今日も僕らは向かいます。
風と、空と、太陽とそれに紅を感じながら。
一緒に手をつないで。
ふたりのおみせに。マフラー下げて。
これが、しあわせなのです。
『百花屋ベイベー』
「寒い」
11月の空の下、もう落ち葉も見かけなくなった道を、ふたりで歩く。
風がすでに赤いふたりの頬に吹き付ける。
「寒い」
「もう」
「俺は寒いのはキライなんだぁ」
放課後の商店街は買い物に来た主婦と学生で賑わっていた。
「まだ慣れないの?」
「この寒さに慣れる日などやってこないだろうなぁ」
「目が遠いよ」
立ち止まって話をしている人。
のんびりと動く人。
慌ただしく動く人。車。
祐一と名雪はふたりで歩いていた。
「でも、今日ってこれでもぜんぜんあったかいほうなんだよ」
「……父さん母さん、僕はもうダメです」
「大げさ」
「死にます」
「大丈夫だよ」
ふたりは端からみたら、学校の帰り道に商店街に寄り道をしている、
そんな普通の高校生のカップルに見えた。
「どっかあったかい場所ねぇかな」
「百花屋」
「……名雪はいっつもそれだな」
「だって、イチゴサンデー大好きだもん」
「……はいはい」
気をつけないとこの街の喧噪の中にとけ込んでいってしまいそうな、
そんな普通のカップルに見えた。
「今日は、おごるからねっ」
でも、ふたりはしあわせだった。
「いらっしゃいませぇ」
入るなり、店員があいさつをした。見覚えのある顔の店員だった。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、名雪のお気に入りの席だった。
一番奥の窓際の四人掛けの席。首から取ったマフラーと鞄をいすの背に掛ける。
「イチゴサンデー1つとコーヒーお願いします」
「かしこまりました」
店員はそう言うとカウンターの奥へと消えていった。
「あーあ」
注文を終えた名雪に、祐一が言う。
「どしたの?」
「俺今日は『スーパージャンボパパイヤパフェ百家屋REMIX』ってのチャレンジしてみようかと思ってたのに」
「え、そうだったの?」
「ああ」
「……ごめんね、勝手に注文しちゃったよ…」
「え?」
「ホントにごめんね……」
「い、いいよ。別にそんな謝らなくても」
思いのほか落ち込んでいる名雪に慌てる祐一。
「冗談だから」
「……え?」
「だから、冗談」
「……う〜」
名雪の頬が膨らむ。
「ひどいよ祐一〜。変な冗談言わないでよ〜」
「悪い、まさか引っかかるとは思わなかった」
名雪の顔が通常時の1.5倍になっている。
祐一は笑いをこらえながら言った。
「第一、あんな変な名前のパフェがあるわけないだろ?」
「う〜でも本当にあると思ったんだよ、ジャンボパパイヤ鈴木パフェ」
「……なんかすげぇ嫌なパフェだな」
「そう?」
「嫌だろ」
「おいしそうじゃない?」
「……おいおい」
そして、祐一がグラスにクリームとパパイヤ鈴木が盛りつけてある様を想像して吐き気をもよおしだした頃に、コーヒーとイチゴサンデーをのせたお盆がやって来た。
「イチゴサンデー、おいしかった〜」
名雪はご満悦、といった感じでスプーンを指でくるくる回している。
一方祐一はスライムベスのようにテーブルにへばりついてぐったりとしていた。
「あれ祐一、コーヒー飲まないの?」
「飲めるかっ」
祐一は心の底から叫んだ。顔はすでに青ざめている。
「残すの?」
「ああ」
「もったいない……」
「もったいないって言ってもお前……」
コーヒーの黒がアフロの黒に見えてくる状況で飲めというのは無理な話だった。
「お前、飲んでくれ」
「でもわたし、おなかいっぱい……」
「コーヒーは別腹だっ」
「そんなの聞いたことないよ〜」
「じゃあやっぱり残す」
「え〜」
「仕方ないだろ、お前が変な想像させるからだ」
「わたし、なんにもしてないよ〜」
どうやら本人は自覚ナシらしい。
祐一はテーブルの上の全てを吹き飛ばす勢いで盛大にため息をついた。
「まあいい、ほら、帰るぞ」
「え〜」
「え〜、じゃない!」
「う〜」
「う〜、でもない!ちなみにく〜でもないしむ〜でもないしモーでもないっ!!」
「ぬ〜」
「帰る」
「あ、待ってよ〜」
鞄とマフラーを待って席を立とうとする祐一を名雪が引き留める。
「せっかくの……」
そして、少しうつむきながら、言った。
「せっかくのおごりなのに……」
そう言った名雪は本当に悲しそうだった。
「せっかく、わたしが……」
本当に悲しそうだったから。
「祐一に、おごってあげたコーヒーなのに……」
「……」
「せっかく……」
「……わかったよっ」
祐一は半ばヤケ気味にそう言うと、カップをテーブルからぶんどった。
そして。
「━━━━……っ」
「うわぁ……」
「━━━━っぷはぁっ!はぁ、はぁ……どうだ名雪、お前のくれたコーヒーは全部飲み干したぜ」
祐一の顔は何かを成し遂げた顔であった。
「祐一、すごいね〜。全部一気に飲んじゃった……」
名雪は驚いた顔でそう呟いた。実際はただのコーヒーの一気飲みで、別に驚くほどのことでもないのだが、名雪は祐一の迫力に完全に飲まれてしまっていた。
「すごい、すごい」
そして惜しみない拍手を祐一に送った。ぱちぱち。
祐一はカップを高々と掲げ誇らしげな顔でその拍手に答えている。
周りの客はなにが起こったんだと言う顔で祐一と名雪の方を見ていた。
でもそんなことはおかまいなしに祐一は誇らしげな顔だった。
そして名雪はいつまでも拍手を送った。ぱちぱち。
ふたりは、しあわせだった。
からんからん。
11月の空の下、もう落ち葉も見かけなくなった道を、ふたりで歩く。
風がすでに赤いふたりの頬に吹き付ける。
「祐一、ありがとね」
「……ん?」
夕暮れ時の商店街は買い物帰りの主婦と学生で賑わっていた。
「コーヒー、飲んでくれて」
立ち止まって話をしている人。
のんびりと動く人。
慌ただしく動く人。車。
祐一と名雪はふたりで歩いていた。
「……お前が礼言ってどうすんだよ」
「あはっ、それもそうだね……」
「それもそうだ」
ふたりは端からみたら、学校の帰り道に商店街に寄り道をしている、
そんな普通の高校生のカップルに見えた。
「ん……でも……」
「ん?」
「……ありがとね、祐一」
「……まあ確かに、アフロを飲み干したんだから礼の一つでも欲しいところでは、あるな」
「……あふろ?」
「いや、何でもない」
「わ、なんかきになるよ〜」
「勝手にきにしてろ」
「ね、教えて?」
「やだ」
「……う〜、けち」
「けちで結構」
「う〜」
気をつけないとこの街の喧噪の中にとけ込んでいってしまいそうな、
そんな普通のカップルに見えた。
「……あ」
「ん?」
祐一は言われて空を見上げる。
すると、頬に冷たいなにかが触れた。
雪が降っていた。
「……雪」
「……」
「雪だよ」
「……ああ」
「……また、冬がくるね」
「……ああ」
舞い降りる雪を見つめていた。
空から舞い降りた雪は地面に触れると瞬く間に溶けて、消えてしまったけど。
「……すごい、きれい……」
「……そうだな……」
また、あの日々がやってくるのだろう。祐一は思った。
これでもかというくらいに降り積もった雪を見てため息をつく日々が。
名雪がそんな俺をふぁいとだよ、といって励ましてくれる日々が。
ふたりで遅刻しそうになりながら急いで登校する日々が。
そして、学校の帰りに、ふたりで百花屋に寄り道をする、あの日々が。
そんな2度目の冬は、もうすぐそこまで、来ていた。
「……ねぇ祐一」
「……ん」
そんな、
「……また」
冬には。
「ふたりで、百花屋こようね」
今日も僕らは向かいます。
風と、空と、太陽とそれに雪を感じながら。
一緒に手をつないで。
ふたりのおみせに。マフラー下げて。
これが、しあわせなのです。
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