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華音町バッドラビッツ
#02 シニガミがみてる
#02-A 美汐ちゃんがみせる
みなさんごきげんよう。天野美汐です。
現在、華音高校に通う16歳の女子高生です。
華の女子高生です。
というわけで、今日も家と学校を淡々と往復する日々が続きます。
「みっしおちゃーん!」
休み時間。自分の席で一人文庫本を広げている美汐は、いつものように廊下から声をかけられた。
振り向くと、幾人かの生徒の視線を集めながら教室の入り口のところでぶんぶん手を振っている小柄な少女の姿があった。青色のリボンが一年生であることを示しているけど、実際の年齢は美汐と同じ。体が弱くて、去年は学校をほぼ一年間休学していた少女。ほとんど顔を合わせたことはなかったけれど、当時は一応同じクラスだった少女。
名を、美坂栞という。
美汐は開いていたページに栞を挟んで、今挟んだ物と同じ名前を持つ少女のもとへと向かった。どちらも今の自分にとって、とても大切なもの。止まることなく常に捲られていく日々のページに怯えないように、いつも側にいてくれる大切な人。
彼女がこの閉塞した日常を変えてくれるのではないか。学校帰りに商店街に寄り道をするような生活を自分にもたらしてくれるのではないか。美汐は、密かにそんな期待をしている。
「こんにちは、美坂さん」
美汐の言葉が終わるか終わらないのうちに──せっかちな彼女にとって、美汐の『礼儀正しい』挨拶は少々まどろっこしいらしい──彼女は明るい笑顔で言った。
「これ、ありがとう。すっごく面白かったです」
「もう読み終えてしまったのですか?」
栞の手の中にあるハードカバーの本はゆうに4,5センチはあろうかという分厚いもので、しかもやたらと小難しい単語が並ぶシリーズ物の海外文学の訳書だった。それを一晩で。
素直に驚く美汐に栞はちょっと得意げな表情を見せる。
「というわけで、続き貸してください」
「ごめんなさい。実は、持ってきてないんです」
「えー」
まさにキングオブえーといった表情で彼女はブー垂れた。
「まさか一日で読み終えてしまうとは思いませんでしたから」
「ぶーぶー」
拳で小突いて抗議される。美汐は苦笑い。二人の間のこんなやりとりも最近では増えてきた。
「あ、そうだ」
そうだ。
美汐はいいことを思いついた。
「代わりに、美坂さんに是非読んで欲しい本があるんですよ」
「私に読んで欲しい本、ですか?」
「ちょっと待っててください」
頭上にはてなマークを浮かべている彼女を置いて、美汐は教室の自分の席へ向かった。
机の横に下げてある鞄を開く。教科書やノートに挟まれた、馴染みの本屋のブックカバーが付いた文庫本を取り出す。滑らかすぎるプロの動作。思わず笑みが零れる。
我ながら頭の回転が良い。そうなのだ。こうすればいつか貸そう読ませようと思って結局先延ばしにしてきたこの本を、最小限の違和感で彼女に手渡すことができる。
うふふ。
美汐は探し当てたお目当ての文庫本を胸に抱く。
そんな彼女の手の中に収まった本。ブックカバーの下の表紙には、こんな文字が踊っていた。
マリア様がみまくってる。
#02-B 学食天国
「祐一、お昼休みだよっ」
今日もまた、教室に元気のいい声が響く。
「ふ、そんなことはどうでもいいことさ。俺はこのままこの広い大空に……」
「そのネタは前にも聞いたよ」
一蹴。
「それより、お昼ご飯食べよ」
「学食?」
教科書を鞄にしまいながら香里が訪ねる。
「うん」
「じゃ、あたしも」
「なら俺も」
と北川。
こうして、いわゆるひとつの美坂チームの面々で学食へ向かうことになった。
しばし4人で談笑しながら廊下を歩く。と、
「あ、お姉ちゃん」
廊下の向こうから、女子生徒がショートボブを揺らしながらひょこひょこと駆けてきた。
「栞」
「祐一さんたちも。うわー、奇遇ですねっ!」
『奇遇』の部分を強調したというわけでもないのだが、それでも名雪の表情が心なしか歪むのを祐一は感じる。香里は妹の笑顔に呆れたような表情だし北川はにやにやしながら見物だ。
なんのことはない。この少女は待ち伏せていたのだ。祐一たちがここを通りかかるのを。
恋する人と昼食を共にするために。
にっくきライバルに眼を光らせるために。
新学期が始まってからはずっと続いていることだったが、やはりそう簡単に慣れるものではなく。祐一は軽く宙を仰いで、それからあきらめたような表情で「よう」と栞に声をかけた。
「学食ですか?」
「ああ」知ってるくせに。
「栞ちゃんも一緒に、どう?」
北川が誘いをかける。
「はい、ぜひ」
こうして4人は5人に増え、学食へと歩を進めるのだった。
会話は途切れない。微妙に肩身が狭い思いをしてるのは多分祐一だけだ。北川なんかは寧ろ面白がってるし、なによりライバル同士が普通に会話をするのだから気まずくなるわけがない。基本的には「それとこれとは別」なスタンスのようだ。
辿り着いたとき学食はすでに混んでいたが、なんとか5人まとめて座れるスペースを確保できた。
◆ラビッツ豆知識 そのいち◆
ちなみにこの席確保は北川の得意技。1,2人でひとつのテーブルを占領している知り合いの生徒などに声をかけて、別の生徒と相席にさせるのである。その際、男子生徒に事前に言付かっていた場合は特定の女子生徒のもとへと案内、巧みなトークで言いくるめ二人を同じテーブルに座らせることもある。そこから始まった恋も多いという。散った恋の数はさておき。
彼は一部の生徒にこう呼ばれている。恋のキューピッド北川と。
「北川さん、イジメかっこわるいです! そうですよねお姉ちゃん」
「そうね」
「だーかーらー、あれは全然そんなんじゃないって」
「あんなのイジメみたいなもんじゃない。ねえ相沢君」
「だなぁ」
「……祐一だってやってるくせに」
「そうだよ! なんでお前まで一緒になって俺を非難すんだよ」
「なんだそれは。誤解だ」
「斉藤君かわいそう……」
「祐一さんも! イジメかっこわるいですよ! そうですよねお姉ちゃん」
「そうね」
「だーかーらー、仲良く囲碁やってるだけだっつの」
「ジュースとか買いに行かせてるんでしょ?」
「行かせてねぇ。むしろ俺が買いに行く。負けるから」
「囲碁で?」
「囲碁で」
「へー、北川君パシリだったんだー」
「……なんか今俺すげえ傷付いた」
「うははっ」
「笑うな相沢」
「あははっ」
「笑うな美坂姉」
「お姉ちゃんに祐一さんっ! 二人とも、イジメかっこわるいですよ! そうですよね名雪さん」
「わたし!? え、あー……どうだろ」
「水瀬……」
「わわっ。ごめん北川君ごめんね」
「あーもうすぐチャイム鳴るわね」
「ずいぶん露骨に話を逸らしますねあなた」
「でも、ほんとに鳴るし……栞、クスリ飲んだ?」
「あ、今飲みます」
「そーだ。忘れてた」
祐一はズボンのポケットをまさぐった。朝、忘れないようにここに入れておいたのだ。
「クスリ?」
「ん、ちょっと風邪気味なんだ」
名雪にそう返事して錠剤を一粒口に入れる。コップに余っていた水で飲み込んだ。
その時、校内にチャイムが響く。まだ予備鈴なので、焦ることはない。意外そうな表情で名雪は訊いた。
「風邪?」
「ああ」
「流行ってるんですってね」
香里が言う。祐一はあまり興味がない様子で「そうなのか?」と返した。
#02-C 死神がみてる(別名ガサ入れ)
というわけで、死神との同居生活だった。
そして今、死神に部屋を散策される。
風呂上がり、ベッドに腰掛けながら祐一は荒らされゆく我が部屋をぼんやりと眺めている。
あんまり楽しそうにあちこちを見て回るものだからそんなに人間界が興味深いかと訊くと、ただの趣味よ、と返ってきた。なんて悪趣味な女なのだろう。
「あれー? ゴムがない」
人の机の引き出しを勝手に漁っておいて、吐く台詞といえばそれである。
「ねぇよ。んなもん」
祐一はベッドに寝転がって面倒臭そうに言った。やめろとは言わない。この妙に明るい死神女は止めても無駄だと同居二日目にして早くも悟ったのだ。
まったく、なんて非常識な同居人なのか。
「あー! エロ本発見!」
「わーわーわー」
嬉々としながら中空にポルノ雑誌を掲げる黒ずくめ少女。祐一はベッドから飛び起きてソイツのドタマを思いっきりぶん殴った。
「いったーい! 何すんのよ」
「そりゃこっちのセリフだ! そーゆーことを大声で言うなっ!」
「なに心配してんのよ。第一私の声はあんたにしか聞こえないって言ったでしょっ」
そりゃ覚えてるが。けど咄嗟の反応というのはやはりしてしまうものだろう。
「逆にあんたのうるさい声が周りには独り言に聞こえるんだから。気をつけなさい」
ご丁寧に忠告してくれる。余計なお世話だっつの。
またガサゴソと手を動かし始めたので、祐一は溜息をついてベッドに寝転がった。
「あ、そうだ。ちゃんとクスリ飲んだ?」
「ああ。忘れかけたけど」
今朝、リビングでの朝食時に突然コイツが現れて、謎の錠剤を「飲め」と言っておいて手渡してきたのだった。
普通に秋子やあゆや真琴(名雪は半分寝てた)がいたので祐一はひたすらに取り乱したが、そういえば俺以外には死神の姿は見えないのだということを思い出して咳払いをひとつ、トーストに取りかかり直すという顛末があったりもした。
その時の皆の表情(特に真琴の可哀想なものを見るような目)を思い出して一人悶えていると、寝転がる祐一の視線の中に突然、ハナが上から覗き込むようにして現れた。
「一日三回、一回一錠。絶対、飲むの忘れちゃダメだからね」
びし、と祐一を指さして。真剣な表情で。
「飲み忘れたら、命にかかわるわよ」
「……」
「何よその胡散臭そうな顔は。ホントよ」
「そのわりには今朝はあまり念押ししなかったけど」
「それはテストみたいなもんよ。こっちの言うことちゃんと聞かないヤツなんか、いつ死んだってしょうがないわ」
「……あっそ」
「何度も言うけど」
前置きして、死神は。
「あなたの残りの命は、あなた次第なんだからね」
それきり、彼女はまた祐一部屋の散策を開始した。
「……最長で半年ってのは、変わらないんだろ」
「うん。でも、どうせなら長生きできるだけしたいでしょ?」
「……ふん」
祐一は視線を宙へ向ける。祐一がこの部屋を使い始めて4ヶ月。シミのない、白くて綺麗な天井。
ハナは本棚から漁ったマンガを開いたまま、でも、と呟いた。
「奇跡でも起きたら、わからないかもしれない」
「奇跡、ね」
祐一もまたその言葉を口にした。
その音は儚く頼りなく、空気の中へ散らばってしまう。何故か。そんなイメージが、祐一には見えた。
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