哲学日記 03年7,8,9,11月分



2003/11/02
ごあいさつ

段々と行きと帰りの自転車通学が辛くなってきた今日この頃。
高い空は綺麗で大好きだけれど、
顔を刺すような冷たい空気は好きじゃないなぁ。

11月になりました。
今まで散々アニメや漫画を見てきた私ですが、
段々と”受験”のための心意気?が芽生えてきました。

簡単に言えば、「更新はしばらくお休みします」ですね!

3月末まで、日記もお休みするかと思います。
4月になったら再開したいです。
大学生になるか浪人生になるかまだ分かりませんが、
どちらになっても取り敢えず何らかの更新作業をすると思います。

継続するか閉鎖するかはその時に。
でもネット作業は好きなので、閉鎖するのはやむを得ない時くらいかな。
(学生寮にネット環境がない、とかねぇ。)

ではでは、
あ。先に言っておこ。

メリー・クリスマス! あけましておめでとう!!

季節はずれ甚だしいね、私。


2003/09/20
空は1つなのに

友達の誕生日プレゼントを探すため、ジャスコ(ベイシティ)へ行きました。
その中の専門店を歩き回って、小さな「アジア雑貨専門店」を見つけました。

木や石や不思議な模様の布が、所狭しと並んでいる。
あぁ、雑貨屋さんって可愛くて大好きだけれど、
アジア雑貨はその中でも特にそそられる。

という私。実はこれが初めての「アジア雑貨屋訪問」だったりする。

ここ最近、アジアにどんどん興味が行くようになった。
全然成績が思わしくない世界史の授業でも、
アジアの話になると、ちょっとだけ、ワクワクしてくる。
ほんとに、つい最近にそうなっただけだけど。

最近の授業で、ゴーガンという19世紀のフランス人画家が登場した。
彼はタヒチという島(フランスの保護領)で、晩年を過ごす。
資料集によると、彼は”「未開社会」の華やいだ生き生きとした雰囲気を
描くことにより、腐敗・堕落した当時の「文明社会」を批判した”そうだ。

彼が島に残って絵を描き続けた気持ちが、分かる気がする。
私も彼と同じように、「未開社会」に憧れている。


メーテレのドキュメンタリーで、仲村トオルさんがインカ文明の遺跡を訪ね、
百メートルの崖を降りた先にある謎の仮面の像に近づく、というのがあった。
アマゾンやアンデス山脈など、地元の村や遺跡を訪ねたりもしていた。
もちろん、有名なマチュピチュにも行っていた。

どの土地も、空が大きかった。青かった。高かった。
なんてさわやかな空気なんだろう、と思った。
そこにいる人たちは、常にその空気によって守られているように見えた。
みんな平和に暮らしていた。

別に私は、今住んでいる所がとっても空気が汚いとか、
空が狭いなどという不満は持っていないけれど、
360度見渡すことのできる、あの青い空が羨ましいかも。

(今回仲村さんが訪問したのは南アメリカであり、
冒頭に言ったアジアとは違ったものだけれど、
でも、「未開社会」のような、同じような雰囲気はあると思う。)


村人たちを見ていると、あぁ、人間も、自然の中の生き物なんだよな、と
確認させてくれる気がする。
「文明」の中の人間は、自然と切り離されている感じがするのだ。
だから、自然に包まれている人間を見ると、私はつい微笑んでしまうのだろう。

かつて大昔、人間だって動物の一種に過ぎなかった。
それが今は、自分たち以外の生物を、−世界を−支配している。
私は先人達が築いてきた技術の上に乗っかって悠々と生きているわけだけれど、
もう少し、後戻りできないだろうか、と思うときがある。

番組の途中のCMで、灰色の世界が突然映った。
それまで緑と青の美しい自然ばかりを見て、それに慣れてしまった目には、
高くそびえるビルの森は、どこか恐怖にも似た居心地の悪さを感じさせた。
これが同じ地球上の景色なのだろうか。

チンパンジーが背広を着て、高層ビルの上の方の階で、
大きなガラス張りの窓から、都会を見下ろす。そんなCM。
窓の格子がはめ込まれた空は、青いはずなのに青くなかった。

チンパンジーは、窓の外を見る。
彼は、前ばかりを見ている。


2003/09/13
私の信条と好きなモノ

18年以上生きていると、よく、デジャビュを体験する。
「あれ? これって前にも感じた場面だよね。
でも、これが初めてのはずだよね。
それとも、この懐かしさは、
以前にも似たような状況にいたことを意味しているのかな。
それとも、たった数秒前のこの映像が懐かしく感じているのかな・・・。」

簡単に言えば、物忘れが激しくなった、ということ。



18年生きていると、自分が一体どんな人物なのか分かる気がする。
心理変化とか、物事の考え方とか。
何かを聞いたり、体験したりしたときの素直な気持ちを、
直後に検証してたりする。
そうすると、「ああ、自分はこういう考えが根本にあるからこんな風に思うのね」
なんて思ったりする。

1つ例をあげてみよう。
私は、平和主義です。
周りの人とは、自分のできる最大限の努力で
仲良くしたいと思っています。
だから、例え向こうが私を嫌って、目に見えてイヤな態度をとったとしても、
私はその人に対して反抗しようと思ったりしません。
(ある限度を超えればどうなるか分からないけれど。)

それは、ある面から見れば、「本心を言わない、よく分からないヤツ」です。
以前、そう言われた時、私はあることに愕然としました。
「私の”本心”って何だろう?」と。

自分でも気づかなくなってしまうほど、
私は自分の気持ちを押さえ込んでしまうことに慣れてしまった。
他人から見れば「晴美ってわかんないヤツ」かもしれない。
でも、私は今の状態を嫌だと思わない。
だって、周りの人と平和でいられることが私の望むことだから。
そのために自分のしていることを嫌だと全然思わない。





今の季節の雲が、私は胸が苦しいほど愛おしい。
自分でも訳が分からないほど、雲を見ているのが好きだ。

高い空。
それも夏のそれと違って淡い水色。
なのに空気はとても澄んでいて。
真っ平らなようで、永遠の広がりのようで。

白い雲。
それも、手で掴むことができそうな、もこもこふくらんでいるの。
手前と奥の、立体感がはっきりと分かって、それが嬉しくて。

できることなら、溶け込んでいきたい。
そして、ずうっと青と白の世界に生きていたい。


2003/08/22
美容法?

昨日の夜。
顔を洗っていて、私はびっくりした。
自分の顔が、自分のものじゃないような気がしたから。
でもそれは、単なる気持ちの問題じゃなくて、
実際に触っている指先の感触が、明らかに今朝のものとは違ったからだ。

どう「自分のものじゃない」と感じたのかというと、
なんと。
スベスベになっていたのだ! ニキビでボツボツだったはずの顔が!!
(イヤミじゃないよ。ホントだよ。) <なんか自分で言ってて嘘臭い。

原因には思い当たるものがある。
学校祭準備のため、4時間ほど、グラウンドにいたことだ。
日焼けはイヤだから、長袖長ズボンの上下ジャージを着用、手には軍手。
顔から滝のように汗が出るわ出るわ。(背中とかより顔がすごかった。)

多分それのおかげ。
顔の余計な脂(ニキビ)まで汗として流れ出てきたんだろうな。
ちょいと得した気分です。


2003/08/14
世の中のシナリオ

西部警察2003が製作中止になりました。
新聞によれば、「ファンの熱い声援で成り立っているのに、
そのファンを傷つけてしまった。続行は考えられない」と。

「当然だな。」とお父さん。
「今の日本人はそうするのが当たり前なんだ。」とも。
冷たいのねぇ・・・と思っていたら、お父さんはこう続ける。
「しかし、そのあとにはシナリオがあってね。
この後、ファンが『製作を続けてくれ!』と抗議の手紙を出したり、
署名を集めたりして、世論が『作っても良いと』という風になるんだ。」

おぉ・・・なるほど。・・・ん? まてよ。
こういう展開、私は以前にも経験したはず・・・。
あ、そうだ!
ポケモンだ!!!

97年12月16日。(覚えてる私はポケモン熱狂的ファン。)
この日のポケモンを見て、多くの子供が倒れて病院に運ばれた。
原因は青と赤の画面を交互に見せて迫力を出す「パカパカ」という技法。
これが光過敏症という症状を引き起こし、弱い子供が倒れたという。
(数年前にはNHKのアニメでも報告されている。
しかしその時は全国で3人ほどだったため、
今回のように大きく報道されていなかった。)
<これらの情報は、小6だった私が新聞の切り抜きを毎日集めた成果なのだ!
・・・よってどこか間違いもあるかも・・・。>

この次の週からポケモンは放送されなくなった。
私としては、原因が分かったんだから次からそれを使わないだけで良いじゃん、
と不満むき出しだった。
一方で、もう一生ポケモンを見られないかもしれない、という不安もあった。
(事件があってから、レンタルビデオも回収されちゃったし・・・、)

だから、4月から放送が再会されると聞いた時は、とっても嬉しかった。
その間に、ファンがテレビ東京にたくさんの「再会希望」の手紙や署名を
送っていたのは、言うまでもありません。
「ピカチュウは悪くない!」がスローガンだったかなぁ、確か。


もしかしたら、数ヶ月後には西部警察2003が製作再会されるかもね。


2003/08/14
”1;互いに争い憎みあうこと”

自分には、どうも変なクセがある。
「理想の対極にいる人間になろうとする」変なクセ。

自慢臭くて嫌なんだけれど、
小学生の時から、自分は勉強が他人より少しよくできた。
(今は普通くらいだけれど。)
性格面では、まぁ完璧ではないけれど、とりあえずいっぱい誉めてもらえた。

だから、というのだろうか。
私は、時々、どうしようもなく、「ダメな子」になろうとする。
「私にだって、ダメな所はあるんだよ、それを見て欲しい」と、
変な心理が働いてしまう。

別にココロが変な作りをしているだとか、
頭をぶつけたんじゃないだろうかとか、(ぶつけまくってるけどさ。)
私は目立って変なヤツじゃないって自負しているけれど。

「ダメな子を制作中」の私のココロの中は、モヤモヤでいっぱい。
『何をしているの、「私」?
こんなことしたって、結果は自分の望まないものになるだけだよ。』
『でも、こうでもしなきゃ、
「完璧人間」になろうとする気持ちで押しつぶされちゃう。』

葛藤。
そんな言葉がぴったりだ。


2003/08/14
夢の中の硫黄って黄色でした。

最近、布団に入ってもなかなか寝られないようになってしまいました。
なんか居心地が悪くて、寝返りを何度も打って、
そして目は冴えたまま。

このままでは体が持たなくなる! と思い、
昨晩は「タマネギを半分切って、切り口を上にして枕元に置く」
というおばあちゃんの知恵袋にありそうなおまじないを実行!

よく眠れました!!
昨晩は寝付きが良かったです。
枕に頭が沈んでいくみたいにすぐ寝られました。
あたりには少しだけタマネギの臭さが・・・
あの匂いには、人の睡眠作用?を活発化させる物質が含まれているのでしょうか。


ぐっすり眠ったくせに夢ははっきりと見ました。
はぁ、夢は楽しいけれど、一度で良いから「夢を見なかった」と言ってみたい。

そこは演劇の発表会なんですね。
なんとなく懐かしい顔達が演技をしたり、コントをしたり(え?)
で、ラストにはポケモンの着ぐるみショー!(何!?)
その着ぐるみはつなぎのパジャマのようなポケモンの服を演劇部員全員が着る、
というスバラシイものでした・・・。(大満足)

発表会が終われば後かたづけ。
私は何故か友達2人と「箸を洗う」仕事に・・・。
しかしその会場、どこへ行っても壊れた蛇口しかない!!
しまいには蛇口から出る水道水に硫黄が混ざっている、という非道い有様。
えぇ、おもいっきり硫黄の中に手を突っ込んでしまいました、私。
痛くはなかったけれど気持ち悪かった・・・臭いし。


2003/08/10
あったかい夢

夢を見ました。
久々に、奇妙にハッキリと。
(舞台設定は大正くらい。着物を着てる人もいる。
私の年齢は12歳くらい、という感じ。)

夢の中で、私は家を出て、遠いところで暮らすことになりました。
家を出たのはいいですが、どうやら私は途中で道を誤り、
もう取り返しのつかない状態に陥ってしまったようです。
んで、帰ることもできず、ボーゼンとしていたら・・・

目が覚めたら、そこはどこかの孤児院でした。
畳を敷いた部屋に、私と同じくらいの年頃の女の子が大勢いる。
みんなも優しくて、独りぽっちで泣いていた私をなぐさめてくれる。

温かい・・・。
人の心が、私の寂しかった心を温めてくれる・・・。

夢の中なのに、リアルにそれが伝わってくる。
とっても嬉しかった。

夢を見て、あんなに安心できて、心が満たされたことは初めてかもしれない。


2003/07/30
「西の魔女が死んだ」感想と思い

梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」を読みました。

毎度のことながら、私は本には影響されっぱなしですが、
これも例に漏れず、すごくすごく「いいなぁ」と思える本でした。

『中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、
季節が初夏へと移り変わるひと月あまりを、西の魔女のもとで過ごした。
西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、
まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、
何でも自分で決める、ということだった。
喜びも希望も、もちろん幸せも・・・・・・』

まいは自然いっぱいのおばあちゃんの家で生活を始めます。
それがすっごく今の社会と比べると”オールドタイプ”なんですね。
となりのトトロみたいな感じの所です。
あぁそういえば、裸足でシーツをじゃぶじゃぶ踏む、洗濯の場面もあったなぁ。

すごくきれいな所でした。
ふふ、なんだか自分もそこでまいと一緒に過ごしてきた気分になるんですよ。
緑の匂いが漂っているんです。
風も時々感じたり。

自分のことは自分で決める。
私が小学1年生の時、クラス目標にも使われたなぁ、この言葉。
これが魔女の修行のかなめ?
最初、拍子抜けしてしまったけれど、でも段々と、
「本当に大切なことなんだ。」と思えるようになりました。

その出来事から2年経って、
元の生活に戻っても、まいはきちんと魔女修行を続けている。
自分で決めたことは最後までやり通す。
口では簡単。
でも、まいは本当に実行している。
気の合う友達・ショウコちゃんが密かに尊敬しているのもうなずける。

そうだった。
本当に「自分で決めたこと」を最後までやり通すって
大変な精神力・努力がいるんだよな。
思えば自分も中途半端で終わってばかり。
中途半端の塊みたい・・・ってなんだそりゃ。


中学1年生の女の子が主人公ということで、
高校3年の私にはちょっとだけ幼い(というのかなぁ?)物語だったけれど、
共感できることがいっぱいあった。
特に私が惹きつけられたのは、
上に書いた「自然」と「自分で決めたことの実行」の2点です。

今の日本で行うにはちょっと原始的なまいとおばあちゃんの生活。
私はあんなのに憧れている。
自然のものに囲まれて。自然のものと隣り合わせで。
今のヒトは、体を機械でくるんで生きている気がする。
自然と並んでも、隔たりを感じる。そんな遠さがある。

でも、おばあちゃんの家では憧れの生活ができる。
もちろんヒトの行う生理的活動は普通の人と変わらないかもしれないけれど、
可能なだけ自然と近い、というところがすごく羨ましい。
私もあんな生活、将来やってみたいな・・・。

もう1つの方は、受験生としても、まいの魔女修行は大変参考になります。
というか自分は精神力が弱すぎだ!!と認めざるを得ないです。
まいだって、元からそういう素質があって、楽々とやっているわけではないのだから、
自分だってやれるんじゃないか、と少しポジティブになれました。

私には、まだ残り32日ある。
1ヶ月。
44日じゃないけれど、30日以上ある。

ふと、読んでいる途中で、試験会場を想像してみた時がある。
自分が、広い広い大学の講堂で、試験が始まるのを待っている場面だ。
すぐに、私は血の気が引く気がした。
なぜなら、私は合格する自信がこれっぽっちもないからだ。

あんな思い、したくない!!
頭をぶんぶん振り・・・はしなかったけれど、取り敢えず背筋がぞくっとした。
何にもしないで受かるわけないじゃない。
分かってるはずで、分かってない。
(自分、一体どこまで分かってるんだろう・・・。)


ところで、私がここで心を入れ替えて、(それこそごっそりと取り替えて、)
バリバリガリ勉受験生に変身したならば、もしかしたらだけれど、将来、
あこがれの「おばあちゃんの生活」もどきを体験できるかもしれないのです。
それは私がその大学に入って、きちんとそこで勉強をして、
更にその先も頑張れば・・の話ですが。

以前、母が「ニュースに出てくる人のような、偉大な事は、
そう簡単にできるわけない」というような事を言って、
私の語る「夢」をさりげなく否定した事がありましたが、
もちろん、筋の通った言葉だとは思いますが、
やっぱり、ニュースに出てくる人は現実の人であるから、
私が実現することは、100%不可能なわけじゃないんですよ。
そりゃ絶対に出来るとも限らないし、失敗に終わるかもしれないけれど、
でも、この本を読んで、可能性が少し増えた気がします。
絶対無理じゃないんだぞ、って。


2003/07/29
継続することの楽しさと難しさ。

楽しさは、”続けることによって変化していくもの”を見ること・感じること。
難しさは、字の如く”続けること”。

例えば、体調管理の為に毎朝体温を計ること。
折れ線グラフが伸びていくと、なんだか面白い。

例えば、健康の為(ダイエットの為?)毎晩腹筋30回やること。
昨日より楽にできると、「おぉ、筋肉付いた?」なんて思ったり。

例えば、大好きなアニメをビデオに録画していくこと。
レンタルするよりオトク。加えて延々と見返すのはハッピー。

でも、一回も休まないで続けるのは本当に難しい。
例え一瞬でも、気をゆるせば後で悔やむことになる。
(特にビデオ予約を忘れるのは精神的にもダメージが。。)

続けるって難しい。
でも、難しいぶん、続けている間はどこか嬉しい気持ちだ。


2003/07/20
一歩引いて、全体を見る

オープンキャンパスに行く予定があった。
電車の中で、時間つぶしに進路便りを読んだ。
たくさんの情報。
あれをしなさい、これをしなさい。
読めば読むほど、頭の縁からザバザバ溢れてきそう・・・そんな気がした。

こんなに一度に読んだって、後でそれを全部思い出せるわけがない。
もしかしたら、一言も思い出せないかもしれない。
(まぁ、また見直せば良いんだけれど。)
じゃぁ、私はなぜ今、全部読むのか。

進路の先生は、的確なアドバイスを全て紙面に書き残してくれている。
生活面について、勉強姿勢について・・・。
だから、それら全ての言葉を常に日常で思い出しながら行動するのではなくて、
先生の言葉を読んで、それを「ヤルキ」に変換して、体に覚えさせればいいんだ、
と私は思った。


たくさん文章を読むと、効率よく、「その文章が伝えたいこと」を
手に入れようと、体が訓練されてくるように思う。
最近、やっと新聞を読んだり、小説を読むようになったものだから、
今になって私はそういう気持ちになる。

今までの私は、文章に顔を近づけすぎていた。
(私が極端に目が悪いのも、心理的に関係しているように思う。真面目な話。)
だから、一文、一文の訴えることは理解できても、
全体の言いたいことを見ることはなかなか出来なかった。

でも、今日は、そこから一歩自分の目を引けば良い、ということに気づいた。
一歩引く。
そうすると、以前より、一文一文との距離はちょっと遠くなる気はするけれど、
全体が良く見えるし、それに一文一文が全く理解できなくなるわけではない。
おぉ、こりゃ便利だ、と感心してしまった。


2003/07/20
清々しい気持ち

背筋が、自然とピンと伸びる。
朝は、早く起きよう、と思う。
気分は、しゃきんとしてる。

今日は20日。
私は、昨日の気持ちを忘れないでいる。
なんか、いつもの「遊びた〜い、アニメ見た〜い、絵を描きた〜い」という
ダラダラした気持ちが、一気に抜けている。
普段ととっても違う。
自分でもなんだか不思議。
でも、気持ちが良い。


2003/07/19
意気込み

終業式のあった19日。
午後は教室に残って、友達に協力してもらって
「世界史一問一答トライアル」をやってました。
問題集を読み上げてもらって、それに当てはまる語句・年代などを答えていきます。

私は最初に勉強した先史の辺りはマジメにやっていたので
その範囲を除いて問題を出してもらったのですが、
答えられないものは数え切れない。
しかも、3度、同じ問題を繰り返しても、それでもまた間違えるという
なんとも恥ずかしい有様。

そのうえそれを出してくれる友達は
以前、ちょっとした「ライバル」だと決めた相手だったので
よけいに自分の格好悪い所をバラしてしまったようで恥ずかしいったらありゃしない。

家に帰って、いつもはダラりとしがちな時間、
私はまだショックが消えなかったので、取り敢えず、
ついさっきまでやった問題にもう一度挑戦しました。
やっぱり、ニガテな所はとことん解けない。
このままじゃ私はちっとも前へ進めない気がして、
私は図説と用語集を開いてにらめっこを続けた。

さぁ、44日間の夏休みが始まる。
でも、私には、45日間のように思う。
終業式の午後の気持ちを忘れないで、天王山を乗り切りたい。


2003/07/06
命って重い。

仔猫が病気なんです。
鼻水がひどくて、呼吸が苦しそうなんです。
それでも、うちは獣医へ連れていこうとはしないです。
でも、私はなんとか助けてあげたいと思います。

猫の死とは、もうたくさん接してきました。
彼らは、色んな死に方をしていきました。
命という、言葉はあるけれど、見えないもの、
そういうのが、骸を見るとき、なんとなく、見える気がします。

部屋で勉強していたら、蚊が目の前に飛んできました。
私はその音がイヤで、咄嗟に、つぶそうと手を合わせました。
シャーペンを持っていたから上手く挟めず、
蚊は、片方の羽をちぎられ、ポトリと、ノートの上に着地しました。

私は、ぎこちなく歩き回る蚊を見て、
今、私はこの蚊を、殺そうとしたんだと、
自分のしようとした恐ろしい行為に、
胸が苦しくなりました。


チクッと走る痛み。
咄嗟に動く手。
パンッという音。
叩いた腕・足にはジンとした痺れと、血にまみれ、潰れた蚊・・・。

蚊をつぶす。
今まで、夏になると幾度となく繰り返してきた行為。
平気だった。
そして、こんな気持ちになったこと、一度も無かった。

刺された瞬間のあの痛み、あれが蚊に対する嫌悪感を一気に上げ、
それゆえ、潰すことになんの戸惑いも感じないのでは、と思う。

だから、刺されてもない、ただ空中を飛んでいた蚊を半殺しにしたことが、
こんなにも悔やまれるのか。


白いノートに、真っ黒な蚊。
蚊の体を、まじまじと観察する。

アメンボのような細長い足、それと縦に大きく振っているのは触覚だろうか?
いつも血を吸われる口は、黒くて細いため、他の足と区別がつかない。

そういえば、さっき、中途半端に潰してしまったけれど、
体に痛みというものは感じるのだろうか?
「痛い、痛い」と言わないから分からない。
痛いと言えない生き物は、損だろうな、とふと思う。
また、こんな小さな体に、心臓というものはあるのだろうか。
蚊の血、なんて見たことないから、血を流すための心臓はないのかもしれない。

死にかけの蚊を見ていると、仔猫の姿が重なる。

私は仔猫に生きて欲しい。
でも、この蚊は・・・。

同じ命なのに、一方は救いたい。一方はどうでもいい。
同じ命なのに、一方は大切だと思う。一方はそうは思わない。
同じ命なのに・・・。


生まれた命、全てが寿命まで生きるのは不可能な話だ。
命が生きていくためには、他の命を取り入れていかないといけない。
だからマンボウは何億も卵を産むのだし、
自然界には食物連鎖なんて綺麗な三角形が存在している。

命が失われるのは当たり前のことなのだ。
だけれど、それが無くなるのを見ると、惜しいと思う。


2003/07/04
嬉しいけれど、頑張らないといけないこと

えぇえとと・・・・
嬉しいやら、恥ずかしいやら、しかし、なんか悲しい(いや空しい?)やら。
私はどうも内心?と外観が思いっきりズレた人間のようです。

掃除の時間の時、「何か勉強方法とかで心配なことがあったら
他の教科でも良いから相談してね。」と
担任の先生がおっしゃってくださいました。
「え? あ、ありがとうございます。」
「みんなIさんのこと、心配してたよ。」(取り敢えずネットなのでイニシャル)
「へ? みんな、・・って他の先生方ですか?」
「そうそう。職員室でも話したりするんだよ。」

どっひゃー。そうなんですか!?
え? いやそれとも他の生徒もそうで当たり前なのか?
う〜ん、よく分からないけれど・・・。

それほど自分じゃ偉いことしてないと思っているから
(いや実際、そうなんだってば! ホントに。)
その分、なんか皆さんが私に対して思い描いている人物像が
たいへん神々しいのですが・・・。

照れます。
そりゃ顔がニヤけてしまいますよ。誉めてくださったんだもの。
でもね、やっぱり自分ではそうだと認めない。
認められないです。
そりゃ誉め言葉はガッチリゲットしたいです。(がめつい奴)
でも、もらっちゃ悪いな、と思います。
だって、もらえるようなこと、してないもの。


日は変わって、今日は先生との二者面談がありました。
「変にプレッシャーをかけそうだけど、期待してるんだよ、みんな。」
昨日の補足に先生がおっしゃってくださいました。
「はぁ。それじゃぁ私はその期待に応えないと・・」
「そう、応えてくださいね。(にっこり)」

自分で『その期待に応えないと』と言った。
そうか、先生方がそう思ってくださるのは、私に対しての期待があるからか。
私はやっとそういうことに気づいた。
(ここで言う「期待」ってすっごく曖昧な表現だけれど、
簡単に言えばもっともっと頭の良い子になること、だろうな。)


そういえば、お父さんが何度も言うのを聞いていたっけ。
「親というものはね、自分ができなかったことを子供にやってほしいんだよ。
そう思うのが親というものだよ。」

(それと対照的なのはお母さんの言葉。
「そんなに大きな事(偉大な事)はそう簡単にできるわけないと思う」)

今まで、勉強はその人の糧になるだけだと思っていた。
でも、頑張ることで喜んでくださる人がいると知った今、
私はもっと励めると思う。
(私、他人が絡むとマジメになるから。)<だから誤解を招くのか?

今までの生活・勉強態度を突然ガラリと変えるのは正直難しい。
でも、変えない事には『期待に応える』なんて無理。
(第一、今の生活を続けてたら志望校合格なんて不可能だよ。)

自分で『応えるんだ!』と決めたことだから、
別にそこで気が滅入ったって、それは私の責任だから。
私が、決めたことだから。
多少、プレッシャーのようなものは感じるけれど、
まぁ、押しつぶされないように。

いきますか。
高校生、最後の夏休み!
学習時間450時間以上、目指すぞー!!
やるんだぞー!! 自分ーっ!! 分かってるかー!?