わたしが読んだもので今のところ一番順位の低いものは『忘れ雪』(205位、25票)です。 ミステリ系で読んでる人がこれほど少ないとはびっくり。結構売れてたのに意外ですね。 とはいっても、わたしも新堂作品は苦手な口なんですが。
『きみとぼくの壊れた世界』 西尾維新 (講談社ノベルス)
あらすじは省略。西尾維新初のノンシリーズもの学園ミステリ。
巷では脱格系だのなんだのと言われている西尾維新ですが、
わたし自身は『クビキリサイクル』『クビシメロマンチスト』『サイコロジカル』の3作は立派に本格ミステリであると思っていて、
西尾維新には本格ミステリを書いてほしいと願っていたりします。
そういう意味では西尾維新が学園本格ミステリを書くということで、期待半分・不安半分でこの作品の刊行を待っていたのですが、
その両方が的中しちゃいました。
西尾維新が謎解きの眼目にすえたネタにはちっとも気づかなかったし、
真相を見破れなかったことの悔しさとか発想に感心した部分もあって、この作品を本格ミステリと呼ぶことにためらいはないのですが、
『クビキリサイクル』のゴシック探偵小説風味や『クビシメロマンチスト』の底意地の悪い企みと比較すると、
どうにもこうにもこじんまりとしすぎてるような気がします。
トリックや動機の部分などは悪くないのだけど、書き方があまりうまくなくて、
登場人物が少ない上に容疑がかかる度合いがキャラごとにかなり違ったりすることもあって、謎解きのカタルシスがいまいち味わえないんですよねえ。
もう少し端正な本格が書けるだろうと思っていたのに、期待よりも飛跡が低かったなあと。
謎解き要素はあくまで水準レベル。残念ながら本格の年間ベストにはいれられません。
ということで、謎解き部分への期待にはあまり応えてくれなかったのですが、キャラクタ小説の部分や
青臭い語りの中で繰り広げられるミステリへの自己言及的な部分は凄く面白かったのですよ。
特に夜月と様刻の描き方がわたしのツボで、単純な妹萌えのコードを軽く踏み越えて禁断の果実を匂わせるまで
やらかしてしまうあたりが愉快でしょうがない。(以下ネタバレ反転)
病的なまでの兄妹の依存関係(特に夜月が壊れかけてしまうあたりの切迫感)は非常に痛々しいし、
一線を踏み越えつつあることを読者に意識させる場面まで出てくるに至っては、よほど重症の妹萌え者(もしくはエロゲー者)以外はどっ引きだと思うんですよね。
でもそこが面白いのですよ。
様刻が夜月を脱がしたりキスしたりする物語上の必要性は皆無で、読者サービスというにははっきり言って近親相姦ネタはやりすぎです。
じゃあ、なぜそこまでやらなきゃいけないのかと言われれば、それは作中に言及がある通り、禁忌へのアプローチなのだと思う。
殺人や過剰な暴力などミステリ小説の中では現実世界では禁忌とされることが簡単に破られるわけで、それを喜ぶ読者が大勢いる。
そこで西尾維新はミステリの中で一線を越えた妹萌えを提示するわけですよ。
人殺しがよくて、なぜ近親相姦がダメなの? 過剰な暴力がいいなら過剰な妹萌えもいいんじゃないの?と問いかける。
浦賀和宏は世界を壊すにあたって人食いというガジェットを使うわけだけど、西尾維新はそのかわりに妹萌えを使って。
夜月との一線を越えた瞬間の「サヨウナラ、倫理観」という言葉にはリッパーさん思わず眩暈をおこしかけました。
さらに西尾維新の企みは続きます。リッパーさんのようなキャラ萌えで小説を読む読者にもきちんと罠を仕掛けている。
夜月には近親相姦という足枷。琴原には殺人者という役割。病院坂には売春疑惑。ああもう意地が悪いなあ。
これでも萌えられるものなら萌えてみやがれ、という作者の悪意が伝わってくるよう。
作中には本格ミステリ観に対しての揶揄や悪意がわりとあからさまに書かれていたりするのだけど、
西尾維新はライトノベル寄りの読み方(キャラ萌え)にすら舌を出しているとも言えるのですよ。
そしてこの作品は本格ミステリとして書かれている。
本格に対してのアンチテーゼを口に出していながら作品は本格ミステリで名探偵がいてトリックがあって謎解きがある。
語りにおける否定、作品構造における肯定、なんて素直じゃないんだ。
そのアンビバレントさが作中における世界の揺らぎと微妙にシンクロしているようにすら思えるのは、好意的にすぎるでしょうかねえ?
それと、病院坂の飛び降りシーンについて。わたしは読んでてすごくハラハラした。あの場面で緊張しない人は西尾維新の作風を理解しきれていないと思う。
普通の作家ならば探偵の(あるいは最終的に助手になるにせよ)役割を与えた病院坂をあそこで殺すことはまず有り得ないのだけど、西尾維新は本当に殺しかねない。
どんなにキャラクタをたてようとも物語の要請があれば西尾維新は情け容赦なくそのキャラを殺してしまう。
いままでそれで何度泣いてきたことか。だから、病院坂のシーンは「頼むから殺さないでくれ!」と必死に祈りながら読んだし、
結果的に救われたことに対して泣きそうになるくらい安心できた。この緊張感が怖くもあり快感でもあるんだよなあ。
ラストについて。
世界と関わりたくて真相を解明しようとする病院坂と自発的ではないながらもそれに関わる様刻だけど、解決はしても結局彼らは救われない。
真実は彼らを救ってくれない。よりよい選択肢を選んできたはずなのに、出てきた結果はどうしようもなくとり返しのつかないものになっている。
意図と結果の悲しいまでのすれ違い。世界は壊れてしまった。でも、壊れてしまっていることに気づいても彼らはそこで生きていかなきゃいけないわけで、
そのために様刻くんは彼がこれまでそうしてきたように壊すのではなく取り繕っちゃう。全部を心の中にしまっちゃう。
うわー嫌な奴。そんな選択をキャラに強いる西尾維新って最高に根性悪いよ。
決して壊れた何かが修復されたわけでもなく、すべてがなかったことになったわけでもないのに、それでも日々だけは過ぎていくし、
でももしかしたらこの先にほのかな希望があるようなないような(特に様刻にとっての病院坂の存在が)終わり方になってるのが、たまらんなあ。(反転終了)
いやあ、面白かったよ。ほんとに。西尾維新はいいねー。
『月に酔 麿の酩酊事件簿』 高田崇史 (講談社ノベルス)
良家の跡取り文麿くんが理想の花嫁を求めてさすらうラブロマンス?ミステリー。好評の第2弾。
1作目は収録されている話全部が、文麿と(魅力的な)女性の出逢い→お食事とお酒→女性の悩み(&事件の謎)を聞く→
酔った文麿(名探偵バージョン)がすべて解決→女性が清々しい気持ちで去る(文麿は失恋)、というパターンになっていて、
そこがある種の面白さにもなっていたのだけど、さすがに2作目は各話すこしずつ変化がつけられていて飽きずに読めるように工夫されている様子。
文麿の花嫁候補の本命?も登場してきて、彼女の心理描写が若干あったりしてラブコメ色が前作よりも濃くなってるのも、なかなか恥ずかしくてよいですね。
倒叙ものミステリもあったりして、気楽にさらりと楽しめるミステリ短編集になっていると思います。息抜きにはぴったり。
『四季 夏』 森博嗣 (講談社ノベルス)
真賀田四季シリーズ第2弾。今作ではいよいよ少女時代の四季が起こしたとある事件の顛末が描かれる。
前作読んだときに(→感想)「真賀田四季を視点人物にはしないだろうなあ」なんて予想していたらあっさり大ハズレでした。
四季嬢の内面をがしがし語っていて、ぶっちゃけ瀬在丸紅子とたいして変わらないんじゃとか思ったりもするんだけど、
成長途上である四季嬢の感情的な揺らぎを描いているんだと言われたら、ああそうですねと納得してしまいそうな。
まあ、四季もあんなキャラですからねえ…。天才であるがゆえに想いに対して純粋すぎるほど純粋なのかもしれなくて、だからこういう話になるのかなあと思ったりもして。
四季と紅子やその他のキャラたちが微妙にすれ違ってお話を展開させていくあたりはもうたまらなく面白いです。
Vシリーズでは若干ぼかしたまま終わったネタがしっかり種明かしされていて、ってことは四季が後に彼と出会って会話をかわす一方で彼に**の残影を見出していたんじゃないかと考えると、そのへん凄くときめくなあ。
最後のシーンが『有限と微小のパン』のあれにつながっていくとこなんかもゾクゾクしますね。
何もかもをがつながって積み重なって1つの大きな物語が生み出されていくのを眺める快感。
森ミステリィ頑張って全部読んでてよかったと心から思える作品。
『迷宮百年の睡魔』 森博嗣 (新潮社)
ミチルとロイディが取材に訪れた街。そこでは一夜にして街の周囲が森から海にかわったという。
宮殿でもう1人の女王と出会ってしまったミチル。そして首を切り取られた死体が発見され…。
『女王の百年密室』に続くSFシリーズ第2弾。
首を切断された死体というミステリ仕立ての事件の謎を解くことが、
女王の役割や街そのものといったより大きな謎を解き明かすことにつながっていくのが、なんとも壮大で惚れぼれ。
読み通したときに立ち現れる作者の作り上げた世界観には溜息がこぼれそうなくらいで、
物語のメインとなっているネタは思わず小躍りしたくなるくらいの大技で心ときめきます。
前作と比べてロイディが随分人間くさくなってきていて、ミチルとのやりとりがこれまた楽しいし、
たとえ本格ミステリじゃなくても、SFとしてこれだけ面白ければ何も言うことはありません。
ただ1つ難点をあげるとすれば前作『女王の百年密室』を読んでいることを前提に書かれてしまってることでしょうか。
シリーズものだからしょうがないのかもしれないけど、それで読者が限定されてしまうのはちょっと勿体ないですね。
『狼の寓話 南方署強行犯係』 近藤史恵 (トクマノベルズ)
ある男が殺され、その妻が行方不明になった。状況証拠はそのいなくなった妻の犯行であることを示しているが…。
新米刑事は先輩の女性刑事とともにその事件の捜査にあたることになり…
刑事たちのパートとは別に各章に正体不明の寓話が掲載されていて、一見無関係にしか思えないこれらが最終的にどう結びついていくのか?
というのが本書の眼目の1つで、これはなかなか面白い結びつき方をしてました。
若干謎が見切りやすいというのはありますけど、社会派なテーマをうまく謎解きにからめていて、
本格としての弱さをカバーしているのではないかと思います。
作者の近藤さんは初めての警察小説だそうですが、警察小説とはいってもキャラクタ主導で雰囲気があまり堅くなく、
警察小説があまり得意ではないわたしにも楽しく読めました。主人公の兄弟や先輩の女刑事も魅力的に描かれてるし、特に兄のソウ君は萌え〜。
近藤史恵さんの作品はまだ他に『天使はモップを持って』しか読んでないのですが、乙女な雰囲気のこっ恥ずかしさがあって、わりと好きかもしれません。
『邪馬台洞の研究』 田中啓文 (講談社ノベルス)
学園もの+民俗学ミステリ+伝奇ホラー風味を軽いノリで繰り広げて最後に駄洒落でおとして脱力という連作短編集のシリーズ第2弾。
前作の『蓬莱洞の研究』とまったく同じノリで、何も考えずにお気楽極楽な気分で読めるのがいいですね。
駄洒落だじゃれのオンパレードで、笑う以外に他に選択肢が見つからない感じです。
主人公の女子高生ひかるちゃんも一風変わった設定ではあるものの、裏表のない爽やかなキャラで好感度高いし、
所々で探偵役の男の子に電話しては1人で照れたりしてるところなんかかわいいなあ。
大食いシーンなんかも妙にかわいいですよね。
『仮面劇場の殺人』 ディクスン・カー (創元推理文庫)
劇場での遠し稽古の最中、ボウガンの矢にて殺人が起きる。犯人は誰なのか? 被害者とはどんな因縁が? そして犯行方法は?
フェル博士もののカー晩年の作品。新訳です。
うーん、長い。物語の中心人物である老女優の生涯と、主人公である学者とその妻のロマンスがじっくりたっぷり描かれていて、
なんだか一大ソープオペラを満喫してしまった気分であります。
こんなに長いのに殺人は1回しか起きないし、しかもそのトリックが思わず吹き出してしまうほどお茶目な代物で、
カー=バカトリックという定説を再認識させられてしまいました。
そんなわけでカーのストーリーテラーぶりは堪能できたのですが、ミステリ部分がこの程度ならお話はもう少しシンプルな方がいいなあ。
わたしが海外もの古典を読むのに躊躇してしまう理由の1つがこの「古典は無駄に長い」ことなので、そのへん困ったものです。
まあ、読み終わってしまえばこれはこれでいいかなと満足しちゃうんですけどね。
そういえば、フェル博士ものを読んだのは初めてなんだけど、ヘンリー・メリヴェールに比べると随分とエレガントな紳士なんですね。
どっちが好きかと言われると、傍若無人で下品なHM卿の方だったりするんですが(笑)
『三幕の殺人』 アガサ・クリスティー (クリスティー文庫)
引退した役者のホームパーティーの席で老牧師が突然の死を遂げた。一部の参加者は殺人の予感を抱きつつも牧師の死は病死として片付けられた。
そして、そのときのパーティーの参加者が集ったとき再び同様の事件が!
恥ずかしながらクリスティー作品は『ABC殺人事件』と『オリエント急行の殺人』と『そして誰もいなくなった』しか読んでいません。
とはいっても、その3作品ともネタバレされる前に読めたことはとても幸せだったなあと思います。
欲を言えば『アクロイド殺し』までそうしたかったところですが、まあ、それは贅沢か。
ということでわたしにとっては何年ぶりになるのかわからないクリスティー作品の読書です。これがまあ、すっごい面白かったのですよ。
新訳のおかげか、クリスティー文庫のデザインが理由なのか、もともと読みやすい作品のか、とにかく海外もの古典にしてはとても読みやすい。
登場キャラクタも個性的で魅力的だし、会話はほどよくエレガント。
なんといっても老俳優チャールズ・カートライトが最高で、個人的にクリント・イーストウッドをイメージしてしまって激萌えでした。
メインの語り手であるサタースウェイトも萌えるんだよなあ。え、ポアロ? ポアロは所詮この作品では引き立て役でしかありませぬ。
キャラ紹介が終わってすぐいきなり人が死ぬというテンポの良さも素晴らしい。
本格ミステリとしての真相は極めて初歩的で「あ、そんなネタなんだ」と納得する程度のものなんだけど、
プロットの全体像を見渡すとミステリとしてとても綺麗。いやあ、正直言ってこんなに面白いとは思いませんでした。さすがです。