夢 「言葉にすれば 消えてしまいそうな 夢というゴールに・・・」 好きな歌の歌詞の一部です。 夢って、どうしてこんなにも頼りないんだろう。 「ほんとに叶うかな。。。」 少しでも疑えば、霧が晴れていくみたいに、 すーっと消えていってしまうような気持ちになる。 ん? 夢って・・・霧なのかな。 私は現実ではなくて、自分で創り出した霧の中に、夢を見てる? そうじゃないでしょ。 夢は、現実にしていくものでしょ。 今はまだ霧のように掴めなくても、 いつか、綿飴みたいに、絶対つかみ取ってみせるんだ!! 私は、自分自身の夢を、信じてあげなくちゃ。
欲求不満** 上の弟は今日ハリー映画を見に行きました・・・。 私も見たい・・・。 下の弟は、ポケモンルビーを買ってきました。 私もプレイしたい・・・。 (ちなみにサファイアを予約したけどまだ受け取りに行ってません。)
大切にするものは・・・。 私はですね、「愛情のこもった物」は、大切にする主義なんです。 友達が自分のお小遣いからわざわざ買ってくれたお土産とか、 お母さんが旅行の時に買ってくれたキーホルダーとか、 おばあちゃんが、もう使う人がいなくなったからと布団をくれたりとか・・。 お土産って、あんまり使い道がないんだけれど、 友達からもらったものは別。 何が何でも何かに取り付けて実用させる。 お母さんの買ってくれたキーホルダーは、 使っていたらヒモの部分が切れてしまったけれど、 なんだかそのまま使わなくなるのは可哀相で、 付いていた鈴だけ外して名札に付ける安全ピンに挟んだり。 布団はもう十分間にあっていたけれど、 今使っているのとおばあちゃんのを入れ替えて 早速寝るときに使ったり・・・。 と、こんな信念を持っていることに気づきました。
ひさぶり!朋よ!! 今日はとっても楽しかった。 この地区の演劇部のある学校が参加する講習会があったのです。 講師の方をお招きして、いろいろゲーム感覚で楽しく講習を受けました。 演劇部って、こう、スキンシップが大げさと言うか、 すごくお互いを信じ合っていて、例えば突然抱きついたりとか、 そういう日常なら「え〜!? いきなりなにするのよ!」って事が 演劇部の集まりなら、驚くというより当然の事のようになるんですね。 他校に、2人、私と同じように、ポケモン好きの友達がいるんです。 もうすっごく親しくて、私ら、幼稚園から一緒で〜す、 ぐらいの勢いで騒いでいて。 上記のように、抱きついたり(これ、女同士の友情表現ですよ。)、 楽しくおしゃべりしたり、もうほんと、最後に会ったのが8月だから、 3ヶ月ぶり!? せつないな〜!! とか、はしゃいだりして。 私のテンションも、異常に高かったのもあるのですが、 こういう大げさなスキンシップは、私にはここしばらく無かったことでした。 だから、余計に嬉しくて。 そういうことがし合える彼女らがいることが嬉しくて。 いやあ、楽しかったなあ。 久しぶりに会ったから、嬉しさも倍増だ!
今の状況 井の中の蛙って言葉、ありますよね。 もうずぅっと前から意味は知っていたんですよ。 自分はカエルだ、って、思えたらそりゃあ謙虚で、 どうにか改善しようじゃないか、って思えると思うんですよ。 でも、自分はそう思えたらなぁ、という程度で。 まさか自分がカエルだとは。やっぱり認めてなくて。 小学校、中学校と、勉強の成績は良かった方でした。 通った学校は、どちらかと言えば田舎の方で、 アットホームな暖かさがあって。大好きなんですけれど。 高校は、少し遠い所で。 いろんな所から生徒が集まってきて。 中にはすごい人もたくさんいて。 自分が、彼らと同じ学校にいることで、 彼らの成績の良さを、そのまま自分に張り付けて、そして 自分を納得させていました。 あー。別に人間、学校の成績の良さだけで 善し悪しが決まるわけじゃないですよね。 社会に出たとき、いかに自分を貢献できるか、だと思います。私はね。 もちろん、その人その人の人生を、充実させるのも良いと思います。 そこの所、私は思っています。学校が全てじゃないと。 でも、やっぱり、返ってくる成績は、私が残した結果であって。 それは彼らのじゃなくて。私だけのもので。 このままじゃどこにも進学できないのではないだろうか、と 不安が心の片隅にうずくまっています。
Happy Birthday to My Brother ! 今日は弟の誕生日でした。 お母さんはバースデーケーキを買ってきました。 丸いケーキの真ん中に、板チョコに名前が平仮名で入っていました。 ろうそくもちゃんと16本付いていました。(立てなかったケド。) チョコは本人に、そしてケーキは6等分して家族に一人1つ。 お皿のそばにフォークが無かったので自分で食器棚から取ってきて 「いっただっきまぁーすv」 と食べようとしたら、すかさず弟にフォークを奪われてしまいました。 「ありがと。」とお礼の言葉も付けて。 ぐぬぅ・・・ま、今日は我慢してやるか。 気を取り直してもう一度取りに行って戻ってくると、 弟は自分のケーキの上にポッキーを3本刺していました。 小さなケーキに細長いポッキーがなんだか不格好だったので 思わず吹き出してしまいました。(にらまれました。) 後になってろうそくのつもりだったのだろうか、と思ったけれど、 少なくともその時の私には線香のように見えました。(ごめんね。) 弟は板チョコをひとかじりしたら「いらない」と言って、私にくれました。 私は残りをおいしくいただきました。 お母さんはあと1つ、弟のために郵便貯金の通帳を作ってきました。 郵貯の通帳を作るには、きっちり本人の身分証明をする物が必要です。 しかしお母さんは弟の保険証を持っていませんでした。 そこでわざわざ住民票を取り寄せて作りました。 「そこまでしなくても・・」とお父さんは言いましたが、 「今日、作ることに意味があるのよ!」とお母さんは言い張りました。 毎日態度の悪い弟だけれど、やっぱり愛されてるじゃん、とか思いました。 この両親の言い合いを聞いていた弟は、 いつもと比べて大人しかったように思います。 この大人しさがもう今日からずっと続けばいいのになぁ・・と思いました。
おやすみ。ありがとう。(仔猫の看病日記3) 食事を自分で取ろうともしないのが2日続いた。 ミルクを、朝の学校へ行く前と夜に帰って来てから与えていたけれど、 もうそれをする必要がなくなった。 土曜の早朝、彼女は息をひきとったから。 仔猫は私の寝る所の側にいたのだけれど、 私はその日は、物音で目が覚めた。 ハッとして仔猫が寝ていた座布団を見ると、 仔猫が狂ったように立ち上がって、 フラフラと、どこかへ行こうとしている所だった。 後ろ足は、ずっと寝ていたためか、すでに麻痺していて関節が固まっている。 それでも懸命に立ち、それまでぐったりしていたのが嘘のように、 何かに取り憑かれたように歩き出す。 でも、真っ直ぐ歩けるはずもなく、すぐに、ドタッと転ぶ。 私はその音で目が覚めたのだ。 恐くなって、その子を抱くと、 せっかくこれだけ歩いたけれども、元の座布団の上に戻してやる。 もう目は私を見ていない。 瞬きもしていない。 荒く呼吸をしている。 時々苦しそうに、前足をもがいている。 私が目が覚めてから、40分くらいして、仔猫は深い眠りについた。 よくがんばったね。 仔猫の姿を見ていたら、言わずにはいられなかった。 でも、彼女は頑張ったけれど、 私はそんな彼女のためになることをしただろうか、と自信がなくなってくる。 最期、逝くときに、彼女は幸せな気持ちが少しでもあっただろうか。 あったらいいな。 そうあってほしい。
仔猫の看病日記2 学校帰りに、自宅から電話があった。 「なんじゃい。」と受けてみれば、弟からの、 「仔猫が死にそうだ」という連絡だった。 あわてて症状を聞いた。 もう既に声も出ず、身体は冷え切っているという。 「温めて。灯油ストーブは空気が悪いから使わずに、 2階にある電気のヒーターのやつで。 タオルにくるんで、あんたが温めて。」 そのあと、すぐに家に着いた。 玄関先で、弟は、学ランを着たまま、 タオルにくるんだ仔猫を抱いていた。 ぐったりしている。 微かに上下するお腹を見なければ、 死んでいるのだろうか、と思われるほどだ。 身体をそっと触ってみる。 やだ。冷たい。そして・・・硬い。 昨日は高熱で辛そうだったのに。どうして。 それからずうっと、仔猫をヒーターにあて続けている。 (私が弟にヒーターのことを指示したのは、過去の経験があったからだ。 数年前の冬、うちで飼っていたハムスターが、寒さのためか、 硬く、冷たくなって丸まっていたのだ。 まるで死後硬直をしているかのようだった。 でも、呼吸をしていた。 きっと寒いのだろう、と思い、 幼い私たちは姉弟交代で、手で包んで、ストーブであたためた。 その後、すっかりあたたまったハムスターは、 それまで石のようだったのが嘘のように、それから元気に生き続けた。 この経験がなければ、今の私は冷たくなった動物を ストーブやヒーターであたためようなどとは思わなかっただろう。) つきっきりで様子を看た。 どうやらヒーターの効果はあったらしい。 当たっていない、お腹の部分や脇が、自分の熱でほのかに温かくなってきた。 良かった。とりあえず、寒さは克服した。 さぁ、次は食事の問題だ。
仔猫の看病日記 仔猫が3匹、うちにはいました。 豆のようにころころしていて、ちっこくて、可愛い奴らでした。 日毎に減っていきました。 たぶん、どこかの猫好きさんに拾われたのだろう、と 家族で勝手に解釈しています。 3匹目がとうとういなくなったころ。 親猫が寂しそうだね、とみんなで話していたころ。 ボロボロになって、最後に出ていった仔猫がまた帰ってきました。 お腹はベコベコ。呼吸のたびに、ゴポゴポ言う。 うんともすんとも、ミーとも声が出せない。 何も食べない。何も飲まない。 ただ、強い風の中、日光のあたる温かい所を探し回っては、 じっと、小さくうずくまっている。 助かるのだろうか。 いやな考えがうかぶ。 もうすでに瀕死の状態だ。 きっと、どこかの猫嫌いさんの作った 毒団子でも食べたのだろう、と思われる。(あるいは別の毒物。) でも私は、この子に死んでほしくなかった。 この子がいなくなったら、もううちには仔猫がいないのだ。 どうして、今までの子たちの時に、 これほどみんなを心配してやれなかったのか。 今になって、そんな自分に嫌気がする。 看病してやった。 最近は冷えるので、夜は家の中に入れておく。 何も食べようとしないので、せめて水分だけでもと ミルクをティッシュに含ませて、口に注いでやる。 翌朝。 私は恐々とダンボールの中をのぞいた。 ガサッと動く気配がした。 そして、顔を上げて、私を見るのを確認した。 ほっ。良かった。生きている。助かった。死んでない。 驚いたのは、その時、仔猫がピョンとダンボール箱から飛び出して、 側に置いておいたキャットフードを食べたことだ。 なんと。 ここまで回復したとは。 とは言っても、相変わらずの小食気味。 水分も、自分から取ろうともしない。 おかげで皮は骨にベッタリくっついてしまっている。 (普通猫は、首根っこをつまんでやっても、たるんだ皮膚は 自然と元に戻る。でも、この子は首の皮を持つことすらままならない。) 熱も高いままだ。 動かず、かすかに震えながら丸まっているのはそのためか。 寒気がするのだろう。 どうしよう。私は、熱を下げる術は知らない。
そいやハリーをまだ読んでない・・。 「Big Fat Cat and The MUSTARD PIE」を読みました。 一日1ページくらいのペースで、声に出して読みました。 簡単な英文ばかり(もちろん、長めの文があったりしますが)なので 苦痛ではないですし、何度だって読めます。 主人公のEdやBig Fat Catも可愛くて良いやつらです。 もちろん、物語としても楽しい本です。 最後の方は、Edの災難ではらはら&しんみりしちゃいます。 いたずらばかりで無愛想なCatも、 にゃぁと鳴けばかわいくなるから不思議です。