哲学日記 04年2,3月分



2004/03/29
しんちゃん映画、好き。

クレヨンしんちゃんの映画を観ました。テレビでやってたやつ。
焼き肉食べたいのに指名手配されちゃって、
家族はバラバラにされながらも、各自で熱海を目指す。
最後はハッピーエンド。良かったね、野原一家。

『しんちゃん』の映画は、小さい子供にせがまれて、
という名目でお父さんお母さんが結構よく観てる。
だからか、大人が十分楽しめる作りになっている(と思う)。

でも、幼稚園児と赤ん坊のいる一般家族が、
ギャグとは言え、SP相手にケンカをやるとは驚いた。
子供が観ても、だ、大丈夫かしら?ってね。
でもまぁ、ギャグだから、軽く流せるか。

下品だと言われることもあるけれど、
きちんと感動のシーンを入れてくれてあります。
私が今回、「オオッ!」と思ったのは、
しんちゃんが初めて自転車(補助輪無し!)に乗れた瞬間!

最初は補助輪、付いていたんですよ。
でも、しんちゃんが「オラの命綱ー!
壊したらダメー!!」って言ってるのに、
追っ手のおねぇさんに壊されちゃうんです。

「危ない! 転んじゃう!!」
と目をつぶりそうな時。
でも…「お?」
乗れてるよ! やったやったー!!

見せ方がとても綺麗だった。
真っ青な海を背景にして、シャーッと、爽快に坂を下る自転車。
しんちゃんの喜ぶ顔が、観てるこっちにも移ってきた。
自分が自転車に初めて乗れた時のことを思い出していました。

しんちゃん映画、やっぱりイイなぁ。


2004/03/29
みんな、ありがとう。とっても嬉しい。

「いってらっしゃい!」

雑談の雰囲気がガラッと変わって、
3人の友達はわざわざ正座をしてそう言った。
私は出そうな涙をグッと抑えた。
今度のは、嬉し涙。

高校は全員見事にバラバラになった、中学時代の友達。
私を含めて5人組で、そのうち4人が、ウチに集まった。
私は四大へ。
1人は社会人。
あとの2人は専門学校生に。
私だけ、県外へ行く。

傾向も、夢?も、みんな、バラバラ。
それでも、話は弾む。
みんな、ふわふわの、優しい心で会話に乗り出す。
私は簡単に壊れそうなその雰囲気の中、
ドキドキと、甘えたい気持ちで、身体にまかせて話を続ける。

この春休み、高校を卒業した人はやれることがいっぱいある。
車校に行って車の免許を取る人、
バイトをして、お小遣いを稼ぐ人…。
みんな、学生時代とは少し違う心持ちになる。
顔つきが、大人になっていく、そんなカンジ。

私は、個人的な都合で、車校もバイトも行ってない。
だから、ちょっとだけ、行ってる人が羨ましいと思う。
なんか、社会勉強って、生活態度を考えさせられるみたいだし。
全くそういうことに触れてこなかった自分が、
置いてけぼりになりそうで、恐いという気持ちもある。

免許を持ってたり、会社に通勤しだした友達は、
なんだか眩しい。


最近、ダラッとした生活を送っているためか、
頭で考えることに、メリハリがなくなったというか、
私はどんどんナマケモノ化している。
心持ちもブルー・後ろ向き・ネガティブ思考・卑屈。
イイコトなんて、ここの所、遭遇していない。
そんな風に思っている自分が今、ここにいる。

”明るい気持ちで捉えれば、同じ事でも変わってくるのに…”
知ってるよ、そんなこと。
母さんにも言われた。
弟にも言われた。
友達が自分自身に言い聞かせているのも聞いた。

さぁて、どうしたら今の私は
そういう考えに切り替えることができるのだろう。


2004/03/25
最近の弟たち

タケシ:父 マサト:次男 ハルカ:私
家族4コマ
うちの姉弟ってこんなカンジ。

サトシ:長男
弟
口が悪いのは愛情の裏返し(だと思おう)

ある日の夕食後
姉弟
こんな空気、何年ぶりだろう…


2004/03/19
昨日の話がまだ終わりません。

食欲も減るほど、気持ちはどん底。
頭はマイナス思考で埋め尽くされてます。

私がここの日記に書くことって、
ある意味で宗教っぽい思想なんだと、私は思っている。
自分の理想、みたいなのがあって、
それを遂行していく、そんな私を綴ってる、そういう記録書みたい。

で、ここで私が「さぁあなたもこの思想を持ちなさい」なんて呼びかけたら
それはまさしく新興宗教の勧誘になるわけ。
あらやだ、なんだか恐いわね。
だからそんなこと、絶対やらないんだけどね。

こんな私生活のことを日記としてウェブ上に載せる私って
やっぱりどこか見栄っ張りなんだろうなぁ。それとも寂しがり屋?
ある先生が、「自分の日記をHPに載せてる人って、自己主張が激しい?
『私を見てー!』ってことなのかしら」なんて笑い飛ばしてて、
私も合わせて笑ってたんだけれど。
「やばい、私って恥ずかしいことをしてるのか…。」と内心ヒヤヒヤ。

でも止めないのは、他にもネット上には私と同じことをしているという
「みんながいるから 恐くない」精神があるからかな。

でも、暗い話の日記なんて、読んでても疲れるだろうなぁ、
ってことで、できるだけドロドロしたのは書かないようにします。
(うーん、でも今日のって暗いなぁ。)


私は、春から親元を離れて、大学に通います。
今まで、18年もの間、親の近くにいるから、ということで、
私の親は、私のやることに、寛大に許可をしてくれていました。
でも、私は来月から親の側から離れます。
だから、せめて私が二十歳になるまでの2年間だけは、
親に逐一相談したり、指示を仰いだりしなさい、と言われました。

例え大学生になったとしても、2年間も、
私は親に構ってもらえるんだなぁ、と私はとても嬉しく思います。

でも、逆にその”指示”が、今まで自由にやらせてもらっていた分、
私には今までの自分を構築してきたものを否定されたような気がして、
それがそのまま自分への拒否に感じられて、悲しく感じられるのです。

こう言ったら、親は、「あなたは自分の周りに『膜』を作って、
親の話を聞こうとしていない」と言った。

私って、聞こうとしていないという態度に見られたのかぁ。
自分は親の言うこと全てを聞いているつもりだったのに、
他人には全くそういう風に見えないことってあるんだなぁ。

親は、絶対に私のことを想って話をしてくれている。
そして、経験豊か。私なんかより、世の中をよく知っている。
だから、親の言うことを信じて、間違いはない。
私はそう思いながら、話を聞いていたのになぁ。
人の気持ちって、そのまま相手に伝わるわけないか。

あと、「あなたを拒否しようとしているんじゃなくて、
これから社会に出ていくあなたの周りに防衛のための壁を作るために、
こういう話をしているのだ」とも親は言った。

今まで優しい空間で生きてきた私には、とっても必要な壁。
私だって、それがないのは不安だ。

でもさ、(ここで逆接を持ってくる私も往生際が悪いのかもしれないけれど、)
今までの『私』と、その『壁』の性質が反対なものだから、
私だって居心地が悪いよ。
(「人を安易に信じてしまう私」と「人を疑うことを学ぶ壁」)
でもこれって受け入れないと後々で困るのって私自身なんだろうな。
ここで受け入れなかったら、社会のはみ出しモノだよね、私って。

社会ってこんなにも生きにくいものなんだなぁ。
今まで、全然そう思ったことはなかったのに。

17日以前の自分と18日以降の私って、全然考え方が違う。
頭の作り自体が違っている。そんな感じ。

私の考え方って、まだまだ幼稚なのかな。
今までの、思ったことをつらづらと自由に日記を書いていた自分は、
なんて無責任で、でも、伸び伸びしていたんだろう。
いや、責任は持っていたつもりなんだよ。
その、責任の重みの感じ方が、今と前では違う、という意味。

もしかして、未来の私は、今日の私を、
また同じ様に「無責任だなぁ」なんて思うのかもしれない。


部の後輩が、色紙を書いてくれたのだけれど、
それが、私の生涯の宝物に思えるんです。
多くが、「先輩らしさを忘れないでください」って書いてくれていて、
卒業式当日にそれを読んだ時は、
「私らしさってことは、今まで通りにしてればいいんだな」
と簡単に思っていたのだけれど、
今読むと、一生懸命、後輩の好いてくれた『私らしさ』を思い出そうとする。

”今まで通り”ってのが、今の私には分からないから。

この色紙を読み返すという行為は、
親への反発心から生まれているのかもしれない。

後輩の真心こもった色紙を、
こういう使い方するのは失礼かもしれないけれど、
これから先、自分を見失いそうな時に、これを読み返そうと思う。
大好きな後輩たち、本当にどうもありがとう。


私って、ポケモンをはじめとして、仮想空間や夢物語ばかり接してきたから、
現実をしっかり見据えることができないんじゃないの、と言われた。

確かに、親ほど社会を経験してないし、ドラマとか見ないから、
否定できないところはあるけれど…。

なんか、さぁ。
ホントに、今までの私のやってきたこと、
いけなかったのかなぁって。
その、どうしようもないことなんだけれど、
なんだか悲しいんだ。

私の今までの「生き方」に、自信が無くなってくるんだ。
どうすりゃいいの、って。


2004/03/18
久しぶりに喜び以外で泣いた

親に説教された。
私が、先日の大学の手続きの日に、
『ゼミサークル』という、大学非公認のサークルに勧誘され、
それの集まりに、参加すると返答したからだ。

このサークルは、「自分の『信念』とか、何かコレ1つ!と思えるものを持つ、
そうなれるように、OBさんとかを呼んで話を聞く」サークルらしい。

私は、ここの日記から分かるように、そういう話は好きだから、
参加する、と言ったのだ。
でも、まぁあなたも思ったかもしれないが、
このサークル、かなりアヤシイ。

大学内にいたからと言って、その人がその大学の関係者であるという保証はない。
ましてや手続きの日なんて、外部の人は簡単に出入りできる。
そのうえ約束の集会は大学の外で行われるのだ。
丁度先日、オウム真理教の裁判のニュースが流れたばかりだし。

親は、私が”危ない世界を全く知らないで育ってきて”
”疑うことを知らない、良くもあれば悪くもある純粋さを持っている”
ということを忠告した。

親が、とっても心配してくれているということは分かった。

でも、「疑う」ことなしに生きてきた私は、
これから大学生として大阪で生活していく自信をすっかり失ってしまった。


高校生活は本当に楽しかった。
「疑う」必要なんてないもの。
早起きして、登校する。教室にまだ誰もいなくても、
しばらくすれば、クラスメイトが入ってくる。
そして、始業の時間になれば、親しい先生の授業が始まり、
学校の中、どこでも気持ちの良い空気で満ちている。

朝から晩まで。
家と学校と。
甘い空気に包まれたまま。
私は本当に平和で、幸せな毎日を送っていた。

なんでこんなにも、幸せだったんだろう。
なんて素敵な高校生活だったんだろう。


高校生までを子供として、
大人の世界は、「疑う」ことをしないと、やっていけないのだろうか。
私は、どこまで人を信用し、どこまで疑わなくちゃいけないのか、分からない。
そんなの、人それぞれで境界線は違ってくるのだろうけれど。
私には、その、線引きをどうやればいいのか、見当もつかない。

人間として、できないといけないのかもしれないけれど、
それをしなくちゃならないのが、悲しい。
甘えであることは、親の話から、もうよく分かってるつもりだ。
でも、その、突然人との接し方が変わることが、恐い。

恐くて、泣いたのかな。



「一度は人間不信になってもいいから。」
そう、親は言ってくれた。
この言葉で、やっと私は、人を疑ってみようか、と思えた。


2004/03/10
合格しました!

今日はいつもより早く起きて、
そわそわしながら支度してました。

そして、早く合否が知りたくて、
午前中はずっと外にいました。
ついでに仔猫と日光浴。

この数時間で、一体私は
何日分のドキドキをしたんだろう?

で、お昼もさっさと食べて、
でも何もしないでいるのは辛くなってきたから
部屋に戻って読書。
・・・でも、集中できない。

この頃、メールで、
もうレタックスを受け取ったことのある友達から、
速達と言っても普通の郵便と
同じくらいの時間に来たと聞き、
なーんだ、午前から待ってても
無意味だったなー、と落胆。

で、早起きが響いてウトウトと1時間。
ふと目が覚めて、
丁度、郵便屋さんが来た。

寝ぼけたまま、受け取ったけれど、
次の瞬間、慌てて封を切っていた。
そして、自分の番号を見つける。

ドッキリカメラは無いか、
この手紙は、本当に私宛なのか、と
どこか疑心暗鬼になってる私。
震える手で、受験票ともう一度比べる。

ある。

私の、受験番号。

合格したんだ!!
やった、一番行きたいと思っていた大学に、
私は春から通えるんだ!!

本当に!?
嘘じゃない?
というか、この受験番号、本当に私の番号?
あまりに受かりたいと思う、
私の目の錯覚じゃないよね?

友達に「受かったよ!」のメールを送りつつ、
何度もレタックスを確認してしまう私でした。


2004/03/10
「受かったら、やりたいこと」

01 勉強道具の後始末(弟にあげたり、部の後輩に寄付したり)
02 部屋の大掃除。倉庫にあるやつも整理。
03 友達に借りたゲームを遊ぶ、ポケモンのサファイア・Fレッドも!
04 録画してためたビデオを見よう!
05 読みかけの本(「国際政治学」「魔性の子」「岳物語」…)を読もう!
06 春からの新生活に必要なものをリストアップしよう!
07 貯めに貯めたASAHI WEEKLYを読もう!
08 弟にH×HとDBの漫画を借りて読もう!
09 イラストをいっぱい描こう!!
10 サイトの改装をしよう!!
11 「受かった!」と100回叫ぼう!!


とりあえず、今は11番を実行中。(*^^*)


2004/03/05
続・宗教

昨日、『宗教』という題の日記で、
宗教の対立から起こった戦いを、私はおかしいと言った。

今日、紛争取材をする日本人の短いエッセイを読んで、
あぁ、やはり自分は見聞が狭いなぁ、と痛感したので、
もう一度、同じテーマで文章を書こうと思う。

『−−病院でモスレム人の負傷者が運ばれてくると、
セルビア人の看護婦が面倒をみていたし、その逆の場合もあった。
結局、ボスニアの内戦は、
民族や宗教の違いが戦争に利用されたわけで、直接的な原因ではなかった。
取材を通して私が見た物は、異民族どうしが助け合い、
肩を寄せ合い生活する姿だった。』(APF通信社代表 山路 徹さん)

『今のメディアの状況を考えると、現実を見極めるのは至難の業だが、…』
と山路さんは書いているように、
現地のメディアが集めた情報を、これまた本社メディアが編集し、流す。
その流された情報から私たちは判断するのが現実だ。

私たちが手にする情報は、全てじゃなくて、一部であるということ。
それを私たちはきちんと頭の隅で覚えておかなくちゃいけないんだ。

私が勘違いしていた点は、
「宗教意識のズレで、相手に嫌悪感のようなものを感じているだろう」
という身勝手な想像でした。

また、世界には、宗教だけじゃなくて、
民族・部族紛争というのもあるということ。

宗教は、自分の意志で(世襲ってのもあるだろうけど)選べる。
でも、民族や部族は、生まれた時から決まっていて、変えられない。
そういう、運命のようなものが原因の戦争もある。
こればかりは、私が昨日言ったような、
「なんか、(どーにかなりそうなのに、
どうにもなっていない現状って)おかしくない?」というのは、
あまりにも無責任すぎた。ここで反省。


2004/03/05
一生懸命、生きる。

目を閉じて、ラジオを聴いていたら、
ふと、思い出した言葉がある。

「生まれた瞬間、それは死への第一歩」

色んな言い換えが可能なこの言葉。
つまり、一生懸命生きる、ということは、
一生懸命、死へ向かって歩む、というわけだ。

なんか、そう考えると、
一分一秒がとても愛しいものに思えてくる。


2004/03/04
宗教

メキシコが、隣の大国・アメリカの文化を
頑なに拒否する、それを美徳とする風潮が80年代にあった、
という話をした時のことでした。

先生が、「日本には、将来、『こうなりたい』という理想がない、
そして心のよりどころとなる宗教もない」とおっしゃった。

日本には、宗教がない・・・確かに、そうだ。
どちらかと言えば仏教国だが、
国民全員が熱心に帰依しているわけじゃない。
キリスト教の文化(クリスマスとか)も混ざっているし。

でも、この状況を、”心のよりどころがない”、
つまりもしもの時に心や気持ちが頼れるものがない、と表すのは、
私にはしっくりこなかった。

私は多くの日本人と同様、信仰心はあまりない。
仏壇があったり、正月や盆にお参りをしたりという行事に参加はするが、
そのことにより、仏様を心から頼る対象に思ったりすることはない。

でも、だからといって、そういう頼りになる存在がいなくても、
心が不安定になるだとか、やっていけなくなるわけではない。
つまり私は、宗教がなくったって人は上手く生きていけると確信しているのだ。

私はほとんど宗教について知らない。
だから早く大学で宗教についての授業を受けてみたいと思うのだが、
信仰心厚い人にとっての宗教とは、どんなものなのか理解できない。

以下、無知な私の想像であるが、
心のよりどころとなる宗教があると、
極端な言い方をすれば、つまり心や良心を、宗教に預けちゃうわけだ。
残った身体には、宗教への絶対的忠誠が宿る。
これは、他の宗教を受け入れがたい。認めがたい。

シーア派とスンナ派、同じイスラム教なのに対立し合う。
派閥の違いだけで、爆弾テロを仕掛ける。同胞を殺す。
なんか、おかしくないか。

確かに、人間、気の持ちようで、いくらでも強くなれる。
そこに宗教があるだけのこと。
潜在能力をひきだす思想は素晴らしいものだと思う。

だがしかし、命を奪う偶像は素晴らしいと言い難い。


2004/03/04
仔猫の近況

もぅなんていうか、
遊び盛り!!

意味もなく
五月蠅い!!

訳もなく
足を這い上がってくる!!
(ジャージを着用しないと、爪が足にひっかかって痛い!)

そしてネズミみたいに
ちょこまか走りまわる!!


親猫は自由に外へ行かせたりしてますが、仔猫は私の部屋で飼っています。
とりあえず、今はまだ母猫の乳だけ与えています。

もう走り回れるくらい足腰は丈夫になって、歯も生えているので、
キャットフードを与えても良いころなのですが、
あまり早くから栄養価の高いモンをあげると
体ばかりでかくなって可愛くなくなるので、
この仔たちにはもうしばらくおあずけです。

10年近く猫を飼っているので、そこらへんの法則?は覚えました。
でも、こんなに長く母乳オンリーの仔猫の育成は初めてなので、
どんな結果になるかちょっとドキドキです。(実験かよ。)

前回の子育ての時は逆でしたね。
結構早くから、自立させようと外に連れて遊んだりもしました。
ところが、それが裏目に出て、仔猫たちは、
自分たちの住処の位置が分からないうちから遠出をしてしまい、
とうとう帰ってこれなくなってしまいました・・・。
残された母猫が不憫でした。

今はまだ外は寒いので、室内飼いを温かくなるまで続けるつもりです。


2004/02/29
卒業!

Yahoo!BBの被害、どうやらウチも受けていたみたいです。(ー_−;
変な請求が来ても無視するぞっ!


明日は卒業式です。
卒業・・・と言っても、
国立2次対策のために翌日からまた学校に通うんですが。(笑)

私は推薦でこの高校に入学しました。
面接とか緊張したなぁ。
で、合格を聞いた時は、嬉しくって涙が出ました。
「やった、春からあの高校に通うことができるんだ!」って。

中3の時、結構進路とか慎重に考えました。
Y校かH校か、どちらにしよう・・・。
結局Y校を選んだのは、
Hの方が偏差値レベルは高いし、遠いし・・・
そして何より、学校見学に行けなかったのが大きなポイントです。

私、自分で分かってきたんですけれど、
実際に自分の足でその学校に行かないと、
入学を志願しよう、って気にならないんですね。

今冬の大学入試でも、見学に行かなかった国・私立大学は
もう眼中に無かった、という感じですもの。

てことは、もし、H高校の見学に行っていたら、
もしかしたら私はそちらを受験していた可能性が・・・!?

でも、Y高校は本当に居心地の良い高校なので、
胸を張って「我が母校!」と誇れますね。
素敵な友達、先生、後輩・・・楽しい3年間でした。


2004/02/26
恐喝事件とカンニングの気持ち

Yahoo!BBの事件が起こりましたね。
恐喝…でしたっけ。
まだあんまり詳しく知らないんですけれど、
「個人情報をばらまかれたくなかったら10億払え!」
という内容だったと聞いています。(間違っていたらごめんなさい!)

あっさり?と解決して、被害の方もそれほど大きなものとならずに済み、
あははー、犯人さん、残念でしたー、…というのがホンネなのですが、(ヤな奴)
ふと思ったのは、
誘拐事件はほとんど成立しない今の日本では、やはり、
個人情報という人質を取る犯罪というのは成立しないんだ!
ということを、犯人さんは思わなかったのだろうか? ということ。

よく考えれば、こんな犯罪、
うまく警察をすりぬけられるわけない、と思わなかったのだろうか。
そう言いたいのです。

まぁ、それは無事解決した今だからこそ言える言葉なのですが。

で、これに対して、犯人さんの立場で言い訳を考えてみると、
1つ、私は思いついたんです。それは、
”手元に大金に繋がるモノがあったら、例え頭で犯罪だと分かっていても、
やっぱり、体は正直に行動にうつってしまった”というもの。

かなり精神的な予想であり、論理的じゃないのですが、
私はこう思いました。

というのも、大学入試の時に自分はその心境になったから。

25日、やってきました、入試。
3倍の倍率…確率的に両隣の人より点が取れれば合格です。
でも、そんな自信はありません。
私が最下位であるような、そんな気になります。

始まる数分前に、緊張のあまり、本当にカンニングでもしたい気分になりました。
大丈夫、バレなきゃいいんだ、そうすれば大丈夫。合格したいんだろ?・・・
あまりに情けなくて愚かな考えだと、本当に思いますよ。
でも、それだけその時の私の頭は正常じゃなかったんです。

先日の日記にも、「人間の脳は頼りにならない」と書きましたが、
試験の時ってまさにそういう時だと思う。

試験中に、そんなバカな真似をしなくて済んだのは、普段の自分のおかげです。
いつもの自分なら、そんなことをしたら絶対に許さない。
いつもの自分は、卑怯な行為は大っ嫌いだ。
いつもの自分は、・・・。

『いつもの自分』を思い出すことで、冷静になれたし、理性も保てた。
”日頃の行いが〜”って言葉、
これって、この場合と使い方はちょっと違うけれど、
とっても大事だなぁ、と思った。


2004/02/12
仔猫の目と自分の名前

先日言っていた仔猫のうち1匹の、片目が開きました。

猫って、生後1週間くらいはずっとまぶたは閉じてるんですよ。
意識して閉じているんじゃなくて、多分・・・くっついてる感じ。

「これで目が見えるようになったねぇ〜v」と、
人差し指を近づけてみたんですが・・・
ギリギリまで近づけても閉じようとしない・無反応。
・・・おーい、本当に見えてるの?

まぁ、それはさておき。
この一週間、仔猫は耳と鼻と触れる感覚だけで生きてきました。
とは言え、近くに来るのは母猫のみなので、
何か物音がすればミャァミャァ鳴いて、乳をねだるだけです。
そしてひたすら寝る。(いい生活だなぁもぅ。)

そんな生活を一週間、真っ暗な視界の中で生きて、
そしてその後に初めて見るホンモノの世界を、
仔猫は一体どんな気持ちで見ているんだろう。

そんな風に考えたのは、さっき、無反応だった仔猫を見て、
私にはボーゼンとしているように見えたからです。

もしかしたら、仔猫は黒い世界の中に、
自分の想像していた”世界”を想い描いていたのかもしれない・・・
母親の像はこんな感じ、兄弟の像はこんな感じ、世界の像はこんな感じ・・・
でも、いざ、目を開いてみると、あれ、全然違うじゃないか、コレ・・・。

・・・なーんて思っているのかもしれません。


目をギュッと閉じて、そして開いてみたら、
目の前に別の世界が広がっていた・・・
そんなことが起こったら、自分はどう思うのかなぁ。


話は変わりますが、私立大の受験が2校終わりました。
その中で思ったことを1つ。

試験の前後で、監督の先生は何度も
「受験番号と名前を確認してください」と仰有るのですが、
言われる通りに何度も確認していると、
「本当に自分の名前って『I晴美』で合っていたっけ?」
と思うことがあるんです。

「何言ってんだ。」と思うかもしれないのですが、
イヤ、本当なんですって。

「自分の名前の漢字はこれで合ってるっけ?」
「いや、そもそも自分の名前ってこれで合ってるっけ?」
十何年も共にいる名前なのに、
なんで疑ってしまうんだろう。

人間の頭って意外と頼りにならないのかも。


2004/02/06
ふらり

どうもお久しぶりです、管理人です。

無更新期間が3ヶ月を越え、いつ消されるか不安になってきたので
更新しています。(苦笑)

あぁでも、日記の書き方を忘れてしまったなぁ。
学校で、小論文の練習を少しやっているからかなぁ。
論理的に、かつ効率的に書かなくちゃいけないもんなぁ、小論って。


うちの猫が仔猫を産みました。
4匹のカワイイ可愛い仔猫です。

しかし、今までの経験からして、まだ親猫の腹が大きいような気がします。
・・・まだあと最低1匹はいそうな膨らみ・・・。
でも、4匹目を産み終わって、もう1日以上が経ったし・・・。

単なる肥満とはちょっと違う、まんまるなお腹。
とっっても不安です。