないスパルタ教育主義者だったんですよ。
今から10年前は体罰がある程度認められていたのですが、この先生のそれは、明らかに常識を逸していました。
口ではなく頭を叩いて注意するのなら俺もわかりますよ。だってそうされてもしょうがないような事を生徒がしてるんですから。
でもね・・・
でも
給食の時間に一言も喋るなってのはおかしいんじゃないかい!?
隣のクラスからは楽しそうな笑い声。しかし俺達のクラスは・・・
アルミ製の食器とスプーンが擦れあう「カシャカシャ」という音が空しく響き渡るのみ。
それでも俺らは毎日健気に過ごしていました。
そんな中、ある事件が起こったのです!
クラスのガキ大将が授業に遅刻。それに怒った先生は
ガキ大将を蹴りながらクラスを1周。
この事件は「サッカーボール事件」として、今も語り継がれているという・・・。
この事件から2週間後、先生は急に学校からいなくなりました。
教頭先生曰く、「お父さんの仕事の都合で・・・」とのことでしたが、PTAに辞めされられたのは明白でした。
みんなアカデミー賞受賞できるくらいの悲しみの演技をしながら話を聞いてましたとさ。
〜次回、4年生編〜